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あまいほし

――これ、あげる。だから、もう泣かないで?

 そういって、彼がはじめてくれたのが、色とりどりの星のような甘いお菓子だった。

 それから、幼なじみである彼は、私が泣くたびにそれを一つ口にいれてくれた。

 私はそれが嬉しくて。泣いてることを忘れてありがとう、と微笑んでいた。


都会から少し離れたところに、私がすんでいる町がある。道路はしっかりと整備されていないところもあり、少し歩けば、動物たちが暮らす森もある。

こんな寂れた田舎、と私と同年代の子は中学や高校を卒業すると同時に都会へいってしまった。けれど、私はここを離れようとは思わなかった。ここの空気は都会と比べてとても美味しいし、ここが大好きだから。

「おばあちゃん、いる?」

 私の日課は、家から徒歩十分ほどのところにある駄菓子屋で一日一つ、毎回同じ駄菓子を買うこと。自動ドアではなく手動式の木でできたドアを開け、大きな声をだした。

「おぉ、今日もきたのかい」

 私が物心つくころから、この駄菓子屋はあった。奥からゆっくりと歩いてくるおばあちゃんが、私の物心つく前からずっと営業しているのだ。

「うん。いつもの、ある?」

「それがなあ、今日はもう売れ切れてしまったんじゃよ。すまんのう」

「そっか。うん、じゃあいいや。またくるね」

 いつもは絶対においてあるこの駄菓子屋の定番商品。この田舎にすむ小学生たちが買っていったのかもしれない。日課になりつつある駄菓子が買えなかったことは残念だが、ないのならば、しかたがない。

 私はおばあちゃんに手を振ると、駄菓子屋の外に出た。

 私はいつもなら、一つの駄菓子を持っていく小さな公園に、今日はなにも持たずに向かった。

 公園につくと、一つしかおいてないベンチに座って、ただ公園をながめた。公園といってもすべり台とぶらんこしか置いていない、ドッジボールもできないような広さ。小さいころはそんな公園でもとても大きく見えたのに、今はとても小さく見える。

 幼なじみで一緒にいることが当たり前だった彼と遊んでいたころが、ずっと昔のように思えてくる。

「あのころは、暗くなるまでよく遊んだなあ」

(けど、今はもうここにはいない)

 胸にぽっかりと穴があいたかのように、彼がいなくなった日から毎日がつまらなく感じた。いなくなって、はじめてこの気持ちの正体がわかった。

 彼には夢があった。

 それは、歌手になること。

 もともと、歌うのが大好きで、歌は人を励ますことができると知った彼は、高校を出ると同時に都会へといってしまった。私をのぞいた誰もが、叶うはずのないと思っていた。私が必ず叶うと思っていたのは、彼は約束を必ず守るから。そして一年。彼の夢は見事に叶った。家に彼から郵便物が届いた。入っていたのは、一枚のCD。ジャケットには彼の姿が映っていた。

彼がデビューをしたことは自分のことのように嬉しかったけれど、同時に彼が遠い存在になってしまったように感じて寂しかった。

「トウマが都会にいって、もう五年か」

 トウマ、それが彼の名前。口にした途端、寂しさがつのる。

(会いたい。会って、あのときいえなかったことを、いいたい)

 彼がこの町を出ていく日、私は、笑顔をつくることでせいいっぱいだった。

 涙が頬を伝う。いつもなら、駄菓子を食べて涙をぬぐうのに、今日は駄菓子がないせいか、涙をぬぐおうという気もおきない。

「あー、トウマに会いたい!」

 私は涙をぬぐう代わりに私は大声で叫んだ。

 この公園の近くには民家はないし、今の子どもはこの場所をしらないのか、ここにくることはなかった。だから、誰も私の叫びを聞くことはない。

「呼んだ?」

「……え?」

 返ってくることがないはずの返事が、後ろから返ってきた。

 忘れもしなかった低音で耳に気持ちよく響く、懐かしい声。

「ト、トウ」

 まさか、という気持ちで振り返ると、なにか甘いモノを口の中にいれられた。

「それやるから、もう泣くな」

 小さいころと比べれば、ぶっきらぼうな言い方ではあるが、口の中の甘さと顔に浮かべる優しい笑みは全く変わらない。私の涙は、いつの間にかとまっていた。

「まだ、これ好きなんだってな。おばあちゃんがいつもお前が買いにきてるっていってたぞ」

 そうして手を少しあげて見せるのは、大量に駄菓子が入っているであろう、ビニール袋だった。私の口に入っているモノと同じ駄菓子。

「もしかして、これ買い占めたのトウマ?」

「そうだって言ったらどうする?」

 いたずらが成功したかのように笑う彼に、私は思わず笑ってしまった。

「有名人がなにやってるの」

「いいだろう、別に。それよりも、お前、俺に会いたかったんだろ?」

「いや、あの、その……」

 おそらく、今の私の顔は真っ赤に染まっているのだろう。会ったら、あのときいいたかったことを伝える。そう、さっきまで思っていたのに、いざ目の前にしてみるとなんにもいえなくなる。

 そんな私を見て彼はもう一つ、さっきと同じモノを口にいれた。

「金平糖、好きだろ? たくさんあるから、おすそわけ」

 緊張しているせいか、甘いはずの金平糖の味が、まったく味がしない。砂を噛んでいるみたいだ。それをゴクンと飲み込むと、私は勇気をふりしぼった。

いつも私を励ましてくれる駄菓子。それを食べたのだから、きっと伝えられる。

「私ね、トウマのこと」

 しかし、勇気を振り絞って言おうとしたのにもかかわらず、口を彼の大きな手でふさがれてしまった。目を細め、頬をふくらませて彼をみると、悪い悪い、といって手をはなしてくれた。

「ごめん。けど、その先は俺にいわせて」

 ごほん、と咳払いすると、頬を少し赤くさせて私の目をみた。

「俺は、お前が、ユウリのことが、好きだ」

「え……?」

「返事は?」

 一瞬これは、夢かと思った。彼は私の幼なじみだけど、同時に遠い人でもあって。

 けれど、目の前で頬を赤く染めている彼の声が夢ではない、と教えてくれる。

 そこにいるのは、芸能人の遠い彼ではなく、私の幼なじみだった。

 私は目に涙をにじませながら、笑った。

「私も、好き。大好き」

 彼は私の言葉を聞くと同時に大きな体で私を抱きしめた。小さいころとまったく違う体つきにどきどきする。片方の手で私の頭をささえると、彼は顔を近づけ、優しく私に口づけた。


それは、金平糖のように、とても甘い口づけだった。

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