ただあなたを守りたい シスター見習い編 3
ただあなたを守りたい シスター見習い編
―3―
「本格的に降ってきたな」
ジュレイドは空を見上げる。戦闘の終わりと同時に強さを増した雨。数分立っているだけでコートはずぶ濡れ、張り付いた髪は不快でしかない。ジュレイドは一つ溜息をついた。
「急ごう」
ブレイズは表情を変えずに素早く馬に乗る。ノイアは不安そうにシェルを見つめながらブレイズの後ろに乗る。
「一人で乗れるか? お姫様」
馬に乗ったジュレイドが問う。
シェルは一つ頷いてから後ろに乗った。大柄な男二人で馬に乗るのはさすがに無理があるので組み合わせを変えたのだ。シェルをどちらが乗せるかで揉めたが、シェル本人の要望でジュレイドに任せる事にした。単純な強さだけなら何も問題はないのだが、いつ裏切るのか分からない男に重要人物を任せるのは不安で仕方ない。
「行こう!」
シェルが嬉しそうに拳を上げる。シェルは気さくなジュレイドが気に入ったらしく、終始ご機嫌である。
ノイアは何か面白くないと思う。こっそり頬を膨らませて、後方に吹き飛ばされないようにブレイズの肩をしっかりと掴む。
ジュレイドはノイアの反応が面白いのか一度ニヤリと笑い手綱を引く。
「では、行こう!」
ジュレイドが陽気な声を出して馬を走らせる。この飄々とした態度のせいで何を考えているのか分からない。
「ちっ……」
ブレイズは一つ舌打ちをする。なぜ騎士団団長はこの男に護衛を依頼をしたのか、真意を測りきれない。この男は陽気な雰囲気を漂わせているが、必要であれば平気で仲間を裏切り、どこまでも冷酷に戦えるとブレイズは思っている。警戒する気持ちを抑える事ができない。
「落ち着いて」
ノイアが小声でつぶやく。ノイアの言葉を聞いて急激に頭が冷える。こんな事で平静になれなければ重大な所でミスをする。そして、今までの思考はブレイズの勝手な解釈。真実とは限らない。
「すまない」
ブレイズは短くつぶやいて馬を走らせた。
*
甲冑を身に纏った大柄な男が顎に手を置いて険しい表情を浮かべる。場所はクレイア砦の執務室。先ほどから険しい表情を浮かべているのは砦を任された騎士である。
「本気……なのですか?」
正面に立っている老齢な男が問う。視線が向けられているのは机に置かれた一つの手紙。
「……首都クロイセンからの依頼だ。だがヴァンス殿からの指示でないのが悩む所だ」
男は険しい顔をさらに険しくさせる。この手紙は首都クロイセンの政治の代表者であるヴァンスの手紙ではない。ハーミル派として有名なヴァーンハルトからの手紙なのである。
「何を悩むのですか……。あれだけ優秀なシスター見習いなど……そうはいないのですよ。ハーミル派の勢力が強いのは心得ていますが……このご時勢、何が起こるか分かりません。迂闊な行動は控えるべきかと」
老齢な男が早口に述べる。
大柄な男は一つ溜息をついた。目の前にいる老齢な男性が言いたい事はよく分かる。だが、こちらにも立場がある。
「ふぅ……それは元副団長としてのご意見かな? ギルベルト殿」
男は視線を向ける。ギルベルトと呼ばれた老齢な男性はゆっくりと首を振った。
「それは……昔の事です。今はしがない一介の騎士でしかありません」
ギルベルトは顔を落とす。一介の騎士が意見を言ってもいいような案件ではない。だが、味方に刃を向けるなどあってはならない事だ。どうにかして止めたい、そう思わずにはいられなかった。
「……俺はこの手紙に従おうと思う」
男はそれだけを言って立ち上がる。対話を拒絶するために背を向け、執務室の最奥にある窓から降り続く雨を見つめる。ギルベルトは諦めたのか一度溜息をつく。
「……分かりました」
ギルベルトは一つ頭を下げて背を向ける。気づかれるように拳を握り締めて。
*
飛び跳ねる泥が甲冑を汚していく。そんな事を気にした様子もなくブレイズは前だけを見る。
「そろそろ……だよね?」
後ろに座っているノイアが問う。目の前にいるブレイズはただ一度頷くだけだった。ブレイズからは常に張り詰めた空気を感じる。一度、襲われたのだから当然と言えば当然なのだが。もう少し肩の力を抜いた方がいいような気もする。ブレイズに倣い常に左右に視線を走らせている自分が言うのはおかしな事なのだが。
溜息をついて視線を右に向ける。そこには気楽な笑みを浮かべるジュレイドがいる。
「なあ……お姫様?」
ジュレイドが後ろに座っているシェルに問う。あまりにも自然なので自分達が命を狙われている存在を守っている事を忘れそうになる。
「なに?」
ジュレイドに張り付くように身を寄せているシェルが小首を傾げる。長年旅をしているような錯覚する起こすほどに馴染んでいる二人。この順応性の高さには驚かされる。
「あの二人……どういう関係?」
ジュレイドが左に視線を向けて問う。ブレイズとノイアの事だ。
見た所はお互いを嫌っている様子はない。必要なら体を寄せる事もある。現在も馬に乗るために身を寄せている。だが、恥じらいや、照れなどはない。二人とも年頃である。頬を赤らめるなど、何か反応があってもいいような気がしてならない。必要な事をしているだけという、冷めた恋人同士、または熟年夫婦のような二人。ジュレイドは問わずにはいられなかった。
「うーん。私達はシスターだから恋愛感情とかはないよ。ううん、持ってはいけないの」
シェルが二人を見ながらつぶやく。今も辺りを警戒しながら進む二人。必要ない会話をしているシェル達が不真面目に思えてしまうほど生真面目な二人。
「ふーん。若いのにねぇ」
ジュレイドは何だかつまらなそうだ。
若い男女が出会えば恋愛。そんな単純な思考をとりあえず追い出して改めて二人を見つめる。恋愛感情ではなく、どこかでつながり信頼している二人。
「友か……同志かねぇ」
ジュレイドはつぶやく。自分にはほど遠い言葉。これが裏切り続けてきた者に与えられた罰。後悔がないと言えば嘘になるし、それしか方法がなかったのも事実。寂しい人生の終わりがこの少女の護衛。幸せかどうかは分からない。ジュレイドは自嘲の笑みを浮かべて前を見つめた。
「いいなぁ……ねえ、ジュレイド」
シェルがジュレイドを抱きしめる腕に力を込める。シェルの温もりが背に伝わってくる。先ほどまでの暗い気持ちが一瞬だけ霧散して消える。
「なんだ?」
ジュレイドは前を見ながらつぶやく。遠目には漆黒の壁が見える。会話をする時間も限られてきた。言いたい事があるなら全て聞いておきたい。
「私達も……同志に……ううん……友達になれるかな?」
頬を朱色に染めて無邪気に問うシェル。あえて友達という言葉に言い替えたのが、シェルの幼さを伝える。そして、嘘偽りのない本心だと分かった。
「……」
ジュレイドは言葉を返せなかった。今まで聞いたどの言葉よりも重かった。腕の震えが止まらない。どんな相手が現れようとも震える事がなかった体。だが、こんなにも小さな少女の言葉に震えている自分がいる。
もう二度と聞く事ができないと思っていた言葉。もう誰も信じてくれないと諦め、乾き切った心を潤す言葉。この体の震えは純粋に嬉しいのだと確信した。
「どうしたの……? やっぱり嫌かな」
落ち込んでうな垂れるシェル。刹那、ジュレイドの心は万力で絞められたように痛む。今まで受けたどんな傷よりも深く心を抉る。直感的にこの少女は危険だと思ったのは正解だった。だが、もう遅いと頭では理解した。一度、シェルの心に触れてしまったから。もうこの少女に引き金を引く事はできない。こんな小さな少女を殺せない傭兵。ただの笑い種だとジュレイドは思った。
「……そんな事を言ってると……俺が裏切った時に泣くぞ」
ジュレイドはつまらない軽口を言うのがやっとだった。平静でいられない。
「……いなくなったら悲しい。だから泣くよ。私は誤魔化したり、嘘を言ったりできる器用な人間ではないんだ」
シェルがジュレイドのコートに顔を埋める。真っ直ぐな気持ちを伝えてくるシェル。この少女は自分が関わった者が、一人でもいなくなれば泣くのだろう。
「……こんな子を……殺そうとしたのかよ」
ジュレイドは小声でつぶやく。表情には明らかな自嘲の笑みが浮かんでいる。
「お願い……裏切らないで……」
シェルは顔を埋めたままつぶやいた。
「考えとくよ」
ジュレイドは短く返した。ジュレイドにはこの少女は重かった。チラリと視線を左に向ける。ただ前だけを見て歩み続ける二人。おそらくこれくらいの想いがないと一緒にはいられない。
(……一番の年長者が……一番……ガキじゃねぇか……)
ジュレイドは心の中でつぶやいた。去り際を間違えれば一生後悔すると思うジュレイドだった。
*
クレイア街道を走破した四人の視界に入ったのは、漆黒の城壁で守られたクレイア砦。そして、城門にたどり着くための200メートルはあろう石を積み上げて作られた巨大な橋。橋の下は雨で勢いを増した川が流れている。
「先行する」
ブレイズが言葉の通りに先行。ブレイズの甲冑を見ればすぐに城門が開くだろう。
橋を半分渡り切り、視線を上げると城門の上にいる兵士が旗を振るう。開門の合図だ。
「ようやく屋根がある所に入れるね」
ノイアが安堵の息を吐いた。先ほどから服が張り付いて気持ちが悪い。雨に濡れて体温も徐々に落ち、疲労を感じた体はいつもよりも動きが悪い。
「そうだな」
ブレイズもどこか安心しているようだ。護衛という任務は緊張の連続なのだろう。落ち着きたい気持ちも理解できる。
「……」
だがジュレイドは辺りを警戒している。どうも腑に落ちない。
「どうしたの?」
シェルが問う。この少女はどうも人の心の変化に敏感らしい。ジュレイドの天敵かもしれない。
「お姫様は何にも心配いらないさ」
ジュレイドは笑う。それと同時に素早く視線を走らせる。
ブレイズを見るなり即座に開門をした所を見るとよく訓練されている。以前に砦を迂回した際も突き刺さるような視線を感じていた。あの時にジュレイドの存在に気づいていない訳がない。仲間として受け入れたか、それとも中に引きずりこんで始末するのか。口を開けた城門が不気味に見えて仕方がない。
「恐いねぇ……」
ジュレイドは短くつぶやいた。
*
四人が城門をくぐり抜けるとすぐに門が重量を感じさせる音を立てて閉まる。
開けた空間の中央にいたのは老齢な男性。白髪を肩くらいまで伸ばし、整えられた口髭と顎鬚が特徴的な細身の男。年齢は60歳に届くくらいだろうか。その男性を見るなりブレイズが瞳を大きく見開いた。
「ギルベルト元副団長!」
ブレイズが馬から降りて嬉しそうに駆け寄る。ノイアはこんなに嬉しそうに笑うブレイズを始めてみた。そもそもあまり笑った所を見た事がない。
「これは……ブレイズ。久しぶりですね」
ギルベルトが微笑む。二人はお互いに手を差し出して握手を交わす。
「へぇ……ハールメイツの軍神……ギルベルト・スタンリーか」
ジュレイドが目を見開く。
ハールメイツの軍神。グリア連合国の二倍に渡る軍勢を卓越した指揮と、剣技で三度退けた際に畏怖と敬意を持ってつけられた称号である。神力を持たない騎士ではあったが当時は英雄扱いされていた。現在の騎士団の基盤を作ったのは彼であると言っても過言ではない。
まさかハールメイツの軍神とまで言われた高名な人物が今は重要拠点ではなく一つの砦で一介の騎士をしているとは。彼の噂を耳にする機会が多いジュレイドは驚かずにはいられない。
(……衰えたという訳ではないみたいだな)
ジュレイドが心の中でつぶやく。先ほどから背筋に氷をつけられたような強烈な寒気がする。とてもではないが衰えているとは思えない。おそらく傭兵であるジュレイドにだけ向けているのだろう。信用されないのは当然だ。
他の者の反応を知ろうと視線を向けると、ノイアとシェルは嬉しそうに笑うブレイズに温かい視線を向けている。ギルベルトの事は特に気にはしていないらしい。
「さあ……中にどうぞ」
握手を終えたギルベルトは右手を砦に向ける。一同が一歩歩んだのを見てギルベルトは背を向けて歩き出す。一向は案内されるままクレイア砦に足を踏み入れた。
クレイア砦の内部は入ってすぐに左右に階段がある。二階と城壁に上がるためのものだろう。視線を前方に向けると巨大な木製のドアが見える。おそらくこの砦を治める騎士が使用している執務室だろう。
「ブレイズにノイアさんは執務室へ。シェライトさんとジュレイドさんは私に付いてきて下さい」
ギルベルトがまずは執務室に右手を差し向ける。
「まずは報告だな」
ブレイズは一つ頷いて執務室に向かって歩いていく。ノイアはしばし迷ってから、執務室に向けて最初の一歩を踏み出す。どうもシェルと離れるのは不安で仕方ない。一歩を踏み出した瞬間にノイアの手にギルベルトの手が触れる。刹那のタイミングで手紙を握らせる。
ノイアは驚いて振り向く。だがギルベルトは人差し指で自らの口を塞ぐ。何も言うなという事だろうか。ノイアは一つ頷いた。
「どうした?」
ブレイズが不審に思って振り向く。眉根を寄せてノイアを見つめる。だがノイアからは反応がない。何かを手に隠している。ブレイズは一度首を傾げた。
ノイアは掌に収まる手紙をこっそりと開ける。数こそ少ないが通路の左右には騎士が立っている。随時こちらに監視の目を向けており、迂闊に行動はできない。
(……ハーミル派の指示ですぐにでもシェライトさんの命は狙われます。護衛の方もおそらく分散する手筈になっています。どうにか合流を)
ノイアは手紙の内容を心の中でつぶやく。内容を理解した瞬間に手紙を落としそうになった。慌てて振り向く。ギルベルトは一つ頷く。次にジュレイドに視線を向ける。
「また後でな」
ジュレイドは気楽につぶやくだけだった。だがその目は笑っていない。随時辺りを警戒し、いつでも銃を抜けるよう左手は大口径の銃に触れている。唯一、シェルだけは無邪気に砦の内部を見回している。
ノイアは拳を握ってからブレイズに体を寄せる。
「なんだ?」
怪訝な表情を浮かべてブレイズがつぶやく。周りの騎士からの視線が痛い。同国の騎士に女連れの騎士などと思われたくない。ノイアの肩に触れて離れようとした瞬間にノイアの口が動く。
「今から会う人は……おそらくハーミル派。気をつけて」
ノイアは小声でそれだけを述べた。ブレイズは努めて冷静を装う。
「分かった」
ブレイズは短く述べて執務室に足を向ける。二人は何事もなかったように執務室のドアだけを見つめる。最悪はここからすぐに飛び出さねばならない。緊張の面持ちでブレイズは執務室に続くドアに手をかけた。
*
案内されたのは二階にある来客用の部屋だった。
ジュレイドは大口径の銃を引き抜いてゆっくりと進む。右を見ると白い布団が掛けられたベッドが二つ。左を見ると年代を感じさせる木で作られた机と椅子。正面には窓があり、外の通路を通じて移動できそうだ。
それ以外は何もないシンプルな部屋。目を引くのは机と、枕元に置かれているオイル式のランプくらいだろう。騎士が多いため輝石を使うランプは置いてないようだ。
「敵は……いないか」
ジュレイドは警戒しながら部屋を見渡す。次の瞬間には柔らかな感触が背に伝わる。シェルが体を寄せたからだ。ジュレイドが一度振り向く。そこには震えて縮こまったシェルがいた。
「……大丈夫?」
シェルが上目遣いで問う。瞳は若干潤んでいる。彼女にとって実戦は恐くて仕方なかったのだろう。そして、今回は頼りのノイアもいない。
「ま……安心しなよ」
ジュレイドが努めて陽気に笑う。シェルが小首を傾げる。
「大抵の奴には負けないくらい強いから」
ジュレイドはつぶやくと同時に前方を向く。すっと目を細める。聞こえたのは甲冑が床を蹴る音。数は二人。刹那、銃を正面に向ける。鼓膜を破壊するような音と共に銃弾が空を切る。窓ガラスが割れると共に舞ったのは鮮血。窓に手をかけた騎士が一人倒れる姿が見えた。
「きゃあ!」
シェルは耳を塞ぎ、両目を閉じる。ジュレイドからは体を離さない。
「そのまま閉じてろ!」
ジュレイドは叫ぶと同時にシェルを抱き上げる。シェルは震えながらジュレイドに抱きつくようにしがみつく。小さな両手はしっかりとジュレイドを掴み離さない。
「窓からは無理です」
ギルベルトの声を聞くと同時に、窓に向かって牽制の射撃を放つ。着弾を確認せずに振り向いて走る。背中から聞こえてきたのは甲高い金属の音。
「大楯か……」
ジュレイドは苦々しくつぶやく。
「お早く」
ギルベルトがドアを開ける。駆け出すように外に飛び出したジュレイドは来た道を睨む。幸いまだ通路には騎士は展開していない。
「参りますよ」
ギルベルトは腰から双剣を抜いて駆け抜ける。ジュレイドはシェルを抱く右腕に力を込める。
「離さない」
シェルは震えながらつぶやく。ジュレイドは一つ頷いて地面を蹴った。
*
「これはどういう事だ?」
ブレイズは目の前で椅子に座る大柄な男に問う。ブレイズとノイアを囲むように立っているのは剣を抜いた四人の騎士。
「抵抗をしなければ……同じ騎士だ。手は出さない」
大柄な男が低い声で脅しを掛ける。周りの騎士も剣を構え直す。騎士剣が一度眩しく輝く。だがこの程度で臆する二人ではない。
「……シェルを狙うなら……ここを出させてもらいます」
ノイアは腰につけているナイフホルダーからナイフを抜く。騎士が一斉にノイアに視線を向ける。いつ斬りかかってきてもおかしくはない。緊迫した空気の中でブレイズも口を開いた。
「……仲間に手をかけると言うのであれば……不本意ではあるが剣を抜かせてもらう。俺は騎士団団長の命を受けて……この場にいる」
ブレイズも腰から剣を抜く。
「残念だ」
大柄な男が立ち上がる。それを合図にして騎士が二人に斬りかかる。まず動いたのはブレイズ。右に見える騎士が剣を振り上げると同時に横薙ぎの一閃を放つ。高速の刃が騎士の胴に吸い込まれるように進む。
刹那、ブレイズは舌打ちをした。いつもなら一撃で胴を切断できる間合い。一太刀で勝負を決められる自信もある。だが仲間に剣を向ける事に抵抗があるのか、甲冑にヒビが入る程度の力に自然と抑えてしまっている。致命傷を逃れた騎士は数歩後ずさり再度、剣を構える。
迷ったブレイズは一瞬だけ反応が遅れる。頬に冷汗が流れた時に、凛とした力強い声が耳に届く。
「神聖なる神よ。我に守りの力を!」
障壁を発動させる言葉。刹那、ブレイズの目の前に障壁が展開。障壁を発動させたノイアは左から迫った騎士の剣をナイフで受け流している。ノイアのナイフには迷いがない。いち早くシェルの元にたどり着きたいのだろう。
「……」
ブレイズは一度瞳を閉じる。障壁と剣がぶつかる音が響く。まだ割れる事はない。そう信じられる。ブレイズが現在するべき事は心を落ち着かせる事。仲間に剣を振るう覚悟を持つこと。
ブレイズはゆっくりと瞳を開ける。刹那、障壁が割れる。幾重にも散らばる光を視界に入れる。迫るのは二つの高速の剣。
「……迷わない」
ブレイズがつぶやくと同時に銀閃が煌く。砕けたのは二本の剣。武器を失った騎士は呆気にとられて前を見つめる。視界に入ったのは輝くような銀髪。
「吹き飛べ!」
ブレイズは左手で鞘を引き抜いた勢いのまま騎士二人の胴を横薙ぎに叩きつける。鋭い一撃が甲冑を破壊し、騎士二人は壁に激突して意識を失う。気絶する騎士を見つめたブレイズは心が締め付けられる思いがした。どれだけ覚悟を決めても仲間に、同じ国の騎士に剣を向けるのは耐え難い。
「時間を使い過ぎたな」
大柄な男が大剣を振り上げる。ノイアは二人の騎士の剣を受け止めて動けない。声に反応したブレイズは蒼白な顔を浮かべて力の限り叫ぶ。
「ノイア!」
ブレイズが地面を蹴る。男の左隣に駆け、素早く剣を構える。だが今からでは振り下ろされる大剣を止められない。ノイアのナイフでは受け止められない。
「神聖なる神よ。我に守りの力を!」
ノイアは真っ直ぐに大剣を睨みながら言葉を紡ぐ。この程度では恐れない。ずっとフィンネ教官の大剣を受け止め続けてきた。そして、自分の神力は規格外のもの。この強すぎる神力のためにシスターになれないのかもしれない。でも、今は必要な力。今すぐにでも、泣いているかもしれない少女を守りたい。
「吹き飛べ!」
ノイアが叫び障壁に力を込める。刹那、閃光が執務室を照らす。
男は何が起こったか理解できなかった。鉄球に体を吹き飛ばされたような感覚がした。握っていたはずの大剣は手にはない。耳に入ったのは大剣が床に落ちる音と、甲冑を砕く不快な音。
「なんだと……?」
男がつぶやいた時には体を斬られていた。両足の力が抜けて男は倒れていく。倒れていく最中、臆せず前だけを見つめ続ける緑色の瞳と一瞬だけ視線が合う。それを最後に全身の力が抜けて男は意識を失った。
「早く治療しろ!」
ブレイズは呆然と倒れた砦の男を見つめる騎士に怒鳴る。騎士二人が剣を捨てて男に駆け寄る。それを見届けて自らは執務室の外に向けて走る。殺さない程度には手は抜いた。甘いと言われるかもしれないが、これがブレイズに出来る精一杯だった。後ろを走るノイアは何も言わなかった。
*
甲高い金属音が立て続けに響く。ジュレイドは進路を塞ぐ漆黒の大楯を睨む。現在は一階に下りるための階段で足止めを食らっているのだ。騎士は大楯を三枚並べて進路を塞ぎ、銃弾を弾きながら前進を続けている。追いつめてから大楯を解除するつもりなのだろう。銃弾を弾けると分かった騎士は落ち着いている。
「こいつを弾くなんて」
ジュレイドは大口径の銃を見つめて苦々しくつぶやく。甲冑を楽に破壊する弾丸を射出するリボルバータイプの銃。だが、さすがに大楯は貫通できないらしい。
「援護を頼みます」
ギルベルトは階段を駆け下りる。真っ直ぐに前を見て双剣を構える。
「簡単に言うねぇ」
ジュレイドは残弾を確認してから続く。残弾は三発。右腕が塞がっているために、弾を込める事ができない。現状ではこのまま切り抜けるしかないだろう。シェル一人でこの場を駆け下りるのはさすがに無理がある。シスターは神力が使えるが身体能力はノイアのような例外を除けば、決して高くはない。背をついてこさせるなら抱えて突破した方が遥かに楽である。
階段を駆け下りるギルベルトと大楯の距離が2メートルに迫った時に、大楯の隙間から鋭利な輝きが煌く。
「ぎりぎりまで引き寄せなさいと……教えた筈です!」
ギルベルトが階段を蹴って跳躍。大楯の左右から突き出された槍が空を切り裂く。響いたのは二発の銃声。銃弾が大楯の隙間を正確に撃ち抜く。大楯の隙間から鮮血が舞ったのを見たギルベルトは重力に身を任せて着地。最前列の騎士が慌てて大楯を解除。右手に持った槍でギルベルトを狙う。
二つの銀閃が舞うように煌く。突き出された槍をすれすれで回避して槍を切断。その勢いのまま駆け下りて騎士の胴を切り裂く。バランスを崩した騎士が後方にいる騎士に激突するのを確認したギルベルトは身を屈める。
「こいつで最後!」
ジュレイドが引き金を引いた。バランスを崩した騎士の甲冑を銃弾が貫く。後方にいる騎士は体勢を整えるだけで精一杯の様子。
「畳み掛けますよ」
ギルベルトがジュレイドに剣を放り投げる。ジュレイドは銃をホルスターに戻し剣を受け取る。
「ふっ……」
ジュレイドは笑う。目の前にいるのは混乱した10人ほどの騎士。その間をすり抜けるように、進路を塞ぐ騎士は強引に突き落としながら、二人は階段を駆け下りた。
*
ブレイズとノイアは執務室を飛び出して真っ直ぐに砦の外を目指す。ふと左に視線を向けると、騎士が階段から転げ落ちてきた。
「なに!」
ノイアはすぐに警戒する。対するブレイズは落ち着いていた。こんな事ができる人間はそうそういない。ジュレイドとギルベルトが強行突破をしているとすぐに判断した。
「馬を確保して逃げるぞ」
ブレイズは前方を睨む。ノイアはブレイズの背を見つめながら戸惑っていた。まずはシェルの安全を確認したい。だがすぐに気持ちを切り替える。ここから逃げ切るには馬は必須だ。あの二人を信じて今は進むしかない。
「道を開けろ! 貴殿が剣を向けるのは……同国の騎士か!」
二人の道を阻もうとする騎士に向けてブレイズが叫ぶ。騎士は一瞬だけ躊躇する。だが、すぐに左右に散らばる10名の騎士が剣を構える。
「今なら!」
ノイアは騎士が躊躇した一瞬で地面を駆け抜ける。騎士が地面を蹴るよりも速く、ノイアが駆け抜ける。狙いを失った騎士の視界に入ったのは銀髪の騎士。
「……」
ブレイズは剣を構えて深呼吸をする。ここからは状況による。さすがに10名の騎士を相手にするのは骨が折れる。そして、ノイア一人で馬を取り戻せるのかも疑問である。
ただ最善を尽くすのみ。それが今、ブレイズが出来る唯一の選択だった。思考をまとめたブレイズは弾かれるように動き出す。
まず視界に入った右からの騎士剣を横薙ぎの一閃で破壊。すかさず武器を失った騎士の背に回り込む。他の9名の騎士が一瞬だけ動きを止める。完全な敵なら生きた楯にするが、同じ国の騎士にそんな真似はできない。背後に回ったのは最後の説得をするためだ。
「……聞いてくれ。俺達は同じ国の騎士なんだ」
ブレイズは言葉をぶつける。通じる筈だ。同じ想いを持っているのなら。数秒の沈黙が数分の時間に感じる。ブレイズの頬に冷汗が流れた時にようやく騎士が口を開いた。
「……そうだな。悪かった」
ブレイズに掴まれている騎士が苦しそうにつぶやく。他の騎士も一斉に剣を降ろす。ブレイズは安堵して手を離す。これでこの不毛な戦いが終わる。そう思えた。
「よかった。これで戦う……」
だが、ブレイズはそこまで言葉を吐いて止まった。解放した騎士が腰のナイフを引き抜き、ブレイズを刺したのだ。口の中に鉄の味が広がる。
「悪いな……これもここで生きていくには必要なんだ」
ナイフで刺した騎士が冷酷な瞳を向ける。ブレイズは信じた自分が愚かしく思えた。彼らと自分は戦う理由も立場も違う。同じ国にいるが、違うのだ。
「くっそ……!」
ブレイズは左手で騎士の腕を力任せに掴む。騎士は表情を歪ませてナイフを握る手を離す。ブレイズはすかさず剣を振ろうと思ったがバランスを崩す。激しい眩暈を感じ、立っていられない。
「さっさと寝てろ!」
叫び声と共に視界に映ったのは騎士剣。酷く遅く見える。諦めて瞳を閉じた瞬間に投擲された剣が騎士の腕を貫いた。
「お前がな」
ジュレイドの気楽な声が背後から聞こえる。刹那、突風のような風がブレイズの隣を駆け抜ける。ブレイズを守るように立ち塞がったのはギルベルト。
「待ってて」
シェルがジュレイドに抱きついていた腕を離し、ブレイズに駆け寄る。立て続けに響いたのは銃声。シェルが離れてようやく両手が使えるようになったジュレイドは銃を乱射しながら、ブレイズとシェルに近寄る騎士を足止めする。
「……神聖なる神よ。我に癒しの奇跡を……」
シェルがナイフを引き抜いて癒しの術式を発動。円形の魔方陣がブレイズを囲む。ブレイズは急に体の力が抜けた。もう意識を保てない。
「任せて……さっさと寝てろ」
ジュレイドの気楽な声を最後にブレイズは意識を失った。
*
一度、二度と立て続けに火花が散る。ナイフとボウガンの矢がぶつかり火花を散らしているのだ。ノイアは城壁の上から放たれるボウガンの矢を弾きながら地面を駆け抜ける。
「つっ……!」
ノイアの表情が歪む。
弾き損ねた矢が右腕を掠ったのだ。真っ赤に染まっていく修道着を見ずにただ前に進む。一度止まれば回避する事は不可能。素早く視線を走らせる。城壁の上には左右それぞれにボウガンを構えた騎士が五人ずつ。現在はボウガンを放っているが、こちらに降りるための梯子もあり油断はできない。
(……目的地は……ここから右の最奥……)
ノイアはすかさず視線を左に。右手に見える城壁に沿うように走れば右側の騎士は恐くない。問題は左の五人。
城壁から一筋の光が瞬いた瞬間にノイアは口を開く。
「神聖なる神よ。我に守りの力を!」
障壁を左右に展開して矢を弾き飛ばす。刹那、ノイアは右手に見える城壁まで一気に駆け抜ける。城壁を沿うように駆け抜けた先に見えたのは、首を金属の輪で固定されている二頭の馬。ノイア達がここまで乗ってきた馬である。
(……ここからは……どうすればいい……)
ノイアは悔しそうに心の中でつぶやく。馬の首を固定している金属はナイフで破壊できる。だが、そんな猶予を与えてくれるだろうか。
ノイアの予感は当たった。騎士はすかさず馬に狙いを定めたのだ。ノイアを簡単に止められないのであれば脱走手段を絶つ。ノイアが取れる方法は一つしかない。二頭の馬の前に立ち両手のナイフを構える。高速の銀閃が飛来する矢を全て叩き落とす。すかさず瞳を閉じて深呼吸。
「神聖なる神を。我に守りの力を!」
言葉と共に第二派を障壁で弾き返す。目の前にいる敵はどうにかなる。だが時間をかけ過ぎた。右側の城壁の上いた騎士達が梯子を伝い降りて来る姿を視界の端で捉える。頬に冷汗が流れる。
「……防ぎきれない」
ノイアは一歩後ずさる。この場を離れる訳にはいかない。だがどうしようも出来ない。城壁から放たれる矢と、城壁から降りて剣を抜く騎士を視界に収める。ノイアは覚悟を決めた。両手のナイフを強く握り、深呼吸。出来る限り時間を稼ぐ。後は皆がどうにかしてくれる。シェルを守ってくれる。
「それが唯一できる事……!」
ノイアが飛来する矢を睨む。刹那、宙に障壁が展開。障壁に衝突した矢の全てが弾き返される。
「え……?」
ノイアは呆気に取られた。目の前に立っていたのは真紅の甲冑を纏った女性騎士。聖騎士ルメリアだ。
「障壁で身を守っていなさい」
ルメリアの言葉を聞いてノイアは障壁を展開。
ルメリアはノイアが自身を守れる事を確認し、腰の剣を引き抜いた。左手は鞘を握る。左に視線を走らせると城壁から降りた騎士五人が迫る。
「……参る」
一言つぶやき地面を蹴る。ノイアが一度瞳を閉じる間にルメリアが一瞬で距離を詰める。
「なっ……!」
騎士が目を見開く。舞ったのは砕けた刃。だが剣を破壊した相手の姿はない。騎士は慌てて振り向く。
「はぁ!」
ルメリアが叫ぶと同時に左手に握る鞘を振り上げる。ルメリアの右側にいる騎士二人の剣をへし折り、左に向き直る。
すかさず残った二人の騎士が剣を振り下ろす。
「神聖なる神よ。我に守りの力を」
ルメリアが言葉を紡いだ瞬間に障壁が展開。騎士の剣を弾き返し、呆気に取られている間に一気に距離を詰める。白銀の一閃と、鞘での一撃が交差。砕けた刃が雪のように舞い煌く。その最中で立ち尽くすルメリアが騎士に視線を向ける。
「……まだやるか」
五人の騎士に問う。騎士は右腰についているナイフに手を添える。だが、頭では理解している。自分達が束になっても敵わないという事を。
ノイアは息をする事も忘れていた。あまりにも速く。そして鋭い。おそらく自分と同じ資質を持った人。だが次元がまるで違う。遥かな高みにいる。同じ事をしろ、と言われれば数年はかかるだろう。
「剣を収めて……こちらの勝ちよ」
ルメリアがつぶやいて視線を砦に向ける。ブレイズを背負って走るジュレイドに、右横で並走するシェルが見える。最後尾はギルベルト。
「今のうちに!」
シェルを見た瞬間に平静に戻ったノイアは馬を高速する首輪をナイフで破壊。手綱を強引に引いて門へと向かう。
「こいつ……任せた」
追いついたジュレイドが背負ったブレイズを降ろす。気絶するブレイズを見たノイアはすぐにでも治療をしようとする。だがその手を止める。今するべき事は違う。
「……今はここから逃げる事だけを……」
ノイアは痛いくらいに下唇を噛んで堪える。ブレイズのためにも、いち早くここから離れなければいけない。
「お早く」
ギルベルトが双剣を構えて周囲を警戒する。騎士達の動きは目に見えて鈍い。指揮官を失い、今から追っても間に合わないのだから当然だろう。時折放たれる矢をギルベルトとルメリアが叩き落していく。
「……先に行く」
背にブレイズの重みを感じながら、ノイアは手綱を引く。
「遅れるなよ……じいさん」
ジュレイドが馬を走らせながら涼しげにつぶやく。
「では……私も」
ギルベルトは周囲を警戒しながら全力で門へと駆け抜ける。
「外に馬があるわ。不本意だけど……乗せてあげる」
並走するルメリアが小声でつぶやく。ギルベルトは一つ頷いた。
*
夜道を三頭の馬が駆け抜ける。あれからいったい何時間走っただろうか。雨でぬかるんだ道が確実に馬の体力を削っていく。そして、砦で休む事無く進み続けているノイアは限界が近い。荒い息を整えながら懸命に前を見つめる。意識が朦朧としているのか、先ほどから同じような景色ばかりを見ている気がする。
現在進んでいるはマーベスタの森。クレイア砦を越えた先にある森で、都市マーベスタに向かうにはここを通り過ぎるしか他に方法はない。左右には木目が比較的真っ直ぐに伸びた背の高い木が整然と立ち並んでいる。空を見上げれば針や鱗のように細い葉が日を遮っている。
「どこかで休めないか。もうクタクタ」
ジュレイドが陽気に笑う。まるで疲れている様子がない。
「うー」
ジュレイドの背にもたれるようにしがみついているシェルが呻く。おそらくシェルを休ませるために言ったのだろう。
「もう少し進めば開けた場所があります」
最後尾を進むギルベルトが言葉をかける。
「ブレイズも……気絶したままだから……どこかで休むのは賛成。シェルも疲れてるから」
ノイアは振り向いてつぶやく。表情を変えないのはルメリアだけだ。
「……旅に慣れていない者もいるなら同然ね」
しばし考えてからルメリアは賛成した。
「おっし。姫様、もう少しで休憩だぞ」
ジュレイドが後ろでぐったりしているシェルにつぶやく。
「うん」
シェルは力なく頷いた。
*
テントの中を眩しい光が照らす。地面には読む事ができない文字で満たされた円形の文様が浮かぶ。シェルの癒しの術式である。膝を地面につけて祈り続ける。温かい光が毛布をかけられて眠るブレイズを包み込む。
「ぐっ……」
ブレイズが表情を歪ませる。
「……もう大丈夫だね。起きると思うよ」
シェルは微笑んで立ち上がる。もうここには用はないといいたげな背中である。
「もう行くの?」
ノイアはテントを出ようとするシェルの手を引く。
「傷は治せても……ブレイズの心は私には癒せない」
シェルは弱々しく微笑む。
「……それは……私にも」
ノイアが顔を落とす。
「……ノイアなら出来るよ。ずっと一緒に鍛錬を続けてきたんだから」
シェルが微笑んだままつぶやく。今日のシェルはやけに大人びて見えた。どこまで出来るか分からないけれど、力になりたいのは確かである。
「……分かった」
ノイアは微笑んで頷いた。
*
ブレイズはほのかな明かりを感じて瞳を開ける。薄茶色の布が視界に飛び込んできた瞬間にここがテントの中だと気づいた。
「逃げられたのか……?」
ブレイズが独語する。
「ここはマーベスタの森よ」
ブレイズの言葉には返答が返ってきた。視線を向けるとノイアがこちらを見ていた。疲れた表情に少しだけ安心したような明るさが戻る。
「そうか……すまない。迷惑を掛けた」
ブレイズは半身を起こす。表情は沈んでいるように見える。同じ国の騎士と戦ったのだ。沈む気持ちも分かる。そして、ギルベルトの話では説得しようとした騎士にナイフで刺されたらしい。戦闘の最中のため刺した騎士を責める事はできない。だが、ブレイズが受けた衝撃はかなりのものだろう。
「いいよ。ブレイズには世話になっているから」
ノイアは努めて明るく笑う。実際に世話になってばかりだ。こうしてシスター見習いでいられるのもブレイズのおかげのようなものだ。一人では諦めていたから。
「…………俺は……仲間を斬った」
ブレイズが拳を握る。拳は小刻みに震えている。ノイアはその拳を優しく包む。
「……それはシェルを……同胞を消そうとした人達だよ」
ノイアはゆっくりと言葉をかける。
「……それでも同じ国の騎士だ! なのに……言葉すら通じなかった!」
ブレイズは声を荒げて叫ぶ。両肩は震えていた。
「……それは悲しいよね」
ノイアがしっかりとブレイズの拳を握る。ブレイズがノイアの緑色の瞳を見つめる。
「なら……変えよう。シェルを守り抜こう」
ノイアの強い言葉がブレイズの心を揺さぶる。
「それがこの国のためか……。ハーミルを支持するように見せかけ、己の事しか頭にない者からシェルを守りぬく。そして……生きて伝える。この国のあるべき姿を」
ブレイズの瞳に光が宿る。
「……うん」
ノイアは微笑んで頷いた。これが正しい答えなのかは分からない。分からないのであれば進みながらでも見つけたいと思う。そのためには生きて歩み続ける。今いる皆で。
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