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蹄煮込み、経験を喰らう――六英雄が棲む酪農少年は、調理魔法で無双する  作者: 迦月 メイ
第一章:平穏を望む異物

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第19話:二本の矢

 家の中をこれ以上荒らされては、たまったものじゃない。

 僕はタンッと床を踏み、ダッシュで玄関を飛び出した。


 周囲からただよう熱量と――殺気。

 見渡せば、五頭のハクゲツ。


 先陣せんじんが秒殺されたのを外から察知さっちして、警戒しているのだろう。五頭ともぴたりと足を止め、じっくりこちらを見据みすえているのがわかる。


 さすがは成体せいたいだ。

 ただの本能で動くけものじゃない。知能がある。


 彼らの凍りついていた巨体が、合図もないのにゆっくりと(うごめ)き出した。

 散開さんかいし、僕を取り囲むように包囲網ほういもうき始める。


 そのじりじりとした歩みに呼応こおうするように、()は急速に沈み、森のコントラストが死んでいく。


 ――これはまずい。


 あたりは、みるみる薄暗くなっていく。

 《解体(ブッチャー)》は便利だけど、視覚情報に依存いぞんする魔法だ。光がなければ、あの「赤い切断線(レッドライン)」が見えなくなる。


 対して、ハクゲツの目は怪しく光り始めた。

 もともと夜行性やこうせいの彼らは、時間が経つほど夜のハンターへと変貌へんぼうしていく。

 暗闇は、彼らのホームグラウンドだ。ずるい。


 周囲のハクゲツの息遣いきづかいが静かになる。

 ほんのり光る視線から、じりじりと焼けるような殺気(ねつ)を感じる。


 次の瞬間。


 ドッドッドッ……!


 左右からはさみ込むように、二頭が同時に動き出した。

 暗闇を利用して、はさみ込む算段さんだんだな。


 ――かしこい。けれど、こっちだって料理の手順(レシピ)がないわけじゃない。


(ふふーん、見えないなら――足場ごと調理()るまでだよっ!)


 僕はバックステップで距離を取りながら、足元の地面に魔力を流し込む。

 イメージは圧力鍋あつりょくなべ。カチカチの根菜こんさいを、舌で押しつぶせるほど柔らかく煮込む感覚。


 足裏で地面を踏みしめる。

 触れた箇所かしょから、扇状せんじょうに魔力が伝播(でんぱ)した。


 生粋魔法(ネイティブ):《調理(クック)》――《熟成軟化(エイジング)》!


 カチカチに踏み固められた庭土にわつちが、一瞬で粒子りゅうしの結びつきを失い、、ドロドロの「マッシュポテト」みたいな流動体りゅうどうたいへと変わる。


美味おいしくし上がれっ!」


 ズブブッ!


「ギュアッ!?」


 トップスピードで突っ込んできた二頭が、足の付け根までどろに沈んだ。

 急ブレーキなんてかない。バランスを崩し、前のめりに倒れ込む二頭。


 泥沼どろぬまという名の、即席そくせきの落とし穴。


 二頭は必死に抜け出そうと、頭を激しく揺らす。


 その瞬間――背後を、おぞましい悪寒おかんが走った。


(――動くな)


 脳の指令じゃない。

 足裏からい上がった悪寒おかんが、背筋を一気につらぬく。

 細胞レベルの本能が、僕の足を地面にいつけた。


 直後。


 ゾッとするような風切り音が、二回。

 何かが、僕のほほ産毛うぶげかすめて通り過ぎた。


「えっ!?」


 振り返るより早く――グチャッ! という、肉を穿うがつ重い音が響いた。

 どろに沈んだ二頭の、首の付け根。そこに、二本の太い矢が深々《ふかぶか》と突き刺さっていた。


 痙攣けいれんひとつしない。即死だ。


「……ロイさん?」


 おそるおそる振り返ると、クロスボウを構えたロイさんが、クロスボウの先に残ったほこりを払うみたいに、ふぅーっと息を吐いていた。


 足元の影が、ほんの一瞬だけ薄く伸びた気がした。

 気のせいだ。……たぶん。


鴨葱かもねぎくん、すまん。一瞬の判断だったもんで、『百パーセント安全に』とはいかなかった」

「ロイさん……怖いって……!」


 口では謝ってるが、ロイさんの表情は軽い。

 おそらく、あの状況で僕が動かないことも、獲物えものがどう倒れるかも、すべて計算済みだったんだ。


 動いている僕のほほすれすれを通し、さらに動いている標的ひょうてきの急所を射抜いぬく。


 ただの狩人かりゅうどじゃない。


小僧こぞう、あの男……ただ者じゃないのう』


 ガンテツの低い声が脳内に響く。


 ああ、分かってるよ。

 まったく、心強くて怖い。

 きっとロイさんは、歴戦れきせんのハンターだったのだろう。


 今は、気を向ける相手を間違えたら命取りになる。


 でもこれで――


「……残り、三頭」

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