第9話「思惑」
(Side:ガルドラム軍 エーリヒ大尉)
夜明け前の平原を、三つの赤い光が疾走していた。
ガルドラム王国が誇る最新鋭機『パンターブリッツ』。漆黒の装甲に赤いラインが走るその機体は、闇に溶け込みながら、音もなく地を滑るように駆けていく。
通常の『パンター』ですら、リュクカインの旧式機ヴェルドルを凌駕する性能を持つが、この『ブリッツ』の名を冠する機体はさらに別格だ。精霊力の伝達効率を高めた特別仕様であり、その速度は風そのものと言っていい。
要衝『双子の渓谷』を突破してから数時間。
我々は、驚異的なペースでミラボーへの距離を縮めていた。
『――各機、状況を確認せよ』
私は隊長機から、部下の二人に通信を送った。
『ハインツ少尉、機体のコンディションは?』
『オールグリーンです、大尉。いやはや、こいつは化け物ですね。こんな速度で巡航しているのに、エメルの疲労がほとんどない』
通信機越しに、ハインツの興奮した声が返ってくる。彼は腕は立つが、少々血の気が多いのが玉に瑕だ。
『ドルン少尉は?』
『こちらも問題ありません。…しかし大尉、本当にこのまま直進でよろしいので? 迂回せず最短ルートを進めば、半日後にはミラボーの東門に到達します』
ドルンは慎重な男だ。常にリスクを計算に入れている。
『構わん。想定通りだ。途中、時間調整を兼ねた休憩を挟んだ後、夕刻に強襲する』
私は短く答えた。
今回の作戦は、極めて特異なものだ。国境に軍を展開させ、敵の主力を引きつけておいて、最終的には我ら三騎のみが防衛線を突破し、本丸を叩く。
そのためだけに用意された、精鋭中の精鋭による強襲作戦。
『あらためて通達する。今作戦の目的は「精霊の泉」の破壊のみだ。他には目もくれるな。破壊後は即座に散開し、各自の判断で本国へ帰還せよ』
『大尉、質問が。街の破壊はよろしいので?』
ハインツが物足りなさそうに尋ねてきた。
『必要ない』
私は即答した。
『今後、北部方面が片付いてからミラボーを占領する作戦も予定している。貴様はボロボロになった街を統治したいのか?』
『うへぇ、御免こうむりますね』
『ならば余計な手出しは無用だ。我々の任務は、リュクスカインの息の根を止めるための「布石」を打つことにある』
『統治機構である領主館もですか?』
ドルンが冷静に確認してくる。
『かまわん。領主を殺せば民衆が蜂起し、後の占領政策に支障が出る。今回は泉さえ潰せば、それで我々の勝ちは確定する』
『ですが、敵シヴァルリィの抵抗があるのでは?街が無防備とは考えにくいですが』
ドルンの懸念はもっともだ。
私はキーボタンを操作し、本国から預かったデータパッケージを展開した。
『…現状の資料を送る。秘匿コードBZ89362で開放せよ』
『『了解』』
二人が手元のキーボタンを操作し、コードを入力する。
それぞれのモニターに、ミラボー市街の詳細な地図と、最新の敵戦力配置図が表示されたはずだ。
『ははぁ、なるほど。これは酷い』
ドルンが呆れたような声を出す。
『「双子の渓谷」で確認したヴェルドルは四十騎。ミラボー騎士団の現総数も四十騎。全騎で出撃してきたと見て間違いないだろう。つまり、街を守るべき主力は全て我々の後ろに置き去りだ。抵抗はほぼないと見ていい』
騎士団長のロルフ・ガリアードという男、有能だと聞いていたが、焦りすぎたな。全軍を渓谷に張り付けた判断は、足止めとしては正解だったが、突破された後のリスク管理が甘すぎる。
『ですが、騎士団以外のミディもいるのでは?領主の護衛とか』
ハインツが食い下がる。
『密偵の報告では、現在街で稼働しているヴェルドルは三騎のみだ。予備機はあるらしいがミディが足りてないのが現状だ。…ハインツ、貴様は旧式のヴェルドル三騎程度に遅れを取るのか?』
『まさか!即座に無力化してみせますよ。あんな動く棺桶、俺のパンターブリッツの敵じゃありません』
ハインツが鼻で笑う。
『他、ミディ候補の学生はたくさんいるだろうが…実戦経験のない子供に、我々が止められると思うか?』
『ありえませんね。散歩のついでに蹴散らしてやりますよ』
『油断はするな。だが、恐れる必要もない』
私はモニターに映る「精霊騎士学院」のポイントを指でなぞった。
『「精霊の泉」は、精霊騎士学院の地下にある。速やかに抵抗を排除し、ルートを保持し、目標を破壊する。我々の機動力なら、敵が反応する前にすべてを終わらせることができる』
夜が白み始めている。
モニターに透けるミラボーの街。我々が死神であるとも知らずに眠る街。
『行くぞ。夕食の時間には仕事を終える』
『『了解!』』
三騎のパンターブリッツが、さらに加速する。
赤い精霊光の尾を引きながら、我々は無防備な獲物の喉元へと牙を剥いた。
◇
(Side:ミラボー伯爵夫人カタリナ)
ミラボー領主館、執務室。
重厚なカーテンが閉ざされた部屋には、通信機の音と、紙をめくる音だけが響いていた。
「…そうですか。ご苦労様でした」
補佐役のゲオルグが受話器を置き、私の方へ向き直った。白髪を撫で付けた老執事の顔には、隠しきれない疲労と、それ以上の緊張が刻まれている。
「奥様。騎士団より入電がありました」
「報告を」
私は書類から目を上げ、彼を見据えた。
「敵三騎、双子の渓谷を突破。…止められませんでした」
予想はしていた。だが、実際に報告を聞くと、胃の腑に冷たい鉛を落とされたような心地がする。
「間に合わないでしょうけど、アルトリーベ侯爵に救援要請を」
「事前に要請済みです。また、国境からも連絡があり、ガルドラム軍本隊は戦闘を停止し、撤収を始めました」
「…なんですって?」
私は眉をひそめた。
国境を攻めたのが陽動だったことは明白だ。だが、突破部隊を送り込んだ直後に撤収?
早すぎる。まるで、この三騎さえ送り込めれば、後はどうでもいいと言わんばかりだ。
「こちらの状況は?」
「国境の国軍は損害軽微。当方の騎士団は…壊滅的な打撃を受けました。稼働機は、全体の三分の一とのことです」
「…っ」
四十騎出して、残ったのは十数騎。
あまりに大きな代償だ。夫が遺してくれた大切な騎士たちが、またしても失われた。
机の下で、私はドレスの裾を握りしめた。
「でもパンター相手にそれだけやれれば大善戦ね。…団長は?」
「ロルフ・ガリアード団長は無事です。残敵も引いたため、味方の救助をおこなっている模様です」
「良かった…」
心底、安堵の息が漏れた。
彼を失っていたら、この街は立ち行かなくなっていたかもしれない。
「彼がいるなら、適切な判断をしてくれるでしょう」
「そうですな。ガリアード団長は得難い人材です。亡き旦那様が見込んだだけのことはある」
ゲオルグがポットから新しい紅茶を注いでくれる。その香りで、少しだけ頭が冴えた。
「まったく…あと一ヶ月もあれば、新型の『ヴェリアル』が配備され始めるというのに」
私は悔しげに呟いた。
王都でようやく量産が開始された新型騎『ヴェリアル』。リュクカインが、国の威信をかけて作り上げたシヴァルリィ。
「だからこそのタイミングでしょう。情報は筒抜けと見てよいかと」
「ええ。この国を、いくらで売れるか算段しているネズミがたくさんいるでしょうからね」
腐敗した貴族たち。自分の保身のために国を売る裏切り者。
心当たりがありすぎて、怒る気力すら湧かない。
「それで?ここに向かって来ているお客様は、なにが目的なのかわかる?今のところ、お迎えする準備がなにもできてないけど」
私は執務室の壁に貼られたミラボーの地図を見上げた。
敵は三騎。少数精鋭。
占領が目的なら数が少なすぎる。暗殺か?破壊工作か?
「各区の顔役を通じて、民衆には西側の区画に避難するよう申し伝えております」
ゲオルグが事も無げに言った。
「西側?」
私は怪訝な顔をした。
敵は東から来る。東側を避難させるのは当然だが、なぜ「西」へ集める?
ハッとした。
ゲオルグの真意。そして敵の狙い。
「…なるほど。敵の目標は『精霊の泉』ね」
泉は学院の地下にある。学院は街の北東だ。
もし敵の狙いが泉なら、戦闘は学院周辺に集中する。民衆を西へ逃がすのは、戦火から遠ざけるためだ。
「はい。真偽のほどは確かではありませんが、ガルドラムは北のノルドグラード連合とも戦端を開いたとの情報があります」
「ノルドグラードと!?あの軍事大国と?」
驚愕した。二正面作戦など、正気の沙汰ではない。
「それじゃあ、こっちにまで手が回らないわけね」
「左様でございます。リュクスカインを攻め落とす余力はない。しかし、放置して背後を突かれるのも厄介。ならば――」
「時間稼ぎのためのイヤガラセをするのが目的、と」
パズルのピースが嵌まった。
泉を破壊すれば、我が国は新たな戦力を生み出すのが難しくなる。国力は低下し、ガルドラムにとって脅威ではなくなる。
占領統治の手間も省ける。
「リュクスカインの息の根を止めるほどの戦力は回せないから、最小限の犠牲で最大限の効果を…か。いかにもガルドラムが考えそうなことだわ」
私は紅茶を一気に飲み干し、立ち上がった。
敵の狙いが読めれば、打つ手はある。
「ゲオルグ、領主付きの護衛ミディ三人、全員出撃させなさい」
「館の守りは如何いたしますか?」
「不要よ。どうせここが襲われれば、三人いたところで守り切れません」
私は地図の「東門」付近を指差した。
「彼らに『ヴェルドル』で、東門の郊外に潜伏させなさい。敵は最新鋭機、まともに戦えば勝てません。ですが、敵は『抵抗はない』と油断しているはず」
「待ち伏せによる奇襲…ですな」
「ええ。敵の足を止め、混乱させなさい。こっちがイヤガラセしてやりましょう。少しでも時間を稼ぐのよ。騎士団が戻ってくるまで」
「承知いたしました」
「それと」
私はもう一つ、重要な決断を下した。
「ヴァルデマール学院長に連絡。予備機…ヴェルドル五騎を貸与します」
「学院に…?しかし、正規の騎士はいませんぞ」
「学生がいるわ」
私は窓の外、遠くに見える学院の尖塔を見つめた。
「ヴァルデマールの話では、今の生徒は粒ぞろいだとか。それに…そうすればグレゴールも動いてくれるでしょう。右腕が動かないとはいえ、かつての大エース様。たまには働いてもらいましょ」
「引退したグレゴールと、まだ幼い学生に街と国の命運を託しますか」
「大人が不甲斐ないばかりに、申し訳ないけれどね…学院に入学した時点で彼らも半軍属です。義務を果たしてもらいましょう」
五人のミディを誰にするかは学院長に一任する。
ヴァルデマール学院長なら、最も相応しい者を選んでくれるはずだ。
「急ぎなさい、ゲオルグ。敵はもう、すぐそこまで来ているわ」
「はっ。直ちに」
老執事が一礼し、部屋を出て行く。
「…できることなら私が戦いたいわよ」
夜明けの光が、窓辺に差し込み始めている。
ミラボーにとって、最も長い一日が始まろうとしていた。




