第11話:物件情報と、希望の文言
新聞を開くのは、朝食を片付けてからにした。
腹が落ち着くと、ようやく指先のムズムズも少しマシになる。
机の上で「動く新聞」は、相変わらず小さく脈を打っていた。紙の端が、呼吸みたいにわずかに波打つ。
僕は意を決して、そっと広げる。
ぱっと、紙面が明るくなる。
写真が“写真”のままじゃない。
湯気が立ち、雲が流れ、誰かの口が動く。
音は出ないのに、見ているだけで情報が押し寄せてくる。
いきなり、見出しが目に刺さった。
【回路問題の孤児・子どもの失踪が相次ぐ】
【裏社会に利用されている可能性——】
(うわぁ……物騒だな)
胸の奥が、ほんの一瞬だけ冷えた。
——でも僕は、ページをめくる手を止めない。今の僕が欲しいのは、事件の真相じゃない。
(目的は、牧場!)
そう自分に言い聞かせて、紙面を流し見のまま指を滑らせる。別のページが、するりと立ち上がってきた。
【密猟者の増加? バイソンの角が高価になる背景】
【取引は裏ルートへ——監視強化の動き】
(へぇ……)
一瞬だけ気になる。
でも今の僕に必要なのは、角でも裏ルートでもなく——土地だ。
指で払うと、紙面が切り替わり、地図の上に小さな印が灯った。
「土地・不動産」——その文字が見えた瞬間、指が勝手に止まる。
そして、そこに載っていた。
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ブラックウッド牧場跡地
[売却/交渉可]
売価:8ソル金貨
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「……は?」
思考が止まった。
次に来たのは、胃の奥がきゅっと縮むような感覚だった。
(八ソル金貨……? 僕の全財産、四ソル金貨と……こまかいのがちょっとだよね? ……倍じゃん。普通に無理じゃん。詰んだじゃん……)
学業のかたわら、一ソル金貨稼ぐだけでも、余裕で半年は消える……。
目の前が一瞬だけ暗くなる。
でも——そのすぐ横の文字が、僕の視界を引っ張り戻した。
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[売却/交渉可]
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(……交渉?)
胸の奥に、小さな火が灯る。
値札が無理でも、話ができるなら——まだ可能性はある。
「……いけるか? 交渉なら……いけるかも……!」
声が漏れた。
自分でも情けないくらい必死だ。
同時に、物件欄の端で、小さな映像がふわりと再生される。
穏やかな笑顔の男女。
年の頃は四十代くらいだろうか。並んでこちらに向かって手を振っている。
後ろに見えるのは、木の柵と広い空。日差しが柔らかい。
——なんだか、すごく人が良さそうな夫婦だ。
(……この人たちが、売主?)
ページの中の二人は、口元を動かして笑っている。
音はないのに、なぜか「どうぞ、よかったら」って言われてる気がした。
(……これはどう考えても呼ばれてる! 行くしかない!)
僕は椅子から立ち上がり、家を飛び出した。
『ご主人様。ここから目的地まで、最寄りの魔導バスを利用することもできますが、いかがなさいますか?』
「うーん……距離ってどんなもんなの?」
『最短距離で行けば、おおよそ十二キロメートルほどです。ご主人様の速度なら、十五分もあれば余裕をもって到着できるかと』
「なぁんだ、めっちゃ近所じゃん。走って行くよ!」
借りた家は学園の裏を抜けた少し先にある。
目的地も、どうやら学園側らしい。
朝霧の残る学園の敷地を横切り、坂道を転がるように下る。
裏通りを曲がり、ミネルヴァの指示に従いながら駆け抜ける。
冷たい朝の風が、熱を持った頬に心地いい。
そして——とうとう、その場所(聖地)に辿り着いた。
「……ここだ」
柵に手をかけようとした、その時だった。




