五章「イメチェン☆大作戦」2
イメチェン、イメチェン、イメージチェンジ……その言葉は部室にしみこんで、脳髄にしみこんで、ようやく意味が解釈されて。それでも疑問符を顔中に浮かべて。
「佐倉さん……ですか」
「全員だよ」
佐倉さんをのぞく全員でえええっ! と声をあげた。ゆうちゃんですら、え、と小さく声をあげた。ブーイングにも近いそれを浴びたいそべん先輩はバンバンと持っているノートで机を叩いて静寂をうながし。そして。立ち上がるとゆっくりと俺たちを見回した。
「いいかお前ら。世の中は顔だ」
まるでここが弁論大会の会場かなにかのように、いそべん先輩は腕を大きくふるって熱弁をふるわれる。テーマは【世の中は顔】
「なんで現生徒会は支持が高いと思う?」
「え、ええっと……人気と実績、に――」
「顔がいいからだ!」
切った。
「なぜこの奇行変人を繰り返す佐倉に人気なんぞが出ると思う!?「顔がいいからだ!」」
自分で重ねた。
「なぜ俺が毎回弁論大会で優勝をつかめると思う!?」
……カオガ、
「俺の原稿と弁舌が群を抜いて優れてるからだ!」
……。
繰り出されるいそべん節に俺はもうお腹いっぱいだ。半田君と佐倉さんだけきゃっきゃっと喜んでいて、時任とゆうちゃんは目を丸くさせている。
「あのですね。先輩。現実的に、高校生の身で、また親からもらった身体を」
「整形しろなんて言ってねえだろ」
じゃあなんなんだ。
「いいか、お前ら。人間の目なんてたいしたもんじゃねえ。取り繕いで相当ごまかせる。元なんぞたいして重要じゃねえ。しかるべき服装でしかるべき身繕いをしてたら、容姿のよしあしは大半カバーできる。実じゃねえ。雰囲気だ」
なんかファッションデザイナーみたいなことを言い出してるいそべん先輩。いやいやいや。
まあ、佐倉さんは言わずもがな。時任も世間から見て結構いけているだろう。
でも俺は勘弁してください。ゆうちゃんだって欲目を抜かせばごく地味でフツーな子としか言いようがない。半田君も、目立たない感じだよな。いくら相手がイケメン揃いの生徒会連中とは言え、いやだからこそ見た目で張り合っても仕方ないだろう。
全然引かないいそべん先輩をなんとかみんなでなだめて。言っていたとおり、先生方への交渉の仕方とか、ゆうちゃんへの弁舌の指導とかしてもらって、その日は解散になった。
ゆうちゃんへの指導は的確だったし、それ以外にも文句はつけようがなかったんだけれど、あの爆弾だけは思い出すとずっしり疲労感が。まったくもう……。敵にしてても嫌な人だけど、味方にしてたら振り回され度は佐倉さん級な人だよな……。
でも俺たちはまったく甘かった。いそべん先輩がそれくらいで引き下がる人ではないと、それくらいで振り回す俺たちの手を離すわけがない人と、次の日たっぷり思い知ることになる。
しかも人に自分の主張を染み渡らせる高スキルを持っている弁論大会入賞者は、まことに問答無用の説得力を引っさげてやってきた。
次の日。部室に誰よりも先についていて、ソファにどっかり腰掛けていた。
その人は、長い前髪も後ろ髪もきつっと後ろで縛って顔を前面に出した無造作に見えながらその実、手のこんだしゃれた髪型をしていた。あごのラインが渋くて大人の男の色気みたいなものがある。惚れ惚れする長身と肩幅、上着を脱いだシャツのさりげない着こなしがまるで気鋭の芸術家のようで。高校というこの場とは明らかに空気が違う相手だが。
――あれで……先輩、髭そって髪あげたら男前なんですよ。
――弁論大会ではパリッとしてるんです。服装も、もともと上背がある人ですしね、決めてきますよ。あの変身にはびっくりしますよ
半田君が言ってなかったら絶対にどこのどちらさまでしょうか、と問いかけた相手に、俺たちはそれぞれこういうやり取りをすることになる。
「……磯部先輩?」
「ああ」
世の中っておかしい!
部室には、インテリ男がその長い足をもてあますかのように組んで座っている。やっぱり高校生にしてはちょっと大人びすぎてる気はするけれど、半田君が以前言ったとおり涼しい目元のスマートな横顔。そんな風にちょっと崩した姿勢でソファに腰掛け、黙ってどこかを眺めている様は、いわゆるジャニーズ系とかよりずっといい男という響きが似合う。
「お前らがイメチェンを否定しくさるからわざわざ実践してきてやったんだ」
口を開けばいそべん先輩だが。
「いや、磯部先輩はやっぱり元がいいんですよう」
「俺の元はでかい体だけだ」
うわあ。俺はそんなに僻みっぽくないから、今までイケメン腹立つとか思ったことはなかったけれど、なんか今のはむかついた。
「印象ってのは見た目が八割だ。お前らに絶世の美男美女になれってわけじゃねえ。今より五割増しになれってんだ。工夫次第で確実に印象はあがる。四の五の言わせねえぞ!」
四の五の四の五の、と心の中で呟く俺の横で、時任が
「でも、具体的にどうするんですか? 俺たちは制服だし、生徒会に立候補しようとしてるんですから、校則違反はできませんよ」
「うちの校則なんてゆっるゆるだろ。真面目さを残したまま、いじるなんていくらでもできる。軽薄に見えたらむしろ失敗なんだよ」
「どうするんですか?」
「髪型をベース残したまま今風にして制服は少し詰める。それぞれの体型に合うようにな。それだけでかなり違うぜ。あと、眉毛も整えろ」
「ぼっ、僕、自分の髪型鏡で見てひそかに「キタローw」とか悦に入ってるんですけど!」
「知るか」
上ずる半田君にいそべん先輩の返答はすげえ冷たかった。うん。でも、キタローは確かにちょっと。そんなこと思ってたのか半田君。それでも眉毛を抜かれる恐怖に俺も追いすがる。
「いやでも、先輩!」
「ぐだぐだやかましい! 目的達成のためだ、腹くくれっ!」
今三つ食い下がれなかったのは、悔しいがいそべん先輩のイメチェンの効力だった。確かにいつもどおりの横暴さなのに、その洗練された容姿で言われるとなにか説得力がある。これがイケメンの威力か…と苦りながら思わずにはいられない。
もう諦めたのか一旦説得を中断したのか時任が
「その、イメチェンですけど。先輩ができるんですか?」
「できるわけねえだろ。自分の分野に手一杯でんなものに時間割く余裕なんかねえ。俺は報道戦略の専門家。なら、そっちはイメージ戦略の専門家の仕事だ」
イメージ戦略の専門家?
「いるんですか」
「いる。俺も毎回そいつにやらせてる。二年だ」
同じ学年?
「知ってるか? 結城清明って奴だ」
あれが結城だ、と示された先の人物を見て、俺はうえ、と思わず声をあげた。
手洗い場の前に、複数の友人たちと共にいるのは薄い色の髪の毛をした男子生徒だ。俺の信条、日本人男に長髪は似合わない、を南城と並んで破ってくれている。いそべん先輩ほどではないけど、細身のせいですらっと背が高く見えて、白い面の顔は繊細で総じてイケメン君だ。生徒会メンバーにも結構並べそうな。
放課後、部室に向かう前でふと時任が立ち止まり、指差したのが彼だった。確かに見た目や雰囲気はとってもお洒落な感じを受ける。好意的に言ったけど、非好意的に言うと一言チャラそう。俺の友だちにはいないタイプだ。
ただ、男友達と一緒にじゃれあっている結城君は、そこまで嫌な奴にも見えなかった。ハンカチを持ってなくて指の先の水を互いに笑いながら飛ばしている様は普通の男子、という感じだ。
だが、俺たちが見ている前でふと向こう側からイメチェン後のいそべん先輩がやってきた。そちらを見た結城くんの顔が引きつる。
周囲も突然現れたイケメン先輩に戸惑いを隠しきれない中、がしっと腕をつかんでまるで拉致されるように結城君は連れていかれた。俺が連れてくる、と言ってたけど、ものすっごい一方的で横暴そうだ。
途中でゆうちゃんも誘ったから少し遅くなったが、無理矢理つれていかれたせいかはたまた途中で寄り道したのか、部室には俺たちが先についた。一年の方が早いのか半田君は先にいて、佐倉さんはまだ見なかった。
噂の結城先輩見たんですか、という半田君に何も伝えないうちに、がらっと扉が開いていそべん先輩が現れた。その後ろから結城くんも。結城君の顔は、青かった。
「適当に座れよ」
そこでようやく腕を放されて、結城君はよろめくようにソファに。半田君がささっとお茶を入れて差し出す。でも見向きもせず、うつむいた結城くんはそのままの姿勢でやがて震える口を開いた。
「あの……勘弁してください」
蚊のなくような声だった。
「いや。その」
時任も困ったように眉を寄せている。でも困った末の曖昧な受け答えを、結城君は否定としてとったのか、がばっと顔をあげて
「お、おれ、その、なんもできません!」
「な、なにもって。その、磯部先輩からどういう風に聞いてる?」
「タダで奉仕しろって……」
いそべん先輩を思わず睨んだが、そういうこったろう、としれっとしている。不意に結城くんが綺麗にブリーチしただろう頭をがっと思い切り下げた。
「帰らせてください!」
同級生に敬語を使われると、なんかすっごい悪いことをしてる気がする。
そのときだ。戸口がばっと開いた。戸の端が蝶番に勢いよくぶつかる音に視線を向けると佐倉さんがいる。ソファで長い髪ごしに振り向いた結城君を見て、佐倉さんは面白いものを見つけた子供のように身を乗り出す。
「結城!?」
勢いに気おされたように結城君がうなずく。そこであ、と気づいたような顔になった。名が知れてる佐倉さんに気づいたんだろう。佐倉さんの目が輝く。
「ゆうき!」
叫んだ。
「りんりん!」
飛んだ。
――飛んだ?
でも飛んだ。思い切りもよくジャンプして飛びかかってきた佐倉さんに潰されてぐげっと結城君がうめいた。初対面の男の首を無邪気に抱き、佐倉さんが勝ち誇ったように
「りんりん! 奇変隊がゲット!」
げほっうえっと衝撃に少しむせた後で、結城くんがもう涙目で叫んだ。
「いやだっ!」




