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五章「イメチェン☆大作戦」

 奇変隊の部室が入っている旧校舎四階。木造廊下の端っこの角に、半田君が膝をついて角の向こうの様子を伺っている。すっと角の向こうを見つめて動かなかった彼の身体が揺れて、スタンバイしていた俺たちにも緊張が走る。半田君がこちらを振り向いた。手を上げた。俺たちも立ち上がる。半田君が音も立てずにこちらに戻ってきてポジションについた。握りあった掌が各自の緊張を伝える。

 そうして、永遠にも思える待ち時間の後。ターゲットは角からふいっと現れた。ぐっ、と握られたお互いの手が「いまだ」と告げた気がした。さあ。ミッションスタート。

 ざっ、ざっ、ざっ。

 俺たちは歩いていく。横一列になって。こちらに気づいたいそべんが立ち止まるのが見える。ターゲットロックオン。横一列を乱さずに。ざっざっざっ。無言の廊下に、木造が軋む音だけが響く。ターゲットとの距離が半分になったそこ。

 無言の廊下にすっと息を吐く音。そうして全員前をじっと向いているので見えないが、打ち合わせどおり恐ろしく真顔なのだろう時任の第一声。地を這うような低音に独特の節。

「かぁ~てうれしいぃ」

 はないちもんめ

 低い低い音で声をあわせる。声が消えると俺たちは後退した。元いた位置まで戻って停止。相手が返すことは期待しないのでここはセルフ、今度は佐倉さんが低く這うような響きで。

「まけぇ~てくやしい」

 はないちもんめ。

「たぁーんすながもちどの子が欲しい」

「いそべんが欲しい」

 いよお! と半田君の謎のかけあい。

「相ぉ談しましょ」

「そうしましょ」

 そして俺たちは声をあわせて、立ち尽くすいそべん先輩にいっせいに舌を出した。

「べーっ!」



「バカなことしてんじゃねえよっ!!」

 部室にお越しいただいた、いそべん先輩はお怒りであった。当たり前である。

 男子陣は全員、愛嬌程度ではない強さを持った拳骨を頭頂部に頂き――あ。佐倉さんも今貰った。全然応えてなくて笑ってるけど。ゆうちゃんにする気はないらしく、いそべん先輩は、笑う佐倉さんにいつぞやのお返しとばかりに唾を散らして怒鳴り散らしている。

 まあまあ、と半田君がなだめてソファに誘導してお茶を入れ始めた。あのはないちもんめが自分の案だとは微塵も感じさせないその態度は、さすが半田君という感じだ。 

「お越しいただき大変嬉しいです」

「絶賛後悔中だ!」

 それでもいそべん先輩は乱暴にソファに身を投げた。その前に半田君がティーカップを置く。そうして俺たちもいそべん先輩の前面に回って

「あらためて」

 と真ん中の時任が言った。

「磯部先輩ようこそおいでくださいましたぁ!」

 俺たちはいっせいに拍手。いそべん先輩はふんっとうなって横を向いた。その瞬間を見計らって半田君がぐいっと紐を引く。くす玉が落下してきていそべん先輩のティーカップに直撃して倒れた。

「ああっ、失敗!? ちょっと待ってください! 先輩、今、割りますから!」

「チェスト!」

 テーブル越しに佐倉さんがチョップ。くす球が割れてぼろっと紙きれとかがあふれ出て、紅茶がこぼれたテーブル上に撒き散らされて茶色く染みた。半田君が中からまた習字の半紙「ようこそいそべん」が見えるように引き出す。

「これでご勘弁を!」

「んなものを求めてんじゃねえっ!!」

 無残なくす玉の残骸を低姿勢の半田君の頭に投げつけて「片付けろっ!」といそべん先輩はわりともっともなことを怒鳴る。時任、俺、ゆうちゃんはこっそりクラッカーをポケットにしまう。

「ともかく、仕切りなおしで。先輩、今回は本当にありがとうございます」

 ふんっといそべん先輩はまた唸ったが、今度はそらさずに俺に目を向けた。

「お前、新聞部に謝りにいったんだってな」

「あ、はい。みんなも付き合ってくれて」

 今後のお付き合いを考えると、新聞部には真っ先に謝罪しにいった。俺だけで行くと言ったけれど、ゆうちゃんと付き合いのいい奇変隊は全員ついてきてくれた。そして悔しいけれど、たくさんで頭を下げられたことで結果的に向こうの感情もそれでだいぶなだめられたみたいだ。

「あのノーパソも保障期限内で、タダで修理できたみたいで」

 俺が叩き付けた新聞部のノートパソコン。開閉が変なことになってたみたいだけれど、幸いデーターは取り出せて保障ついている、ということで電気店に速やかに修理に持っていかせてもらった。いざという時は弁償するつもりだったけど、なにぶん高校生の財布事情。電気店から保障内でいけますよ、と連絡貰ったときにはほっとした。

 安堵は顔にも出ていたらしい。いそべん先輩は俺をちょっと意味ありげに見た後、今度は少し気後れが見える動作でゆうちゃんを見た。いそべん先輩は一拍居心地が悪そうに肩を揺らして

「……あの月報」

 ゆうちゃんがあ、と口を開く。いそべん先輩はやけくそのように

「捨ててなかったのかよ」

「……すいません」

「謝るな。辛気臭い」

 月報というのは、いそべん先輩が大量に刷って拒否られて、放課後に俺たちに押し付けていった束だ。あの後、月報を見たゆうちゃんは自分用に一部確保してさらに残りも捨てることを拒み、こっそり部室に置いておかせてもらっていた。

 そいであの大激突の後に、新聞部への謝罪と平行して半田君とゆうちゃんのツテで図書室に置かせて貰ったり、他のメンツもゲリラ的に他の掲示板に貼ってみたりした。

 掲示の方は生徒会の許可印がないので、すぐに撤収されてしまうようだが、図書室には依然と置かれている。図書委員には結構いそべん先輩のファンがいるんだよ、とゆうちゃんがこっそり教えてくれた。利用者にも時事問題に強くなれるよ、というふれこみで結構貰っていく人も多いみたいだ。俺も第一印象を振り切ってがんばって読んでみると、存外読みやすくて面白かった。

「すみません。勝手なことをして」

「お前らに押し付けたもんだから、俺がとやかく言うもんじゃねえ。勝手にしろ」

 微妙に視線をそらしながら、いそべん先輩はそう仰った。

「照れいそべん」

 誰もが思っていながら誰もが言えなかったことをあっさり言う佐倉さん。また殴られた。でもまた堪えてない。とつぜん片腕で見えない何かを抱えて、もう片方でかき鳴らす動作。エアギター? 「べんべんべんべんっ」と言い出したのでエア三味線だとわかった。べんべんべべんべんっ「いそべん!」半田君のもうひとつの案を(三味線調達の問題で没になった)ひとりで決行する佐倉さん。怒鳴られている。でも。

「案外、大丈夫そうだな」

 時任が声を潜めて呟いた。いそべん先輩を迎えるにあたって最後に残った懸念事項が、先輩は佐倉さんが嫌いだ、という点だ。

 でも見る限り、殴ったり怒鳴ったりはしているが、かけあいの範疇という感じがする。いそべん先輩は本当に毛嫌いしているなら話もしないタイプだろう。

 するとゆうちゃんが、ちょっっと前に読んだんだけれど、と前置きして

「前に磯部先輩、マスコミの功罪って見出しでダイアナ妃の事故死について書いていたの」

「ダイアナ妃?」

「今のイギリスのウィリアム王子とヘンリー王子の母親で、離婚って言う話題性と国民人気が高かったから、スキャンダル報道も凄くて。最後はパパラッチに追われてそれを振り切ろうとして事故死した人ですよね」

 僕も読みましたよ、と半田君が詳しく教えてくれた。王妃の最期の言葉は「私を放っておいて」だったんだって。

「磯部先輩、佐倉さんのこと、心配だったんじゃないかな」

 うわあ。むずむずする。

 そんな俺たちのやり取りには気づかず、件の先輩は佐倉さんに向かって「ふざけた呼び方すんなっ!」と叫んでいるが、俺も胸中ではそう呼ばせて貰おう。もう、いそべんたら。



「全然本題に入れねえじゃねえか!」

 そう言ったのは今日参戦したばかりの新メンバーであるいそべん先輩だった。言ってることはもっともである。

「お前らは真面目にやる気はあるのか!」

 真面目にふざける気だけは満々だからなあ。

「すいません」

 と時任が頭を下げた。

「ともかく、先輩と今後の展望について話ができたらと思います」

 どうぞ座ってください、と向かいのソファに回って言う。背筋がしゃんと伸びていて、いかにも真面目そうな。さっきお手手つないだ真ん中で「かぁってうれしい」と口火をきった面影は微塵もない。ほんとになんでこいつ奇変隊に入ってんだろ。

 いそべん先輩はようやく話ができる奴が、とばかりに時任に向き直る。時任もその期待にこたえて、これまでの計画ややってきたことを簡潔に話し始めた。

「これは? 所信表明か。――無難だな。後は俺に任せろ。骨子がわかったから、適当に肉付けしといてやる」

 おお。ここ数日の懸案事項を事も無げに。

「立候補の日付は?」

「所信表明ができたらすぐに」

「じゃあ来週、土日入れて五日後だ。――代表は、そこの篠原でいいんだな」

 はい、とゆうちゃんが言った。

「お前、人前で話すのは得意か?」

「……あまり」

「あれも結局ノウハウだ。たいして耳の肥えてない聴衆なら、いくらでも感心させられる手管はある。後で幾つかポイント言うから今日から練習だ」

「お願いします」

 ゆうちゃんが頭を下げた。

「俺は多分、所信表明とこっちにかかりきりになるから、時任、国枝、来週にあわせて学校側にはお前らが交渉しにいけよ。立候補の場所は講堂に指定しろ。あそこは声が通りやすい」

「はい」

「半田と佐倉は配布用の所信表明作成だ。カラーは当然として、掲示用だけでも、目立ついい紙を使いてえな。配布用のカラー用紙は、予算ねえだろうから職員室から目立たねえように数回にわけてとってこい。全校生徒と職員分あわせて千枚だ」

「はい!」

 取りかかるなり猛烈にまわし始めたいそべん先輩にちょっと惚れ惚れとした。佐倉さんもそう感じたのだろうか。えへと笑っていそべん先輩の肩に両手を置いた。

「イソゲッペルス」

「あんだ? それは」

 怪訝そうな顔をしたいそべん先輩は、軽く経緯を聞いてからまたげんこつが振るわせた。

「よりにもよってナチスのプロパガンダかよ!」

 こぶしが振るわれたのは言い出した当人の半田君なので問題はない。でも、本当にそうだ。あんだけ苦労して引き入れたかいがある。三年だから学校のことにも詳しいし。ついにいそべんはイソゲッペルスに進化した。

「まあ、宣伝戦略ってのは確かにそうだ。お前らにとりあえず言い渡しておく。一番重要な点だ、よく聞け」

 いまや頼もしき我らが宣伝相たるイソゲッペルスが、座りなおし神妙に向き直ってまで発せられたものだったので、俺たちも姿勢を正した。

 なんだろう。一番重要な点?

 いそべん先輩はこちらをひたりと見つめて言った。 

「イメチェンしろ」

 一瞬、なんの報道用語かと思った。




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