表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/28

最終話:運命を支配せし者たち

 王宮を襲った未曾有の火災から数日が経ち、瓦礫の撤去が進むなかで、レオナルドの「再認定」の儀が執り行われることとなった。

 あの日、カレンという「偽りの番」に惑わされた醜聞を塗り替えるため、そしてアルベルトという旧弊を完全に葬り去るため、この儀式は国の再誕を告げる象徴として位置づけられた。


 大広間に集った貴族たちは、一様に緊張の面持ちで壇上を見つめている。

 アンジェリカは、王妃のみに許される純白のシルクに、深い紫の刺繍を施したドレスを纏い、レオナルドの傍らに控えていた。彼女のアメジストの瞳は、一点の曇りもなく、会場全体を圧するような気高さを湛えている。


「……アンジェ。顔色が悪い。無理をしていないかい」


 レオナルドが、周囲に聞こえないほどの囁き声で彼女を案じた。

 彼の掌を覆う包帯はまだ痛々しいが、その立ち姿は既に、一国の王としての揺るぎない威厳に満ちている。


「いいえ。……この日のために、私は今日まで生きてきたのですから」


 アンジェリカは微笑み、彼の手に自らの手を重ねた。

 彼女の心には、ある種の覚悟があった。

 もしこの儀式で、再びレオナルドに「別の番」が現れるようなことがあれば。その時は、その運命ごと、この広間の光をすべて消し去るつもりだった。


 ---


 国王ジェイスが立ち上がり、重厚な声で宣言した。


「これより、王太子レオナルド・ベインツの『再認定』を行う。……王家の血筋に刻まれた真実の絆を、ここに証明せよ」


 レオナルドは静かに歩み出た。

 かつてのような拒絶や恐怖はない。彼はただ、自らの血をもって、この国に蔓延る「番」という呪縛に決着をつけようとしていた。


 レオナルドが短剣で指先を切り、聖杯へと血を落とす。

 しんと静まり返った広間に、血の一滴が落ちる音さえ響くようだった。


 その瞬間。

 聖杯から溢れ出したのは、これまでのどの儀式でも見たことがないような、圧倒的で清純な「プラチナの光」だった。


 光の奔流は、会場に並ぶ令嬢たちを一瞥もせず、まるで意思を持っているかのように真っ直ぐにアンジェリカへと向かった。

 アンジェリカの全身が、温かく、けれど激しい熱量を持った光に包まれる。彼女の胸元、鎖骨のすぐ下に、レオナルドの血が示すものと同じ、優美な紋章が鮮やかに浮かび上がった。


「……え?」


 アンジェリカの唇から、震える声が漏れた。

 彼女は知っていた。自分は「番」などではなく、王太子妃としての実力と野心でこの座を掴み取ったのだと。レオナルドとの絆は、血の反応などという不確かなものではなく、共に地獄を潜り抜けてきた「意思」の結果であるはずだと。


 だが、光は消えなかった。

 レオナルドが、震える手で彼女を抱きしめた。


「……アンジェ。やはり、そうだったんだ」


 彼のエメラルドの瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。


「カレンは偽物だった。アルベルトが仕掛けた呪いが、僕たちの『真実』を一時的に隠していただけだったんだ。……僕が、五歳のあの日に君に見つけてもらった時から、魂は既に答えを知っていたんだね」


 広間は、地鳴りのような歓声と拍手に包まれた。

「正妃となるべき公爵令嬢が、同時に王の番でもあった」

 それは建国以来の奇跡であり、これ以上ない完璧な物語の完成を意味していた。


 ---


 数ヶ月後。

 戴冠式を終えたレオナルドとアンジェリカは、バルコニーから熱狂する民衆を見下ろしていた。

 隣国との外交問題はアンジェリカの手によって速やかに解決され、レオナルドの断行した改革は、国に未曾有の活気をもたらしている。


「……ねえ、レオ。一つだけ、教えてくれる?」


 アンジェリカが、レオナルドの肩に頭を預けながら尋ねた。


「あの再認定の日。……もし、私に紋章が出なかったら、貴方はどうするつもりだったの?」


 レオナルドは、悪戯っぽく、けれどどこか昏い執着を孕んだ瞳で彼女を見つめ返した。


「……決まっているだろう。あらかじめ用意しておいた『特定の反応を起こす魔導具』を起動させて、無理やりにでも君を番に仕立て上げるつもりだったよ。……たとえ、神がそれを認めなかったとしてもね」


 アンジェリカは目を見開き、やがて可笑しそうに声を上げて笑った。


「……ふふ。やはり、貴方は私の最高の王だわ。……私も、同じことを考えていたのよ。カレンが使った薬を改良して、一生、貴方の瞳に私だけが映るように細工するつもりだったわ」


 二人の会話は、民衆の歓声にかき消されて誰にも届かない。

 運命が自分たちを結びつけたのではない。

 自分たちが運命を組み伏せ、跪かせ、自分たちの望む形に書き換えたのだ。


 アルベルトとプリシラが溺れた「本能」という名の地獄。

 自分たちが築き上げたのは、それを燃料にして燃え上がる、より強固で残酷な「意志」の帝国だった。


「愛しているよ、アンジェ。僕の、唯一無二の支配者」

「ええ。私も愛しているわ、レオ。私の、愛しい共謀者」


 夕暮れの光が二人を包み込み、重なり合った影は、巨大な一つの王座の形を成していた。

 完璧な王と、完璧な王妃。

 その背後で、かつての(呪縛)の記憶は、風に舞う灰のように静かに消えていった。


(完)

ひとまず最終話となります。

楽しんでいただけていたら嬉しいです!


後日、番外編の投稿を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ