第1話 江田 苑
日本屈指の名門校、私立聖美川高等学校。ここの生徒はミニスカート・腰パンブームや、地球温暖化で、ひどく熱くなった夏の日差しを全く感じさせないような服装をしている。そう、膝丈まである黒いプリーツスカートに白い半そでシャツ、指定の紺色のネクタイスタイルの女の子と、黒いズボンをきっちりはいている男の子だ。男の子はみんな髪が短く、女の子はみんな長い髪を結っている。
私立美川高等学校はいわゆるお嬢様学校で、ここに通っているほとんどの生徒が社長令嬢だったりする。
学校の正門に続いている坂を登って登校している生徒の中に、ひと際美人の女の子がいた。全身学校指定のものに包まれている彼女は、手でパタパタと顔を仰いでいる。ポニーテールの黒い長い髪は、この暑さの中でも、どこか神々しく光っていた。
「あ~あっつい」
彼女の名前は江田 苑。父は有名な科学者、母は大学で理科教授をしている。いわゆる理系家族だ。もちろん苑も両親同様に理系の授業が好きなのだ。
彼女は学校に着くと、まっすぐ自分の教室へと向かう。学校の生徒や先生とすれ違うたび「ごきげんよう」と立ち止まって挨拶をする。これも、校則のひとつなのだ。
しばらく歩くと、1年生の教室が並んでいるところが見えてくる。1年生の教室は、学校の最上階の4階にあった。苑はその並びの端まで歩いていき、1-Aとかかれたプレートがぶら下がっている教室に入っていく。
苑が教室の自分の席に座り荷物の整理をしていると、ホームルームの始まりを知らせるチャイムが鳴った。それと同時に、出欠確認帳を持って担任の女の先生が教室に入った。
「みなさんごきげんよう。早く席に着いてください。ホームルームを始めます。……えーそれでは、今日の日程は……」
先生はいつもと同じような内容の話を進めていく。苑は一番後ろの席で、眠そうに聞いていた。
「それでは最後に、皆さんに嬉しいお知らせがあります」
先生がそう言うと同時に、眠そうに聞いていた大半の生徒達が何かを期待するようにパッと顔を上げた。
「今日はこのクラスに転校生が2人来ます。どうぞ入ってください」
ガラガラと教室のドアが開いていく。廊下から現れた2人の転校生は、なんの緊張もないように見られた。
「自己紹介をお願いします」
先生が自己紹介を促すと、男の転校生のほうが話し始める。
「宮部拓郎です。父の仕事の関係でこちらへ転入しました。どうぞよろしくお願いします」
見るからに穏やかそうな風貌をしている拓郎は、にっこりと笑った。
拓郎は、髪は短く前髪は眉毛にも届かないくらいで、制服は指定通りにきちんと着ていて、髪色も暗い茶色と、そんなに目立つ感じではなかった。強いて他の人と違うところを挙げるなら、右側の髪だけ長いことと、右目の下に赤いホクロのようなものがあることだ。
拓郎の自己紹介が終わった後、女子生徒が口々に「爽やかですわね」「かっこいいですわ」「美しい方ですわね」と言っている声が聞こえる。
拓郎が嬉しそうな顔をしていると、もう一人の転校生が自己紹介を始めた。
「山田花子です! まーなんかいろいろあって転入してきました! 一応言っておきますけど、退学喰らったわけじゃないでっす。よろしくお願いしまーっす!」
教室内がざわつく。
「山田さん……指定の格好してって言いましたよね!?」
「えー、だって先生、女の子はいつだってオシャレじゃなきゃ☆」
舌を出して可愛くピースとウィンクをする。花子は、髪は短めで前髪は少しあるくらい、左の髪が長く、左眉の上に拓郎と同様に赤いホクロのようなものがある。さて、問題はここからだ。髪色は赤。星型のピアスと十字架が二つ付いているピアスをしている。指定の制服はスカートくらいで、それでも丈はすごく短い。黒い半そでポロシャツにピンクの大きいネクタイ、ピンクと白のしましま二―ソックス。この学校にはいないタイプだ。当然クラスの生徒の反応も、拓郎の時とは違い批判的なものになる。
「あー……私とは仲良くできないのか」
へこんでしまった花子を庇うようにして先生が口をはさんだ。
「山田さんはこのような服装ですが、学力はこの学校で1,2を争えるくらいなんですよ」
「先生、その方が江田さんを超えられるようには見えませんわ」
「江田さん?……あぁ、まだ一年生ですのにこの学校で一番の成績だったわね」
苑は急に話を振られてびっくりした顔で目を泳がせている。
(なんで私の名前なんてあげるのよ~……。関係ない人を巻き込まないでほしいわ。大体どんな格好でもいいじゃない。仲良くすれば……)
苑は面倒だと思いながらそれを口に出さずに、必死に爽やかな笑顔を作った。
「私なんて大したことな」
苑が話している最中に、女子生徒が割って入ってきた。
「次の学力テストで江田さんに勝ったらクラスの一員として認めますわ」
「えーっと、や、山田さん、どうし、ます?」
すっかり困り果てている顔の先生が断ってくれると信じて花子に聞く。が、当の花子は怒りやら楽しみやらを混ぜた複雑な笑みを浮かべている。背中に怒りの炎を纏っているように見える花子は誰から見ても断るようには見えなかった。
「もちろん受けてたーつ!」
「……山田さん、後で職員室へいらっしゃい」
「え……あ、はい」
我に返った花子は静かに怒っている先生にたじろぎながらも返事をした。
「二人の席は廊下側の一番後ろと一つ飛ばしてその隣です。早く座ってください」
「はい、分りました」
「了解でーすっ」
そう言うと二人は席に着く。その席は、苑の両隣だった。苑は気まずそうに頭を下げると一人どうしようかと考えていた。そんな苑に一番に声をかけたのは拓郎だった。
「あの、これからよろしくお願いしますね」
苑はゆっくり顔をあげて拓郎を見る。苑の目から見ても、拓郎は落ち着く雰囲気を持った美形だった。
「あー……こちらこそよろしくお願いします。えっと、宮部くん」
「はい! ところでお名前」
名前を聞こうとすると花子が割って入った。
「ちょっとお隣さん」
「はい?」
苑は恐る恐る花子のほうを見る。
「あなただけは私に偏見持ってない感じがしたのよねー。よろしくねっ。あたしのことは花子って呼んで」
「え、あ、うん。分りました」
満面の笑みで話してくる花子に気おされて、何となく余所余所しい敬語になってしまう。花子は本当にオシャレが好きなだけで、話すと案外、この学校のお嬢様とも仲良くなれそうな感じだった。
「ところでさ」
花子は真面目な顔に切り替える。
「エタサンって人はどれくらいすごいの?」
「そんなにすごくないよ……」
苑は「その話題か」と言わんばかりの苦笑いで答えた。そこに、花子の前の席の女の子が加わってきた。
「とにかく凄い人ですのよ。江田さんのお父様は有名科学者で、その血を見事に受け継いだ方ですわ」
「それ親がすごいだけじゃん」
花子は間をあけずに言った。
「ところでその人何組なのよ」
「このクラスですわよ?」
「このクラスか! エタサンは挙手しなさい!」
花子はクラス中に聞こえる大きい声で言った。苑は挙げにくそうにしながらゆっくり小さく手を挙げた。花子はあたりを見回しているがそれに気付かない。
「エタサンどこだー!」
「あの……」
苑が声をかけた。
「ん? どうしたのお隣さん。手なんであげてるの?」
「わ、私が……江田苑だからです」
「えーーーー!? あんたが江田さんだったのか!」
「はい……」
「まぁ、その、よろしくね?」
「はい……」