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第一章 「七月三日」前編

 灼熱の太陽が空の上で延々と輝き、地表のアスファルトをこれでもかといわんばかりに熱していた。

 七月三日月曜日、今日も真夏日である。

 今年は全国的な快晴とともに日本全国どこも軒並みに猛暑が襲っていた。

「暑いぜー、こんちくしょう!」

 そんな猛暑の中を呻きながら走る男がいた。黒いリュックを背負った、左の半袖に県立光陵高校のマークが刺繍されたカッターシャツを着ている俺こと向井(むかい)頼政(よりまさ)である。

ただいま俺は全力疾走中である。何故こんな月曜日の朝っぱらから走らにゃいかんのだ、と心底思うが、それはそれ、遅刻しかねん状況では走る以外の選択肢は残されていないのだ。

 おかげで体育の授業でもないのに、朝から無駄に疲労が溜まる一方だ。

 後悔先に立たず。その言葉を今更ながらかみ締める。

 朝から全力疾走をせねばならん原因は簡単明瞭だ。寝坊。それだけ。

 完璧に自業自得すぎて笑えてくるぜ。

 大抵の家庭なら、誰か家族が起こしてくれそうなものだが、生憎と俺は現在気ままな一人暮らしである。

 今年の四月までは俺と親父の男二人暮らしだった。そう、俺の家は父子家庭なのだ。だけど、その親父も今年の春から東京の方へ単身赴任することになり家を空けている。

おかげで現在は気ままな一人暮らし。築十年の一軒家である自宅は男二人でも広かったが俺一人で暮らすとなるとよりいっそう広く感じる。

 俺は家事を一通りこなせるので一人ぐらしでも生活上あまり困ることはない。ただ親父が家にいた頃は毎日朝食を出勤前に用意してくれていた。それがなくなったせいで早起きが苦手な俺は学校に遅刻しそうな日の朝食は味も素っ気もない食パンのみになってしまった。

 ちなみに遅刻しそうな日は週五回だ。つまり学校がある日だ。

特に月曜日はだるいのですよ。昨夜遅くまでネトゲをやりすぎた。

 それにしても、これが漫画やアニメの世界なら、隣に住む可愛い幼なじみの女の子がいろいろとお世話してくれるような展開がありそうなものだが、残念な事に現実にはそんなことは絶対といっていいほどにないことなのだ。

 神様、どうか毎日遅刻しそうで哀れなこの俺に、漫画に出てくるようなかわいい幼馴染の女の子を下さい――できればネコ耳――いや、通ならキツネ耳だろここは! そしてメイド服着ているドジだけど健気で守ってあげたくなるような女の娘を超絶希望! ――って何考えてるよ俺!

うだるような暑さのせいか、変な方向に暴走する思考を抑えつつ俺はしばらく走った。

通りすがりの人々の奇異な視線をものともせず走ってきたおかげで、校門をくぐり教室に駆け込んだのはぎりぎり本鈴のチャイムがなる寸前だった。

「……もうちょっと余裕を持って行動しなさい」

 教壇の前に立っていた担任の先生は駆け込んできた俺を見て呆れているらしく、苦笑していた。

「へいへい」

 俺は先生の言葉を右から左へ聞き流し、さっさと教室の窓際の一番後ろにある自分の机にリュックを置き、席に座った直後にちょうどタイミングよくチャイムが鳴った。




「……よぅ、向井」

 一時限目の放課のチャイムがなり、次の時間までだらだらと本でも読んでいようかと思い、リュックから本を取り出そうとリュックを覗き込んだちょうどそのとき、誰かが俺に話しかけてきた。

 顔を上げるとそこには、射殺(いころ)さんばかりの視線の強さで俺を見下す、すらりと引き締まった体格と顔立ちをした三白眼の男がいた。

こんな奴に睨みつけられたら、気の弱い奴ならそれだけで震え上がってしまうだろう。彼の三白眼を持ってすれば、視線だけで人を殺せるのではないかと思えてくる。しかし、これが彼にとっては普通なのだ。

 彼の名は神谷(かみや)(れん)。クラスの中で一番浮いた――いや、敬遠されている存在。しかし、俺にとっては中学の時から、唯一親友と呼べる奴である。

 ちなみに三白眼とは、黒目が上部によっていて、左右と下が白目になっている目のことである。

「ん? 何か用か〜?」

 俺は本を読みたいんだけど。

 ……どうでもいいことだけど、相変わらず神谷の威圧感はすごいな〜。俺は慣れているからどうってことはないけど、他の連中はどう思うことやら。

基本的にいい奴なんだけど、その眼と愛想のなさですごく近寄りがたい威圧感あるからな、こいつ。

「……どういうつもりだ?」

 そう言って神谷はポケットから淡いピンク色の封筒を取り出し俺に突き出した。

「ん、これは……?」

 俺は突き出された封筒を受け取り、その裏表じっくりと観察した。

 まず封筒は、ポケットに入れていただけあってしわくちゃだった。まぁ、それはいいとして、とりあえず宛名をチェック。――書いてないか。次に差出人は――これも無記名。

 全体を見ても特徴と呼べるのは、まず封筒が淡いピンク色をしていることぐらいだ。色から考えてこの封筒は女子の持ち物である可能性が高い。そしてそれを神谷が持っているということは……まさかとは思うが、もしかしてこれラブレターだったりして?

 まず今時、ラブレターを出すような女子高生がいるなんてことがまず信じられん。クラスの女子を見てみろ、そんな奥ゆかしそうな女子なんて皆無である。しかし、それはまぁ、そういうことをする女子もいるってことで納得するにしても、よりにも寄って、これを持っているのが神谷なのが一番信じられん。

ついでに何故、神谷がそれを俺に見せるのかも良く分からん。

 ……そうか! つまり自慢か? ラブレターをもらった喜びを誰かに自慢したくてたまらないが、生憎とその無愛想な性格が災いしてその相手がおらず、そこで唯一の親友でもあるこの俺に自慢にきたと、そういうことですな。

 いいだろう。祝福してやろうではないですか。親友のめでたい出来事をお祝いせずして何が親友だ。

「おめでとう、心から祝福するぜ。こんちくしょう。で、お前にこれを渡した物好きは誰なんだ?」

 俺は満面の笑みを浮かべながら席を立ち、神谷と一方的に肩を組んだ。

「本当に知らんのか?」

 何か考える素振りをしながら、俺の腕を払いのけた。

「そりゃおまえにラブレターを出すような物好きなんて知らんさ。ささ、もったいぶらずに教えろよ。俺達って親友だろ〜?」

 俺は満面の笑みを浮かべつつ、もみ手をしながら訊ねた。

 我ながら好奇心旺盛だと思う。だが誰だってこの手のことに関しては興味がないという奴の方がおかしいのである!(断定) 

「……アホ」

 苦笑しつつ呆れたような口調でそう言って肩を竦めた。

「様子を見ている限り、これはお前の仕業ってわけじゃないようだな」

「おいおい、俺の仕業って、どういうことだ?」

「ん、つまりだ。今朝登校してきたら、下駄箱にこの封筒が入っていた。その瞬間、これはお前が悪ふざけで用意したものだと判断したわけだ。だとしたら大方の中身は想像をつけていたが―――どうやら外れたようだな」

 ……なんですと? 俺は冗談だろうと、男に対してラブレターを書くような真似はしないぞ。やるとしたら、悪戯として笑って済ませられるようなことだけだぞ。見損なうな! こんちくしょう。

 俺は不機嫌そうに眉を寄せた。

「はっ、お前の日頃の俺に対する言動その他から考えれば、俺がそう考えるのも仕方がないことだろう? いかにもお前がやりそうなことだ。胸に手を当てて考えるがいい」 

 ……むむ、そういわれると反論できん。

 こういう時に俺の日頃の行いを持ち出されると強い態度は取りづらい。

「む。まぁいい。ところで、おまえが下駄箱を見た瞬間に俺の仕業だと思ったってことはだ、もしかしてまだこの中身を見ていないのか?」

「てっきりお前の仕業だと思ってたからな。それなら開けたら負けだろ」

 確かに俺の仕業だったとしたらそうだろう。封筒を開くということはすでに中身を期待しているということであり、中に「馬鹿が見る」とか「鏡を見たまえ」とか書いて入れておけば爆笑モノだったに違いない。――今度やってみようかな。

「おい、その何か良からぬことを考えているような笑い方をやめろ。薄気味悪いぞ」

「はは、俺は何もやましいことなんて考えておりませんぜ、ハ、ハ、ハ」

「お前がわざとらしく笑うときは何か企んでいるときだ」

 まったく俺のことを信用していない目だ。まあ、仕方がないがね。なんていってもその通りなのだから

「まぁ、それはそれとしてこれ中身を見てもいいか?」

「構わんぞ」

 良いのかよ! と心中でツッコミをいれた。

だってそうだろ? こいつは自分の下駄箱に入っていたラブレターを、親友の俺にとはいえ、他人に最初に読んでもよいと言ったのだ。

 もしや神谷は、これがまだ何者かの悪ふざけの産物ではないかとうたがっているのだろうか? 確かに可能性はおおいにあると思う。

 もしくは差し出し人が入れる下駄箱を間違えたのであって、これは自分宛ではないと踏んでいるのか……?

 それとも、こいつの普段の他人への無関心ぶりから考えると、例えこれが本当に女子から自分宛のラブレターであろうとも、面倒なだけでたいして喜ばしい代物ではないのかもしれない。こいつはそういう色恋沙汰にはまったく興味を示さない人間だというのは、中学からの親友であるこの俺はよく知っている。

 俺はこのどれかの可能性は高いのではないかとちょっと思う。


 今日の放課後、五時に屋上で待っています。


 封筒の中に入っていた手紙には、丸っこい文字でそう書いてあるだけであり、宛名はおろか、差出人の名前すら書いていなかった。

さっと目を通した後、そのまま神谷に返した。

「五時に屋上か……、行ってみるか」

 こいつはさっと文面を流し読みして一言そういった。

 少しは期待しているのだろうか? 俺の予想では「面倒だ。無視決定」の二言で済ませるだろうと予想していたけど外れたな。

 やっぱり少しは期待しているのだろうか?

 放課の終了のチャイムが鳴り、席に戻っていく神谷を目で追って、自然に笑みがこぼれる俺だった。

  


 放課後。午後三時五十分。俺と神谷は、文科系の部活の部室棟にある部室でオセロをやっていた。ちなみに、我が高校の部室棟は三つある。運動場に面した日当たりの良い場所に二つあるのが運動系の部活用であり、校舎裏の日陰にあるのが文科系の部室棟である。

 将棋囲碁部。それが俺達の部の名称である。将棋囲碁部なのに何故オセロをやっているのかは気にするな。我が部のモットーは他者に迷惑をかけなければ何をやっても自由なのだから。余談だが、ロッカーを開ければ麻雀やらチェスなどいろいろと詰め込まれている。

 部長は神谷で副部長は俺。会計係は部費ゼロな部活なので実際役目はないのだけど、一応は置かなければならない決まりなので一年生を任命してある。

部員数は二十名。実活動人数は俺と神谷と一年生二人で、後は幽霊部員という寂れた部である。

「こんちわっす」

 威勢のいい挨拶共に男が一人、部室に入ってきた。

「ん、よう」

「おっす!」

 俺と神谷はオセロの盤面から顔を上げた。

 そこには身長が百六十センチ前後の、背が低いメガネをかけた男がいた。

彼は、この将棋囲碁部に今年入部した一年生であり、幽霊部員化しなかった二人の内の一人佐々(ささき)幸田(こうた)である。

佐々木は部室の片隅に荷物を置くと、俺達の方に来て盤面を覗き込んだ。

「いや〜、相変わらずっすね……」

盤面は黒一色。ちなみに俺は白であり神谷が黒だ。

 失礼な、その言い方ではまるで俺が毎回負け続けているように聞こえるではないか! ……そのとおりだけど。 

「これでもたまには俺だって勝つぞ」

 俺は苦笑しながら答えた。

「たまに……? おかしいな。俺はお前にオセロで負けた覚えは一度としてないのだが」 

 神谷が愉快そうに口元に笑みを浮かべた。

「スンマセン、俺、素で嘘つきました」

 冗談交じりに俺は両手を机に乗せ、額を机に付けるように頭を下げた。

「ところで、どちらか俺と将棋で勝負してくれませんか?」

「ん、そうだな。オセロの勝敗はもうすでに明白だからな。もう続ける必要はない」

 悔しいが事実だから否定のしようがない。それにまぁ俺も読みかけの本を持っていたのでそれでも読んでいるとするかな。

 俺は、負けたものが使った道具の片付けをするという、我が部の伝統を忠実に守りオセロを一人で片付けた。

 そして自分のリュックから本を取り出し、そして部室の窓際に椅子を持っていきそこで続きを読み始めた。


後編に続く

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