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蹄煮込み、経験を喰らう——牛好きの少年は魔獣を捌いて強くなる  作者: メイ


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第14話:熟成軟化と、二本の矢

 家の中をこれ以上荒らされては、たまったものじゃない。

 僕はタンッと床を踏み、ダッシュで玄関を飛び出した。


 周囲から漂う熱量と——殺気。

 見渡せば、五頭のハクゲツ。


 先陣が秒殺されたのを外から察知して、警戒しているのだろう。

 五頭ともぴたりと足を止め、じっくりこちらを見据えているのがわかる。


 さすがは成体だ。

 ただの本能で動く獣じゃない。知能がある。


 彼らの凍りついていた巨体が、合図もないのにゆっくりと(うごめ)き出した。

 散開し、僕を取り囲むように包囲網を敷き始める。


 そのじりじりとした歩みに呼応するように、()は急速に沈み、森のコントラストが死んでいく。


 ——これはまずい。


 あたりは、みるみる薄暗くなっていく。

 《解体(ブッチャー)》は便利だけど、視覚情報に依存する魔法だ。

 光がなければ、あの「赤い切断線(レッドライン)」が見えなくなる。


 対して、ハクゲツの目は怪しく光り始めた。

 もともと夜行性の彼らは、時間が経つほど夜のハンターへと変貌していく。

 暗闇は、彼らのホームグラウンドだ。ずるい。


 周囲のハクゲツの息遣いが静かになる。

 ほんのり光る視線から、じりじりと焼けるような殺気(ねつ)を感じる。


 次の瞬間。


 ドッドッドッ……!


 左右から挟み込むように、二頭が同時に動き出した。

 暗闇を利用した波状攻撃。

 挟み込む算段だな。


 ——賢い。けれど、こっちだって料理の手順(レシピ)がないわけじゃない。


(ふふーん、見えないなら——足場ごと調理()るまでだよっ!)


 僕はバックステップで距離を取りながら、足元の地面に魔力を流し込む。

 イメージは圧力鍋。カチカチの根菜を、舌で押し潰せるほど柔らかく煮込む感覚。


 足裏で地面を踏みしめる。

 触れた箇所から、扇状に魔力が伝播(でんぱ)した。


 生粋魔法(ネイティブ)調理(クック)——《熟成軟化(エイジング)》!


 カチカチに踏み固められた庭土が、一瞬で繊維を失い、ドロドロの「マッシュポテト」みたいな流動体へと変わる。


「美味しく召し上がれっ!」


 ズブブッ!


「ギュアッ!?」


 トップスピードで突っ込んできた二頭が、足の付け根まで泥に沈んだ。

 急ブレーキなんて利かない。バランスを崩し、前のめりに倒れ込む二頭。

 泥沼という名の、即席の落とし穴。


 二頭は必死に抜け出そうと、頭を激しく揺らす。


 その瞬間——背後を、おぞましい悪寒が走った。


(——動くな)


 脳の指令じゃない。

 足裏から這い上がった悪寒が、背筋を一気に貫く。

 細胞レベルの本能が、僕の足を地面に縫いつけた。


 直後。


 ゾッとするような風切り音が、二回。

 何かが、僕の頬の産毛を掠めて通り過ぎた。


「えっ!?」


 振り返るより早く——グチャッ! という、肉を穿つ重い音が響いた。

 泥に沈んだ二頭の、首の付け根。そこに、二本の太い矢が深々と突き刺さっていた。

 痙攣ひとつしない。即死だ。


「……ロイさん?」


 おそるおそる振り返ると、クロスボウを構えたロイさんが、矢先の埃を払うみたいに、ふぅーっと息を吐いていた。

 

 足元の影が、ほんの一瞬だけ薄く伸びた気がした。

 気のせいだ。……たぶん。


「鴨葱くん、すまん。一瞬の判断だったもんで、『百パーセント安全に』とはいかなかった」


「ロイさん……怖いって……!」


 口では謝ってるが、ロイさんの表情は軽い。

 おそらく、あの状況で僕が動かないことも、獲物がどう倒れるかも、すべて計算済みだったんだ。


 動いている僕の頬すれすれを通し、さらに動いている標的の急所を射抜く。

 ただの狩人じゃない。


『小僧、あの男……ただ者じゃねぇぞ』


 ガンテツの低い声が脳内に響く。


 ああ、分かってるよ。

 まったく、心強くて怖い。

 きっとロイさんは、歴戦のハンターだったのだろう。


 今は、気を向ける相手を間違えたら命取りになる。


 でもこれで——


「……残り、三頭」

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