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「ハズレ精霊の飼い主」と馬鹿にされた整備士の娘ですが、機体の悲鳴が聞こえるので、貴族の皆様より上手く操れますよ?  作者: 秋澄しえる


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第45話「破砕」

(Side:タリオ(リュクスカイン国境騎士団ミディ))


 国境の砦から遠く離れた、北の丘陵地帯。


 俺と相棒のペリュスが駆る二騎のヴェルドルは、平和そのものの春の野を散歩気分で歩いていた。


「…あーあ、暇だなぁ」


 俺はコックピットの中で欠伸を噛み殺しながら、通信回線を開いた。


「そういやペリュス、聞いたか?アルトリーベでウチが勝ったらしいぞ?」


『おう、聞いた聞いた。すげぇよな。今回の戦で局地的とはいえ勝ったの初めてじゃないか?』


 通信機から、相棒の能天気な声が返ってくる。


 ここ最近、負け戦続きだった我が軍にしては、珍しい吉報だ。


「そうだな。快挙だよなぁ。連戦連勝して平和になってくれねぇかなぁ」


『平和になったら仕事なくなるかもよ?俺たち、これしか能がないし』


「そうなったらなったでなにかやれること探すさ。死ぬ可能性がない仕事をな。畑仕事とか、最高じゃないか」


『違いねぇ』


 互いに軽口を叩き合う。


 目の前のモニターには、どこまでも続く穏やかな緑の丘。


 平和だ。本当に、平和すぎて眠くなる。


「ところでタリオ、国境から離れ過ぎじゃないか?このあたりはガルドラムも哨戒してるエリアだろ」


「いや、ちょっとな。そこの丘が気になってさ。あそこからの景色を見たら帰ろうぜ」


「了解」


 俺は思念でヴェルドルに「前進」を命じる。


 キーボードを叩く指も、リズムを刻むように軽い。


 緩やかな丘の斜面を、二騎の機体が登っていく。


 その時だった。


「…なぁ、なんか聞こえねぇか?」


 俺はキーを叩く手を止めた。


 外部集音センサーが、奇妙な低周波を拾っている。


『ん?なんか?風の音じゃなくて?』


「ああ。丘の向こうかな。なにか大量の足音というか…地鳴りのような…」


『…足音…?』


 俺たちは思わず声を潜めてしまった。


 嫌な予感がする。背筋がゾワリとするような、生物的な警戒アラート。


 センサーの感度を上げる。


 ズズズ…ズズズズズ……。


 間違いない。これは、重い金属の塊が、それも一つや二つじゃなく、地面を踏みしめる音だ。


「…こりゃやべぇぞ」


 俺は慎重に機体を伏せさせ、丘の頂上から反対側を覗き込んだ。


 そして、息が止まった。


「…は?」


 そこには、地平線を埋め尽くさんばかりの「金属の波」があった。


『…おい…嘘だろ…』


 ペリュスの震える声が聞こえる。


 眼下に広がる平原を、無数のシヴァルリィが埋め尽くしていた。


 ガルドラムの主力機パンター。上位機パンターブリッツ。


 それだけじゃない。


 見たことのない、曲刀を携えた鱗状の装甲を持つ異形の機体も混じっている。


 そして、その中央に鎮座する、一際存在感のある銀色の機体。


 遠目に見てもわかる。あれはヤバい。空間そのものが歪んで見えるような、圧倒的なプレッシャー。


「…何騎いるんだこれ…百…いや、もっとだ…」


『ざっと百二十はいるぞ…!あんな大軍、どこに隠れてやがったんだ…!』


 俺の全身から冷や汗が噴き出した。


 陽動?小競り合い?


 違う。これは、「戦争」だ。本気の侵略だ。


「逃げるぞ!急いで砦に連絡だ!全速力で戻れ!」


 俺はパニックになりそうな心を必死で押さえつけ、キーボードを叩き割る勢いで機体を反転させた。



(Side:グリュメル中将(ガルドラム王国 南部方面軍司令官))


 最新鋭機「ヴォルフラム」。


 そのコックピットは、従来の機体とは比較にならないほど静謐で、広々としていた。


 全周囲モニターに映し出される光景は、我が軍の精鋭たちが作り出す壮観な隊列だ。


「中将!前方、丘の上にヴェルドル二騎確認!迎撃しますか?」


 随伴機からの通信が入る。


 モニターの端、丘の稜線から慌てて逃げ去る二つの小さな影が見えた。


 蟻のような脆い機体だ。ブリッツを一騎走らせれば、十秒でスクラップにできるだろう。


「いらん、捨て置け」


 私は冷たく言い放った。


「派手に宣伝してもらうとしよう。ガルドラムの大軍が国境に向けて進軍中だとな」


 恐怖の伝書鳩は多いほうがいい。


 奴らが泣き叫んで報告すればするほど、敵の司令官は冷静さを失い、全ての戦力をこの「正面」に集結させるはずだ。


 私は周囲を見渡す。


 パンターブリッツ三十騎。パンター八十騎。そして私のヴォルフラム。


 加えて、エシュリスのオルベン氏が東大陸からかき集めてきた傭兵部隊の異形機が十数騎。


 総勢百二十を超える大軍勢。


 これだけの質量が動けば、大地も悲鳴を上げる。


(叫べ。喚け。羊たちがこちらに集まれば集まるほど、後ろの扉は軽くなる)


 私の脳裏に、海上で待機しているであろうパイトネスの顔が浮かぶ。


「さて、やつらはどれだけ派手に踊ってくれるかな。早すぎてもダメ、遅すぎてもダメだが…願わくば優秀な敵であってほしいものだ」


 私は口元を歪め、ヴォルフラムの出力をわずかに上げた。


 銀色の狼が、低く唸りを上げた。



(Side:ロルフ・ガリアード)


 ミラボー騎士団本部、作戦指令室。


 けたたましいサイレンの音が、私の鼓膜をつんざいていた。


「団長!国境より入電!敵、多数進軍中!数…百以上!」


 通信士の悲鳴のような報告に、私は思わず椅子を蹴って立ち上がった。


「なんだと!?百以上!?」


「正確な数はまだ不明!偵察隊が遭遇した模様!『地平線が埋め尽くされている』と!」


 百騎。


 それは、ミラボー領に存在する全戦力を合わせても倍以上の数だ。


 アルトリーベ方面への攻撃は陽動だったのか。いや、あちらも本気に見えたが、こちらが「本命」だったということか!


「…通信士に確認!そこにジルナス男爵はいらっしゃるのか!?」


 国境砦を守る指揮官の名を叫ぶ。


「…いらっしゃいます!」


「直接話したい!回せ!」


 数秒のノイズの後、スピーカーから男爵の沈痛な声が響いた。


『ジルナスだ』


「報告は受けました。こちらの稼働可能なシヴァルリィはヴェリアル三十二騎、ヴェルドル十一騎です。全機実働可能です!」


『そうか。こちらは先の消耗が響いている。ヴェリアル十五騎、ヴェルドル三十一騎だ。他にヴェリアルが三騎あるが、調整が完了しておらんので動かせん。…合わせても百に届かん。敵は少なくても百二十以上…しかも新型が混じっているとの報告だ。絶望的な戦力差だな』


 男爵の声に、死の覚悟が滲んでいるのがわかった。


 ここで私が怯めば、前線は崩壊する。


「…不測の事態に備え、騎士団本部にヴェルドル全機を残し、残りはすべて、すぐに砦に向かいます!まだ終わっていません!」


 私は叫んだ。


 予備戦力を残す余裕などない。主力であるヴェリアルを全機投入し、水際で食い止めるしかない。


『そうだな…すまん。できるだけ早く来てくれ。迎撃の陣構築を早めに完了させたい』


「了解しました!持ち堪えてください!」


 通信が切れる。


 私はすぐさま次の指示を飛ばした。


「領主館に連絡!ヴェリアル全機で国境に向かう!不測の事態に準備されたし、と!」


 通信士が蒼白な顔で頷き、キーを叩く。


「全館放送!」


 マイクを握りしめる手に力がこもる。


『はい!…どうぞ!』


「ガリアードだ!総員傾注!国境付近にガルドラム軍侵攻中の連絡があった!数は百以上!…なにがなんでも守るぞ!シヴァルリィ全騎機動!三十分以内に準備を終わらせろ!」


 怒号のような指令が基地内に響き渡る。


 整備士たちが走り回り、ミディたちが顔色を変えて愛機へと走る気配が伝わってくる。


「団長!ミラボー伯爵夫人からです!」


「おう!」


 私は別の回線を開いた。


「カタリナ様!ガリアードです!」


『ガリアード団長、報告は聞きました。団長の考えを支持します。すぐさま国境に向かいなさい』


 カタリナ様の声は気丈だった。だが、その裏にある焦りまでは隠せていない。


「…カタリナ様、今、街に残っている戦力は?」


『私の護衛ミディのヴェリアル三騎のみです。でも…あの子たちも…います』


 あの子たち。


 一瞬、私の脳裏にリーシャや、あの生意気な学生たちの顔が浮かんだ。


 彼らのヴェリアルの性能は知っている。彼らが加われば、戦力は大幅に増すだろう。


 だが。


「…いいえ」


 私は首を振った。


「あの学生たちは、先の戦いで疲弊しています。それに、ようやく家族の元へ帰したばかりだ。…今回ばかりは、大人の我々だけで片を付けましょう」


 彼らは未来だ。ここで使い潰していい駒ではない。


 それに、これは我々ミラボー騎士団の矜持の問題だ。


「…騎士団の砦周辺にヴェルドルを配備し警戒させます。仮に、前回のような少数強襲があってもある程度は対応可能なはずです。もしもの時は連携してください」


『…わかりました。ガリアード団長、ご無事で』


「はっ!」


 通信を切る。


 私は腰の剣を叩いた。


 行ってくる。死地へ。



(Side:リーシャ・ヴァレンティア)


 ヴァレンティア工房。


 セリアさんが淹れてくれた二杯目の紅茶に口をつけようとした、その時だった。


 ウゥゥゥゥゥ――――ン!!


 不快な音が、工房の壁を震わせた。


 遠くから響く、重苦しい鐘の音のような、サイレン。


「…なに、この音?」


 私はカップを持ったまま硬直した。


 母さんの笑顔が消える。


 セリアさんが、鋭い眼差しで窓の外を見た。


 平和な昼下がりの空気は、一瞬にして砕け散った。


 ただならぬ気配が、肌を刺す。


 嫌な予感がする。


 さっきまでの幸せな時間が、指の間から砂のように零れ落ちていくような、決定的な喪失の予感。


 私は震える手でカップを置き、立ち上がった。

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