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五章「イメチェン☆大作戦」5

 講堂を満たす全校生徒。朝礼の後の時間。

 月曜日の朝礼というと、誰もがかったるい気持ちを持って挑んでいるのが常だろうけれど。その空間は違った。

 生徒誰もが興味と新鮮な驚きを持って見上げる講堂の壇上。普段は彼らと同じ立場で眺める俺たちも今は向き合う場所に立っている。でも視線はたった一人に集中して。

「ひとつ話しておきたいことは、私たちは今の生徒会を否定しているわけではありません。むしろ逆です。一生徒として現生徒会のみなさんは素晴らしい仕事を果たしていると感じます。でも、私たちには彼ら以上の仕事ができる。またその時間もあります」

 決して急ぎすぎもせず、余裕すら見せながら感情がのる透明感。

「どうか皆さん。私たちを覚えてください。皆さんの学校生活を新しいものに切り開く存在です」

 そう締めくくってゆうちゃんは頭を下げた。一拍置いた。そしてぱちぱちと決しておざなりではない熱意をこめて拍手が漏れてきた。今まで俺たちは裏側にいた。日のあたる注目される場所に出てきたのはこれが初めてだ。

 ゆうちゃんの周囲を飾るひとりとして、その斜め後ろに立ちながら、ゆうちゃんを見つめるたくさんの視線と拍手に照らされて俺が思ったのは――感無量。ただ感無量。

 みんなで頭を下げて、拍手の中でゆっくりと幕に引き込む。

 本日は大忙しに準備しながら、待ちに待った全校集会だった。場所は講堂。生徒会に正式にリコールということで俺たちはついに壇上にあがったわけだ。弁論用にさらに短くした所信表明に少し触れながら、ゆうちゃんは主張を話した。土日はいそべん先輩がつきっきりで指導、土曜には俺たちは実際にこの講堂に入らせてもらって練習もした。そのときの予行でもゆうちゃんの様子に危なげはなかった。

 目、目、目、たくさんの目から、幕の中に隠れたのを意識した。時任と顔を見合わせる。胸にぐわっと押し寄せてくる高揚感。半田君が笑顔で両手を寄せてきたので、声なしのハイタッチをした。佐倉さんがゆうちゃんに抱きついて――。

 うわっ、と小さな声をあげた。ゆうちゃんが崩れかけている。あわててみんなで支えると、ゆうちゃんはふらふらしながら、はんなり笑った。さっきは見られなかった、脱力が全身を覆っているみたいだ。

 俺たちは顔を見合わせて、わっせわっせとゆうちゃんをさらに脇に運んで座らせた。ゆうちゃんは両手を口にあてて、深いため息をついて。そして顔をあげて、眉尻を下げて俺たちを見た。

 そしてひしひし染みてくるような一心さで頭を下げた。

 顔をあげたゆうちゃんに、まだ声は出せないので、ぐっと親指を立ててみせる。進行役の教師の声が聞こえてくる。斜め後ろからそっと見ていたゆうちゃんの横顔は最高だった。

 やがて戻るようにと指示が出たらしく、足音が去っていく。自分の学年が去っていくときにあわせてよかったけれど、ゆうちゃんの様子を見て全員が出るのを待った。後片付けに残っていた先生たちに挨拶を忘れずにして、講堂を出る。教室に戻ったおかげか人影がない渡り廊下で、ようやく息をつけた。そうして、こらえていたものを破裂させる。

「ゆうちゃんお疲れ様!」

 グッジョブグッジョブ! 佐倉さんがとりあえず叫んでいる。ゆうちゃんは軽く首を横にふって

「みんなの方こそ、ありがとう」

「いや、篠原先輩凄かったですよ!」

「百点満点だ」

 半田君と時任もやわらかく受け入れる。佐倉さんはまだグッジョブグッジョブ叫んでいる。さっきの反動だろうか。きっと、この人にとって黙っているってのは大変なんだろうな。そんな佐倉さんの頭を押さえつけるようにして

「この後のことだが――」

 そこで時任は言葉を切って、ふと横を向いた。その動きに俺たちも向いた。

 渡り廊下の向こう側からやってきたのだろう、人影がある。まとう制服の胸には、赤のエンブレム。にっこりと一番小さな人影が笑う。

「おつかれさまー」

 今日の集会は生徒集会ではなかったため、生徒会の出番はなかった。それも計算だ、といそべん先輩は言った。それは正しかっただろう。壇上で仰ぎ見なくても、やっぱりこいつらは派手だ。出てきて比べられると、印象を残しにくい。

「思ったよりやるじゃねえ」

 あくまで上から目線なのは、東堂。俺たちほど固まってはいずに、それでもそれなりのまとまりを持って四人はそこにいた。悪役でよくあるよな、四天王とかそういう構図。真ん中に大将がいるものもぴったりだ。

「ともも言うね。聞いてて噴き出しそうになった。素晴らしい仕事だって?」南城だ。そのまま横の大将にからかうような口調で「お褒めにあずかったよ、会長」

 四人の中で、真ん中の北原だけが笑っていなかった。いつもの透明な表情。俺がパイでもぶつけてやりたい無感動、無感情。

 俺はちらっとゆうちゃんを見た。警戒はしているが、恐慌はないようだ。コメントのない大将にかまわず南城はゆるりと俺たちに視線を向けた。

「それに、どうしちゃったの? なんか全体的に垢抜けたね」

「この新聞の写真写りが良かったわけじゃないんだ」

 冷え冷えとしたものが胸にきた。さっきの南城の言葉を思い返す。お褒めにあずかった。でも、不倶戴天の敵に褒められて何が嬉しかろう。いや、中には認められたと嬉しく思う敵もいるだろう。でも、こいつらはそうじゃない。断じて違う。

「でもさ。ともたんそんな感じじゃないね。前と同じ」

「ダサ女のまま、だ」

 ――ああ、そうだ。わかった。こいつらは、尊敬できる敵じゃない。だから褒め言葉にもこんなに冷ややかな気持ちがするんだ。

 ゆうちゃんの肩をつとひいた。手の主は時任だ。

「見た目より、よってたかって年下の女の子を貶す、ご自分たちの精神的なダサさに目を向けた方がいいですよ。先輩方」

「同意です」

 反対側の肩に手を置いて、半田君がくすりと笑う。前面に回った佐倉さんは、両頬に手をあてて顔をむにょっと豪快に潰した。でも四人は動じなかった。渡り廊下の向こうに身体を反転させ肩越しに笑う。

「これでも、今まで遠慮してきたんだよ。派手なことかましたわりには、全然出てこなかったし。退屈だったんだ」

「これで、ようやく舞台にあがってきたってことだよね。色々と仕掛けれる」

 楽しみだなあ、と西崎が幼い笑み。不意に彼の広げていた新聞に長い腕が伸びた。大きな手が新聞の真ん中を何の手加減もなくつかむ。ばりっと二つにちぎれた片端を目の高さに掲げて、東堂が笑った。ひらひらと散る破片の向こうから。

「覚悟、決めてるか? その倍は想定しとけよ。それでもへし折るけどな」

 別に仲良く帰っていく、というわけでもないだろうけれど、三人はきびすを返した。

 その中で、北原だけが動かなかった。南城よりはやや切れがあり、東堂よりは丸みを残している、切れ長の瞳は色が薄い。それがどの表情にも変化せずにただ開いて前を向いている。こいつを前にすると、人間は思っている以上に表情豊かなのだと気づかされる。すくなくとも無表情なんて早々なるものじゃない。

 でもその視線がほんのわずかに意思を持って向いている。そのターゲットが、佐倉さんの背から少しだけのぞくゆうちゃんだと気づいた瞬間。

「帰れ」

 俺は佐倉さんの前に出て、会長を睨んでいた。視線をさえぎるように、隙間を潰すように。すべてをふさがれた北原は、今度は明確に俺を見た。かち、とまたあの時見たような怒りに似た色が現れた。怒るがいいさ。それでもお前にゆうちゃんへの関わりを与えない。

 瞳の中に生まれた色は消えなかったけれど、結局、北原はそれ以上はなんのリアクションもせずにきびすを返した。

 それでも警戒をとかずに、俺は奴が渡り廊下の角に消えるまでを睨んで睨んで睨み続けて。

 そうして。

 ようやく、は、と息を吐いた。後ろで時任か半田君かの気の抜けたような息も聞こえる。俺がゆうちゃんを振り向こうとしたとき。

「ふーん」

 ふと声がした。見ると北原が消えていった渡り廊下の向こうから、ぶらりと現れた影が。あっ。

「磯部先輩!」

 俺たちの複数の声がかぶる。現れたのはいそべん先輩だ。耳に指をつっこんでほじりながら「面白いもの見たな」と北原が消えた廊下を興味深そうに見えてる。

「あんた、見てたんですか!」

「あたぼうよ」

「なんで今まで出てこなかったんですか!」

「俺が出ていってどうすんだよ。お前らだけであいつらに対峙できねえって思われるだけだろ」

 いそべん先輩はこともなげに言う。

「俺は裏方だ。いねえ時の方が多い。初めから依存してたら、どんどんジリ貧になるぞ」

 ……一理ないこともないし、この人が出てきちゃうと俺たちと生徒会の対立模様もなんか変わっちまうという気は確かにするが。いそべん先輩は肩越しに「おい」と呼びかけた。結城君がそうっと出てきた。青ざめた顔がひきつって、見るからにびびっている。

「なにぶるってんだよ」

「だ、だ、だって。なんですか、あれ」

「大まかに話したろうが」

 結城君の顔を見て、ふと俺は思い出した。

「そうだ、磯部先輩!」

「ああ?」

「やっぱり言われたじゃないですか! ゆうちゃんの件!」

 そう。ゆうちゃんなのだ。今日、全校生徒の前で演説をしたゆうちゃん。そのゆうちゃんがあのバカどもに罵られた、他が変わってもダサいままだと。

 百発ぐらい殴ってやりたいが、実は確かにゆうちゃんは髪も服も佐倉さん以上に軽く整えられただけで、ほとんど変わっていない。結城君にあそこまでお墨付きを貰ったにも関わらず。それもこれも。

 ――篠原は手をいれんな。控えめにしろ。

 他に理由をいっさい話せない、ともかくそうしろという、いそべん先輩の強硬の結果だった。

「なんで結城君にあんなこと言ったんですか。一番重要なのはゆうちゃんじゃないですか!」

「一番重要だからだよ」

 いそべん先輩が言った。

「お前らな、歴代のアメリカ大統領戦でもなんでも、大量に票が動く原因って何かわかるか?」

 わからないよ。

「テンションだよ」

 テンション?

「熱狂、でもいいか? 脳みそが沸騰して一種の思考停止状態だな。そういう時に旗をふると、面白いくらい大量に票も流れこむ。まあ、んなものがうまく操れりゃ大統領でも教祖でも簡単になれっから、そうそう人為的にはできねえけどよ。でもな、ひとつ言えるのはテンションを作り出すことはできても、それを長時間維持するのは難しいってことだ。票を入れる直前に最高のテンションを作り出す。今日は初発で、ある程度のインパクトは重要だから、弁舌は入れた。あれで十分だろ。ある程度以上のインパクトは後の自分たちの首を絞める。投票日まで、まだ間があるんだ。ここで全部さらしちまってどうする。行き当たりばったりのその日暮らしでやってんじゃねえんだぞ」

 つまりゆうちゃんの変身は最後の方にとっておいている、ということだろうか。

 ……納得いかないわけでもないけれど。でも、そのもったいぶりでゆうちゃんがあいつらにバカにされたのはすっごく悔しい。そんな俺の表情はいそべん先輩には手に取るようにわかったらしい。

「国枝、お前、単に奴らにけなされたのが気にくわねえんだろ。だけど、かりに篠原が完璧にイメチェンしていたとしても、それならそれであれは他のことでけなしにきてただろうよ」

 ……それはそうだ。

 結局のところ、いそべん先輩に腹を立てるのはお角違いなんだ。腹が立つのは奴らども。畜生。その日がきたらめちゃくちゃ大変身したゆうちゃんに驚愕しろよ! そのためには頼むぜ結城君! と気合をいれて見ると、結城君は俺を見て目を泳がせて顔をそらした。

「しかし、あいつら、なかなかの仮面下だな」

「先輩……気をつけてくださいよ。いくら裏方だからって、あの西崎先輩とか情報網凄いらしいですから、嗅ぎつけられますよ」

 何が面白いのか悪そうな笑みを浮かべるいそべん先輩に、半田君が心配そうに忠告したが。

「んなもん、とっくにばれてるに決まってんだろ」

「え?」

「会長さまは直々に俺に聞いてきたぜ。お前らに手を貸しているのか、って」

「ご、ごまかしきれたんですか?」

「なにをごまかすんだよ。そうだぜ、って言ったよ」

「え、ええええ?」

 半田君が眉を寄せて首をかしげている。俺も同じだ。え? 表に出ないんじゃないの。

「俺は表向き、表に出ない、ってポーズをとる。だから、奴らも表面上は何事もなくふるまう」

 ガチでむき出しで殴りあうっていう仲じゃねえんだよ、といそべん先輩。この人のクラスではいったいどんな光景が広がっているんだろう。

 なんとも言えない空気の中を、仕切りなおしたのは時任だった。

「先輩は同クラスということもあると思いますし、先輩には先輩の考えがあると思うので、そこは俺たちは触れません」

「おう」

「とりあえず、授業がありますので、また放課後に部室で」

 いそべん先輩はおう、と言って北原たちが去った廊下に戻っていった。半田君も一年の棟に別れる階段に向かい、二年組みの俺たちはとりあえず別の階段を登る。言葉はない。結城君が一緒だったからだ。彼はずっと黙っていたけれど、階段をあがって左廊下でゆうちゃんと佐倉さんが離れると、俺たちと彼のクラスが別れるまでの廊下の短い間に。たった一言。かすれた声で。

「あのさ。生徒会の先輩たちって、いつもあんな風なの?」

 時任はなんとも言えない顔で俺を見てきた。俺は結城君に向かってうなずいた。

「今日は大人しい方だ。ひどい時はあんなもんじゃない」

 結城君は何も言わなかった。俺たちの方を見もせずに、自分のクラスに足早にかえっていった。




 時任は俺の対応を非難しなかった。ただ、2限目の終了間際、プリントが終わり声さえ潜めれば多少しゃべっていても怒られない隙間に、俺を向いてきた。

「びびったかな」

「ん……」

 なんだかんだと言って奇変隊メンツの肝の据わり方は半端ない。初めは大人しそうに見えた半田君だって、ゆうちゃん庇ってひとりで北原にたてついたくそ度胸の持ち主だ。

 でも、普通の生徒から見れば、敵意剥き出しのあの四人の姿に抱くのは恐怖だろう。特に小心者と自ら言う結城くんからすれば、裏方でもばれている、といういそべん先輩の言葉も相まって震え上がってしまう事態で。それは非難できない。保身は決して卑怯じゃない。逃げることでしか自分を守れない人間に、逃げるな、とは誰も言えない。ましてや結城君は俺たちにたいして義理があるわけでも何もない。もし結城君の立場にゆうちゃんが来ていたら、俺はなんとしてでも手を引かせたろう。

「いいのか?」

「お前らを誘ったときに、返事保留になって、クラスでもっとお前に働きかけとくって俺が言うとさ、ゆうちゃんが止めたんだ。「人につられて動いて後悔させるようなことはしたくない」って。無理矢理やらせたら、結城君よりゆうちゃんが苦しくなる」

「……」

 程度を抑えた喧騒の中で、俺は机に積み上げたノートや教科書や辞書の上に顎をのせた。強引極まりないことを通そうとしながら、そう引いてしまう態度は、たまにはじれったいかもしれない。

「彼女って、凄く人に気を使うよな」

「使わなかった場面を見たことがない」

「でも、上に立つ人間ってのは、そうかもな。人に気を使って、自分ばっかり損をするってタイプかも。うまく周囲の人間を利用し尽くして自分は楽する奴もいるんだろうけど」

 顎を乗せて俺はじっと目を閉じて。そして開いた。

「俺、ゆうちゃんを会長にさせたら、無理矢理、力づくで仕事を片っ端から奪うんだ。泣いて嫌がってもやめないで取り上げる。で、会長の椅子にあぐらを無理にかかせる。――ただ、俺はゆうちゃんにはどうしても甘くなっちゃうから、問答無用で奪い取るってのがなかなか難しそうなんだけど」

 俺の下からの目線に、時任がに、と笑った。

「任せろ。佐倉と半田の得意技だ」

 俺もにっと笑って背筋を戻す。

「だから、結城君には無理は言わないよ。ありがとうって言ってさようならだ」

「よかった。奇変隊<うち>の活動も任意なんだ」

 放課後に部室に集まったとき、結城君の姿はなかった。それでも俺たちは誰も指摘しなかった。来てくれたいそべん先輩も何事もなかったように、ゆうちゃんの弁舌の良かった点とまずかった点を指摘するだけだった。



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