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蹄煮込み、経験を喰らう——牛好きの少年は「死」を食べて強くなる  作者: メイ
第一章:平穏を望む異物

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第3話:四つの試練と、ポンコツ判定

【第1の試練:筆記試験(魔法論理学)】


 開始の合図と同時に、隣の(たちばな)橙馬(とうま)が小声で囁いてくる。


「ホノジ~~。答え見せてくれよ。俺っち昨日、夜遊びしすぎて全然寝れてねーんだわ!」


「知ってる? ……カンニングって、よくないんだよ?」


「ケチ! 減るもんじゃねーだろ!」


(いや、いろいろ減点されるよ……)


 アホらしい。

 無視してペンを握る。あくまで狙うのは平均点だ。


(わからないフリをして、空欄を適度に埋めちゃえばいっか)


 ——その瞬間。


『……不敬ですわ』


 脳内で策士(ミネルヴァ)が静かに怒り、右手の主導権を奪った。

 頭の奥で、冷たいスイッチが入る。精密機械が起動するみたいに。


『こんな粗雑な理論を教科書に載せるなど、魔法への侮辱。ご主人様、矯正いたします!』


 ギャリギャリギャリギャリッ!!


 右手が、残像になるほどの速度で暴走した。

 ペン先が摩擦熱でわずかに煙を上げ、紙が悲鳴みたいな音を立てる。


 思考と指の動きが噛み合わない。

 文字が“書かれていく”んじゃない。

 インクという名の弾丸が、紙の上に暴力的に叩きつけられ、刻まれていく。


 もはや筆記じゃない。彫刻だ。

 知識の暴力だ。

 やめてほしい。


「うおっ!?」


 覗き込もうとした橙馬が仰け反る。

 机がガタッと鳴り、周囲の視線が反射的にこちらへ刺さった。


「お前、すげぇ速度だな……って、ひくわ~……なにそれ? 教科書と全然違うぞ? まさかホノジって、(まれ)に見るアホなのか?」


 答案を受け取った教師が、ぴたりと動きを止めた。

 視線が答案と僕の顔を、何度も往復する。


「……」


 教師の手が震えている。


「……なんだこれは。この魔法陣の術式、教科書の『無駄な記述』をすべて削ぎ落として、たった三行で再構築している……! しかも、古代語の解釈まで独自に補足されているぞ……!?」


(いやいや、盛りすぎでしょ……)


 教科書を真っ赤に添削(てんさく)された答案用紙。

 そこには、ただの正解じゃなく、「教科書へのダメ出し」がびっしりと刻まれていた。


 教室の空気が、ひとつ静まる。

 “何かが起きた”という気配だけが、全員に共有された。


「……ホノジ、稀に見る天才か変態の方じゃん……こわ」


(最悪だ……目立つような扱いだけは、やめてほしい……)



 判定:知識S(思想:過激)





【第2の試練:出力試験ターゲット・シューティング


「次は……魔力の出力を見る。あのカカシに向かって魔法を撃て」


 広い石造りの空間に移動させられ、床の線の上に並ぶ。

 カカシは何体も立っていて、奥には分厚い防護壁。

 安全のための結界が、薄い膜みたいに空気を震わせている。


 順番が回ってくる。


 橙馬(とうま)が軽い調子で前に出た。

 緊張している気配がゼロだ。


「へいへい、俺っちの出番。いくぜ。《風刃(ウインドエッジ)》!」


 放たれた風の刃は鋭い音を立て、カカシを真っ二つにした。

 奥の壁にすら傷をつけている。

 切断面が遅れて揺れ、藁がパラパラと落ちた。


「ヒュー! 見たかホノジ~! これが才能ってもんだぜ!」


「はいはい、すごいすごい、ホットホット」


「ほっとほっと? どういう意味だよそれ……」


 教師が淡々と頷き、次を促す。


「……次」


 次は僕だ。

 視線が集まるのが、肌でわかる。さっきの筆記のせいで、なおさらだ。


『燃やし尽くすか? 我が《焦熱の業火(ヘル・フレア)》で!』


 魔術師のヴァンデルが騒ぎ出す。

 

 喉の奥が熱くなる。

 いや、熱いのは喉じゃない。

 魔力の“温度”が勝手に上がっていく。


 片手の上に、等身大サイズの火の塊が出現する。

 熱風が頬を撫で、髪の先がチリッとする気配がした。


(やめろ放火魔! 縮め! 縮めぇぇぇっ!)


 魔力を極限まで圧縮する。

 押し込む。握り潰す。針の先みたいに細くする。


 圧縮された熱量は、光すら飲み込んだ。

 黒い針のようなせんが、一瞬だけ空間を走る。

 射線上にあった空気中のちりが、存在ごと消滅したみたいな「空白」が、一瞬だけ生まれた。


 シュッ……


 微かな音。

 熱は消え、カカシは無傷に見えた。


(よし……!)


 僕は内心でガッツポーズしかけて、すぐに抑えた。


「……あーあ。不発かよ。一瞬光ったのは気のせいか? ダッセェな」


 橙馬がニヤつく。


「ま、ドンマイ。向き不向きは、な、ほら、人それぞれだから……な?」


 珍しく気を遣われ、愛想笑いで返す。

 彼の優しさが、逆に胸に刺さる。


(よかった……バレてない)


 ——そのとき、遅れて。


 耳の奥に、ぴしゃりと小さな破裂音が届いた。

 熱はないのに、空気だけが一瞬遅れて揺れる。

 嫌な静けさが、結界の内側に沈んだ。


 僕は反射的に、カカシの向こう側を見る。


 防護壁。

 厚さ三十センチの石壁に、針の穴ほどの貫通孔(かんつうこう)が空いている。


 貫通した先、塔の時計の秒針が、ぴたりと止まっていた。


 時間が“撃ち抜かれた”みたいな気持ち悪さが残る。


 角度が斜め上でよかった。

 あと数度ずれていたら、誰かの頭を貫いていたかもしれない。


(……危な……)


 教師が記録板に何かを書き込み、淡々と言い放つ。


「……不発扱いだ。次」



 判定:魔力E(不発扱い)





【第3の試練:制御試験(魔力コントロール)】


「次は……制御。——この雑巾を縫え」


 今度は教室に戻された。


 机の上には布と針と糸。

 場違いな道具たちが、妙に現実味を持って並んでいる。


「……魔法ってのは、派手に撃つだけじゃない。“細い作業”をどれだけ崩さずにやれるかで、魔力の制御が見える」


 担任は淡々と告げ、針を指でつまんだ。


「糸を通せ。縫い目を揃えろ。最後まで切るな。——以上」


 一拍置いて、さらに続ける。


「使う糸と針は、魔力を通さないと縫えないようにしてある」


 なるほど。

 地味だけど、理屈はわかる。


 おそらく、魔力を通しすぎると出力過多で作りが雑になる。

 逆に魔力が少なすぎると、今度は出力不足で針が通らなくなる。


 性格の悪い試験だ。


「はあ? なんで魔法学園で裁縫(さいほう)なんだよ。乙女かよ。いや、可愛い乙女は好きだけど!」


 橙馬(とうま)は意味のわからない文句を言いながら針を持ち、即座に騒ぎ出す。

 動きが大げさで、椅子がギギッと鳴る。


「痛っ! 指刺さった! うぉ~~、俺っちのキュートな指ちゃんが~!」


 う、うるさい……。

 耳の奥がジンジンする。

 周囲の生徒の肩が、微妙に震えている。


 僕はため息をつき、布を手に取った。

 新品の布は少し硬く、指先に繊維のざらつきが残る。


 手先は器用な方だ。

 普通にやれば、問題ない。


『……待て』


 低い声。


 職人のガンテツが、意識の奥で身を起こした。

 深い井戸の底から、石が擦れるみたいな音で響く。


 あ、これはヤバい流れ。


『貸せ。——針仕事は、道具が泣くか笑うかで決まる』


(いや、泣かせも笑わせもしなくていいよ……)


『ワイが「本物」を見せたる』


 シュバババババッ!


 スキル《神の針(ゴッド・ニードル)》発動。

 針が布を刺すたび、気持ちいいほど迷いがない。

 

 縫い目が揃う。

 糸が暴れない。

 布がよれない。


 ——魔力が、細く、均一に流れているのがわかる。

 まるで糸そのものが、意志を持って真っ直ぐ走っているみたいだ。


 針の動きに、明らかな“年季”が乗る。


「……は?」


 橙馬が固まる。

 さっきまで騒がしかった顔が、急に真顔に切り替わるのが逆に怖い。


 机の上には、フリルと刺繍(ししゅう)で飾られたテディベア型の雑巾。

 “雑巾”の概念が、どこかへ吹き飛んでいる。


 担任の手が止まった。

 視線が雑巾と僕の顔を往復する。


「……制御は、完璧だな」


(んもうっ! やりすぎだよ……!)


「お前……」


 橙馬が真顔で僕を見つめた。


「中身、おばあちゃんなのか? キモいけどすげぇな……」


(あ~っ、惜しい。おばあちゃんじゃなくておじいちゃんだよ)


 強がって心の中でツッコんでも、

 “中身”に触れられた瞬間、背筋が冷えた。


(やっぱ笑えない……)



 判定:器用さS(家庭的すぎる)





【第4の試練:模擬戦闘】


「最後は実戦だ。土魔法で武器を作って戦え」


 指示を受け、僕たちは模擬戦用の区画へ移動した。

 石造りの床には薄く魔法陣が刻まれていて、万が一の事故が起きても致命傷には至らないよう、厳重な結界が張られているらしい。


 対峙(たいじ)するなり、橙馬(とうま)は迷いなく土のロングソードを生成した。

 足元の土がボコッと盛り上がり、みるみるうちに鋭い刃の輪郭が固まっていく。


 無駄のない動きだ。

 かなり手慣れている。


「へえ、土つってもリアルだなあ。ホノジ、お前は何にするんだ?」


 ——まずい。


 ここで迂闊(うかつ)なものを出せば、脳内の剣鬼(オーガ)が確実に反応する。

 これ以上、あいつらに勝手に“部分顕現(ぶぶんけんげん)”されて体を乗っ取られるのだけはごめんだ。


 だから僕は、脳内の戦闘狂がもっとも興味を持たなそうな、ロマンもへったくれもない武器を選ぶことにした。


「……ヌンチャクで」


「ブフォッ! ヌ、ヌンチャク!? お前、マジで言ってんの!?」


「どう見ても大真面目なのわからない?」


「カンフー族じゃないんだから! ブハハハハハ!」


 予想通り、橙馬が腹を抱えて爆笑し始めた。

 大げさな笑い声が区画に反響して、余計にうるさい。


 いいさ、笑わせておけ。

 こちとら目立たず、平和に負けたいんだ。


 ——だが。


 あまりにも生成した土が(もろ)そうだったから——『硬くしたい』という僕のイメージが、勝手に反映されてしまったのだ。

 不意に発動した生粋魔法(ネイティブ)調理(クック)——乾燥焼成(ドライベイク)』が、ここで最悪の悪さをした。


 ただの土塊だったはずのヌンチャクが、異様な硬度を得てしまったのである。

 まるで丹念に鋳造(ちゅうぞう)された鋼鉄みたいに、どす黒い光沢を放ち始めている。


 そして、その最悪の変化に——脳内の「アイツ」が気づかないはずがなかった。


『硬えヌンチャクだァ!? 貸せやッ! 試す!!』


 脳髄(のうずい)を直接揺らすような怒声。

 伝説の剣鬼、オーガだ。

 

 拒否する間もなく、僕の右手首が強引に支配される。


 オーガは僕の腕を使い、音速を超えるスピードで鋼鉄化したヌンチャクを振り回した。


 ブォンッ!!


 あまりのパワーとスピードに空気が弾け、ヌンチャクの軌跡(きせき)から不可視の衝撃波が飛ぶ。

 それは一直線に橙馬へ向かい——彼の構えていたロングソードを、呆気なく粉砕した。


(あっ)


「へ? ホ、ホノジィ~~ッ!?」


(や、やばい! このままじゃ絶対バレるっ!?)


『ケッ! つまんねえ武器だ。振り回す以外にやることがねえ。クソガキの魔法も中途半端だから強度もヤワだしよ。チッ! オレは寝る』


 オーガは不満げに吐き捨てると、嵐みたいに脳内の奥へ引っ込んでいった。


 はっと手元を見ると、握っていたはずの土のヌンチャクは跡形(あとかた)もなく消え去っている。

 鋼鉄並みに硬くなったはずなのに、さっきのデタラメな一振りの負荷に耐えきれず、完全に消し飛んでしまったらしい。


(あ、危なァ~ッ! まさか僕の魔法の暴発に食いつくなんて……!)


 心臓がバクバク言っている。

 

 だが今は、それよりも、目の前で折れた剣を握りしめたまま目をぱちくりさせている男をどうにかしないと。


「……ちょ、ちょっと橘君! いきなりロングソードの魔力解除したらだめだって~~! あははははっ!」


「ほぇっ!? 俺っち何もしてねえぞ! それより今のはホノジ、お前が——」


「なわけないじゃん~! 気のせいだって、気のせい! へへへっ。僕はここから一歩も動いてないんだから! ね? ねっ!?」


 僕は冷や汗をダラダラ流しながら、必死にまくしたてた。


「そ、それよりほら、早くまたロングソード生成しないと! 時間切れで引き分けになっちゃうよ?」


「お、おーう……?」


 首を(ひね)りながらも、橙馬は素直に土のロングソードを再生成してくれた。


 ふう、と深く安堵(あんど)の息を吐く。

 僕も気を取り直し、今度は絶対に余計な魔法が乗らないよう慎重にヌンチャクを再生成し、構え直した。


大丈夫、もう剣鬼はおねんねしてる。


「よし、今度こそいくね!」


 気合を入れて、右腕を振るった。

 ——その瞬間。


 手のひらにかいていた嫌な冷や汗のせいで、土の塊とはいえ立派な打撃兵器であるヌンチャクが、スッポ抜けた。


 ——え、どこ飛んでっ、


「……あ、痛っ!?」


 カィィィン!!


 見事に自分の脳天へクリティカルヒット。

 硬質な金属音と同時に、視界が真っ白に染まった。目の奥でチカチカと派手な火花が散る。


「いっで~~~っ!?」


 額から、生温かいものがツーッと一筋流れ落ちた。血だ。

 自分のすっぽ抜けたヌンチャクが頭にクリーンヒットするなんて。

 強烈な痛みのあとに、どうしようもない情けなさがじわじわとこみ上げてくる。


「ギャハハハハ! 自爆! 自爆しやがった! バカだ、コイツまれに見るバカだぁあああ!」


 腹を抱えて転げ回る橙馬の笑い声が区画に響き渡る。

 むかつく。


「ヒィーッ、腹いてぇ……! いやマジで、今のポンコツっぷりを見る限り、さっき俺っちの剣が折れたのも、やっぱ気のせいっていうか、ただの事故だったっぽいな! ダハハハハ! 最高すぎるだろっ!」


 ひとしきり笑い転げたあと、橙馬は目尻に浮かんだ涙を乱暴に拭いながら、スッと僕の前に手を差し出してきた。


「ほら、立てよホノジ。今回はどんまいだぜ。次はもうちょい落ち着いてやれよな?」


 ——うん、やっぱりムカつく。


 だが、その底抜けに明るい笑顔の奥に——僕はふと、異質いしつなものを感じた。


 彼の瞳は笑っている。

 なのに、足元の重心は少しもブレていない。

 差し出された手も、いざとなれば即座に防御や反撃に転じられるような、無駄のない自然体だ。


(こいつ、ただのアホみたいに笑ってるけど……)


 その大げさな爆笑のおかげで、さっきまでこの空間に漂っていた「謎の剣撃に対するピリッとした空気」は、すっかり霧散(むさん)してしまっていた。

 僕の自爆を見て、いち早く「警戒の必要なし」と判断し、わざと騒ぎ立てて場を収めた……というのは、さすがに僕の考えすぎだろうか。


(……やばいな。こういう「油断ならない奴」が一番ごまかすの大変なのに)


 疑いが完全に晴れたのは大バンザイだが。

 こういう鋭い奴に目をつけられると、後々、厄介な気もする。


 僕は差し出された彼の手を借りて立ち上がりながら、複雑なため息をついた。


 それにしても、さっきの遠慮のない下品な笑い方は、脳内にいるシノビのジュリアを彷彿(ほうふつ)とさせた。


『ちょっとホノちゃん! あんなアホみたいに口開けて笑ってるやつと一緒にしないでよ!』


(う、うるさいなっもう! 知らないよ! もう、知らないっ!)


 いつもなら、こんなヘマはしないのに。

 情けない。


 元を正せば、僕の頭の中で英雄たちが異常にはしゃぎすぎているせいじゃないか。

 僕はズキズキ痛むおでこを押さえながら、彼らを小さく呪いたくなった。


『ちょっとワイら、年甲斐もなく、はしゃぎすぎたかのう……』


 ガンテツが珍しく申し訳なさそうに反省している。

 あまりにも……あまりにも遅すぎる反省だ。

 もうすでに能力判定試験は終わってるのだから。


 ——せめて、次の属性判定ぐらいはまともな結果であってほしい。



【判定:戦闘センスE (ポンコツ)】




 うるさいやい。

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