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ただあなたを守りたい  作者: 粉雪草
シスター見習い編
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ただあなたを守りたい シスター見習い編 2

ただあなたを守りたい シスター見習い編


―2―


「これで……いいか」

 ロングコートを羽織った青年は金貨の入った袋を差し出す。

「……よくもこれだけ集めてくるものだな。これだけあれば五年は楽に暮らせるだろうに」

 白衣を着た薬師が袋をまじまじと見つめる。

「……汚れ仕事の報酬だ。当然だろう」

 青年は努めて明るくつぶやいた。平静を装っているが、長年関わってきた薬師には彼が心身共に疲れているように見える。

「……そうだな。だが、これでけあっても診れるのは五年ほどだ……」

 薬師は顔を落とした。薬師が調合する薬は今だに量産が難しく破格の値段がついている。一般の者では買う事すら敵わないが、この薬しか効かないのであれば買うしかない。

「……それは仕方ないさ。これが……俺が出来る最後の親孝行だ」

 青年は短く言って背を向ける。

「会っていかないのか?」

 薬師が問う。

「……会える訳……ないだろう。こんな汚れた手でさ」

 青年は振り向いて儚く微笑んだ。大きな背中はどこか寂しげである。

「これから……どうするんだ。まだ……続けるのか!」

 薬師が背に向けて叫ぶ。薬師には彼がどうするのか分かっている。まだ薬を買う資金は必要だ。止めるとは思えない。ただ彼はもう十分に尽くしたと思えてならない。

「さてな……ただ、その金はどうも危険だ……」

 青年は前を向いてつぶやく。薬師は言葉を待つ。

「だから……確認してみようと思う。自らの目で」

 青年は空を見てつぶやく。

「今度こそ……死ぬかもしれないんだぞ」

 薬師が最後の静止の声を掛ける。

「それも……いいのかもな。俺は少し疲れたよ」

 それを最後に青年は片手を上げて去って行く。薬師はただただ顔を落としただけだった。



 肌寒さを感じさせる風が金髪を揺らす。時刻は午前5時。視線を上に向けると、うっすらと日が上り始めている。

 ノイアは現在、首都クロイセンの城門前にいる。他にはシェル、ハーミル、そして司祭アーバンがいる。向かい合うように、城門を背に立っているのは護衛の騎士達だ。

「……定刻だな」

 深みを感じさせる声が響く。視線を向けると騎士団団長であるアルフレッドが数歩前進。アルフレッドの左には禿頭の大男がいる。騎士団の副団長であるセクメトである。

「護衛をよろしく頼みます」

 司祭アーバンが恭しく礼をする。

「この命を掛けて」

 セクメトが胸に拳を当ててつぶやく。それを合図にしたようにセクメトの背後には甲冑を纏った騎士四名が待機。

「皆さんがいれば安心です」

 ハーミルが笑顔で礼をする。

「将来を担われるハーミル様の護衛を勤める事ができ……光栄です」

 セクメトが頭を下げる。他の騎士も倣う。

「や……止めてください。それは周りが勝手に騒いでいるだけです……。私はまだただの見習いなのですから」

 顔を真っ赤にして慌ててつぶやくハーミル。

 騎士達の待遇はあまりにも過度である。本来ならば見習いの護衛は一人か二人である。だが、ハーミルの護衛は五人。しかも、副団長まで同行するという異例の事態となっている。それだけ期待されているのだろう。

「ここまで差が出るとはな」

 ノイアとシェルの前にブレイズが立つ。

「見習いなんだから、これが自然」

 ノイアは一つ溜息をつく。

「私は二人がいれば安心だよ」

 シェルが愛らしい笑顔を二人に向ける。二人は一つ頷いた。

「貴殿達の出発はもう少し待ってくれ」

 アルフレッドがノイアに向けてつぶやく。

「はい!」

 ノイアはアルフレッドに向けて背筋を伸ばして力強くつぶやく。

「……貴殿の噂はいろいろと聞いている。君のような存在が騎士団にいれば嬉しいのだがな」

 アルフレッドはノイアのような真っ直ぐな人間が好きである。努力する者は決して見捨てない。この人柄に惚れて騎士を目指す者がいるのも事実である。神力を持たず絶望した者が最後に頼る存在なのがこの男だ。

「私には神力がありますから」

 ノイアは背筋を伸ばしたままつぶやく。

「だが絶対量が低いと聞いている。その代わりに騎士の素養があるのだろう?」

 アルフレッドが真摯な瞳を向けて問う。

「はい。実はナイフを少し使えます。身体能力もフィンネ教官が言うには……失礼ですけど下手な騎士と比べれば優れているらしいです。でも……私は人を刃で傷つけた事もありませんし……シスターなんです」

 ノイアは微笑んでつぶやく。

「その真っ直ぐな姿勢……気に入った。その心を忘れるな」

 アルフレッドは微笑んでから背を向ける。

 それと同時に馬の鳴き声が響く。ハーミル達が出発するのだろう。ハーミルは副団長の背に体を寄せて、肩を震わせている。どうやら馬に乗るのは初めてらしい。怯えた彼女を守るように四人の騎士が周りを囲む。完全な体勢だ。

「俺達も準備するぞ」

 ブレイズが二人につぶやく。その手には馬の手綱が握られている。

「そうだね」

 ノイアは頷いて手綱を受け取る。シェルはぴったりとノイアの背に体をくっつける。

「馬を操れるシスターがまさかいるとはな。本当に騎士になったらどうだ?」

 ブレイズは少しだけ呆れている。

「……どうせシスターらしくないですよ」

 ノイアは頬を膨らませて馬に乗る。シェルは慣れた様子でノイアの後ろに乗った。

「護衛する方は楽でいい」

 ブレイズは馬に乗ってから微笑む。

「では……行きますか」

 ノイアが馬を走らせる。並走するようにブレイズが馬を走らせた。



 ノイア達が向かう塔は、首都クロイセンから馬を北西に走らせて五日はかかる位置にある。北にある強国グリア連合の国境にも近く、最重要拠点の一つでもある。そんな大切な拠点に見習いが派遣されたのは、先日新しく塔が建てられたからだ。仮に失敗した場合は新造の塔に神力を送り、国境に近い塔は破棄する予定だ。光の壁が力を失っている状況で、シスターが派遣されないのは不自然極まりない。そこで選んだ手段が見習いの派遣である。

「……」

 ノイアは口を閉じて思考する。自分達の役目はおそらく囮。本命はハーミル達だ。水面下で将来に向けての段取りが進んでいるような気がする。将来を担うだろうシスター見習いの二人であるハーミルとシェル。現在ではハーミル派が多いのだろう。この任務で上手くハーミルに恩を売り、あわよくば邪魔なシェルを消そうとしているのかもしれない。ノイアは馬鹿らしいと思う。この国に内輪揉めをしている余裕はない。光の壁を失えば圧倒的な力に押され、数日でこの国は滅びる。ハーミルとシェルはこの国の未来には必要なのだ。それを理解せずに己の利益に走ろうとしている者がいる。

「……アルフレッド団長はシェライト派だ」

 突然、ブレイズがつぶやく。驚いてノイアが視線を向ける。どうやら考えていた事は同じらしい。

「……うん? 私?」

 シェルは首を傾げる。

「どういう事? 団長は副団長をハーミルの護衛に……」

 ノイアが言葉を返す。

「副団長はハーミル派だ……。この機会にハーミルに顔を覚えさせ……恩を売り、団長になるつもりなのかもな。団長は……この馬鹿らしい内輪揉めを終わらせたいと考えている」

 ブレイズは前を向いてつぶやく。この国を想いハーミルを支持するならばいいのが、己の権力のためにハーミルを指示する者を止めたいのだろう。

「……そう。私は団長を支持するわ」

 ノイアはブレイズに微笑む。

「ふっ……お前は後ろで首を傾げてる者を守りたいだけだろう」

 ブレイズがシェルに微笑む。

「うー、何の話」

 シェルは頬を膨らませている。

「簡単だよ。シェル……ただあなたを守りたい……何があっても」

 ノイアは微笑んで馬を走らせる。

「ありがと」

 シェルはノイアの背に柔らかな頬を押し付けた。



 首都クロイセンを出るとすぐに道が三本に別れる。北、北東、北西に向かう道だ。ノイア達が進んでいるのは北西へと向かう道である。

 クレイア街道と呼ばれるこの道は、北に向かう道とは違い整備が進んでいない。無造作に生えた雑草が道のあちこちに生え、道を走る馬はかゆいのか痛いのか知らないが時折鼻を鳴らしている。この道を二日馬で走るとクレイア砦がある。塔の防衛部隊が突破された際の予備兵力が置かれ、また塔に向かう者が体を休める場所でもある。ノイア達が目指す第一の目的地である。

「ここまで整備されていないとはな」

 ブレイズが溜息をつく。

「でも、綺麗だよー」

 シェルが街道の左右に咲いている花々を指差す。黄色、赤など色とりどりの小さな花が可憐に咲いている。ノイアも視線を向けて表情をほころばせる。

「……花が咲く。それだけ平和という事か」

 ブレイズは少しだけ表情を緩める。ここはまだ首都に近い。戦いの傷跡がないのは素直に嬉しく思えた。

「ねえ……あっち」

 シェルはすでに花から視線を移してとある場所を指差す。指差したのは左側にある小高い丘を登った所にある休憩所だ。岩で出来たベンチが二つに、四角いテーブルが一つ。その上には雨を防ぐドーム型の天井がある。

「休みたいの?」

 ノイアが後ろに問う。砦に向かうには真っ直ぐに進む必要があり、あまり寄り道はしたくない。だが、どうしてもシェルが気になる。

「うん……座っていると痛い」

 シェルがノイアの背を抱く力を強める。ノイアは困った顔をする。

「本当に甘えん坊なんだから」

 ノイアは溜息をついてからブレイズに視線を向ける。

「待て……」

 ブレイズが休憩所に視線を走らせる。

「どうしたの……?」

 ノイアが首を傾げる。

「……一つ教えてやる。休憩所……またはその付近では油断するな」

 ブレイズは全く警戒を緩めない。ノイアも視線を走らせる。刹那、一本の矢が視界に入る。

「くっ……!」

 ノイアは矢をナイフで弾く。ブレイズが警告してくれなかったら反応できなかった。

「ナイフが使えるというのは本当らしいな」

 ブレイズが剣を抜いてノイアの前に立つ。その瞬間に薄い茶色のローブを纏った数人組みが去って行った。ブレイズはそれを見届けてから剣を収める。

「……びっくりした」

 シェルがノイアを強く抱きしめる。

「どういう事……?」

 ノイアは前に立つブレイズに問う。

「休憩所では皆油断するものだ。ああいう輩にはいいターゲットだろう」

 ブレイズは溜息をついて説明。

「……でも、シスターを狙うなんて」

 ノイアは驚きを隠せない。

「……シスターを殺せば隣国から多額の金が入る。他に理由があるのならば逆恨みだな」

 ブレイズが振り向く。どこか悲しそうな顔をしていた。

「…………そんな…………」

 ノイアはショックを隠せなかった。

「俺達は神力を持たない。持ち前の身体能力で騎士になる者もいるが……盗賊や傭兵になる者もいる。生きていくには手段を選ばないんだよ……彼らはな」

 ブレイズは顔を落とす。一歩間違えばブレイズもあの者達の仲間になっていた可能性もあるのだ。決して他人事ではない。騎士になった以上はああいう者に剣を向ける機会はこれからもたくさんあるのだろうが。

「お金のために刃を向ける者が……いるなんて……」

 ノイアは自分の甘さに嫌気が差す。それだけシスターという地位に甘えていたのだろう。

「あの人達も困らない世界にしたいね」

 シェルは何気なくつぶやく。二人は目を見開く。

「……なるほど。団長が選ぶだけはあるようだな」

 ブレイズは短くつぶやいてから馬を走らせる。ノイアは沈んだ心のまま馬を走らせた。ただノイアの馬の動きは悪い。馬は人の心情に敏感だと言うが、それは本当らしい。

「お願い……今は走って」

 ノイアは短く馬に話しかける。馬は一度だけ鼻を鳴らしてから今まで通りに走り出した。



「将来を担うかもしれないシスターか……」

 40代後半の男が窓の外を見ながらつぶやく。礼服に身を包んだ長身の男で、名をヴァンスと言う。首都クロイセンの政治を任されている男だ。

「はい。ただ同じ時代に二人も優れた才を持った者が生まれたのが問題なのです」

 ヴァンスの後ろに立った男がつぶやく。

「争いの原因になるか……だからと言って100年に一度生まれるかどうかの神力を持った者を消すとは」

 ヴァンスは振り向いてつぶやく。理解できないという顔をしている。

「現在はハーミルを支持する者が多いのです。後手に回れば……最悪、内乱が起こるのですぞ!」

 男が叫ぶ。

「くっ……だが、私はもう少し見てみたいのだ」

 ヴァンスは拳を握りつぶやく。あのシェライトという少女が歩む道が見てみたい。あの無垢な少女ならこの歪みきった国を正せる気がするのだ。

「分かりました」

 男は一度頭を下げて退出する。

 ドアを閉め数歩通路を歩いた瞬間に拳を握る。

「やはり手を尽くしておいて正解だったか。ヴァンス殿は甘すぎる」

 男は不気味な笑みを浮かべて去って行った。



 ロングコートが風に揺れる。

「ずいぶん久しぶりだな……この国」

 地図を見ながら歩いているのは傭兵ジュレイドである。消すように依頼された少女シェライト・ルーベントをこの目で確かめるために、ジュレイドは黙々と歩く。

 情報屋の話ではあと二日後にターゲットはクレイア砦に入るらしい。このまま進めば彼らがたどり着くよりも前に目的地に着けるだろう。

「……あれは……」

 ジュレイドが独語して空を見上げる。白い鳩がジュレイドに向けて飛んでくる。

「仕事か……?」

 ジュレイドは右腕を上げる。鳩がその腕に着地。足についた手紙を外した瞬間に、役目を終えた鳩は一度空へと戻る。

「騎士団団長のアルフレッドか……こんな有名な奴からの依頼とはね」

 ジュレイドは手紙を見て微笑んだ。

「一方では消せと依頼され……一方からは守れか……モテモテだねぇ」

 ジュレイドは手紙のポケットにしまい歩き出す。自らの道を決めるために。



「日が沈むか」

 前を進むブレイズがつぶやく。

「そうね」

 ノイアが一つ頷く。辺りはすでに薄暗い。少しでも明かりがある内にテントを張りたい。

「ここまで来る事ができれば問題ない」

 ブレイズが馬から降りて街道を右にそれていく。目の前に見えるのは森だった。

「今から森に入るの?」

 ノイアが確認。視界が悪い状態で足場の悪い森に入るなんて正気とは思えない。

「すぐにテントを張れる場所がある。ここは首都クロイセンとクレイア砦のちょうど中間地点。休憩場所として森を切り開いている」

 ブレイズが振り向いて説明。

 ノイアはすぐに納得した。馬でも二日かかるのだ。ならば休む事ができる場所を予め用意しておくのが理想的だ。

「すごい、すごい!」

 シェルは森に入った瞬間に騒いだ。切り開かれた道の左右の木々には輝石がつけられていたのだ。シェルが手を向けると神力に反応して輝石が輝く。森が三人を祝福するように輝いて出迎える。輝石から漏れた光の粒子が宙を踊るように舞う。

「綺麗……」

 ノイアは溜息が出た。

「これが……俺にはない力か……」

 ブレイズがつぶやく。

 ここには何度も来た。だが、ランプだけで進む森の道は不気味でしかなかった。今の心を洗うような温かな光など見ることすらなかった。ハールメイツ神国がなぜシスターをここまで重要に扱うのかブレイズはようやく理解した。神力が使えない人間にはこの光景は奇跡と言う他ないのだから。

「行こう」

 いつの間にか隣に並んだノイアが笑う。空間を満たす光の粒子に照らされたノイアの笑顔は言葉にするのも難しいくらいに綺麗だった。

「そうだな」

 ブレイズは微笑んでから歩を進めた。


 奥に進み頭上を見上げると森の木々の枝があちこちで伸び、開けた空間をドーム状で囲っている。ぐるりと周りを見ると木々に囲まれ、木々の間から漏れる月明かりが地面を照らしている。不思議な事に今までは木の幹でいっぱいだった地面は綺麗な平ら。ここならば一つくらいならテントが張れそうだ。

 三人は馬の手綱を木々に縛り付けてから、手分けをしてテントを張り、地面に輝石が入ったランプを置く。来た道を照らしていた輝石への力の供給を止めて、次はランプに力を注ぐ。

「何か作るね」

 ノイアが馬に括りつけてあった荷物袋から、パンと、お湯に溶かせばすぐに飲む事ができるスープを取り出す。この五日間は簡単な食事しか出来ないと思うと少し寂しさを感じる。

「木を集める必要はあるか?」

 ブレイズが問う。二人は首を傾げる。その反応にブレイズは戸惑った。

「これがあればいいよ」

 ノイアが取り出した物は携帯用のコンロだ。中におそらく輝石が入っているのだろう。

「……まるで魔法使いだな」

 ブレイズが顔を落としてつぶやく。手をかざすだけで火を得る彼女達。自分とは違った人種に見えて仕方ない。

「……使えないんだよね」

 ノイアがぎこちなく笑う。少しでも神力が使える者なら誰でも使えるような代物なのだ。それが使用できない。二人の間には深い溝があるような気がしてならない。

「使えない物にこだわっても意味はないな。料理は任せる」

 ブレイズは地面に座り瞳を閉じる。瞳は閉じているが警戒は緩めない。何者かが接近すればすぐに気づく。現在、三人の周りにいるのは一人だけだ。首都クロイセンを出てからずっと感じる気配。

「……」

 ブレイズは一度溜息をついてから料理にいそしむ二人を見つめるのだった。



 時刻は午後11時。寝ずの番をしていたブレイズはゆっくりと瞳を開ける。チラリと視線を向けると一つの毛布の中で眠るノイアとシェルがいた。一方的にシェルがノイアに抱きついているだけなのだが。

「平和な二人だな」

 ブレイズは独語して立ち上がる。テントから出て三人が来た道を真っ直ぐ見つめる。三人を監視していた気配がゆっくりと近づいてくる。

 まず目についたには輝石で輝くランプだった。だがシスターではない。身に纏っているのは真紅の甲冑。ブレイズはその甲冑を見て誰だかすぐに分かった。

「聖騎士……ルメリアか」

 ブレイズはつぶやく。

「初めまして……ブレイズ」

 騎士がうっすらと微笑んで挨拶をする。甲冑と同じ真紅の髪に、すらりとした体躯。女性騎士の中でも一位、二位を争う腕を持つ人物だ。剣の腕も優れているが、驚くべきは騎士でありながら神力が使える事である。両方の力を得た規格外の騎士に与えられた称号が聖騎士だった。

 聖騎士の称号は今の所はルメリアしか持っていない。理由は二つある。

 一つは二つの力を持つ者が稀であるという事である。国に二人か三人いればいいくらいである。そして、もう一つ。これが一番の課題である。神力は本来は神聖な力。穢れた手ではその効力が失われてしまう。簡単に言えば人を傷つけてしまえば徐々に力を失ってしまうのだ。では、なぜ騎士など勤めていられるかと言えば、このルメリアという人物。人を殺さずに武器だけを破壊できるだけの腕があるからだ。

「…………」

 ブレイズはどう言葉をかけていいか分からない。それだけ騎士としての格が違う。

「そう緊張しないで……二人の様子はどう?」

 ルメリアが問う。

「今は……ぐっすり眠っている」

 ブレイズがテントに視線を移す。

「そう……なら安心ね。私は少し離れて様子を見ているわ。何かあれば介入するから。ただあまり期待しないでね。公ではあなたたちの護衛ではない。出来れば一度も介入せずに終わりたい」

 ルメリアはそれだけを言って背を向ける。

「分かった」

 ブレイズは短く言ってテントに戻った。



 早朝。ノイアは暑さを感じて瞳を開ける。

「ノイアー」

 甘ったるい幸せそうな声が耳元で聞こえる。原因はどうやらシェルらしい。シェルの両手と両足がノイアを捕まえて離さない。先ほどからシェルが動く度に柔らかな頬がノイアに触れる。

「もう……」

 ノイアは溜息をつく。だがシェルの幸せな寝顔を見ていると注意できない。

「……なあ」

 声に反応して視線を向ける。声を掛けてきたのは当然ブレイズ。

「なに?」

 ノイアは問う。

「シスターは……その……同姓愛はいいのか?」

 ブレイズが真顔で質問。ノイアは言葉の意味を理解した瞬間に顔が真っ赤になる。

「駄目に決まってるでしょ!」

 なぜか叫んでしまった。

「そ……そうか」

 ブレイズはその勢いに押されて、頬に嫌な汗が流れる。

「もう朝?」

 目を覚ましたシェルが問う。

「少し早いけど……今日には砦に着きたいから起きるよ」

 ノイアがシェルの柔らかい髪を撫でる。

「それなら準備しないとね!」

 シェルが元気よく立ち上がった。



 視界に入るのは漆黒の壁。岩を高く積み上げた城壁は20メートルを越えているだろう。その城壁の上には甲冑を纏った騎士が24時間体制で見張っている。

「なかなかの警備だねぇ」

 木陰から砦の様子を眺めているのはジュレイド。ゆっくりと左腰に吊っている拳銃を抜く。リボルバータイプの大口径の銃で連射は出来ないが騎士の甲冑を破壊するだけの威力がある。一度、弾丸を確認。六発入っているのを確認して腰にあるホルダーに戻す。

「さて……では到着を待ちますか」

 ジュレイドがぽつりとつぶやく。だが、次の瞬間には右腰に吊っている連射性能に優れた銃を引き抜く。草が揺れると同時にジュレイドは銃を向ける。

「待て!」

 声と共に現れたのはジュレイドに仕事を依頼したフード姿の男だ。どうやらわざわざ仕事を確認しに来たらしい。その後ろには体格のいい男達が10名はいた。共通点は赤いバンダナと丸太のような太い腕に施された蛇の刺青。

「……へぇ……同業者か」

 ジュレイドは銃を向けたままつぶやく。

「まずはその銃を降ろしてくれ」

 男が両手を上げてつぶやく。ジュレイドは仕方なく銃を降ろした。

「二つも雇うとは……用意はいいが……ルールに反するな」

 ジュレイドは溜息をついた。それは傭兵を信頼していないと言っているのと同じ事だ。そんな依頼主を信頼するほど傭兵は甘くない。

「ここで降りるなら……分かっているな」

 フードの男が傭兵の背に隠れる。

「ここでドンパチしたら見つかるだろうが」

 ジュレイドは溜息をつく。この男と話しているとだんだん頭が痛くなってくる。

「それはこちらも同じ考えだ」

 同業者のリーダー格の男がつぶやく。

「ふーん。なら俺は様子を見させてもらうさ」

 ジュレイドはつまらなそうに砦を見つめる。

「おい!」

 フードの男がジュレイドを睨む。

「……安心しなよ。ちゃんと仕事はするから」

 ジュレイドはニコリと微笑む。だが、瞳は全く笑っていない。寒気がするほどである。

「分かった」

 フードの男はそれだけを言うのがやっとだった。ジュレイドを無視して砦を迂回していく。どうやら砦に入る前に消すつもりらしい。

「昼間から堂々と襲うなんてスマートではないねぇ」

 ジュレイドは溜息をついて彼らの後を追う。

「ま……ちゃんと仕事をするのは本当だ。雇い主が違うけどね」

 ジュレイドはぽつりとつぶやいた。



 馬を走らせてから三時間。砦に近くなったからか道は雑草が減り、だいぶ走りやすくなった気がする。

「急に寂しくなったね」

 シェルが地面を見てつぶやく。ノイアも感じていた。今まで見かけた花々がないのだ。

「この辺りは幾度か戦いがあったからな。その痕だろう」

 ブレイズがつぶやく。

 戦いの傷から立ち直らない大地。どことなく寂しさを感じて三人はそれ以上言葉を発する事ができなかった。

「一雨……来そうだな」

 ブレイズが頭上を見上げる。本日は朝から曇り空だった。そして、今は黒い雲が頭上を覆い、今にも降りそうである。

「雨の中を走るのは辛いけれど……今日は砦に着きたいね」

 ノイアが頭上を見上げる。雨を凌げる砦に何とか着きたい。そう思った瞬間にノイアの鼻先が濡れた。次には頬に足に雫が降ってくる。どうやら本当に降り出したらしい。

「……悪い事は重なるものだな」

 ブレイズの低い声を聞いたノイアは咄嗟に視線を下げる。

 赤いバンダナを巻いた屈強そうな男達が視界に入る。その中央には薄い茶色のフードを被った男。彼らから離れるようにもう一人長身の男がいる。彼が仲間かどうかは分からないが警戒する必要がありそうだ。

「下がってろ」

 ブレイズは馬から降りて、すかさず剣を抜く。

「シェルは私から離れないで」

 ノイアとシェルも馬から降りる。

「この子達は任せて」

 シェルは馬の手綱をしっかりと掴む。ノイアは一度頷いてからナイフを抜く。

「行く」

 ブレイズは短くつぶやいて地面を蹴る。バンダナを巻いた傭兵が一斉に手にしたボウガンを構える。狙いは当然ブレイズ。

 ボウガンの矢が空を切り裂く。視界に入ったのは金属の矢と剣がぶつかった際の火花。そして、鮮血。

「なんだ……こいつ」

 傭兵は驚愕の表情を浮かべる。一番前でボウガンを持っていた傭兵が胴を斬られて倒れたのだ。傭兵は慌ててボウガンを投げ捨てる。この距離で使える武器ではない。剣を引き抜こうとした瞬間にさらに鮮血が舞う。身体能力が高いとされる騎士ではあるがこの速さは異常の一言。同じように神力を持たない代わりに高い身体能力を得た傭兵達でさえ追いつけない。

「数人であちらに向かえ!」

 フードの男が指示。それと同時に五人の傭兵がブレイズを包囲。すかさず三人の傭兵がノイア達に向かって走る。

「ちっ……」

 ブレイズは舌打ちをした。助けに行きたいがブレイズを五人の傭兵が包囲している。包囲した傭兵が一斉にブレイズに斬りかかる。

 刹那、耳をつんざくような音が響く。ブレイズは後方にいた傭兵に対する警戒が緩んでいた事に遅れて気づく。だが、ブレイズには何の痛みもなかった。

「がっ……」

 突如、ブレイズの目の前にいた傭兵が倒れる。傭兵達が驚いて視線をジュレイドへ。

「外した……悪い、悪い」

 ジュレイドが肩をすくめる。一度、ブレイズと視線が重なる。今のうちにどうにかしろと言っているように思える。半信半疑だがこの機会を逃す手はない。

「……」

 ブレイズは戸惑っている傭兵を横薙ぎの一閃で切り裂き地面を蹴る。刹那、銃声が轟く。ブレイズの後を追おうとした傭兵が次々に倒れていく。

「貴様……どういう……!」

 フードの男はそれだけしか口にする事ができなかった。ジュレイドが放った弾丸が男の頭部を吹き飛ばしたからだ。

「傭兵なんてこんなもんだよ」

 ジュレイドはリボルバー式の拳銃に弾丸を込める。それから視線を前に向ける。

「さて……ここまでやったんだ。どうにかしろよ」

 ジュレイドはゆっくりと歩きながらつぶやいた。


 ノイアが展開した障壁に剣が激突。眩しい閃光が視界を埋めると同時に、傭兵が障壁の力に押されて吹き飛ぶ。だが、残った二人の傭兵が剣を振り上げて迫る。

「一撃だけなら……」

 ノイアは障壁で一撃を受け止めて吹き飛ばし、もう一人の一撃はナイフで止める。がら空きの胴に蹴りを叩き込みたいが、それが出来ないのが悲しい所だ。こんな所で神力を落とすなど考えなれない。

「武器を破壊すれば!」

 ノイアは左手にナイフを握り、力任せに傭兵の剣に叩きつける。

「なっ……んだと」

 傭兵は亀裂が入った剣を見て慌てて後ろに飛ぶ。シスターの一撃にはとても見えない。これは騎士が放つ一撃の重さと鋭さだ。

「早く……来て、ブレイズ」

 ノイアは走ってくるブレイズを見つめる。その間にも傭兵が左右から剣を振り下ろす。ノイアを倒せば戦えないシェルを倒して終わり。

「ぐっ……」

 ノイアは左右からの一撃を両手のナイフで受け止める。

「ノイア!」

 シェルの悲鳴に近い声がノイアの耳に届く。

「こんな奴らに負けるか!」

 ノイアが叫ぶ。気合を入れるがナイフはすでに限界。亀裂が入りいつ折れてもおかしくはない。諦めかけた瞬間に銀髪が視界に入った。ノイアは安堵の息を吐く。

「待たせた」

 声と共に鮮血が舞う。ノイアの右にいる傭兵が力を失って倒れる。最後の一人になった傭兵は数歩後ずさる。

 ノイアが一度瞳を閉じる間に銀閃が煌く。耳に入るのは剣響。

「すごい……」

 ノイアはそれだけをつぶやくのがやっとだった。高速の剣が幾重も繰り出される。傭兵はついていくのがやっとだった。頬には冷汗が流れている。

「……」

 無言でブレイズが剣を振り上げる。激しい火花が散ると同時に傭兵の握る剣が折れる。

「くっ……」

 傭兵が剣を捨てて半歩下がる。それよりも速くブレイズが踏み込む。横薙ぎの一閃。

「……あと……一人」

 倒れていく傭兵を見ずに黒いロングコートを纏った男を睨む。ノイアとシェルはブレイズの背に隠れる。

「俺はジュレイド……出来れば戦いたくないんだけど」

 ジュレイドは微笑んでから銃をしまう。丸腰で歩いてくるが警戒は緩めていない。ブレイズが地面を駆けると同時に銃を抜くだろう。それだけの事ができる自信があるのかジュレイドは気楽そうな笑みを浮かべて近づいてくる。

「……どう見る?」

 ブレイズが背に問う。

「……分からない」

 ノイアはすぐに首を左右に振る。敵なのか味方なのか全く分からない。

「なら……お話しよー」

 ノイアの背に隠れていたシェルが歩き出す。すぐにブレイズの隣を通り過ぎて無垢な笑顔を向ける。

「待て!」

 ブレイズが慌てて地面を蹴る。だがすぐに止める。下手に動けない。

「シェルだよ。助けてくれてありがとう」

 シェルが笑顔で片手を上げて挨拶。

「ふーん」

 ジュレイドがすかさず銃を抜く。すぐに引き金を引かなかったのが唯一の救いである。

「シェル、戻って!」

 ノイアの悲鳴に近い声が響く。

「お話にそんな物はいらないよ」

 シェルが頬を膨らませる。シェルを狙っているのは大口径の銃。一撃で絶命させる事ができる代物を臆せずに見つめる少女。

「面白いねぇ……こっちの依頼にして良かった」

 ジュレイドは銃を収める。

 次の瞬間にはブレイズが剣を振り上げる。高速の一閃をジュレイドは半歩下がって回避。

「おいおい。こっちは丸腰だぞ」

 笑いながらブレイズの剣を避け続ける。

「ちっ……」

 ブレイズは舌打ちをする。何が丸腰だと言うのか。避けた瞬間に銃を抜けるタイミングは幾度かあったはずだ。頭の固いブレイズには彼が何をしたいのか理解できない。あまりにも自由過ぎる。

「二人とも駄目だよ」

 シェルが二人に向かって叫ぶ。

「あんたは黙ってなさい」

 ノイアがシェルの前に立ち障壁を展開。これでとりあえずシェルは守れる。

「お姫様は会話したいみたいだぜ」

 なおも避けながらつぶやくジュレイド。ブレイズは舌打ちをしてから剣を止める。

「何がしたい」

 ブレイズは仕方なく会話に応じる。目的が分からない。

「本来はそのお姫様を殺すように言われたんだけど……あんたの所の騎士団団長に守ってくれと依頼されてね。ほれ」

 ジュレイドがコートに入った手紙を投げる。ブレイズはそれを受け取り中身を確認。

「傭兵は信頼が第一ではないのか?」

 ブレイズが問う。

 仕事を正確にこなし、依頼主を裏切らない事が傭兵を続けるコツだという事を、小耳に挟んだ事がある。この男は依頼を一つ無視して、別の依頼をこなしたらしい。全く逆の依頼であるならばどちらかを無視するしかないのだが。

「まあ……そうだろうな。でも、俺には当てはまらない」

 ジュレイドは残念そうにする。

「力があるのなら全うな事に使うべきよ!」

 ノイアが叫ぶ。澄んだ緑色の瞳が真っ直ぐにジュレイドを睨む。ジュレイドはあまりに澄んでいると思った。真っ直ぐ過ぎる瞳。汚れた自らの瞳とはまるで違う。

「優等生の言葉だねぇ。全うに生きれたら……そうしてるさ」

 ジュレイドは一度顔を落としたが、すぐに先ほどから浮かべている気楽な笑みを浮かべる。

「今からでも……大丈夫だよ」

 シェルが微笑む。その愛らしい笑顔はまさに天使のようだった。

「……」

 ジュレイドはその笑顔を見て戸惑う。今までの過去を洗い流すような笑みだった。おそらくこの少女に少しでも心が触れてしまえば撃てなくなる。そんな気がした。

「で……どうすんの? 雇う? 依頼主はあんたらの団長だけど」

 ジュレイドはシェルから視線を外し、ブレイズに問う。このシェルと名乗る少女はこの中で一番危険な気がする。

「団長が雇ったと言うのなら信じよう。この手紙も本物だ」

 ブレイズはそれだけを言うのが精一杯だった。そもそもブレイズはこの男に勝てない。殺そうと思えば、この三人くらいは平気で殺せる。だがそれをしないのは何か理由があるのだろう。

「……これだけ強い人がいれば安心か」

 ノイアは顎に手を置いて思考。

「増えた方が楽しいよー」

 シェルは笑顔でつぶやく。何事にも臆せずに信じるシェル。穢れという言葉とはもっとも遠い位置にいる少女。

「敵わないな」

 ノイアはぽつりとつぶやいてシェルの頭を撫でた。シェルはくすぐったそうに小さな頭を揺らした。


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