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「ハズレ精霊の飼い主」と馬鹿にされた整備士の娘ですが、機体の悲鳴が聞こえるので、貴族の皆様より上手く操れますよ?  作者: 秋澄しえる


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第5話「温もり」

 シヴァルリィの初搭乗から三ヵ月が経ち、忙しい学院生活を過ごしていたある日の放課後。


 私は親友のエミリア・ノーヴェと廊下を歩いていた。


「ねえリーシャ、聞いた?来週の模擬戦、見学席にすごい人が来るって噂!」


 エミリアが興奮気味に囁いてくる。


 栗色の巻き毛を揺らす彼女は、いつもニコニコしているけれど、実は学院内の噂話や情報にやたらと詳しい。どこにそんな情報網があるのか不思議なくらいだ。


「すごい人?誰?」


「ミラボー騎士団長のロルフ様よ!『鉄壁のロルフ』って呼ばれてる英雄なんだから!」


 私は思わずきょとんとした。


「え、ロルフのおっちゃん?」


「はあぁっ!?」


 エミリアが素っ頓狂な声を上げてのけぞった。


「お、おっちゃん!?ロルフ様をおっちゃん呼ばわり!?待って待って、どういう関係なの!?」


「どういうって…父さんの幼馴染で、よく家に夕飯食べに来るし、私のこと子供扱いしてくる普通のおじさんだけど…」


「全然普通じゃないから!雲の上の人だから!」


 エミリアが肩を揺さぶってくる。へえ、おっちゃんってそんなに有名だったんだ。


「あ、それとね、対戦カードのリストも教官室で盗み見ちゃった。リーシャの相手、クラウディウスくんだったよ」


「え…」


「やっぱり、教官たちも注目してるんだよ。あの時の因縁」


 エミリアの情報網、恐るべし。おかげで心の準備ができた。


 ロルフのおっちゃんが見に来る。しかも相手はクラウディウス。


 絶対に、無様な姿は見せられない!



 エミリアの情報通り、ロルフのおっちゃんは来週の模擬戦に来るらしく、今日はその事前視察のついでに、私の様子を見に来てくれてた。


 夕方、私とおっちゃんは並んで下校していた。


「なあ、リーシャ。お前、昨夜遅くまで勉強していたそうだな」


「えっ、なんで知ってるの?」


「グレゴールから聞いた。『昨日遅くまで本を読んだ』と言ったとな」


 おっちゃんは苦笑し、そして優しく目を細めた。その表情は、厳格な騎士団長のものではなく、昔から私をよく知る近所のおじさんの顔だ。


「良いことだ。なにごとも努力しなきゃ伸びるものではない」


「でも、まだまだだよ!」


 私は首を横に振った。カデットでの訓練は順調だ。セラフィとの相性もいい。でも、コックピットの中で聞いた「音」は、まだ完全な調和を奏でてはいなかった。


「今日だって、跳躍の着地でバランスを崩しかけたし。もっと練習して、機体の声をもっと深く聞けるようにならなきゃ」


「そうか」


 おっちゃんが深く頷く。


 しばらくの沈黙。と二人の足音だけが響く中、私は胸に秘めていた不安を口にした。


「ねえ、ロルフのおっちゃん。私、本当にミディになれるかな?」


「なれるさ」


 おっちゃんは即答した。迷いのない、力強い声だった。


「お前には、ギリク譲りの『耳』がある。努力もしている。それに、セラフィという強力な相棒もいる」


「うむ!もっと言うがよい!」


 私の肩でセラフィがふんぞり返る。おっちゃんはそれを見て、表情を引き締めた。


「ただし、これから先はもっと厳しくなるぞ。訓練だけじゃない。いつか本物の戦場に立つ日も来るかもしれない」


 おっちゃんの視線が鋭くなる。騎士団長としての厳しい目だ。


「それでも、お前はやるか?」


 私は逃げずにその視線を受け止めた。


「やるっ!…私、強くなりたいの。父さんみたいに、誰かの役に立てる人になりたい。それに――」


 私は胸元のペンダントを握りしめた。


「四年前、父さんは帰ってこなかった。 …もう二度と、大切な人を失いたくない。おっちゃんや母さんの悲しむ顔を見なくて済むように、私がみんなの盾になりたい!」


 おっちゃんは一瞬驚いたように目を見開き、それから大きな手で、私の頭を乱暴に、けれど温かくワシャワシャと撫でた。


「そうか。お前は、本当に優しいな」



 家に着くと、母さんが出迎えてくれた。


「おかえりなさい、リーシャ。あら、ロルフも」


「ただいま、母さん!」


 私は玄関に飛び込んだ。


「聞いて聞いて!今日もね、カデットに乗ったの!それでね、この間よりもすっごくスムーズに動かせて、グレゴール教官も驚いてて、それでね——」


 言葉が止まらない。


 興奮しすぎて、息継ぎするのも忘れそうだ。


 母さんは、優しく微笑みながら私の話を聞いてくれている。


「まあ、すごいじゃない。良かったわね、リーシャ」


「うん!セラフィがね、すごく優秀なの!」


「ふふん」


 セラフィが、私の肩で胸を張る。


「セラフィ、いつもありがとうね」


 母さんが、優しくセラフィに微笑む。


「ロルフ、夕食一緒にどうかしら?」


「ああ、ありがとう、ベアトリス。お邪魔するよ」


 夕食の準備を手伝いながら、私は母さんに今日の出来事を話し続けた。


 母さんは、時折相槌を打ちながら私の話を聞いてくれている。


 野菜を切りながら、スープをかき混ぜながら、ずっと話していた。


 やがて夕食の準備が整った。


 質素だが温かい食卓。


 パン、スープ、野菜の煮込み、チーズ。


 私と母さんとロルフのおっちゃん、そしてセラフィがテーブルを囲む。


「いただきます」


 食事が始まった。


 温かいスープが、体に染み渡る。


「リーシャ、本当にすごいんだ」


 ロルフのおっちゃんが母さんに話しかけた。


「動きがどんどん良くなってる。ギリクが見たら、きっと——」


 おっちゃんの言葉が少し詰まる。


 母さんの目も少し潤んだのが見えた。


「そう…あの人、きっと喜んでるわね」


 しばらく誰も何も言わなかった。


 食器がぶつかる音だけが静かに響く。


 やがて、母さんが話題を変えた。


「そういえば、ロルフ。最近、街の様子が少し変わってきたわね」


「ああ、気づいたか」


 ロルフのおっちゃんが頷く。


「国境の警備が厳しくなってる。シヴァルリィの配備数も増えたらしい。国境の砦は国軍の管轄だからな。おれのとこに直接情報はこないが、まず間違いないようだ」


「…また、戦争になるの?」


 私はスープを飲む手を止めて、二人の会話を聞いた。


「分からん」


 おっちゃんが、真剣な表情で答える。


「だが、五ヶ月前に休戦協定が結ばれたとはいえ、ガルドラムが本当に守るかどうか」


「あの国は…四年前も突然…」


 母さんの手が少し震えている。


 父さんを失った日を思い出しているんだ。


「ガルドラムの『鉄血王』ジグムントは、リュクスカインを完全に併合するまで止まらないだろう」


 おっちゃんが、遠くを見るような目で言う。


「四年前の大侵攻で、リュクスカインは国土の半分以上を失った。首都ヴェラムと、ここミラボー、そしていくつかの都市を残すのみだ」


「精霊の泉も…」


「ああ。ヴェラムとミラボーの二箇所だけになった。もし、どちらかが奪われれば、新しいミディを育てるのが難しくなる。それは国の危機を意味する」


 おっちゃんの言葉が重くのしかかる。


 私は拳を握りしめた。


「私、強くなるよ」


 自分でも驚くほど、強い声が出た。


「この国を守りたい。おっちゃんや、母さんや、みんなを守れるくらい、強く」


 母さんが、私を見つめた。


「リーシャ…」


「大丈夫。セラフィもいるし」


「うむ。小娘を助けるのは、わしの役目じゃからの」


 セラフィが、力強く頷く。


 ロルフのおっちゃんは、私たちを見つめて、ゆっくりと口を開いた。


「ベアトリス、リーシャ。おれは、絶対に二人を守るとギリクに誓った」


 おっちゃんの声には、強い決意がこもっている。


「四年前、おれはギリクを守れなかった。親友を失った。だから——」


 おっちゃんの拳が、テーブルの上で握られる。


「だから、もう誰も失いたくない。特に、ギリクの家族は」


 母さんの目から、一筋の涙が流れた。


「…ありがとう、ロルフ」


 私も目頭が熱くなった。


「おっちゃん…」


「まあ、暗い話はここまでだ」


 おっちゃんが笑顔を作った。


「そうね」


 母さんも涙を拭いて笑顔を作った。


 食事は再び和やかな雰囲気に戻った。


 私は、今日の出来事をまた母さんに話してた。


 母さんは優しく微笑みながら聞いてくれている。


 おっちゃんも、時折思い出したように父さんとの思い出を語ってくれた。


 温かな時間が流れていった。



 夕食後、シャワーを浴び、寝る準備をすませると、私は自室で父さんが残したシヴァルリィの設計図、未完の設計図を見上げていた。


 おっちゃんの言葉が胸に残っている。


『本物の戦場』


 怖い。でも、逃げるわけにはいかない。


 私は机の引き出しから、小さな工具セットを取り出した。そして、胸元のペンダントを外す。


 銀色の歯車と結晶のペンダント。十歳の誕生日に、父さんが「お守りだ」と言ってくれたものだ。


 裏蓋を開けると、そこには極小のフラクタル回路がびっしりと刻まれている。ただのアクセサリーじゃない。これは父さんが「いつか役に立つ」と言っていた、何か重要なパーツの一部だ。


「小娘、それはなんじゃ?」


 枕元からセラフィが覗き込んでくる。


「父さんの形見。これを持ってるだけで、なんか安心するんだ」


「ふむ。妙な波長を感じるの。まるで小さな命が眠っているような…」


 セラフィが興味深そうにペンダントに触れる。その瞬間、ペンダントの回路が微かに明滅した気がした。


「…?」


「まあよい。ところでだ、おぬしの母上はミディなのか?」


「え!?そんな話聞いたことないけど!契約精霊も見たことないし」


「そうか、ならば、わしの気のせいかもしれんな」


「なにか気になることでもあった?」


「なに、気のせいならば良いのだ…そろそろ寝るぞ、小娘。あやつとの決戦の日は近いのじゃろう?」


「うん!ありがと、セラフィ!」


 私は相棒の頭を指で優しく撫でた。


 窓の外で風が鳴っている。


 それはまるで、私たちの門出を祝福するファンファーレのように聞こえた。


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