第3話 宮部拓郎
キーンコーンカーンコーン。
奇麗だが、年季の入ったチャイムの音が鳴る。授業終了の時間だ。
生徒達が次々と教科書を机の中にしまっていく。そんななか、拓郎は教科書には目もくれず、苑の方を向いて座りなおす。
「さっきはなんの手紙を回してたんですか?」
拓郎はニコッと爽やかスマイルで尋ねる。
「あー……さっきのは」
苑が答えようとすると、次の授業の準備をやり終えた花子が体を乗り出す。
「苑は、神様信じるんだって~」
「いきなりなんですか」
少しの間ポカンとしてしまった拓郎は、瞬時に我を取り戻して、いきなり割って入ってきた花子に聞いた。
「だぁかぁらぁ、手紙の話!」
「なるほど。つまり、神様を信じる、という内容の紙を回してた、という事ですね?」
拓郎は爽やかに花子を受け流し、苑の顔だけを見て確認した。花子は拓郎に怒りの眼差しを向けているが、拓郎は全く気にしていない様子だった。
こんな話をしているうちに次の授業のチャイムが鳴る。
「ようやく最後の授業だぁーっ! 帰れると思うとどんなに嬉しいことか!」
花子は手を大きく真上に伸ばして背伸びをした。
「あの、苑さん」
「なんですか?」
「放課後ってお時間ありますか? もし大丈夫なようでしたら、お話したいことがあるのですが……」
拓郎は真剣な顔で聞いた。クラスのどこかから「告白かしら」「拓郎君好きな人が……」という女子の面白がっている声とショックを受けている声が聞こえる。が、苑自体は全く気にすることなく、いつもと変わらない様子で「うん、いいよ」と答えただけだった。
***
授業は一日六時間目まであり、今、1日の学校の終了を教える六時間目終わりのチャイムが鳴った。生徒はバタバタと帰る準備を始めていた。だが、拓郎、花子、苑の3人だけは鞄に手を触れず、担任の先生が来るのを思い思いに待っていた。
ガラガラと教室の扉が開く音がする。1-Aの担任の先生が教室に入ってくる。生徒が席に着くと、帰りのホームルームを始めた。
「……それでは、今日はこれで終わりです。起立! 礼! 皆さんごきげんよう」
教室に「ごきげんよう」という声が響く。先生が教室を出ていくと、生徒もそれに続く様に次々と出て行った。
「それでは、ごきげんよう」
「ごきげんよう~」
花子、苑、拓郎以外の生徒は帰り、教室には三人だけが残されていた。それぞれ自分の席に座っていた三人だったが、ふと拓郎が席を立った。自分の椅子を持って花子と苑の間に置き、そこへ座る。苑は拓郎の動きを目で追い、拓郎が再び座った時、一瞬怪訝そうな顔をした。
「……宮部君、あのさ」
我慢しきれなくなった様子で苑は声を出した。拓郎はそれを優しく遮るように言った。
「是非、拓郎と呼んで下さい」
「いえ……それは」
「呼んで下さい」
苦笑いで話をする苑に、拓郎は優しい笑顔で、あくまでやんわりとお願いをしている、という体で言葉を発する。しかし、拓郎のその様子は「呼び捨てで呼べ」と強要しているようにも見えた。
苑はそんないつもの様子とは違う拓郎に気圧されるようにして目をキョロキョロさせた。
「えーっと、じゃあ、拓郎って呼ばせていただきますわね」
「はい」
拓郎はニコッと笑う。その時、自分の机にうずくまって寝ていた花子がガバッと体を起こした。
「あたしん事も呼び捨てにしてー!!」
机を勢いよく叩いて立ち上がり、両手を広げる。拓郎と苑は急に大きな音がしたことに驚いて、体をビクッとさせた後、一瞬止まってしまう。苑はあきらめたように肩を落とす。
「はいはい、分かっています」
「よっしゃあ! ……ところで拓郎もう話は終わったの?」
「いえ、終わるどころか始まってすらいませんよ」
花子は拓郎に「けっ」と言うと、ようやく椅子に座り直した。
「苑は、神様信じるって言ったじゃん?」
「うん……まぁね」
「アダムとイヴの話って知ってる?」
「世界で最初の人類で、禁断の果実を食べて知恵をつけて、神様にエデンの園を追い出されたってやつ? 旧約聖書の創世記だったかしら」
「そうそれ!」
前に乗り出して話す花子を押し戻すようにして、拓郎が乗り出す。
「人の魂は、輪廻する。私たちがそのアダムとイヴの魂を持つ者、と言ったらどうします?」
「……え? ……は? 何言って」
「百聞は一見に如かず、だヨ!」
花子はにこっと笑って、立ち上がった。