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ただあなたを守りたい  作者: 粉雪草
シスター見習い編
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ただあなたを守りたい シスター見習い編 7

ただあなたを守りたい シスター見習い編


―7―


「明日には敵と接触します」

 張り詰めたクレサの声が耳に届く。彼女が見上げているのは20メートルはあるだろう白亜の塔。神力に満たされ白く輝き続ける塔は自分達を拒んでいるように見える。逆にハールメイツ神国の騎士達は救いの光に見えるだろう。あれだけの神聖な光に守られていれば、シスターという存在を担ぎ上げたくなるのも理解はできる。

「いよいよか……」

 兵を率いているガイラルは無表情のままつぶやく。国を出てから表情一つ変えないガイラル。

 だがずっと見続けてきたクレサには分かる。彼は今、楽しくて仕方がないのだろう。この戦いを経て地位を取り戻す。そして、いつかは王アガレスとの再戦を望んでいる。ハールメイツ神国との戦争など余興の一つでしかないのだろう。

「このフィレイア平原は平坦。伏兵はないと考える」

 左隣に位置するバルデスは事務的な口調で報告。仮にハールメイツの軍神とまで呼ばれた男が守っているのであれば、どんな奇策を使ってくるかは分からない。だが、彼は都市マーベスタの守りについている。まさかここまで策を伝えているとは考えにくい。

「結構だ。ただ正面にいる敵をねじ伏せる。単純で分かりやすい」

 ガイラルが手を上げる。今までの横一列の横陣から、この国で使用頻度が高い、中軍が前に出て両翼を下げた「〈」の形をとる偃月えんげつの陣へと変更。先頭を進むのは当然ガイラル。力で大陸を統一すると述べる男が騎士の影に隠れているなどいい笑い種となる。そのため彼は常に最前線を好む。

「あなたを守り抜きます。何があっても……」

「あなたの覇道と共に……」

 二人の忠臣が左右につく。これで準備は整った。後は敵を殲滅するのみ。

「……抑えられんよ……この気持ちは」

 渇ききった声が漏れる。刹那、ガイラルは一人で先行する。その後を赤黒い甲冑を身に纏った騎士達が続いた。



「いいのかな……?」

 手に取っているのは騎士が装備する軽装。戦いとなるのであればこちらの方が動きやすく、そして防御力もある。だが、シスターが軽装をつけて戦争に出るなど過去に例がないらしい。

「やはりこっちか」

 軽装を置いて、いつもの修道服を手に取る。

「こんな事で悩むのはノイアくらいだよね。早くしないと風邪引くよ?」

 ベッドに腰掛けているシェルが楽しそうにこちらを見つめる。

 現在は就寝着を脱いで、薄い生地の下着だけ。さすがに体が冷えてきた。悩んだ挙句に風邪を引いたなど笑い話にもならない。

「私の目的はシェルを守ること……なら一番適した物を選ぶべき。悩む必要なんてないんだ」

 ノイアは修道服をゆっくりとベッドに置く。薄手の服をまず身に纏い、それから軽装に手を伸ばす。

「騎士のノイアかぁ……」

 シェルが頬に両手を当てて赤らめる。見つめ続ける事数分。軽装を纏ったノイアは惚れ惚れするほど凛々しかった。男性であれば一目惚れをしてしまったかも、とシェルは思う。

「まだシスターなんだけど……」

 ノイアは呆れながら少女を見つめる。やはり自分は騎士よりの人間なのだろうか。ならば何故私の中には神力があるのだろうか。その答えをまだノイアは出せていない。

「――今まで聞いた事なかったんだけど、どうしてシスターになりたいの? 騎士団団長から直々に声が掛かるなんてすごい事だよ」

 シェルが拳を握って見つめる。なかなか痛い所を突かれた気分だった。ノイアは一度手を握る。そして、開く。その間に考えは纏まった。

「私には神力がある……その理由を知りたい。そのためにはシスターになるのがいいと思ったの。このまま騎士になっても……人を斬れない騎士なんて何の役にも立たない。何をやっても中途半端。それが私」

 ノイアが自嘲の笑みを浮かべる。シスターとしても騎士としても中途半端な存在。神力を捨ててしまえば騎士として結果を残せたかもしれない。だが、それは己の半身を失うような気がしてならない。答えが欲しい。それがノイアの気持ち。それは正式なシスターとなる試験の中にあるような気がする。

 シェルは難しそうな顔をして唸っている。

「それともう一つ……規格外の神力で光の壁を作れば、どんな攻撃でも弾き飛ばせるような気がしたの。そしたらシェルが安心して暮らせるでしょう?」

 ノイアは柔らかい黒髪を優しく撫でる。シェルは難しい顔から花が咲いたように微笑む。この少女にはこれくらいの理由の方が分かりやすいらしい。

(……私はまだこの子に依存してるのかな……)

 ノイアはシェルを撫でながら心の中で思う。それと同時にこの戦いで見つけようと思う。自分のあるべき姿を。



 翌朝。

 ようやく日が昇ったのを合図に赤黒い甲冑を纏った騎士の姿が見えた。途中で馬を捨てたらしく徒歩で確実に歩を進めてくる。その中に見える騎士五、六人が持つ丸太のような攻城兵器は塔を破壊するためのものだろう。国を支える塔を破壊する禍々しい兵器からは目を離す事はできなかった。

 戦場となるのはフィレイア平原。今までこの平原で戦争をした事はない。生命力に満ちた草で覆われた広大な平原を進む赤黒い集団は、この地を汚しているようにしか見えない。

「いいのですか?」

 左隣に立つマイセルが言葉を掛ける。

 声を掛けられたハーミルはゆっくりと振り向いた。彼女が握っているのは金属棒。いざという時のために自衛するためのものだ。だが、とりあえず持っているだけでどこかぎこちない。おそらく振り回した事などないのではないだろうか。

「ここを任されたのです。黙って見ている訳には参りません。障壁を張り援護します」

 毅然と言い放つ。ノイアは戦場を騎士と共に駆け抜けたと聞いている。ならば自分も騎士と共に戦うべきだと思う。もうシスターは守られるだけではいけないのだ。共に戦場に立ち、国を守る。それでこそ対等だ。

「……守りは任せる」

 セクメトは短くつぶやき自身の兵を率いて前方へと突き進む。

 ハールメイツ神国が取った陣形は前方にセクメトが率いる「中隊歩兵陣形」。横三列に並び、列を入れ替える事で持久戦に持ち込む陣形である。また列が分かれているため散開がしやすく、敵が得意とする偃月えんげつの陣の側面を攻撃するにも適している。

 では、肝心のハーミルの守りはどうしているか。塔の前方ではマイセルを中心とした重歩兵が「密集陣形」をとっている。大楯を並べ、その間から槍を突き出し接近した敵を貫く守りの陣である。そして、彼らが守るのはハーミルだけではない。戦場に置かれた投石器の周囲にも大楯を構えた騎士が配置されている。投石器の数は左右に二台ずつの計4台。最大射程は150メートル、放つ事ができる岩の重さは70キロが限界。城や砦を攻撃する攻城兵器と比べれば、威力が抑えられた物ではあるが人に対しては有効である。

 詰まる所、今回の戦いは「中隊歩兵陣形」と投石器の連携が勝敗を決めると言っても過言ではない。対するグリア連合国は攻撃に特化した陣形。目的は単純に一点突破である。

 緊迫した空気に満たされた平原を赤黒い集団が疾走。一切の迷いなく、こちらに突撃する様は恐怖を感じずにはいられない。

 だがセクメトはただ前を見つめる。この程度で負けるようでは騎士団団長になどなれはしない。

「――二列目、弓を用意。一列目は交戦開始!」

 セクメトの叫びを聞いて騎士が反射的に動く。空に放たれたのは、二列目が放つ矢と、投石器から放たれる岩。勝負の幾重を左右する初撃。セクメトは敵に鋭い視線を向け続ける。だが、彼はすぐに目を見開く事になる。

 戦場の上空に閃光が輝く。輝きの正体は幾重にも張られた障壁。驚くべきはその障壁が矢だけではなく、投石器から放たれた岩までをも粉々に破壊したからである。

「ぐっ……これでは!」

 セクメトは即座に騎士達に視線を走らせる。

「う……あ……」

 隣にいた騎士が数歩後ずさる。要である投石器を防がれたのだ。無理もない。そして、迫るのは臆するという言葉からは無縁の者たち。ハールメイツ神国が陣を変更する間もなく、グリア連合国の騎士が迫る。

(破られる……!)

 セクメトが苦渋の表情を浮かべた瞬間。目の前に障壁が展開。

「臆してはなりません! 我らは負けられないのです!」

 戦場に響いたのはハーミルの怒声。刹那、騎士達の表情に光が戻る。グリア連合国の騎士が障壁を突破する前にセクメトは叫ぶ。

「一列目散開! 包囲せよ!」

 刹那、一列目が左右に素早く分散。防御の薄い側面からの挟撃で敵の勢いを削ぐためだ。それと同時に二列目は弓を捨てて鞘から剣を抜き放つ。二列目に位置するセクメトも剣を構えて敵の指揮官を睨みつける。三列目は援護のために素早く腰のボウガンを引き抜いた。


「ほう。持ち直したか」

 ガイラルは敵である禿頭の男を見つめ感嘆の声を出す。だが、こうでなければ張り合いがない。

「参ります」

 つぶやいて駆け抜けるのはクレサ。自らの身長をはるかに超える2メートルの槍を持ち、敵の指揮官目掛けて突き進む。

 刹那、先行したクレサ目掛けて無数のボウガンの矢が戦場を駆け抜ける。だが、先行する少女は身構える事もなく槍を握る。

「――神聖なる神よ。我らに守りの力を」

 クレサが言葉を紡ぐ。障壁がボウガンの矢を弾き飛ばす。勢いをそのままにはただ戦場を駆ける。ガイラルがそう願う通りに。


「彼女が原因か。畳み掛けろ!」

 セクメトは指示を飛ばすと共に自らも地面を蹴る。地を蹴った彼よりも速く二人のハールメイツ神国の騎士が神力を持つ少女に向けて斬りかかる。相手は武器を破壊するだけ。気をつけていれば脅威ではない。彼らの基準は自国の聖騎士ルメリアだった。その油断が二人の命を奪う。

「邪魔です」

 少女は短くつぶやくと同時に右側に見える騎士の喉を貫く。そのまま横薙ぎに振るい吹き飛ばす。次の瞬間には少女は障壁を展開。隙を突いたつもりの騎士の剣を障壁で止め、すかさず腰に装着している騎士剣で一閃。舞い散る鮮血が少女の頬を汚す。倒れていくのは銅を切断された騎士。

 ハールメイツ神国の騎士達は一瞬足が止まる。神力を持つ者が人を殺める。それはシスターを、神力を国の支えにしている者達からしてみれば理解し難い事だった。国の根底を揺るがされるに等しい蛮行。彼らが足を止めるのは至極当然であり、そして、その一瞬の空隙をグリア連合国は見逃さない。

「後は任せろ」

 黒髪の少女の隣を駆け抜けるのはバルデス。クレサは素早く騎士剣を鞘に戻して、槍を構え直す。頬について血を拭う事もなく再度、地面を駆け抜けた。



 剣響が戦場に響き渡る。騎士達の叫び声はもう耳には入らない。耳にしていいのは金属の音と、敵の息遣いのみ。

「……」

「……」

 お互いに無言で剣をぶつけ合うのはバルデスとセクメト。周囲の騎士は援護したくても出来なかった。高速でぶつかり合う剣戟に舞い続ける火花。もはや二人だけの剣を止められるのは片方のみに見える。いつまでも続くと思われる終わりの見えない死闘。

 だが響く剣響に不快な音が混じる。セクメトの剣に亀裂が走ったのだ。

「悪いが終わらせる」

 バルデスが短くつぶやく。刹那、騎士剣が振り上げられる。宙に舞ったのは砕けた騎士剣。

「くっ……」

 武器を失ったセクメトはすかさず後方に下がる。追撃を警戒したが、バルデスはその場を動かない。代わりに視界に入ったのは黒髪の少女。セクメトが距離を取るよりも速く手にした槍が駆け抜ける。セクメトの銅を正確に貫き、漆黒の瞳がセクメトを睨み続ける。

「この程度……!」

 セクメトは体を貫いた槍を両手で掴む。全ての力を両手に込める。少女が驚き槍を引かせるよりも速く、金属槍をへし折る。セクメトは数歩ふらつくも体勢を整え、地に落ちた剣を手に握る。

「お前達……俺に構うな。敵を……一人でも減らせ!」

 血を吐きながら指示を飛ばす。あと少しで挟撃は成功する。敵の兵力を半分に落とす事はできるだろう。唯一の懸念は目の前にいる男と少女。彼らを残しておけば中央を突破されてしまうだろう。霞む視界で剣を交えた男を見るセクメト。彼はすぐさま距離を縮める。視界に入ったのは光を帯びて輝く銀閃。

「いい指揮官だった」

 声が耳に届くと同時にセクメトは斬られていた。もう助からないのは頭では分かった。だが、その前にやる事がある。まさか自分が国のために、あの小生意気な娘のために命を捨てる時が来るとは夢にも思ってはいなかったが。

 刹那、獣の咆哮が戦場に轟く。咆哮をあげた渦中の人物を皆が見つめる。止め処なく流れる血を気にする事もなく剣を真っ直ぐに構える。

「ちっ……」

 バルデスはすかさず横薙ぎに剣を振るう。その一閃を受けてもセクメトは止まらない。獣のように真っ直ぐに突撃する。

「――くたばれ!」

 セクメトは叫ぶと同時に高速の突きを繰り出す。甲冑を砕き、バルデスの体を深々と突き刺す。この男だけでも地獄に連れていく。全ての力を腕に込める。これが自分に出来る最後の勤め。

「油断したな、バルデス」

 渇いた声が耳に届く。

 刹那、セクメトの視界に入ったのは自らの首を狙う一閃。それがセクメトの見た最後のもの。鮮血が舞うと同時に全ての力を失う。

 バルデスは腹部に刺さった剣を強引に引き抜く。

「この不覚は次の戦場で」

 腹部から流れる血を苦々しく見つめ、絶命した敵の指揮官を静かに見つめた。



 都市マーベスタ北にあるハーマイト平原。その平原を挟むように睨み合っているのは漆黒の鎧を纏ったグリア連合国の騎士と、都市マーベスタを守るハールメイツ神国の騎士達。

 都市マーベスタには守るべき塔はなく首都が狙われている今は防衛する価値は総じて低い。だが、ここを突破されるという事はさらなる援軍を首都に送ってしまうということ。ハールメイツ神国はこの場を守り抜き、可能であれば首都へと援軍を送る必要がある。

「まだなのか?」

 隣にいる軍神に問うたのはジェイス。

 軍神はただ前だけを見て全く動かない。時折、何かを考えるように顎鬚に触れるのみである。

 睨み合いを続けてすでに三時間。敵はギルベルトの策に警戒して動かず、ギルベルトもまた陣を動かなさない。ハールメイツ神国の陣は横陣。ただ一列に並んでいるだけだ。何か策があるようには見えない。だが、あまりにも単純で何をしてくるのか分からないという、不審な行動を取り続けるハールメイツの軍神にグリア連合の騎士は疲弊しているようにも見えた。それが目的ではないかと勘繰ってしまいそうになるほどである。

「そろそろ降りますかな」

 ギルベルトは空を見上げる。見上げた空はこの陰鬱な争いに似合った真っ黒な雲。すぐにでも雨が降ってもおかしくない空模様。

「いや……もう降っているな」

 グレンも空を見つめる。まばらな雨は次第に強さを増していく。数秒と経たずにバケツを引っくり返したような雨が降り続く。もはや敵の姿はおぼろげにしか見えない。

「それでは手はず通りにランプを!」

 ギルベルトは前方を睨み指示。敵にまだ動きはない。今のうちに策を展開する必要がある。指示通りに騎士達が一斉にランプを構える。剣を鞘に戻してランプを両手に持つ。この雨でもガラスに守られたランプは煌々と輝く。その輝きは敵にこちらの位置を正確に伝える。

「俺達は側面に移動だ……悟られるな」

 ジェイスが半分の兵を率いて北東に向けて移動を開始。彼らはランプを持つことはない。現在の視界の悪さでは移動には気付かれないだろう。それよりも目の前でいきなりランプを燈している奇怪な行動に視線が集中し、こちらには視線すら向けないだろう。

 今後は折を見てジェイスは首都へ、グレンは敵の側面へと奇襲する手筈になっている。昨日の作戦会議とは内容が異なるが、軍神を信じるしかないだろう。


 グリア連合国の騎士は混乱していた。雨が降る事は誰にでも予想は出来た。ハールメイツ神国がそれを待っているのも薄々気付いてはいた。だが、ランプを燈す意味が分からない。これでは視界が悪くなったというのに、位置を知らせているようなものだ。

「何がしたい……」

 グリア連合国の指揮官は独語する。ランプの数と先ほどまでの騎士の数は同じ。おそらく一人に一つランプを燈しているのだろう。動きはなく雨が降る前と何ら変わらない。警戒をするにしても何をしていいのか検討もつかない状況。

 率いている騎士に視線を向けると戸惑い、不安、恐怖が感じられる。激しい雨も重なり着実に体力を奪われている。ガイラル、そして王アガレスが率いる騎士はどんな恐怖にも屈する事はないが、目の前にいる平凡な騎士にはこの不可解な状況は耐えられないだろう。こんな恐慌状態で敵と戦えるのだろうか。そんな疑問が幾度となく脳を駆け巡る。

 そんな指揮官の不安が騎士に伝わったのか、最前列にいる騎士が恐怖を打ち消すために鞘から剣を引き抜く。ただ一人が剣を抜くという全体から見れば些細な行動。だが、この特殊な状況下では皆に瞬時に恐怖が伝わる。全ての騎士が鞘に手を掛ける。響いたのは鞘から剣が抜き放たれる金属音。

「くっ……敵の策かもしれないが……これが限界か」

 指揮官自身も鞘から剣を引き抜く。それを合図にしたように騎士が剣を構えて突撃の体勢を整える。

「陣は鋒矢ほうし。突撃せよ!」

 指揮官の叫び声が響いた瞬間に、騎士は恐怖を一瞬で闘志に変える。咆哮を上げて雨で濡れた平原を駆け抜ける。すぐさま「←」の形に陣を整え、指揮官は最後尾につく。突破力と攻撃力に特化した鋒矢ほうしの陣。側面の攻撃には対応できないという視界が限られた戦場においては不適な陣。これほど極端な陣を選んだのは、恐怖の対象である軍神を絶対的な突破力で叩くためである。それ以外にこの身に纏う恐怖を拭う方法はない。皆の考えはその一つに固まっていた。


「来ましたか。もういいですよ」

 ギルベルトが手をかざす。騎士達は両手に持ったランプを地に置く。敵はどうやらランプの数を見てこちらが全く動いていないと誤認したらしい。ここまでは予定通り。後は側面からの奇襲を受けた敵部隊を壊滅させるのみである。

「陣は魚鱗ぎょりん。一気に殲滅します」

 ギルベルトの落ち着いた声を受けて騎士達は地面を駆けながら陣を組む。

 中心が前方に張り出し両翼が後退した陣形。「△」の形に兵を配する突撃の陣。ギルベルトは攻撃の際はこの陣を好む。陣が横に広がらない分だけ包囲されやすいが、魚の鱗一枚一枚のように部隊が密集して進むため情報伝達が早く、少数兵力でも正面突破が容易な陣だからである。現在は部隊を二つに分けているため、このような攻撃に特化した陣でなければ相手と対等に戦う事は不可能である。

「側面からの攻撃を合図に突撃します!」

 陣の底辺の中心に位置するギルベルトが叫ぶ。騎士達は軍神の策を信じて、平原を駆け抜けた。



 指揮官セクメトの死。どんな戦いであれ指揮官の討ち死にはもっとも避けねばならない事の一つである。指揮官を失えば、統率の取れない兵は各個撃破されるのみ。どれだけ優勢でもひっくり返ってしまう。そういう意味ではグリア連合国が行う士気を高めるために、指揮官が突撃するという策は愚策と取られる事もある。

 だが、今回の戦いにおいてハールメイツ神国は止まらなかった。もはや自分達に逃げ道がない事が分かっているからだ。ならばもう敵を倒すしかない。背水の陣へと追い込まれた彼らはさらに勢いを増しているようにも見えた。

「挟撃を受けたか」

 ガイラルは後方を見て苦々しくつぶやく。

 敵の一列目は左右に散開し、もろい側面を正確に崩す。それだけならまだ何ともない。現在、危惧すべきは目の前にいる大楯部隊。寄れば楯の隙間から垣間見える槍が猛威を振るい、重ねられた大楯は生半可な攻撃を軽々と吹き飛ばす。その防御力を支えているのは守られているシスターの少女。時折、大楯から覗く彼女は毅然と立ち、騎士に指示を飛ばす。その様はまさに指揮官だった。


「怯まないで下さい。絶対に抜かせてはなりません!」

 ハーミルの言葉を聞いて重騎士が楯を持つ手に力を込める。攻撃の足が鈍った敵を投石器が狙い陣を崩していく。その間に前方にいる部隊はグリア連合国の騎士を包囲するために戦場を駆け抜ける。短期決戦から消耗戦へと移行したこの戦いにおいて、重騎士が多いハールメイツ神国は有利にも見える。それが唯一彼らを支える拠り所である。

 それと共に彼らを支えているのがシスターの第二位。セクメトが討ち死にしてからは部隊を指揮をしているのは彼女だ。才女と言われるだけはあり、指示はまさに的確。また、癒しと守りの術式のおかげで長期戦をも可能にしている。これが初戦とは信じられない手際のよさに、すでに彼女からの指示を疑問に思う騎士は一人もいない。

「このまま粘れば勝てないことはありません」

 気丈な声が騎士を震わせる。もしかすれば勝てるかもしれない。その想いが彼らの心を支え続ける。

 現在、グリア連合国の突撃を大楯部隊が止め、前方に出た部隊が包囲を完了させた。一斉にボウガンを構え各個撃破へと移行する。ハールメイツ神国の包囲殲滅か、圧倒的な攻撃力による正面突破が早いか。お互いに撤退という言葉が頭から抜け落ちた戦場はまるで地獄だった。


 その中で脅威となるのがグリア連合国の黒髪の少女。神力をその身に宿したクレサは的確に障壁を展開。大楯の隙間から飛び出す鋭い突きが展開された障壁と激突。すかさず勢いが死んだ槍を左手に握る騎士剣で切断する。

 ハールメイツ神国が次の攻撃に移るよりも速く、クレサは全ての力を左手に込める。その小さな体では予想もできない剛剣が大楯を持つ騎士を数歩後退させる。

「よくやった……行け」

 渇いた声と共に踏み込んだのはガイラル。数歩後退した重騎士に追い討ちの一閃を浴びせた瞬間に即座に指示を飛ばす。

 指示を受けたグリア連合国の騎士がその間隙を正確に貫く。

 先ほどからこの流れるような連撃で徐々に重騎士の層が薄くなっている。さすがのハーミルも全てをカバーするのは限界であり、陣を組み直すとしてもいつまで持つのか分からない。


 重騎士をまとめるマイセルは守るべきシスターの前に立ちその様子を見ていた。この場に来るのも時間の問題。大楯部隊は限界をすでに超えている。頼みの綱であるハーミルも障壁を張り続けた結果、見るからに疲弊している。気丈に振舞っているが限界である事は誰が見てもすぐに分かる。

「何とかお守りしなければ」

 マイセルは前方を睨む。

 新たな間隙をから飛び込んできたのは黒髪の少女。神力を持ちながら迷いなく人を殺める少女。幼さを感じさせる可愛らしい表情とは、あまりにもかけ離れているように思えてならない。そして、この小さな体のどこにそんな力があるのか突破した瞬間に、大の男共を蹴散らして進んでくる。狙いはマイセルの後ろにいるハーミルだろう。

「来ましたね……」

 マイセルは大楯と剣を構える。見ているのは黒髪の少女ではない。騎士達によって作られた道を歩む敵の指揮官。この戦いを楽しんでいるかのような狂喜の瞳を向けてくる男。ハールメイツ神国の騎士はこの男が不気味でしかない。

「――この命に替えても」

 マイセルはつぶやくと同時に地面を蹴る。一度瞬きをする間に高速の突きがマイセルの銅を狙う。刹那、大剣が走る。槍を吹き飛ばして目の前にいる不気味な男へと大楯を構えて突撃する。

「邪魔だ」

 短い声と共に振り下ろされるのは剛剣。常人ならば軽く吹き飛ぶ一撃を、マイセルは難なく受け止める。火花が散るのはただの一瞬。圧倒的な膂力で剣を押し返す。

「――はぁ!」

 短い気合の叫び。押し返された事に驚きを隠せない男の銅に向けて、圧倒的な膂力と共に全てを破壊する大剣が迫る。

「惜しいなぁ」

 当たれば即死の一撃。だが、目の前の男は不適な笑みを浮かべるだけだった。自らを守ろうともせずに剣を振り上げる。その瞬間にマイセルは自らの失敗を悟る。

 大剣が輝く壁に触れて弾き飛ばされる。バランスを崩したマイセルに避ける猶予はない。だが、頭部を狙う一閃をすかさず左に動いて致命傷を避ける。

「ほう」

 心底戦いを楽しむ声が耳に届いた瞬間に右肩に火傷をしたような熱さが伝わる。重騎士用の厚い甲冑でなければ右腕を切り落とされていただろう。衝撃に数歩下がった所で次は背中に燃えるような痛みが走る。おそらくあの少女に貫かれたのだろう。自らを貫いた鋭利な槍を、大楯を離した左手で掴み固定するマイセル。それと同時に鋭い眼光が目の前の男を睨む。

 刹那、振り下ろされたのは止めの一閃。マイセルはその一閃から視線を外さない。

「投石部隊……岩を飛ばせ! 目標は私だ!」

 マイセルは力の限り叫ぶ。一閃を体で受け止めた瞬間。マイセルの手が討つべき相手の腕をしっかりと捕らえる。

 しばし睨み合う二人。そんな彼らを狙うのは投石器が放つ岩。直撃すれば即死。それは分かっているがマイセルは離さなかった。自らの命で国が救われるのなら本望だった。これで終わりと思い瞳を閉じかけた時に少女の声が響いた。

「させません!」

 悲鳴にも似た声が背後から響く。声を上げた少女はすかさず突き刺している槍を離し、腰にある剣を引き抜く。甲高い金属の音を耳にした瞬間に、マイセルの右腕に痛みが走る。

「く……ここまできて」

 マイセルは苦渋の表情を浮かべる。そんな彼を嘲笑うように見たのは後方へと飛ぶガイラル。彼を仕留める事すら自分には出来なかったらしい。この右腕があと数秒でも掴んでいれば。そんな後悔すら許されない。もう自らの一生は尽きてしまうのだから。

「マイセルーーーー!」

 ハーミルは力の限りに叫ぶ。彼女の神力が障壁を展開。

 マイセルが頭上を見上げた瞬間に岩が障壁によって砕かれる。降り注ぐのは障壁が破壊できなかった岩の塊。

 死を逃れたマイセルは即座に距離を取る。ハーミルの元まで戻り、落ちている剣を拾う。痛む右手から左手に持ち替えて眼前を睨む。

 眼前に迫るのは五、六人のグリア連合国の騎士が運ぶ丸太のような攻城兵器。包囲をしている部隊も懸命に数を減らしているがとても凌ぎきれない。もう負けは見えている。

「最後まで諦めてはなりません!」

 ハーミルが声を張り上げる。彼女だけはまだ諦めていない。神力が切れたのなら自らの体を攻城兵器にぶつけてでも止める気だろう。そんな事で彼女の命を散らせる事は許されない。

 ならばマイセルが取るべき行動は一つ。皆も同じ考えなのか視線がマイセルに集まる。彼は一つ頷いて剣を手放した。

「申し訳ありません……ハーミル様」

 マイセルはつぶやいた瞬間にハーミルを左腕で抱き上げると同時に戦場を駆ける。向かうのは首都クロイセン。彼女だけはこの場で死なす訳にはいかないのだ。どんな罵りの言葉を受けようと、どれだけ蔑まれたとしても止まる訳にはいかない。

「何をしているのですか! 私が退いては戦って散った者は!」

 ハーミルはマイセルの肩を掴む。だが彼は離さない。何としても首都へと送り届ける。そんな彼の考えを理解したハールメイツ神国の重騎士は彼らを追うグリア連合の騎士に総攻撃を開始する。

「恐ろしいな」

 ガイラルは短くつぶやく。

 負けは見えているのにまだ戦おうとするハールメイツ神国。誰一人として逃げ出す者はおらず、ただ国を支えるシスターのために命を捨てる騎士達。

 彼らの瞳にはまだ勝利を求める輝きがあった。それが理解できない。今でも攻城兵器が塔を破壊しようとしている。残るは討って出て来たハールメイツ神国の部隊を叩いて終わり。だが、彼らは仲間の勝利を信じて疑わない。

「――何だというのだ!」

 ガイラルは叫んでいた。勝利はした。だが、この胸を駆け巡る不安を拭う事ができない。そんな彼の耳に馬が平原を駆ける音が響く。ゆっくりと振り向くと漆黒の甲冑に身を包んだ王アガレスの姿が見えた。彼に続くのはグリア連合国の主力部隊。

「時間を掛けすぎたか」

 苦々しくガイラルがつぶやく。こんな塔などすぐに攻略して、そのまま首都へとなだれ込むつもりだった。だが、追いつかれたのであれば、共に首都を目指すしかないだろう。胸を駆け巡る不安を捨ててガイラルは光を失う塔を見つめた。



 耳に入るのは雨音のみ。降り止む事がない雨を全身で浴びながらグレンは前方を睨む。目の前に見える兵は自部隊の兵のざっと四倍はあるだろう。

 途中でジェイスの部隊と分かれたため数では心もとないが、生き残るためには側面からの奇襲を成功させるしかない。後はギルベルトが正面から陣を崩し、その間に指揮官を討つ事がグレンの役目である。

 敵はすでにこちらを発見しているのか警戒して速度を緩める。だが、彼らの陣を見て奇襲が成功する事を確信する。陣の変更を許さずにただ突撃するという攻め方は、まるでジェイスのような戦い方だと思う。常に冷静に指示を出すグレンには似合わない戦法だった。だが、この方法しかないのであれば引くつもりはない。表情を引き締め、手に持つランスをしっかりと握り締める。


 グリア連合国の騎士は鋒矢ほうしの陣を崩さずに平原を駆け抜ける。だが、突如その歩みが緩慢になる。まるで何かの障害物に阻まれたように足が遅い。突撃の陣において、それはもっとも避けねばならない事である。

 陣の後方を走るグリア連合国の指揮官は怪訝な顔で眉根を寄せる。だが、すぐに彼にも原因が判明する。

 視界に飛び込んで来たのは騎馬隊。数は対した事はないが、どこから現れたのか想像もできない神出鬼没の部隊を目にすれば、足が鈍るのは仕方がない事だろう。

「どこに潜んでいたというのだ……援軍か?」

 指揮官は突如現れた敵に困惑を隠せない。

 側面から陣を突かれる。最悪の思考が走った時には、先頭を進む隊はすでに前方にいるハールメイツ神国の歩兵隊と衝突する寸前。今、陣を変えればその間に殲滅されてしまう。そして、指揮官が後方に位置するこの陣で、最前線を走る兵に指示を飛ばすのはすでに不可能である。


 その迷いを正確に感じ取り、グレンは口を開く。

「側面を突けば勝てる。続け!」

 雨の轟音に負けずに叫ぶ。騎士は先頭を進むグレンに負けない咆哮を上げる。ただ目指すのは後方の指揮官のみ。

 ハールメイツ神国の騎士はすかさず突撃用のランスを構える。刹那、目にも止まらぬ勢いで駆け抜ける騎兵。突撃を受けたグリア連合国の騎士は突風に吹かれた紙のように次々と宙を舞う。何とか踏み留まる騎士は後続のランスが正確に貫く。

 漆黒の甲冑を纏った一団が後方に注意が向いた瞬間。怒涛の勢いで押し寄せてくるのはギルベルトの歩兵隊。二倍の兵力をもろともせずに足が鈍った騎士を的確に潰していく。この突破力であればギルベルトの部隊とも容易に合流できるような気がする。

 だが、グレンは自らの手で決める事を選んだ。目の前で混乱した騎士を馬の突撃で弾き飛ばし、騎士の中で一人豪華な鎧を纏う人物を見つける。

 その人物が引きつった顔を浮かべた瞬間。グレンはランスを構えて右腕に力を込める。放たれたのは目にも止まらない鋭い突き。引きつった表情を変える間もなく頭部を正確に貫いた。

 上がったのはグレンの咆哮。雨音に勝る咆哮が戦場を満たす。

 グリア連合国の騎士の足並みがさらに落ちる。それどころか間を置かずに完全に停止する。これは勝利の咆哮だった。グリア連合国の騎士は後ろを見ることもなく確信した。指揮官が討たれたのだと。ならば前を走る自分達はどうすればいいのだろうか。前を進んだとしても勝ち目はない。後ろにも下がれない。そんな彼らに向けられたのは一つの声。

「すぐに武器を捨て、投降しなさい!」

 聞こえたのはハールメイツの軍神の声だった。

 騎士達はしばらく逡巡した。ここで朽ちるか、それとも投降するか。

 答えはすぐに出た。地に落ちたのは白銀の剣。ここで全滅するよりも、都市マーベスタに留まる方が正しい。王アガレスが勝てばこの場から逃れられる。そして、グリア連合国の騎士を捕虜にするなら、彼らはこの場に兵を置くしかない。新たな援軍を首都クロイセンに送るのを防ぐ、そういう意味ではこの行動が正しいのだと思える。

 おそらく軍神はそれが分かっていている。無駄に命を奪おうとしない、その人柄には惹かれるものがある。グリア連合国に所属する多くの騎士は、なぜ敵としてこの場に立つ事になったのか残念に思う者も少なくはなかった。



 首都を覆う光の壁が薄れたと同時に、ハールメイツ神国の騎士は首都の中央に集まる。大聖堂のドアの前に立つ騎士団団長は拳を上げてからゆっくりと口を開く。

「――塔が崩れた今……もはや我らの道はただ一つ」

 アルフレッドの言葉を皆は口を閉じて待つ。

「光の壁より外に出て……首都を防衛する」

 予想通りの声が耳に届く。

 ここに籠もっていても、投石器などの攻城兵器に攻撃されれば終わり。この国を守るには討って出て脅威を排除するしかないのだ。そして、自分達が最後の戦力。援軍を期待するのは絶望的だ。自分達の力に全てが掛かっている。恐怖も感じるが、それと共に最後に戦える事を誇りに思う騎士は多い。彼らの表情はどこか穏やかだった。


 騎士団団長の言葉を聞いていた銀髪の青年はふと隣に立っている人物が気になった。新緑の瞳はただ前で演説をする騎士団団長に注がれていた。そんな彼女の気持ちを確認しておきたい。

「いいのか?」

 ブレイズは隣に立つノイアに問う。軽装まで身に纏い、騎士に混じる彼女はどこか無理をしているようにも見える。

「シェルを守るには……もうこの方法しかないから」

 ノイアは薄く微笑む。ただ守りたい少女のために自ら剣を取る事を選んだ彼女。そんな彼女はやはりブレイズがよく知るノイアだった。

「お前らしいな。ならば……守ろう。一緒に」

 ブレイズは腕を掲げる。温かい微笑を向けて。

「当然」

 ノイアは微笑んで彼の腕に自らの腕を重ねる。軽い金属の音が響く。これが二人を結ぶ絆の音。二人で歩めば絶対に止まらない。守るべき人を守れると強く信じる事ができる。ブレイズはどこまでも友と共に戦いたいと思う。この命が尽きるまで。



 大聖堂に集まっているのは現職のシスター。

 教壇に立つのはシスターの第一位であるサリヤ。その彼女を中心として、円を描くようにして集まったシスターは光の壁の維持に全ての神力を集めている。それだけの力を集めてようやく失った塔一つの神力を補う事が出来ている、というのが現状である。彼女達の神力が尽きれば首都を守る壁は失われる。それだけは外で戦う騎士達のために何としても避けなければならない。

「……っ……」

 現職のシスターに紛れて祈るシェルは両肩の震えを何とか止める。こんな事で震えていてはいけない。ノイアは戦場に出る。自分も自分に出来る事をしなければいけない。もう守られているだけではいけないのだ。それでも何か心の支えが欲しい。そう思わずにはいられなかった。

 そんな時に髪を優しく撫でる大きな手を感じる。神力を断たずにゆっくりと視線を向ける。そこに立っていたのは黒いコートを羽織った男性。いつもの陽気な笑顔を浮かべてシェルの黒髪をただ優しく撫でている。今まであまりにも祈りに集中していたために気付けなかった。彼女の心を支えるもう一人の人物がそこにいた。

 シェルはゆっくりと茶色の瞳に視線を合わせる。彼は一度微笑む。

「行ってくる。だから……お前も頑張れ」

 短くつぶやいてジュレイドは背を向ける。

 失われる手の温もりが寂しくて仕方がない。でも、心の中には確かな力を感じる。これなら戦いが終わるまで頑張れる。シェルは再度祈りに集中する。どうか皆が無事でいますように。そして、また笑い合えますように。彼女の祈りはシスターの第一位を通じて光の壁を輝かせた。


ここまで読んでいただきありがとうございました。短くてもいいので感じた事を感想にて伝えていただければ幸いです。

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