第21話:ジャーキーと、チーズの結婚(マリアージュ)
エレナさんが、目をこすりながら家から出てきた。
「お疲れ様、二人とも。朝ごはんの足しにして」
そう言って、エレナさんは焼きたての堅焼きパンと、大きなチーズの塊を差し出してくれた。
湯気を立てるパンの香ばしい匂い。
その瞬間、僕の胃袋がギュルルと悲鳴を上げた。
まさしく、お腹と背中がくっつきそうだったのだ。
さっき試食したジャーキーの強烈な旨味が呼び水になって、むしろ空腹を加速させていた。
なんて、神がかったタイミングだ。
思わず涙が出そうになる。
僕はパンとチーズの朝食を、しっかりと受け取った。
「ありがとうございます!」
「鴨葱くん、お礼を言うのはこっちよ。本当に助かったわ……正直、死ぬかと思ったのよ」
「ハハハ、偶然何とかなってよかったです……何より無事で良かった……」
「本当にあなたのおかげよ。遠慮なくご飯は食べてね。喉を潤したいなら、家のテーブルに紅茶を用意してあるわ」
「はい! またあとでもらいに行きます!」
僕は受け取ったパンに、大きく齧りついた。
素朴な小麦の甘みが、空っぽの胃袋に染み渡る。
だが、それだけじゃ足りない。
もっとガツンとしたおかずが欲しい。
僕はすかさず、手元の「瞬間熟成ジャーキー」を一切れ口に放り込んだ。
そして——何気なく、エレナさんがくれたチーズも一緒に頬張った。
その瞬間。
「——っ!?」
脳天に、雷に打たれたような衝撃が走った。
ガリッ、モグ、トロリ……。
口の中で、戦争と平和が同時に訪れた。
ジャーキーの暴力的なまでの「肉の凝縮された旨味」と、
ピーキーペーパーの舌を刺す「電気的な痺れ」。
その尖った刺激を、チーズの「まろやかな脂肪分」と「塩気」が優しく包み込んでいく。
確かめるように、もう一度。
ジャーキーとチーズを舌の上で転がす。
喧嘩しない。
辛さが中和されつつ、互いのコクが爆発的に引き上げられている。
足し算じゃない。
掛け算だ。
頭の中で、壮大でロマンチックなファンファーレが高らかに鳴り響いた。
「……結婚した」
僕は呆然と呟いた。
「これ、無限に食べられるじゃん……!」
手が止まらない。
素早くジャーキーをかじり、ほどよいところでチーズを放り込み、パンで追いかける。
肉、チーズ、炭水化物。
完全無欠のトライアングル。
生まれてきてよかった。
「お前、何言ってんだ?」
一心不乱に咀嚼する僕を、ロイさんが不思議そうに見ている。
「いや、これ本当にすごいんですって! ロイさんも試してみてください! 飛べますよ!」
「大げさだなあ……」
半信半疑のまま、ロイさんも同じようにジャーキーとチーズを一緒に口へ運んだ。
数秒後。
「……おおっ!」
ロイさんがカッと目を見開く。
「確かに……これは、合うな。ピーキーペーパーのピリピリした感じがアクセントになりつつも、あとから濃厚な旨味だけが戻ってくる……こいつは危険だ。酒泥棒だぞ」
「でしょう!?」
僕は興奮を抑えきれなかった。
ハクゲツのジャーキーと、チーズの組み合わせ。
——これは、新しい可能性だ。
エレナさんのチーズも美味しいけれど、これは一般的な市販品だ。
もし、これを——僕が作る「最高の自家製チーズ」で試したら?
(……待てよ。これは、ハードチーズだからこそ成立する組み合わせだ。じゃあ、もしブルーチーズだったら? いや、ウォッシュタイプなら? フレッシュチーズなら、スパイスを練り込んでもいいかもしれない)
脳内で、次々とチーズの種類が浮かび上がる。
それぞれのタイプで、ジャーキーとのマリアージュがどう変化するか。
イメージが膨らみ、止まらない。
(……ダメだ。今すぐ試したい。でも、チーズを作るには牛が必要で、牛を育てるには牧場が必要で。……早く。早く帰って、始めないと)
手が、わずかに震えている。
疲労じゃない。これは、抑えきれない創作欲だ。
もっと美味しくなるかもしれない。
いや、絶対に美味しくなる。
世界中の美食家がひれ伏すような、奇跡の逸品になるはずだ。
ああ、早く自分だけの牧場を完成させたい。
牛を育て、ミルクを絞り、最高傑作を作りたい。
気づけば、徹夜明けの疲労なんてどこかへ吹き飛んでいた。
僕の胸は今、朝日よりも明るい希望で満ちていた。
しばらくのあいだ、僕は上機嫌のままパンとジャーキーとチーズを交互に頬張っていた。
ロイさんも苦笑しながら付き合ってくれて、朝の空気はどこか拍子抜けするほど穏やかだった。
——だからこそ。
「さて、鴨葱くん」
その一言で、空気がふっと切り替わった。




