ただあなたを守りたい シスター見習い編 8
ただあなたを守りたい シスター見習い編
―最終回―
雲から漏れる朝日が朽ちた甲冑を照らす。場所はノリアス平原。ここではハールメイツ神国が統一するための戦争、そして以前グリア連合国と戦った時の名残が消えていない。
(……また増えるんだね)
ノイアは地に刺さっている折れた剣を悲しげに見つめる。反射した剣に移るのは悲しげな表情を浮かべる自分。
一度、緑色の瞳を閉じる。
そんな時に優しく肩を掴まれた。誰の手なのかはすぐに分かる。
「そろそろだ」
ぶっきらぼうに声を掛けたのはブレイズである。
「そうだね。どうか……守れますように」
腰についた剣を抜く。それと同時に左手には鞘を握る。頭に浮かんだのは、花が咲いたような笑顔が似合う黒髪の少女。その少女を守れるなら剣を取る、戦いへの恐怖はもうだいぶ薄れてきたような気がする。
後は合図を待つだけ。数秒が、数十分に思えた。だが、その時は来た。
「前進!」
皆を震わせたのは騎士団団長の声。
刹那、弾かれたようにノイアは地面を蹴る。
前方を見ると赤黒い甲冑を纏った騎士と、漆黒の甲冑を纏った騎士の集団。
真っ直ぐに直進してくるのは赤黒い甲冑を纏った部隊。得意の偃月の陣ではなく、中心が前方に張り出し両翼が後退した正三角形の形に兵を配する突撃の陣。魚の鱗一枚一枚のように部隊が密集して進む魚鱗の陣である。そして、後方には両翼が前方に張り出したV字型の形を取る鶴翼の陣。この陣を率いるのはグリア連合国の王、アガレス。そして、V字型の側面にはそれぞれ左右に一台ずつ計二台の投石器が騎士達によって組み立てられている。塔の防衛戦の際にハールメイツ神国が使用した投石器よりも一回り大きいだろうか。最大射程は300メートル、岩の最大重量は140キロが限界の要塞攻略に使う投石器である。
ハールメイツ神国は突破を防ぎつつ、アガレスが防衛する投石器を破壊しなければならない。最悪のケースは投石器を破壊できずに光の壁を破壊され、そして陣を突破される事だ。
人を斬る事も、傷つける事もできないノイア。そんな彼女に与えられた任務は投石器の破壊。人ではなく物であれば容赦なく破壊できる。そして、障壁が展開できるため突撃には欠かせない人物でもある。
ハールメイツ神国の先陣は突破力を重視した矢印型の鋒矢の陣。後方にはアルフレッドが率いる方円の陣がある。
先頭を進むノイアは、グリア連合国の先頭を走る黒髪の少女に視線を向ける。
刹那、黒い瞳と緑色の瞳が重なる。次の瞬間には両者はそれぞれの武器を構えて戦場を駆け抜ける。
舞ったのは火花。目にも止まらない高速の突きを左腕に握る鞘で受け流したノイアは、すかさず右手に握る騎士剣を下から振り上げる。狙いはもちらん少女が握る金属槍だ。
だが、耳に入ったのは剣と槍がぶつかる金属音ではなかった。代わりに響いたのは渇いた音。視界に広がる閃光を見た瞬間に、障壁で防がれたと断定したノイアは素早く後方に飛ぶ。
追いかけるように放たれたのは高速の突き。避けることなど不可能な鋭い突き。ノイアは冷静に槍を見つめて障壁を展開させる。
眩しい閃光が戦場を照らした瞬間に、二人は理解した。同じ力を持つ者なのだという事を。その事実が二人の足を止めたのは一秒もなかっただろうか。再び地面を駆け抜けたノイアは少女の懐へと飛び込む。この距離なら槍は使用できない。
だが、黒髪の少女は冷静だった。懐に入られた瞬間に、すかさず左手で剣を引き抜く。両国の最前線に響いたのは剣響。そして、神力の輝きが満たす。
火花と閃光が舞い続けるだけで両者の体が赤く染まる事はない。全くの互角だった。このバランスを崩すのは両者にとって信頼に値する者達である。
「ノイア……どけ!」
ジュレイドの声を聞いた瞬間に右に跳躍。轟音と共に撃ち出された弾丸が黒髪の少女目掛けて飛ぶ。その弾丸の全てを切り裂いたのは二つの銀閃。黒髪の少女を守るように立ったのは狂喜の瞳を向ける男と、精悍な顔つきの男。
「骨がある奴がいる……なぁ!」
二人のうちの一人が狂喜の瞳はそのままに獲物を求めて走る。
「そりゃ、どうも」
目の前に迫る男に向けて両手の銃を乱射するジュレイド。その全てを高速の銀閃が弾き飛ばしていく。一気に距離を詰めた男は剣を頭上まで掲げ、全ての力を込めて振り下ろす。
一度、火花が散る。ジュレイドは左手に持つ大口径の銃で剣を止め、右手の銃を男の頭部に向ける。
「……」
無表情のジュレイドが引き金を引き絞る。
弾丸は目の前の狂喜の笑みを潰す事はできなかった。弾丸を右に動いて避けた男は、不気味な笑みをそのままに左手で腰についた剣を引き抜き一閃。
それを予測していたかのようにジュレイドは半歩下がり避ける。強敵を見つけた喜びに満ちた瞳と、冷え切った瞳が重なる。
お互いは一息をつく暇もなく地面を蹴った。
*
圧倒的な剛剣がノイアの剣を押していく。精悍な顔つきの男が剣と共にノイアを切り裂こうとしている。明らかに力で劣るノイアは数秒と持たずに吹き飛ばされる。バランスを崩したノイアに赤黒い鎧を纏った騎士が左右から迫る。
バランスを崩した今は剣を受ける事もできないだろう。だが、不安には思わなかった。すかさず援護に回ったブレイズが一閃の元に左右から迫る騎士を切り倒す。鋭い瞳を前方に向けるのも一瞬即座に地面を蹴る。
「ノイアは……ただ前に!」
ブレイズは叫ぶと同時に目の前の男に剣を振り下ろす。
ノイアは頷くと同時に地面を駆ける。常識では考えられない数の剣響を背にノイアは戦場を駆け続ける。その進路を塞ぐのはまたしても黒髪の少女。
「――どいて」
ノイアは剣を構えて短くつぶやく。少女が槍をゆっくりと構えるのを視界に納めると同時に、いつの間にか追いつき隣を並走するルメリアに視線で合図。
「お前が……率いろ」
短くつぶやくと同時に少女との戦闘状態に突入するルメリア。
ノイアは一つ深呼吸をする。自らの後ろに続くのは鋒矢の陣を崩さずに続く騎士達。
「――続いて!」
力の限りに叫ぶ。敵の指揮官クラスはブレイズ達が止めてくれている。今なら陣を突破できる絶好の機会。ただの見習いの言う事を聞いてくれるかは分からない。それでもノイアは叫び地面を駆け抜ける。
背後から聞こえたのは騎士の雄叫び。油断すれば先行してしまいそうな勢いで駆ける白銀色の甲冑を纏う騎士達。ノイアは溢れる想いを胸に戦場を貫く一本の矢の如く、目の前の魚鱗の陣を引き裂いた。
*
神力の輝きが大聖堂内部を照らし続ける。塔が崩壊してから交代で祈り続けているシスターの顔色は蒼白。身を引き裂くような痛みに耐えて、それでもシスターは祈り続ける。
だが、すでに限界に達した者も多く、先ほどから倒れるシスターが続出している。だが、外で戦う騎士へと希望を伝えるために、この国を絶対たる光の壁で守るためには祈りを止める訳にはいかない。たった一人になろうとも祈りを続ける。これがシスターの戦いである。
皆が限界に到達している中で表情を変えずに祈っているのはサリヤとシェル。シスターの第一位と第三位の名は伊達ではなく、交代をほとんどせずに祈り続けている。
特に驚くのはシェルの力。彼女一人で現職のシスター3人分ほどの力がある。現在、光の壁を維持できているのは彼女がいたからと言っても過言ではない。
(……どうか……この光がノイアに届きますように)
シェルは祈る。自らの神力が大切な人を守るようにと。また笑顔で笑い合えるようにと。祈り続ける少女の体から眩い光が溢れる。その光は止まる事なく溢れ続けた。
*
平原を駆け抜けるのはジェイスが率いる騎馬隊。もはやハールメイツ神国とグリア連合国は交戦状態に入っているだろう。
「何としても間に合わせろ! 後方か側面から攻撃できれば、この数でも役立つ!」
馬をひたすらに走らせながら騎士達に向けて叫ぶ。視界に入るのは着実と組み立てられている攻城兵器。何としてもあれを破壊しなければいけない。自らの役目を定めた騎士達は覚悟を決めて指揮する男の背中を見つめる。
ジェイスは無言で前だけを見る。今はこれ以上口に出す事はない。後は突撃するだけ。それがいつものジェイスのやり方だ。止める役、またはミスを支えてくれたグレンがいないのは心許ないが悩むのは自分らしくないと思う。
ジェイスは無言で続く騎士達と一緒に覚悟を決めた。
*
地面に生える草を切り裂いて進むのは無数のボウガンの矢。狙いはハールメイツ神国の騎士達の足を潰す事である。鶴翼の陣の左翼から放たれる矢を一つの閃光が弾き飛ばす。
何を受けても揺らがない輝きがハールメイツ神国の騎士達を守り続ける。ノイアを先頭にして敵の鶴翼の陣を迂回するように、北東方向の投石器を目掛けてひたすらに駆け抜ける。
(もう少し。もう少しだから)
苦渋の表情で投石器へと駆ける。自分だけではなくて後を続く騎士達を障壁で守りながらの突撃。身を引き裂くような痛みに耐えながらノイアは重い足を動かす。自分を信じて後を追う騎士達のために。そして、シスターである自分が先頭を走る事で、シスターを光の壁を信じてもらえるように。これが自らが戦場に立つ意味だと思う。そして、二つの力を持つ理由ではないかと思う。
投石器までは残り100メートル。希望が見え始めた所で一つの漆黒の影が左側に移る。グリア連合の鶴翼の陣の左翼が、こちらの側面を突くために移動を開始したのだろう。それだけこの戦いにおいて投石器の存在は重要である事の証明に思えた。
側面を突かれる、そんな事はここに来る前に分かっている事だ。だが、それでもやらなければ勝利はない。
「追いつかれる前に」
ノイアは残った神力を全て解放。漆黒の鎧を纏った騎士達の進路を障壁が綺麗に塞ぐ。
「破壊する!」
叫ぶと同時に地面を駆け抜ける。騎士達は迷わず一斉に続く。障壁が持たない事もすでに分かっている。だが、陣の先頭を走る少女をただ信じたかったのだろう。それと同時に後方を走る騎士は覚悟を決める。このまま突破できないのであれば、突破の役に立つのみである。
刹那、矢印型の陣の後尾を走る騎士が左へと進路を変更する。障壁が消えるのならば自らの身が障壁の代わりになればいい。それが騎士とシスターの関係。それがハールメイツ神国のあるべき形。それを証明するために生きた楯がノイア達の進路を確保する。
(こんなの……ないよ)
内心でつぶやいて潤む視界を強引に拭って投石器を睨む。
「陣は魚鱗……体をぶつけてでも破壊する!」
ノイアの叫びを聞いて騎士は一斉に楯を構える。残りの距離は10メートル。組み立てを続けていた騎士はすでに作業を止めて迎撃の態勢を取っているようだ。
だが、もう遅い。そんな語りのない陣では突撃の陣は止められない。銀色の甲冑を纏った騎士が怒涛の如く投石器になだれ込んだ。
*
立て続けに銃声が響く。両手に持つ銃の一つは目の前にいる狂喜の瞳を向ける男へ、そして、もう一つは隙があればジュレイドに襲い掛かろうとする騎士へと向ける。
騎士の叫び声を聞いてジュレイドの冷静な瞳が戦場を走る。左側から斬りかかってきた騎士の首元に銃を押し付けて迷わず引き金を引く。次の一瞬、すかさず半歩下がったジュレイドの前には剣を振り上げる男がいた。先ほどから狂喜の瞳を向けるこの男をジュレイドはよく知っている。グリア連合国の王アガレスの兄である。グリア連合国出身の者で知らない者はまずいないだろう。
「こんな人間がいるとはなぁ!」
ガイラルが振り下ろした剣をジュレイドは半歩下がって避ける。
刹那、両手に握った銃から弾丸が射出させる。だが、高速の銀閃が次々と弾丸を落としていく。その様を見たジュレイドは一度舌打ちをして戦法を変更する。
振り下ろされる剣を右手の銃で止め、すかさず身長に見合った長い足で腹部を狙う。足に鈍い痛みが走ると同時に吹き飛ぶガイラルを見つめる。
無言で追撃の銃弾を浴びせるが、ガイラルは両手の剣で防ぎきる。銃弾が止んだ瞬間には臆する事もなく懐に入るべく突き進む。
常人よりも身体能力が高い騎士に対しては銃という武器は万能ではない。ガイラルほどの騎士ならば銃弾くらいは平気で切り裂けるほどの身体能力があるからだ。それでいて一瞬が勝負を決める高速の戦闘において弾を込める時間というのは隙を与える絶好の機会でしかない。有用性が疑問視される割りには高価で量産に向かない兵器。それがこの大陸における銃の評価である。
ジュレイドは迫る強敵に一つ舌打ちをして残りの銃弾を思い浮かべる。右が一発、左が二発だろう。たったの三発でこの男を倒すのは骨が折れるな、と内心で苦笑しながら銃を構える。
そんな時に視界に入ったのはブレイズ。精悍な顔つきの男と剣を交えているが、若干、ブレイズが押されているだろうか。ジュレイドは残りの銃弾を気にしながらもう一度舌打ちをする。仲間を気にするなんて自分の変化に戸惑いつつも頭の中はいかに援護をするかで一杯だった。
「仲間の心配か?」
低い声と共に視界に映ったのは銀閃。
「それくらいの余裕はあるさ」
ジュレイドはニヤリと笑い半歩下がる。銀閃が空を切ったのを確認して、援護の銃弾を放つ。ブレイズがバランスを崩した瞬間に届く完璧な援護射撃。精悍な顔つきの男の銅を正確に貫いて動きを止める。刹那、ブレイズが動いた。
「ぬおぉーーーー!」
雄叫びがジュレイドの耳に届く。ブレイズの動きを注視して援護の射撃を二発。精悍な男の両腕を正確に撃ち抜く。後はブレイズに任せておけば問題はないだろう。目にも止まらない銀閃が男を切り裂いたのを確認したジュレイドはすぐに視線を目の前の男に。
ガイラルは弾かれたように一気に距離を詰めてくる。ジュレイドはこれが分かっていて援護した。あの寡黙な少年が命を落とすよりかは自分がピンチになった方がいい。ただそれだけだ。そして、自分ならこの状況を切り抜けられる。
「団長! すまないが後ろに兵が行く!」
ジュレイドは声を張り上げる。今は目の前にいるガイラルだけで手一杯。とてもではないが周囲にいる騎士の面倒までは見る事が出来ない。
(突破されんなよ)
ジュレイドは後方にいる騎士団団長をただ信じた。
*
真紅の髪が戦場で揺れる。宙に舞ったのは白銀の刃。グリア連合国の騎士剣を尽く破壊しているのはハールメイツの聖騎士である。ルメリアは武器を失い引く者、何も出来ずに倒される者の双方を横目で見つめる。それから自らが戦うべき相手に視線を向ける。そこにいるのは黒髪の少女だった。
何とか槍をへし折る事には成功したが、まだ騎士剣が残っている。武器を失おうとも引くとは思えない少女。最悪は斬るしかないだろう。騎士となってから人を斬った事はないが、国の危機となれば己の道を曲げる事も必要となるだろう。
ルメリアの殺気に満ちた視線を受けた少女は怯まなかった。左手に騎士剣を握り地面を駆け抜ける。ルメリアも一つ息を吐いて地面を駆ける。
初撃がぶつかり火花を散らす。お互いに睨み合うのも一瞬、即座にお互いが半歩引く。
「……」
少女が無言で地を蹴る。ルメリアは障壁を展開して少女の横薙ぎの一閃を止める。溢れる閃光を睨んで少女の動向を窺う。
「う……」
少女が呻いてバランスを崩した所でルメリアは動く。障壁で防がれるという事をすでに分かっていたが攻撃の手は休めない。
ルメリアの剣と少女の障壁がぶつかる。閃光が視界を埋める。それは呆気ないほどに一瞬だった。全てを弾く障壁はガラスが割れるように亀裂が入り形を失う。これはその小さな手を血で染めてきた代償だった。
少女が目を見開いた瞬間に銀閃が煌く。ルメリアの剣が正確に少女の剣をへし折る。次の行動は簡単に予測できた。少女は迷わず腰についているナイフを引き抜いて突き出す。
それと同時に障壁を展開。ナイフと障壁がぶつかり少女の動きが止まる。今から引いても間に合わない。いつでも殺せる間合いだった。
だが、ルメリアは追撃の刃を向けなかった。一度も人を斬った事がないルメリアにはこれ以上剣を振るう事はできなかった。それを知っている少女はさらにナイフを障壁に押し込める。
刹那、眩しい閃光が視界を埋める。少女は残った神力で障壁を展開。障壁同士が干渉を受けて削られていく。障壁が形を失い両者を隔てるものは何もない。
常人なら反応できない速さで突き出されたのは少女のナイフ。だが、聖騎士相手には通用はしない。
「すまない……」
ルメリアの言葉が少女の耳に届く。少女のナイフを左に逸れて見事に回避したルメリアは少女の小さな背を見つめる。ルメリアと距離を取った瞬間に少女に向けて、騎士のボウガンが一斉に狙いをつける。反応する間もなく少女の手足をボウガンが貫く。
「生きていたら……また会いましょう」
ルメリアは背を向けてつぶやく。
倒れていく黒髪の少女は必死で癒しの術式を使用しているのは分かった。だが、もうこの戦いにおいては脅威とはならない。だから止めはささない。甘いと言われればその通りである。彼女を救えばまた仲間が殺されるかもしれない。だが、殺せなかった。やはりまだ自分の中にはシスターとしての考えが残っている。この道を歩むであろうノイアは答えを出せるのだろうか、そんな思考が頭の中を駆け巡る。無駄な思考を強引に追い出してルメリアは前ではなくて後方に。首都クロイセンへと進路を取る。突破を果たし、騎士団団長アルフレッドが率いる部隊と交戦しているグリア連合国の騎士達を止めるために。
(前はあの子に任せるしかない)
ルメリアは最前線で奮闘を続ける少女の無事をただ祈った。
*
轟音と共に首都が揺れる。
祈りを続けるシスターは小さな肩を一瞬震わせた。中には震えて動けない者もいる。この音の正体はおそらく投石器から放たれた岩だろう。140キロを超える岩が首都の光の壁を揺らしている現在、彼女達の負担はさらに増大している。
皆の顔が蒼白であるのは、恐怖と疲労であろう事は容易に想像できるだろう。
(ノイアに……この祈りは届いてるのかな?)
シェルは大切な人を思い祈る。この祈りがハールメイツ神国の未来に繋がると信じて。
(また会えるよね。笑顔で。そのために祈るから)
疲労が重なりふらつく体を小さな両足で踏み留まるシェル。
(頑張るから……だから守って。この国を)
首都を揺らす兵器に負けない力で祈り続けるシェル。自分を見つめてくれるのは温かい瞳。どれだけ辛くても、休む事なく祈り続けているサリヤの瞳だ。
「こんな小さな子が頑張っているのだから……あなた達が休む時間はないわ」
シスターの第一位の声が皆に届く。衣擦れの音と共に、ふらつき倒れた者が起き上がる気配。シェルは自らの行動で皆が立ち上がった事に誇らしい思いが膨らむ。
(まだ私達は大丈夫だよ)
シェルの体から温かな光が止め処なく溢れた。
*
一閃が木で出来た投石器を斬りつける。
「っ」
苦渋の表情を浮かべて痛む右手を庇うのはノイア。やはり身体能力が一般よりも上だと言っても、投石器を素手で破壊するというのはさすがに無理があるらしい。投石器はノイア達が囲んでいるため動いてはいない。問題は首都の北西にあるもう一台の投石器。一定のタイミングで放たれる岩は着実に都市の光の壁を削いでいるように見える。
(早く破壊しないと!)
ノイアは焦りながら剣を振るう。何度、弾かれたとしても止める事はない。時間さえがあれば破壊も可能と思われるが早い事に越した事はない。そんなノイアの不安は最悪の形で現れる。突如、投石器を囲う部隊から悲鳴が上がったのだ。
視線を向けるとさらに数を増した漆黒の騎士の集団。その中心には眩しい銀髪を腰まで伸ばした少年がいた。その奥には首都へと真っ直ぐに突き進むアガレスの部隊が見える。そろそろ戦争も終盤に突入しているのだろう。
そんな中でノイア達は投石器を破壊できていない。そして、剣を握る手もすでに赤く腫れ上がり、上手く動いてくれない。このままではあの銀髪の少年が率いる部隊の攻撃を受けて全滅。最悪の思考が頭を過ぎた。その不安が皆に伝わったのが皆の動きが鈍る。やはり私ではまだ騎士を率いる事はまだ不可能らしい。
「ノイア!」
そんな時に耳に届いたのはブレイズの声。激しい戦いを抜けてきたのか、すでに甲冑はボロボロだった。だが、本来の隊長の到着に騎士の顔に生気が戻る。
皆は最後の抵抗をするために自らの手に持つ剣を強く握り締めた。
*
ジュレイドは素早く銃弾をリボルバーに詰め込む。
「ちっ……」
数秒という短い時間の中でガイラルは高速の剣戟を繰り出す。裂けたコートからは鮮血が舞う。後退させるために応射するがその尽くは虚しく地に落ちる。
「くっそが!」
ジュレイドは右手の銃を捨てて腰にあるナイフを引き抜く。ナイフと剣がぶつかり火花を散らす。しばし睨み合ったのは一瞬。ナイフが音を立てて砕けるのを視界に納めながら左手に握る銃の引き金を引き続ける。銃に収まる弾丸を全て受けてもガイラルは倒れなかった。
「終わりだ!」
叫び声が耳に届いた時には鮮血が舞っていた。ジュレイドは片膝をついてガイラルを見上げる。日を浴びて白銀色の剣が怪しく光る。
ジュレイドは動かない体を恨めしく思う。あと数秒でも動ければ決められる。悔しさが心を満たす。ジュレイドは痛いほどに歯を噛締めた。
*
ボロボロの甲冑を身に纏っているのは騎士団団長アルフレッド。右目に垂れた血を拭いながら大剣を持ち上げる。
「もう終わりではないだろうな」
隣に立っているルメリアもすでに疲弊している。彼女を庇うように前に出たアルフレッドは前方を睨む。防衛のために組んだ方円の陣はすでに瓦解して、乱戦へと突入している。
それぞれが出会い頭の敵と戦う姿はもう殺し合い以外の何者でもない。そんな汚れきった戦場を突破してくるのはグリア連合国の王アガレス。こちらはすでに立っているのがやっと。だが相手はどうか。甲冑には傷一つなく、ただ前へと進んで来る。
「この程度で……倒れるものか」
アルフレッドは大剣を構えて戦場を駆けた。
*
ジェイスが戦場に辿り着いた時にはすでに勝負はついていた。それでも叫ばなければならないのが隊長の役目である。
「まだだ……止まるな!」
落胆する騎士に怒鳴り声を上げて強引に前へと向かせる。だが、この戦場を見れば落胆する気持ちも分かる。首都の門へと迫ろうとするアガレスの部隊。そして、光の壁を破壊する投石器は健在。誰が見ても負ける事は分かっていた。そもそも光の壁があってのハールメイツ神国。絶対的な防御力を失ったこの国に勝てる要因などないのである。何か特別な事が起きれば好機もあろうが、その傾向はないように思えた。
自らが守り続けた塔での防衛戦。その勝利など些細な事であったように思う。弱気な思考が頭を駆け抜けた瞬間に口を開く。
「違う!」
ジェイスは叫んで自らの思考を追い出す。考え事の内容など全く知らない騎士が目を見開く。何事もなかったかのように、ジェイスは突撃用のランスを構える。隊長が乱れていては戦いにはならない。迷いを振り払うようにジェイスが叫ぶ。
「投石器を破壊する。続け!」
ジェイスを中心とした騎兵隊が投石器に向けて電光石火の勢いで駆ける。後ろからの防御など用意している筈はなく、グリア連合国の騎士達が展開するよりも速く騎馬隊が投石器へと接近した。
*
幾重にも投石器から放たれる岩を光の壁が弾き返す。その輝きはあまりにも強固ではあるが、徐々に薄れている。
首都から溢れる眩い光を全身で受けて白銀色の甲冑が輝く。目の前の漆黒の鎧を纏う騎士達に臆する事なくブレイズは走り抜ける。
背から聞こえるのは何としても投石器を破壊しようと奮闘する音。自らの役目は目の前にいる騎士を止めること。ただそれだけに集中する。
(ノイアなら出来る。だから俺は……)
ブレイズは心の中でつぶやき敵の隊長クラスに斬りかかる。彼は以前塔の防衛戦で顔を合わした事がある。自分と同じに真っ直ぐに突き進もうとする者。
生きるか死ぬか分からない今の状況では、最後に戦う相手としては無難な所だと思う。
お互いに無言で剣をぶつける。鍔迫り合いを行うも数秒、ブレイズは即座に視線を走らせる。動きが止まったブレイズに騎士達が槍を突き出す。すぐさま後方に飛ぶが避け切れずに白銀の甲冑を貫く。
ブレイズが未熟なのではない。明らかに数が多すぎるのだ。自分達を包囲するように集まったグリア連合国の騎士達は倍はいるだろうか。負傷して動きが鈍ったこちらの騎士が動けるならば反撃もできるが、それは無理な事だろう。
「後一息だ……立ち上がれ!」
ブレイズは体に刺さった槍をへし折り味方に叫ぶ。だが、その声は虚しく響くだけ。もう動けないのだ。それでもブレイズは叫ぶ。一つの希望をもって。
「敵として出会った事を……残念に思う」
目の前の真っ直ぐな少年が剣を振り上げる。ブレイズの青い瞳に白銀の刃が映った。
*
一人また一人と倒れていく中で祈りを続ける二人。限界が近づいてきたシェルはゆっくりと大きな青い瞳を開く。
「サリヤ様……癒しの術式を皆に届ける事は可能ですか?」
声音は自分でも驚くほどに落ち着いていた。サリヤはゆっくりと瞳を開く。
「ええ。可能です。ただし障壁は同時には展開できません。かなりの危険が生じる事は理解してください」
サリヤの視線を受け止めてシェルは頷く。もうこの方法しかないと思う。幸い癒しの術式は得意だ。他の誰にも負けた事はない。
「皆に届けます……力を」
シェルは瞳を閉じる。
「あなたを信じます」
サリヤの優しい声を聞いてシェルは全ての神力を解放する。
(どうか私達を信じてくれる者たちに癒しの力を)
祈りの言葉が光の壁を消失させる。光は風に舞い戦場を包んだ。
*
甲冑が砕かれる不快な音が響く。慌ててノイアは振り向く。
振り向いた先には、甲冑を砕かれたブレイズがいた。だが、彼は何とか踏み止まり、敵の隊長クラスの手をしっかりと握り睨みつけている。溢れる血はまるで見えていないようである。自らが倒れたらこの場は終わり、そう思っているようだった。
ノイアは痺れる右腕を振り上げる。腕が悲鳴を上げた瞬間に彼女を温かな光が包み込む。これは癒しの術式。そして、この温かさは離れていても分かる。守ると決意した少女の温かさだった。
(結局、私が守ってもらってる)
ノイアは心の中でつぶやく。刹那、緑色の瞳に光が戻る。
腕が折れる事すら厭わない高速の剣戟が立て続けに投石器を揺らす。今なら破壊できると確信したノイアは一つ深呼吸をする。全ての力を右腕に込める。
戦場に響いたのは少女の叫び声。轟音と共に投石器がバランスを崩して倒れていく。それはずっと待ち続けた瞬間だった。
投石器が崩れ落ちるのを視界の端に捉えた瞬間に皆の瞳に光が戻る。心も体も全快した騎士は再度陣を組み始めていくように見える。その一部としてノイアも加わる。
先頭を走るブレイズの背を見つめてノイアは地面を駆け抜ける。グリア連合国の突撃を警戒して剣を握り直すが、彼らは呆気なく殿を残して後退していく。投石器が破壊された今はすでにここに留まる必要がないのだろう。彼らは即座に進路を変えて、首都を攻める王の元に向かっているように見えた。
*
日を浴びて怪しく光る剣が振り下ろされる。ここまでか、とジュレイドが諦めた瞬間。温かさが彼を包む。これは塔へと向かう際に自らの背に張り付いていた温もりだった。ジュレイドは自然と笑ってしまった。まさか自分が助けられる側になるとは思ってもいなかった。
剣を振り下ろすガイラルは不審な瞳をこちらに向けてくる。死の間際で笑っているのだから不審に思うのは当然だろう。だが、彼は少女の温かさに微笑まずにはいられなかった。無性にあの柔らかい髪をもう一度撫でたくなった。だから生き残る。こんな所では死ねない。
再び力を取り戻した体は反射的に動く。素早く左腰からナイフを引き抜いて振り下ろされる剣を止める。
ガイラルが驚愕で目を見開く。動けるとは思っていなかったらしい。そんな彼を冷静な瞳が貫く。振り上げられたのは一丁の拳銃。
無言で引き金を引いてガイラルの頭部を吹き飛ばす。鮮血を体に浴びてからジュレイドは立ち上がった。
*
投石器の岩が首都へと降り注ぐ様子を一度振り向いて確認したのはアルフレッド。首都が心配ではあるが今の脅威は目の前にいるアガレス。
両者が地を蹴ると同時に激しい剣戟が平原の草を切り裂き、地面を抉りとる。それでも二人は止まらない。おそらくこの二人のどちらかが倒れても、この戦争は終わらない。何か決定的な出来事でも起きない限りは止まらないだろう。
だが、お互いにこの小さな戦いにこだわった。お互いに皆の命を背負う者同士の一騎打ち。賢王とまで呼ばれる人間も相手の指揮官の度量を試したいのかと予想したアルフレッドは、その想いに応えるべき大剣を振るう。
アルフレッドは剛剣を横薙ぎに振るう。高速の一閃を後方に下がり回避したアガレスはゆっくりと剣を頭上に掲げる。まるでこちらを挑発するような構え。だが、アガレスの瞳はただただ鋭い。次の一閃で全ての決着をつけるつもりなのだろう。
アルフレッド自身もむろんそのつもりである。大剣を両手で握り、構える。刹那、地面を蹴った。アガレスも同時に地面を蹴る。
間合いに入り真っ直ぐに突き出されたのは大剣。目にも止まらない速度でアガレスの腹部を狙う。だが、アガレスは咄嗟に体を左側に捻り直撃を避ける。
「くっ……!」
アルフレッドは悔しそうに顔を歪ませる。手に伝わったのは甲冑を砕く手応え。右脇腹を切り裂く事には成功したが、これだけでは絶命には至らない。
「終わりだ」
低い声が聞こえた時にはアルフレッドは斬られていた。自らの身から舞った鮮血を空に見つめるのも一瞬、彼は最後の力を右腕に込める。
雄叫びを上げて右回りに回転するように剣を薙ぐ。無防備なアガレスの背中を切り裂き、ふらつく体を何とか保つ。
霞む視界の先にはこちらに止めを刺そうと振り向くアガレスの姿。そして、首都を破壊する投石器の岩。もはやここまでと瞳を閉じかけた時に温かな光が自らを包んだ。
*
投石器を騎馬の突撃で揺らし続けるのはジェイスの部隊。光の壁が失われた現在、放たれる岩は首都を着実に破壊している。
その代わりに癒しの術式が発動したらしく、ハーツメイツ神国の騎士達は息を吹き返しているように見える。残りはこの兵器を破壊すれば攻め手を失ったグリア連合国の騎士達は無策で突撃するか、撤退するかしか道はないだろう。
「もう一度だ!」
突撃用のランスを構えてジェイスは迷わず突っ込む。それを阻むのは投石器の前に展開している騎士達。手にしたボウガンを一斉に放ち、こちらの数を着実に減らしている。
もう少し騎士が多ければ駆逐できただろう。だが、元々は都市マーベスタに配置された一部の騎士達の集まりである。戦争に横槍を入れるには不十分な数である。特に戦局が混乱して、乱戦に突入している現在は数が多ければ有利という単純な殺し合いに成り下がっている。数が少ない騎兵部隊など逆に駆逐される側だろう。だが、彼らは一つの目的のために進む足を止めない。
ジェイスは放たれる矢をランスで弾き飛ばし、ただ駆け抜ける。後方からどれだけの騎士が追いついてきているのかは分からない。最悪は自分一人で破壊すればいい。本来の豪胆な性格が功を成して迷いは瞬時に晴れていく。
進路を塞ぐグリア連合国の騎士を馬で吹き飛ばした瞬間に、腹部に痛みを覚える。視線を向けると腹部に矢が二本刺さっていた。危うく落馬しそうな体を何とか手綱を握り支える。
「残りはあと5人……耐えろよ。この体」
全身で矢を受けてもジェイスは止まらない。目の前にいるのは騎士五人。一斉にボウガンを構えるのもお構い無しにジェイスは突撃する。進路を塞ぐ騎士を吹き飛ばした先に見えたのは突撃を受けて歪んだ投石器。
戦場に響いたのは雄叫びと、投石器が崩れる音。それと共にボウガンの矢がジェイスの甲冑を砕く音。
「まあ……こんなものかな」
ジェイスはつぶやいた瞬間に口から血が溢れる。さすがの癒しの術式も死に至る者はどうやら救う事ができないらしい。奇跡の力といっても都合はよくないなと思い、瞳を閉じる。それ以降彼が瞳を開く事はなかった。
*
延々と続いていた投石器の攻撃が止んだのを確認したアルフレッドは陣を後退させていく。幸いこちらは癒しの術式のおかげで、まだ戦える。投石器を失った時点で光の壁は必要ない。この癒しの術式の方が有効である。数で劣っていても軽い傷なら癒してくれる。その安心感は騎士達の士気を高めるには十分であった。
対するグリア連合国は疲弊しているように見える。シスターによる癒しを受けずに戦い続けているのだ。無理はないだろう。このまま全ての騎士が倒れるまで戦いを続けるか、それとも引くのか。
睨み合いを続ける中でグリア連合国の王は即座に決断した。手に持つ剣を放り投げて無防備に一人前進してくる。それに応えるようにアルフレッドも前進する。両者の声が届く間合い。しばし睨み合う二人。
「これ以上の戦は……無意味だ」
アガレスは短くつぶやく。
「それはこちらも同じだ」
アルフレッドは一つ頷く。
このまま両軍が激突すれば、ノリアス平原は死体の山になるだろう。相手への恨みはある。だが、勝つための有効な手段もなく殺し合いをするのは、もう一国が行う戦いではない。
どうしても決着をつけたいのであれば、お互いに必勝の策がある時のみ。そう言外に語っているように思えた。
両者は同時に背を向ける。これが戦いの終わりだった。今までの戦いは何だったのかと呆気なく思えてしまう終わり。再度、攻められた時には防ぎきれるのかは疑問ではある。
だが、首都から放たれるあの温かい神力の輝きがあれば負ける事はない、とアルフレッドは信じている。アガレスとて神力というこの大陸に満ちた力を軽視する事はないように思えた。数週間の平和となるのか、もう二度と戦う事はないのか。それは神しか知らぬ事だった。
*
翌日。
ノイアはいつもの獣道を歩いている。修道服この身に纏うのが今日で最後になるのは寂しくて仕方がない。だが、もう迷ってはいけないと思う。
ノイアは試験に落ちた。絶対的な神力を持った彼女だが、維持出来たのは一時間にも満たなかった。結果は戦力外通告。今日この日を持って彼女はシスターではない。素質が全てと語るこの仕打ちは、この大陸の冷たさを伝えるようでもあった。
ノイアに迫られた選択は、一人の女性として生きるか、教会の指導役となるか、そしてこの体にあるもう一つの力を使うのか。答えはすぐに出た。ショックではあったけれど、まだ自分は歩める。
簡単に自分を抜き去ったシェル。戦場を満たした彼女の光が今もこの国を存続させている。こんな奇跡をさらりとやってのける彼女に追いつきたいと思う。そのためには歩みを止める訳にはいかない。彼女の隣に立てるように歩み続けなければならない。
獣道を抜けた先にある二人の鍛錬場。そこにいたのはブレイズ。
「心配していたが……大丈夫らしいな」
素振りをしていた手を止めて微笑む。
「私が止まる訳ないでしょう? 私は騎士になる。そして、次こそはシェルを守る側になる!」
ノイアは唯一の友に宣言する。
「相変わらず不器用な生き方をする」
「そうね。でも、それが私なの」
苦笑して答えるノイア。
神力をその身に宿すために人を斬れないノイア。騎士になるとしても、また茨の道を進む事になるだろう。それでも彼女は神力を捨てない。それがシェルとの唯一のつながりだから。
そして、自らの神力は必ず次の戦争でも役に立つと思う。障壁を張り守るだけではなく、シスターと騎士を繋げる架け橋となれる。それが天から与えられたノイアの役割。
答えは試験ではなくて戦場にあった。自らを信じて続いてくれた騎士達。そして、シスターが先頭を走る事で得られたシスター、神力への絶対的な信頼。この国が進むには欠かしてはいけない絆だと思える。その答えを戦場で見つける辺りは、やはり自分が騎士なのだと思えてならない。
「険しいだろうが。これかも頼む」
ブレイズが片手を掲げる。
「ええ」
ノイアは青い瞳を真っ直ぐに見つめて腕を重ねた。
アルフレッドへの報告のために振り返った瞬間にノイアは緑色の瞳を大きく見開く。そこにいたのは荒い呼吸を繰り返すシェル。
「ノイア! 試験に落ちたって……指導役を断ったというのは本当なの?」
シェルは早口で述べる。
「落ち着けよ、お姫様」
ジュレイドがシェルの黒髪を撫でる。
「だって……あんなに頑張ったのに。それにもう同じ道は歩めないの?」
シェルが大きな青い瞳に涙を浮かべる。
「歩めるよ。すぐには無理だけど……シェルを守る立派な騎士になるから」
ノイアが微笑む。
「それなら……」
シェルがゆっくりとノイアに近づく。ノイアが小首を傾げた瞬間に小さな体がもたれてくる。久しぶりに感じるシェルの重さ。
「待ってる。ずっと」
優しい声と共にシェルがノイアを包む。ノイアの全身に言いようのない喜びが駆け巡る。思えばずっとシェルを抱きしめていない。ずっと堪えていた。
「今日くらいいいんじゃないの?」
ジュレイドがニヤリを笑う。その瞬間にノイアの心は素直になった。
「ありがとう」
ノイアは小さな体を優しく抱きしめる。
「うん」
シェルの幸せそうな声が耳をくすぐる。ノイアは溢れる想いを口にする。
「私はシェル……ただあなたを守りたい。それだけだよ」
ノイアの涙が黒い髪を湿らす。その想いに応えるようにシェルは抱きしめる腕に力を込めた。
「終わり」
シスター見習い編の最終回です。以降は「騎士編」へと続きます。