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「ハズレ精霊の飼い主」と馬鹿にされた整備士の娘ですが、機体の悲鳴が聞こえるので、貴族の皆様より上手く操れますよ?  作者: 秋澄しえる


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第46話「波⇔楔」

(Side:グリュメル中将(ガルドラム王国 南部方面軍司令官))


 ヴォルフラムのコックピットの中で、私はシートに深く体を沈めていた。


 静かだ。


 外部の喧騒が嘘のように遮断されたこの空間で、全周囲モニターに映る「我が軍」の背中を眺める。


 パンターブリッツ三十騎、パンター八十騎、そして東大陸の傭兵機が十数騎。


 総勢百二十を超えるシヴァルリィが、横一列に展開している。


 壮観だな。これぞ「力」だ。


 個人の武勇?騎士道精神?


 くだらん。戦争とは物理と数のぶつかり合いだ。


「全機に通達」


 私はマイクに向かって、静かに、しかし腹の底に響くような声で告げた。


「小細工はいらん。我らは塊、我らは波だ。ただ前進し、目の前の全てを押し潰せ」


 私の思考に呼応して、銀色の狼――ヴォルフラムが低い共鳴音を奏でる。


 それを合図に、百二十の巨人が一斉に足を上げた。


 大地が悲鳴を上げる。


 モニター越しでも伝わってくる振動。


 大質量が同時に動くことで生じるエネルギーは、もはや地震に近い。


 個の意思を持たぬ、統制された死の行進。


 私が採用した陣形は『波状陣』。


 最前列が敵と激突し、精霊力が低下すれば、即座に後列と入れ替わる。


 休むことなく、途切れることなく、永遠に打ち寄せる波のように敵を摩耗させ、飲み込む必勝の陣だ。


「さあ、始めようか。開戦のファンファーレだ」


 大気がビリビリと震え、視界が歪むほどのプレッシャーが前方に放たれる。


「進め。リュクスカインの軟弱な騎士どもを、挽肉に変えてやれ」



(Side:ロルフ・ガリアード(ミラボー騎士団長))


 目の前の光景に、喉が干からびそうだ。


 国境砦の前、我々が布陣した平原の向こうから、黒い金属の壁が迫ってくる。


 百二十騎。


 対する我々は、かき集めても百に届かない。


 しかも向こうは、一糸乱れぬ統率で、地均しをするように迫ってくる。


『ガリアード団長』


 通信が入る。国境守護騎士団を率いるジルナス男爵だ。


 その声は緊張に強張っているが、どこか憑き物が落ちたような響きだった。


『この場の指揮権、貴公に譲渡する。我が騎士団も、貴公の手足として使ってくれ』


「男爵…よろしいのですか?」


『構わん。私は国境の門番だ。小競り合いならともかく、このような「軍」同士の正面衝突など経験がない。…餅は餅屋だ。貴公の用兵に賭ける』


 潔い判断だ。


 ここで意地を張って指揮系統が乱れるより、よっぽどいい。


 私は深く頷き、受諾した。


 やるしかない。私が背負うんだ、この場にいる全員の命を。


「承知いたしました。ミラボー騎士団、およびジルナス騎士団の全指揮権、私が預かります!」


 私は通信回線を全軍に繋いだ。


 ヴェリアルのコックピット内で、流れる脂汗を拭いもせずに叫ぶ。


「総員傾注!敵は数で勝り、面で圧殺しにくる『波』の陣形だ!まともに受け止めれば飲み込まれるぞ!」


 地響きが近づいてくる。


 シートを通して、内臓が揺さぶられるような不快な振動が伝わってくる。


「怯むな!我らはミラボーの盾だ!背後には守るべき民がいる!」


 私は愛機ヴェリアルの剣を抜き放ち、切っ先を敵の中央に向けた。


「全機、陣形変更!『楔』の陣を敷け!ミラボー騎士団を先頭に、一点突破で敵の波を切り裂く!」


 私の号令一下、ヴェリアル部隊が素早く動き、私を頂点とした鋭角の三角形を形成する。


 左右にはヴェルドル部隊が展開し、側面を守る壁となる。


「行くぞ!突撃ィィィッ!!」


 私は思念全てを「加速」に注ぎ込み、指先でコンソールのキーを叩きつけた。


 機体が私の殺気に呼応し、爆発的な推進力を生む。


 数十騎のヴェリアルが、一つの巨大な槍となって疾走する。


 敵の「波」と、我々の「楔」。


 両者が激突する瞬間、世界から音が消えた気がした。


 凄まじい衝撃。


 数トンの装甲と装甲が正面からぶつかり合い、火花が散る。


 視界が揺れるなんてもんじゃない。脳が頭蓋骨の中でシェイクされるような衝撃に、意識が飛びそうになる。


 だが、止まれない。


 私は目の前のパンターを盾ごと叩き斬り、そのまま踏み倒して前進した。


「突破しろ!止まれば死ぬぞ!」


 我々の練度は高い。個々の性能でも、ヴェリアルはパンターを上回る。


 楔は敵陣深くまで突き刺さった。手応えはある。


 だが。


「…くそっ!なんだコイツらは!」


 倒しても、倒してもキリがない。


 目の前の敵を倒した瞬間、その後ろから新しい敵がヌッと現れる。


 前衛が傷つけば即座に後退し、無傷の後衛が出てくるのだ。


 まるで、自己修復する壁だ。


 倒しても倒しても、景色が変わらない。


 圧力が強まる。


 四方八方から押し寄せる金属の質量に、ヴェリアルのフレームが悲鳴を上げ始めた。


 押し負ける…!


「…力を貸せ!マグニス!」


 私は、相棒の名を呼んだ。


 瞬間、コックピット内に茶褐色の光が溢れる。


 足元の空間から現れたのは、茶色の岩肌のような質感を持つ、無骨な亀の姿をした精霊。


 地の精霊『マグニス』だ。


 彼は私の叫びに呼応するように、重々しく、しかし力強く唸り声を上げた。


 機体の足元に、根が生えたような感覚。


 マグニスの地属性の力が、ヴェリアルの接地グリップと装甲密度を一時的に跳ね上げる。


 「不動」の権化。それが私の相棒だ。


「押し返すぞ!マグニス!」


 私は思考でマグニスとリンクし、全力で出力制御キーを操作する。


 機体が踏ん張る。泥を噛み、大地を掴む。


 目前のパンターの群れが、マグニスの生み出した重圧に押され、一瞬たじろいだ。


「今だぁぁッ!」


 私はその隙を逃さず、剣を一閃させる。


 だが、それでも敵は減らない。


「うわぁぁぁッ!?」


 悲鳴が上がった。


 右翼のジルナス騎士団のヴェルドルが、奇妙な動きをする敵機に絡め取られている。


 鱗状の装甲に、曲刀を持った異形の機体。


 東大陸の傭兵か!


 奴らは正面からぶつからず、蛇のように側面から噛み付いてくる。いやらしい動きだ。


「落ち着け!陣形を崩すな!」


 私は叫びながら、二機目のパンターを蹴り飛ばす。


 マグニスが展開する防御障壁が、敵の攻撃を受け止め、火花を散らす。


 だが、進めない。


 敵の厚みが、重さが、泥沼のように我々の足を絡め取る。


 これは戦争じゃない。


 巨大な石臼ですり潰し合う、消耗戦だ。


 数で劣る我々にとっては最もイヤな戦い方。


 汗が目に入る。呼吸が苦しい。


 肺が焼けるようだ。


 だが、ここで引くわけにはいかない。


 我々が崩れれば、国境は決壊し、ガルドラムの洪水がミラボーを飲み込む。


「耐えろぉぉぉッ!!」


 私の絶叫は、戦場を満たす金属音にかき消された。

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