表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蹄煮込み、経験を喰らう――牛好きの少年は「死」を食べて強くなる  作者: メイ
第一章:平穏を望む異物

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/26

第21話:ジャーキーと、チーズの結婚(マリアージュ)

 エレナさんが、目をこすりながら家から出てきた。


「お疲れ様、二人とも。朝ごはんの足しにして」


 そう言って、エレナさんは焼きたての堅焼きパンと、大きなチーズの塊を差し出してくれた。

 湯気を立てるパンの香ばしい匂い。


 その瞬間、僕の胃袋がギュルルと悲鳴を上げた。


 まさしく、お腹と背中がくっつきそうだったのだ。

 さっき試食したジャーキーの強烈な旨味が呼び水になって、むしろ空腹を加速させていた。


 なんて、神がかったタイミングだ。

 思わず涙が出そうになる。


 僕はパンとチーズの朝食を、しっかりと受け取った。


「ありがとうございます!」


「鴨葱くん、お礼を言うのはこっちよ。本当に助かったわ……正直、死ぬかと思ったのよ」


「ハハハ、偶然何とかなってよかったです……何より無事で良かった……」


「本当にあなたのおかげよ。遠慮なくご飯は食べてね。喉を潤したいなら、家のテーブルに紅茶を用意してあるわ」


「はい! またあとでもらいに行きます!」


 僕は受け取ったパンに、大きく(かじ)りついた。

 素朴な小麦の甘みが、空っぽの胃袋に染み渡る。


 だが、それだけじゃ足りない。

 もっとガツンとしたおかずが欲しい。


 僕はすかさず、手元の「瞬間熟成ジャーキー」を一切れ口に放り込んだ。

 そして——何気なく、エレナさんがくれたチーズも一緒に頬張った。


 その瞬間。


「——っ!?」


 脳天に、雷に打たれたような衝撃が走った。


 ガリッ、モグ、トロリ……。


 口の中で、戦争と平和が同時に訪れた。


 ジャーキーの暴力的なまでの「肉の凝縮された旨味」と、

 ピーキーペーパーの舌を刺す「電気的な痺れ」。


 その尖った刺激を、チーズの「まろやかな脂肪分」と「塩気」が優しく包み込んでいく。


 確かめるように、もう一度。

 ジャーキーとチーズを舌の上で転がす。


 喧嘩しない。


 辛さが中和されつつ、互いのコクが爆発的に引き上げられている。


 足し算じゃない。

 掛け算だ。


 頭の中で、壮大でロマンチックなファンファーレが高らかに鳴り響いた。


「……結婚マリアージュした」


 僕は呆然と呟いた。


「これ、無限に食べられるじゃん……!」


 手が止まらない。

 素早くジャーキーをかじり、ほどよいところでチーズを放り込み、パンで追いかける。


 肉、チーズ、炭水化物。

 完全無欠のトライアングル。


 生まれてきてよかった。


「お前、何言ってんだ?」


 一心不乱に咀嚼する僕を、ロイさんが不思議そうに見ている。


「いや、これ本当にすごいんですって! ロイさんも試してみてください! 飛べますよ!」


「大げさだなあ……」


 半信半疑のまま、ロイさんも同じようにジャーキーとチーズを一緒に口へ運んだ。


 数秒後。


「……おおっ!」


 ロイさんがカッと目を見開く。


「確かに……これは、合うな。ピーキーペーパーのピリピリした感じがアクセントになりつつも、あとから濃厚な旨味だけが戻ってくる……こいつは危険だ。酒泥棒だぞ」


「でしょう!?」


 僕は興奮を抑えきれなかった。


 ハクゲツのジャーキーと、チーズの組み合わせ。

 ——これは、新しい可能性だ。


 エレナさんのチーズも美味しいけれど、これは一般的な市販品だ。


 もし、これを——僕が作る「最高の自家製チーズ」で試したら?


(……待てよ。これは、ハードチーズだからこそ成立する組み合わせだ。じゃあ、もしブルーチーズだったら? いや、ウォッシュタイプなら? フレッシュチーズなら、スパイスを練り込んでもいいかもしれない)


 脳内で、次々とチーズの種類が浮かび上がる。

 それぞれのタイプで、ジャーキーとのマリアージュがどう変化するか。

 イメージが膨らみ、止まらない。


(……ダメだ。今すぐ試したい。でも、チーズを作るには牛が必要で、牛を育てるには牧場が必要で。……早く。早く帰って、始めないと)


 手が、わずかに震えている。

 疲労じゃない。これは、抑えきれない創作欲だ。


 もっと美味しくなるかもしれない。

 いや、絶対に美味しくなる。


 世界中の美食家がひれ伏すような、奇跡の逸品になるはずだ。


 ああ、早く自分だけの牧場を完成させたい。

 牛を育て、ミルクを絞り、最高傑作を作りたい。


 気づけば、徹夜明けの疲労なんてどこかへ吹き飛んでいた。

 僕の胸は今、朝日よりも明るい希望で満ちていた。


 しばらくのあいだ、僕は上機嫌のままパンとジャーキーとチーズを交互に頬張っていた。

 ロイさんも苦笑しながら付き合ってくれて、朝の空気はどこか拍子抜けするほど穏やかだった。


 ——だからこそ。


「さて、鴨葱くん」


 その一言で、空気がふっと切り替わった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ