第4話:神託の帽子と、刺さる視線
【属性判定(神託の帽子)】
「最後だ。『神託の帽子』による属性判定を行う。準備はいいな?」
教官の声が落ちるのと同時に、教室の扉が開いた。
風がひゅっと入り込み、紙の端がめくれる。
赤髪の、やけに偉そうな歩き方をする男が入ってきた。
視線だけで周囲を押しのけるみたいな歩き方だ。
(……あの人、大丈夫かな?)
男は僕を一瞥し、鼻で笑って、足を広げて席についた。
その瞬間——
「遅刻だ。次遅刻したら、土に埋めるぞ」
教官に釘を刺され、赤髪の男は即座に姿勢を正し、わなわなと肩を震わせている。
プライドだけが先に立って、感情がついてきていない感じだ。
(教室に入ってすぐ注意されるのは、さすがにキツいよね)
思わず同情しかけた。
「では、帽子をかぶれ」
その一声で、一人ずつ教壇の椅子に座り、帽子をかぶる。
帽子は、神託の結果を“声”で告げる仕組みらしい。
布は古く、触るとひやりとしていた。
まるで夜の井戸水みたいに冷たい。
「次、鴨葱焔乃士。被れ」
あっという間に、自分の番が来た。
足が床に吸い付くみたいに重い。
顔のついた帽子を強く握り、深々とかぶる。
その帽子に睨まれた気がしたけど、気にしない。
気にしたら終わる。
(頼むっ……!
属性くらいはまともなやつで……!
できるなら土土土土っ!
それか水水みずぅ~~!
せめて風でもいい!
こいこいこいこいこい……!)
帽子をかぶった瞬間——
……。
…………。
沈黙。
(……あれ?)
数秒の、不気味な沈黙。
その沈黙が長く感じるのは、周囲が息を止めているからだ。
帽子が、何かを覗き込んでいる。
布越しに視線を感じる。
覗かれているのは、目じゃない。
もっと奥。
心臓の裏側みたいな、触れられたくない場所。
そして——
僕の中の『何か』を覗き込み、帽子が悲鳴を上げた。
「——ひいいっ! こいつはダメだ! 濃すぎて吐きそう! 深すぎてちびる! 最悪の到来! 【闇属性】じゃああああ!!」
教室が静まり返る。
一瞬で温度が下がる。
人の目が、刃物みたいに変わる。
闇属性。
それが意味するのは、忌み嫌われる「ハズレ」だ。
誰かが小さく息を呑み、誰かが椅子を引く音がした。
「【闇属性】じゃあああああっ!!」
帽子が叫ぶ。
うるさい。
ザッ、と。
波が引くみたいに、クラスメイトたちが一斉に後ずさった。
——これは恐怖じゃない。嫌悪だ。
腐った死体を前にしたときみたいな。
あるいは、伝染病の患者を見るような、生理的な拒絶。
誰かが口元を押さえ、誰かが服の裾で手を拭う仕草をした。
僕の周りの空気ごと、汚いものとして隔離しようとしている。
目線が避けられる。
空間が、残酷なほど綺麗に空く。
教室の中に、ぽつんと「異物」が生まれた。
——終わった。
完全に孤立した。
喉がきゅっと縮んで、唾が飲み込めない。
「滑稽だな。闇属性など」
声だけが、やけに通った。
振り返ると、さっきの赤髪の男が立っていた。
笑っているのに、目が笑っていない。
「一生食うに困ることになるかもしれない。実に哀れだ。貴様、名前は何だ?」
「……鴨葱です」
「カモネギ? はっはっは! まさしく“鴨が葱を背負ってきた”というわけか。聞いたこともない『和名』だな。陥落和名ってところだろうが、覚えておこう」
そして、赤髪は自分の顔を親指で指した。
「ちなみに俺の名は——『爆炎の貴公子』ヴィンセント・ド・ラ・マルク。つるつるの脳に、しっかり刻んでおけ」
(……脳みそ、つるつるじゃないの知らないのかな)
そうやって怪訝そうに首を傾げた瞬間、周囲の強い視線に気づく。
赤髪じゃない。僕に刺さってる。
(あー、これ……クラスでも浮いて卒業してくパターン? やばいな)
だが。
「ぷっ……くくく!」
隣の橙馬だけが笑っていた。
空気を読まない笑いが、逆に救いみたいに響く。
「闇属性って! お前、最高だな! 知識は破滅級で、手先が器用で、ヌンチャクが好きで、魔力がほとんどない闇属性とか、ギャグの塊かよ!」
「……笑い事じゃないよ。みんな引いちゃってるし」
「知ったことかよ。俺っちはこれからも好きに爆笑するぜ。だが、気に入ったのも事実。よろしくな、相棒!」
肩を叩かれる。
その衝撃で、凝り固まっていた体が少しだけほぐれた。
……変な奴に懐かれた。
——そのとき。
扇子が、ぱちん、と閉じる音がした。
「まあっ」
人だかりの向こう。
黒いあみあみ手袋の指先が、扇子の縁をなぞる。
そこにいたのは、さっきせき込んでた可哀想な人。
こっちを見据えながら、ゆっくり近づいてきた。
「……セイセイセイ。落ち着いてくださいまし」
(その変なセイセイセイで本当に落ち着ける気ある……?)
「属性ひとつで人を推し量るなんて、場の空気が安っぽくなりますのよ」
(いや、さっき“採点”とか言ってた人が言う?)
ヴィオレッタ——橘家の令嬢は、口元だけ笑った。
「何ですか……?」
「——せいぜい自分の運命にあがくことですわね」
周囲のざわめきが、ほんの一拍だけ薄くなる。
言葉の真意も、彼女が介入してきた理由もわからない。
(ふへ? ど、どういう意味?)
けれど、今の一言で妙に——ほんの少しだけ、見えない圧から解放されて安心したような気がした。
扇子の奥から覗くのは、深い紫色の瞳だった。
「では、わたくしはこれにて……バイビーですわ」
ヴィオレッタは静かに踵を返すと、席に戻っていった。
(やっぱりあの子、橘橙馬に似てる……特に存在感っていうのかな、うまく言えないけど)
こうして平和な酪農ライフは、変わりめく変人たちに絡まれ、初日にして完全崩壊の音を立てた。
「あはは、仕方ないか……ミルク飲みたい……」
そうやって白い天使ちゃんのことを考えて気を紛らしていると——ふと、視線を感じた。
背中のあたりに、冷たい針を当てられたみたいな感覚。
橙馬のような明るい目じゃない。
ヴィオレッタの高飛車な目でもない。
赤髪の蔑むような目でもない。
粘つくような、冷たい視線。
見られているというより、頭の先からつま先まで、骨の髄まで“測られている”って感じだ。
——次は誰?
周囲を見渡すと、僕と目をそらす人たちが多い中、教室の隅にいた女子生徒と目が合った。耳が少し尖っているように見える。
彼女は、まるで珍しい生き物でも見るみたいに、僕を観察している。
瞬きが少ない。
視線の焦点が、妙に揺れない。
がっつり、視線が交わる。
(……なんだろ、あの子。何か気になることでもあるのかな?)
背筋に、冷たいものが走る。
机の下で、反射的に手を隠した。
まだ、何もバレていない。
僕はただの、よくいる酪農家の息子。
……そうだよね?
自問自答。
答えが返ってくるはずもなかった。
◇
波乱の適性能力試験が終わり、生徒たちは流れるように捌けていく。
人の流れが落ち着いた頃合いを見計らって、僕も席を立った。
教室を出ようとした、その瞬間——視界の端で、何かが“揺れた”。
光が歪む。
いや、歪んだのは光じゃない。空気だ。
石を投げ込んだ水面みたいに、教室の一角だけが、ゆらりとたわんだ。
(……え?)
隅に置かれた魔導鏡。
そこに映った僕の顔が——笑っていた。
僕は笑っていない。
口角も上がっていない。
なのに、鏡の中の「僕」だけが、耳まで裂けたみたいな笑みを浮かべている。
皮膚の下に別の表情が貼り付いてるみたいな、不自然さ。
——いや。
笑っているのは、顔だけじゃない。
目が、僕を見ている。
“映っている”んじゃなく、“見返している”。
僕は驚いて、自分の頬をペチペチと叩いた。
痛い。感触はある。
——だが。
鏡の中の「僕」は、頬を叩いていなかった。
ただ、愉しそうに嗤ったまま、僕を見下ろしている。
『——やってみせろよ』
唇の動きと、脳内に響く声が、完璧に重なった。
深い、深い声が、脳の奥底から響いた。
背筋が冷え、咄嗟に振り返る。
……誰もいない。
椅子も机も、さっきと同じ位置にある。
なのに、空気だけが違う。
さっきまでの“教室”のままじゃない。
——そして。
魔導鏡の中の「僕」が、ゆっくりと口を開いた。
『クハハハ……』
……笑い声が、鏡の内側からじゃなく、僕の頭の中から響いていた。
クハ。




