第50話「狩人」
(Side:クラウディウス・エルデンベルク)
いける!
この手応えなら、押し切れる!
私は、ヴェリアルの大剣に氷の精霊『フロスティア』の冷気を纏わせ、正面の黒い機体――パンターブリッツに向けて叩きつけた。
金属同士が激突する、耳をつんざくような高音が響く。
相手は受け流そうとしたようだが、ヴェリアルの出力は私の想像を超えていた。
ブリッツの姿勢が崩れる。
「ルシア先輩!右!」
『ええ、任せて!』
私の死角から、ルシア先輩の機体が滑り込む。
彼女の細剣には、炎の精霊『イグニス』が陽炎を揺らめかせている。
鋭い突きが、体勢を崩したブリッツの肩口を掠めた。装甲が熱で溶解し、火花が散る。
通用する。
あの「パンターブリッツ」相手に、我々は互角以上に渡り合えている!
ヴェリアルの性能、エメルとの共闘、そして日々の訓練。全てが無駄じゃなかった。
これなら、ミラボーを守りきれる!
レオン隊長たち護衛ミディの三騎も、熟練の動きで敵を牽制している。
敵の数は多いが、個々の動き方で埋められるはずだ。
私は思考で機体を踏み込ませ、追撃をかけようとした。
だが。
「…?」
違和感があった。
敵が、引いた。
致命的な隙を晒したはずなのに、反撃してこない。
それどころか、他の敵機も無理に攻めてこない。
こちらの攻撃を受け流し、距離を取り、ただ時間を浪費させるような動き。
なぜだ?
性能差に怯んだのか?
いや、違う。奴らの動きに乱れはない。
まるで、何かを待っているような…。
その時。
戦場に、冷徹な駆動音が響いた。
敵の中央に位置する白銀の機体、外部スピーカーを通じて声が届く。
『…配置完了。狩りの時間だ』
背筋に、氷のような寒気が走った。
わざと外部スピーカーにした…?我々に聞かせるために…絶望を与えるために…。
◇
(Side:マルセル・ロシュフォール)
高台からの視界は良好だった。
眼下で繰り広げられる乱戦。クラウディウスたちが善戦している。
私の役目は、ここから戦場全体を俯瞰し、敵の隙を見つけてこの巨大なクロスボウで撃ち抜くこと。
『マルセル先輩、前方六時の方向。敵影、街道上に集中しています』
隣で索敵を担当しているエミリアの声。
彼女の相棒、水の精霊『プルル』の広域探査能力は完璧だ。
前方の敵の動きは全て把握できている。
突然、私のヴェリアルのセンサーが、けたたましい警告音を上げた。
全周囲モニターの視界の端に何かが映った。
いや、それよりも早く、私の本能が警鐘を鳴らした。
殺気。
それも、前方ではない。
我々の死角、切り立った崖の下からだ。
「なっ!?」
振り返った瞬間、視界が黒い影に覆われた。
崖下から、音もなく這い上がってきた四騎のパンターブリッツ。
凶悪な曲刀を振り上げている。
「いつの間に…!?」
エミリアの広域探査をすり抜けた?
いや、地形を利用して、探査網のギリギリ外側を、完全に気配を殺して迂回してきたのか。
あの大回りを、この短時間で?
「まずい!エミリア、逃げろ!」
私はキーを叩き、機体を旋回させようとする。
だが、遅い。
ここは狙撃ポイントだ。接近戦など想定していない。
『キャァァッ!?プルル!霧を!』
エミリアが悲鳴と共に、防衛本能で霧を展開した。
プルルの力が解放され、高台が一瞬で濃密な白霧に包まれる。
視界がゼロになる。
これなら、逃げる時間が稼げるはず…!
甘かった。
霧の向こうから、複数の駆動音が響く。
迷いがない。
奴らは、目で見ようとしていない。
互いの位置情報をリンクさせ、我々がいるであろう空間そのものを「面」で制圧しに来たのだ。
風を切る音が連続して聞こえた直後、硬質な衝撃が機体を襲った。
無数の投擲剣。
狙い撃ちではない。雨のように降ってきた刃が、霧の中で逃げ惑う我々の機体に突き刺さる。
「ぐっ…!」
私の機体が傾いた。
脚部駆動系に直撃。姿勢制御不能。
視界がぐるりと回転する。
私は、ヴェリアルと共に高台から転がり落ちていく。
薄れゆく意識の中で、通信機が破壊されるノイズと、エミリアの短い悲鳴を聞いた。
やられた。
個人の強さじゃない。
これは、組織による「排除」だ。
◇
(Side:レオン(ミラボー領主護衛隊長))
『マルセル!?エミリア!?応答しろ!』
後衛からの通信が途絶えた。
高台の方角から、鈍い破壊音が響いてくる。
やられたのか?あの強力な「目」と「弓」が?
一瞬の動揺。
戦場において、それは致命的な隙となる。
『「目」は潰した。殲滅陣形へ移行せよ』
敵の声が聞こえる。なぜだ。なぜ外部スピーカーにしてる…。
なんだこれは…どういうことだ!?
瞬間、目の前の空気が変わった。
今まで受けに徹していたブリッツ三騎と、中央の白銀のシヴァルリィが、同時に牙を剥いた。
「させるか!」
私は反射的に前に出た。
狙うは敵の指揮官機。
奴さえ抑えれば、連携は崩れる!
私は思考で機体を加速させ、剣を突き出す。
だが。
指揮官機は私を見なかった。
私の剣を、まるで道端の枝でも避けるように最小限の動きで豨し、そのまま私の横をすり抜けていく。
狙いは、私の背後にいるフリントか!
「しまっ…無視された!?」
私が反転して追いかけようとした、その刹那。
左右の死角から、殺気が肌を刺した。
待っていたのだ。
私が指揮官機に釣られて、無防備に飛び出すのを。
右から一騎。左から一騎。
完全にタイミングを合わせた、回避不能の挟撃。
一対一の決闘などしてくれない。
局所的に三対一の状況を作り出し、確実に殺す。
これが、ガルドラムの軍隊のやり方か!
「ぐあぁぁぁッ!」
衝撃。
両腕の付け根を正確に貫かれ、機体の制御を失う。
視界の端で、フリントの機体が指揮官機の一撃で宙を舞い、レーミラの機体が別のブリッツに組み伏せられるのが見えた。
強い。
個々の技量もさることながら、この連携は異常だ。
まるで一つの巨大な生き物の手足のように、意思疎通のタイムラグがない。
私の機体は膝から崩れ落ち、地面に倒れ伏した。
モニター越しに見えるのは、曇った空と、無慈悲に見下ろす黒い巨人たち。
カタリナ様…申し訳ない。
すまない、子供たち。
◇
(Side:リーシャ・ヴァレンティア)
静かだった。
ほんの数十秒前まで、希望に満ちていた戦場が、今は墓場のように静まり返っている。
私は、瓦礫の陰で息を止めていた。
飛び出すタイミングを計っていたはずだった。
敵が崩れたら、背後から強襲するはずだった。
でも。
崩れたのは、私たちの方だった。
モニター上の味方識別信号が、次々と消えていく。
高台のマルセル先輩とエミリアの反応は消失。
護衛隊のレオンさんたちの反応は、沈黙。
残っているのは、街道上で背中合わせになり、完全に包囲されているクラウディウスとルシア先輩だけ。
そして、隠れている私。
土煙が晴れていく。
そこに立っていたのは、白銀の機体。
そして、高台から降りてきた別働隊と合流し、計八騎となった敵シヴァルリィの群れ。
整然と並ぶその姿には、勝利の歓喜も、激戦の興奮もない。
ただ、淡々と作業をこなす機械のような冷たさだけがあった。
これが、軍隊。
これが、本物の戦争。
私の手は、キーボタンの上で凍りついたように動かなかった。
恐怖が、骨の髄まで染み渡っていく。
次は、私の番だ。
「なにしとる小娘!動け!」




