五章「イメチェン☆大作戦」4
「わるかねえ」
もしゃもしゃの前髪の向こうの目を瞬かせて、無精ひげのあごをさすっていそべん先輩はそう評された。
「思ったより見れるようになったじゃねえか」
そう言いながらも、ご本人はまったく「見れない」感じに逆戻りしている。あの色気すら感じたイケメンさんはどこへ行ったのか。目の前にいるのは競馬場のおやっさん。まとっているのもくったびれた制服だし、その耳に赤えんぴつが挟まっていてもなんの違和感もない。
まあともかくそんな変身をなさしめた、結城君の腕は確かだったということだ。
メジャーで身体をはかってもらった次の日、彼が持ってきた上着を着てみた。受け取ったときはあまり変わったようには思わなかったけれど、腕を通した瞬間にするりと滑るように収まった服は着心地が明らかに違った。何が変わったとは言いづらいけれど、何かが明らかに。見た目の変化はもっと大きかった。
ズボンも直してもらい、時任と半田君を見ると、うん。なんというか、腰と肩の辺りのラインがいい感じで、ちょっと目を引く。じっと見ていたゆうちゃんが一言。
「……色気が出た、みたいな」
言ってから自分の言葉に恥ずかしくなったようにゆうちゃんは頬を染めたけれど。色気。いそべん先輩の変身でも使った。まさか自分とは一生縁があるとは思わなかった形容詞だけれど、妙にしっくりくるような。この上品そうな白のブレザーがわずかでも自分に似合っていると思えたのは初めてだ。家でもお父さんとお母さんに指摘されてやや恥ずかしい。
次の日には結城君は、床屋や美容室で着せて貰うカバー(カットクロスというらしい)を持参して部室でチョキチョキやってくれた。シャツを腕まくりし、自分の長い髪はしばって、ハサミだ櫛だが収まるベルトをつけている彼は、本物の美容師に見えた。
「切るっても、俺はもともと短髪だから、あんまり変えようがないだろ?」
「短髪には短髪の見せ方があるんだ」
そんなことを言いながら時任の髪をチョキチョキやってる結城君は、どことなく楽しそうだった。他の場面ではまだまだ他人行儀と臆病さがしめているのに、そのときばかりはぴんと背筋が張って態度も堂々としている。
ふと気づくと、ソファに逆さに座った佐倉さんが、背もたれにあごをのせながら、そんな結城君にじーっと目を向けていた。時たま満足げに目を細める佐倉さんは、お気に入りの宝物を眺める子どものようだ。なんなんだろう。佐倉さんでなければイケメンに見惚れていると思うんだけど。佐倉さんだし。
気恥ずかしながら、俺もチョキチョキやってもらった。時任ほどではないが、俺もさして長い髪ではない。それでもさらさらになった髪におお、これは確かに床屋とは違う、と初めて実感したものだ。
キタローがぁ、と最後まで未練がましそうだった半田君も、切って30分ぐらいたつとこれはこれでありか、と思い始めたらしい。幸せな性格だ。
「ここじゃ切るだけだから、仕上げはうちで」
と結局、学校帰りにみんなで彼のお父さんのお店にもお邪魔した。商店街の一角のこじんまりとした床屋の店じまいを終え、お父さんは俺たちを歓迎してくれた。
結城君のお父さんは、結城くんより背は低くそのわりには肩幅が広いにこやかなおじさんだった。白い服を着て穏やかで腰の低い床屋のおじさん、というイメージがぴったり来る人だけれど、お店の設備を使って結城君に仕上げをしてもらった後。
「代金はとれない」
でも、と食い下がる時任にきっぱりと
「息子はまだ人様から金をもらえる腕じゃない」
時任ぐらいしっかりした奴だとしても高校生の身が何を言えよう。それ以上食い下がらず、重ねてお礼を言って店を出た。
「待って、」
少し歩いたところで、慌てた結城君が追いかけてきた。
「ご、ごめん。親父、頭が固くて」
「いや、筋が通っててかっこいいよ」
「職人肌って感じですよね。痺れます」
「素敵なお父さんだと思います」
うん。自分の中に確固としたものがあるからとれる態度なんだろうなあ。
率直な感想だったけど、それを聞いたときの、結城君のびっくりしたような顔が印象的だった。
そんな感じで、イメージ戦略相(仮)による一通りのイメチェンコースを終了した現在。
いそべん先輩にそう総評を頂いたのだ。
いや。だからと言って俺がいきなりイケメンになったわけじゃない。もちろんない。断じて俺は背丈が物足りないフツメン(と思いたい)の国枝宗二。
ただ、今までちょくちょくちぐはぐだったものが、しっくりきた、という感じだろうが。見ていて安心感というか安定感がある。
「前に新聞部<うち>に写真とらせたな」
「あ、はい」
「もう一度撮り直させる。呼んでこい」
「先輩の名前出していいですか」
「いいぞ。ただし、国枝は行くなよ」
「……はーい」
謝罪はすませたし、もう個別に廊下ですれ違ったりしても、変な顔や嫌な顔をされることはないけれど、やらかした新聞部にひとりで俺が行くのは微妙だとは思うよ。でもまだ触れないでほしい古傷を刺激された気分。そんな俺をゆうちゃんが気を使うような目で見てきたので、慌ててげっそりした顔を立て直したけれど。
「……」
そこで俺はじっとゆうちゃんを見返した。
「――?」
戸惑ったように小首をかしげるゆうちゃん。でも磯部先輩に呼ばれて慌てて顔を向けた。
「篠原、きちんと家でトレーニングはしていただろうな」
「は、はい」
それから、佐倉さんに視線をうつした。佐倉さんも髪や服を少しはいじっていたけれど、確かに結城くんの言うようにあまり変化はない。もともと可愛かったのが、やはり可愛いまま、ぐらいだ。でも。
「……」
ゆうちゃんを指導している、いそべん先輩を見る。平然としているけれど、この人、何考えているんだろう。そうしたら、ゆうちゃんの頭越しにちらっといそべん先輩も俺を見た。
だから、部屋を出るときにいそべん先輩がん、と俺に声をかけたときはきっとその話だろう、と思ったんだけど。
「篠原の、あの演説のことだがよ」
廊下に二人で残る形になってから、いそべん先輩が言い出したのはそっちのことだった。え、そっち? と拍子抜けしたのは事実だけれど、明後日ということもあって、まあ気にはなっていたから遮らなかった。
「ゆうちゃん、あんまりよくないですか?」
「いや。――むしろ。筋はいい。……というかだな。良くて奇妙だな」
「?」
「筋がいいって言っていいもんかな、あれは」
呟いているいそべん先輩に若干腑に落ちなかったけれど、思ったよりずっと演説がうまいってことかな、と見当をつけて
「ゆうちゃんって基本断れない性格だから、いろんな仕事とか係りを経験してきたんですけど。結構なんでもこなすんです」
いそべん先輩はもしゃと髪をかきまわした。
「――篠原はその気になれば、生徒会相手に結構強気な振る舞いが出来るってのは本当か?」
「……本当です」
よく知ってるな、という意味合いをこめてうなずいた。するといそべん先輩は、そいつは、ああいう所から出てるのかもな、と低く呟いた。俺の不審そうな視線に気づいたのか、肩をすくめて
「演説は大丈夫だ、多分な」