表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ハズレ精霊の飼い主」と馬鹿にされた整備士の娘ですが、機体の悲鳴が聞こえるので、貴族の皆様より上手く操れますよ?  作者: 秋澄しえる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/52

第44話「前夜」

(Side:エリーゼ・ホッホベルク子爵)


 ミラボーの市街地、その路地裏にへばりつくような場末の酒場。


 紫煙と安酒の匂いが充満する店内の隅で、私はフードを目深にかぶり、グラスを傾けていた。


 ここは私が密談でよく使う店だ。


 誰にも正体を知られず、こっそりと情報を集めるためのお忍びスポット。


 …の、つもりなんだけどね。


「…おい、あれホッホベルクの子爵様だよな?」


「シッ!見るな。後ろを見ろよ。あの侍女が目を光らせてるぞ」


「ヒィッ…目が合っただけで石になりそうだ。見なかったことにしよう、うん」


 聞こえてるよ、君たち。


 周囲の客たちは、ヒソヒソと噂しながらも、必死で私に気づかないふりをしている。


 原因は私の背後に直立不動で控えている侍女、クララだ。彼女が氷点下の微笑を浮かべて周囲を牽制しているせいで、私の「お忍び」は公然の秘密となっていた。


 あーあ、やりづらいったらありゃしない。ま、変なのが寄ってこないだけマシか。


 カラン、とドアベルが鳴り、一人の男が入ってきた。


 日焼けした肌に、悪趣味なほど派手な金のネックレス。バルドール市のドミニクだ。


 店の外には、彼の護衛たちがそれとなく周囲を警戒しているのが気配でわかる。やれやれ、大げさなこった。


 ドミニクは私の向かいに座ると、ニヤリと笑った。


「…待ったか?」


「いや、今来たとこ」


「アルトリーベ方面で勝ったそうじゃねぇか」


「さすがに耳が早いね」


「そりゃあな。情報は商売の命だ。そうじゃなきゃやってられねぇよ」


 ドミニクは店員にエールを注文しながら言った。


 あの海鳴りの村で脅し…交渉した時の強気な態度はどこへやら。今はすっかり対等なビジネスパートナー気取りだ。まあ、現金な男の方が扱いやすくていいけどね。


「確かにね。それで今日は?」


「いや、まぁ、他の商売のついでではあるんだが…先日送った報告書読んだか?」


「ええ。エシュリスの経済力には驚いたよ。まさかここまでとはね」


 彼から提供されたオルベン商会の内部資料。


 目を通した時はめまいがしたわ。想像を絶する規模の資金と物資が、湯水のようにガルドラムへ流れている。


「まぁな、うち(バルドール)より、ちっとばかし大きいくらいだが…予想以上にガルドラムに金と人を突っ込んでやがった。こりゃあ、アルトリーベだけじゃ終わらねぇぞ?」


「…次が?」


 私が眉をひそめると、ドミニクは声を潜めた。


「ああ。あるな。間違いなくある。ガルドラム南部方面軍の司令官、グリュメル中将はかなりの野心家だ。そして、戦上手でもある。そしてこの金の流れだ。ただじゃ終わるわけがねぇ」


「そうか…」


 やっぱり、そう思うよね。


 今のところ敵の動きは完全に止まっている。不気味なほどに。


 この静けさが、逆に嵐の前触れみたいで嫌な感じがするんだ。


「そして、こいつはサービスなんだが…」


 ドミニクが四つ折りにした紙片を、テーブルの上を滑らせて私の前に置いた。


 なんだろう、まだ隠し玉があるの?


 私はそれを開き、中身を一読する。


 ――は?


 思考が一瞬停止した。


 嘘でしょ?


「…なんだって!?」


「驚くよな」


「アストラムが、ガルドラムとノルドグラードの停戦調停…」


 口に出しても、まだ信じられない。


 ガルドラムとノルドグラード連合。泥沼の戦争を続けている両国の仲介に、あのアストラム聖教国が動いている?


「まだ動き始めたばかりのようだが、確かな筋からの情報だ」


「しかしあの国は…」


 私は首を横に振った。


「アストラムは、ガルドラムのエメルの扱い方を認めていない。というより、精霊信仰の総本山としちゃ認められるわけがない。是正勧告を何度も出しているくらいだ」


 ガルドラムにおいて、精霊はパートナーじゃない。


 ただシヴァルリィを動かすための『道具』であり、消耗品だ。精霊の自由意志など認めず、強制的に従わせる彼らのやり方は、アストラムの教義とは水と油。


「もしかするとノルドグラード連合からの依頼なのかも…あの国もいろいろ面倒な国だからね」


「そうかもな。どっちにしろ、ガルドラムとノルドグラードの戦争が停戦ともなれば、ガルドラムの余った戦力はどこへ向くと思う?」


「…南、リュクスカインか」


 背筋が寒くなった。


 今は北と東に戦力を割いているから、こっちへの攻勢が緩んでいるだけ。もし北が片付いたら?


「影響は間違いなく出てくる。想定だけはしておいた方がいいだろうな」


 ドミニクはエールを一気に飲み干し、席を立った。


 まったく、とんでもない「ついで」を持ってきてくれたものだ。


「…感謝する」


「いいってことよ。それじゃあな」


「あ、関税の話はいいのかい?」


「まだ、なにも終わっちゃいねぇよ。…全部終わってから、たっぷり請求させてもらうさ」


 ドミニクは片手を上げて店を出て行った。


 残された私は、手元の紙片を見つめる。


 世界が、きな臭い方向へ動き出している。


 でも、まだ猶予はあるはずだ。停戦なんてすぐにまとまる話じゃない。


 そう自分に言い聞かせ、私は残った酒を煽った。


 ああ、まずい。



(Side:リーシャ・ヴァレンティア)


 学院長、ミラボー伯爵夫人、そして騎士団のガリアード団長への帰還報告。


 長かった挨拶回りがようやく終わった。


 解放された!自由だ!


「終わったー!帰るよセラフィ!」


「ぬわっ!?待つのだ!」


 私はセラフィが頭にしがみつくのも構わず、全力で走り出した。


 風を切ってミラボーの街を駆け抜ける。


 石畳の感触、市場の喧騒、全部が懐かしい。


 でも、一番恋しいのはやっぱりあそこ!


 目指すは我が家、ヴァレンティア工房!


「母さんただいまー!」


 勢いよく工房の扉を開けると、いつもの匂いが出迎えてくれた。


 ああ、これだ。落ち着くぅ。


「おかえり」


 奥から母さんの声がする。


 私は声のする方へ、早足で向かった。この声の響き方はダイニングだね。お茶でも飲んでるのかな?


 …って、あれ?


 今、小声でだけど、もう一人の声が聞こえたような…。


 あ!そっか!


 私はダイニングのドアを開け放った。


「ただいま!母さん!セリアさん!」


 そこには、いつものエプロン姿の母さんと、きちっとした侍女服に身を包んだ女性――セリアさんが並んで微笑んでいた。


「おかえりなさい、リーシャ」


「おかえりなさいませ、リーシャ様」


 セリアさんだ!


 私は興奮しながら席に着くと、王都で別れてからの出来事を二人に話し始めた。


 アルトリーベでの戦い、湿地帯での鬼ごっこ、そして勝利の凱旋!


 母さんは楽しそうに、うんうんって私の冒険譚に耳を傾けてくれる。


 セリアさんも、魔法みたいな手際でお茶とお菓子を出しながら、興味深そうに相槌を打ってくれた。


「セリアさんも座ってくださいよ!一緒にお話ししましょう!」


「いえ、私は侍女ですので」


「いいじゃないですか!ここは王都のお屋敷じゃないんですから!家族会議みたいなものです!」


 私が何度も勧めて、母さんも「そうして頂戴、私の娘は頑固だから」なんて笑うと、セリアさんは困ったように、でも嬉しそうに椅子に腰を下ろした。


「…では、お言葉に甘えて」


 三人で囲むティータイム。


 穏やかな時間が流れる。戦場の泥臭さとか、命のやり取りなんて、遠い世界の出来事みたいだ。


「リーシャ様、セラフィ様。改めまして」


 話が一区切りついたところで、セリアさんが背筋を伸ばした。


「この度、ベアトリス様のご厚意により、こちらで生活させていただくことになりました。至らぬ身ですが、よろしくお願いいたします」


 深々と頭を下げるセリアさん。


 私はぱっと笑顔になった。


「うん!よろしくね!セリアさん!私の方こそ、いろいろ教えてください!掃除とか料理とか、あと…あ、礼儀作法はほどほどで!」


「おう!小娘!これじゃこれ!おぬしもわしに『様』をつけんか!セラフィ様と!」


「えー、今さらやだよ」


「なんじゃと!?だいたいおぬしは、わしに対する敬意がたらんのじゃ!もっと敬わんか!」


「御免被る」


「…なんじゃ、その言葉は…。最近、賢しくなってきたのう」


「大人になってきたって言って!」


 自分で言っておきながら笑ってしまった。


 その私の笑顔を、セリアさんはどこか眩しそうに、そして好ましく見つめて微笑んだ。


 工房に、新しい家族が増えた。


 母さんがいて、セリアさんがいて、セラフィがいて。


 この温かい日常が、ずっと続けばいいのに。


 私は心からそう思った。



(Side:ピアナ・オルレイス(アストラム聖教国シスター))


 聖都アストラム、大聖堂。


 荘厳な回廊を、私は早足で歩いていた。


「呼び出されるようなこと、なんかしたかなぁ…」


 私は脳内にある膨大な記憶の引き出しをひっくり返す。


 厨房からのつまみ食い?お祈りの最中の居眠り?いや、どれも証拠は残してないはず。完全犯罪だったはずよ。


 私の名前はピアナ・オルレイス。


 薄桃色の髪に、アメジスト色の瞳。


 シスター服ってば、ただでさえ体のラインが出やすいのに、私のこの…なんというか、発育の良すぎる身体を包むと、いろいろと強調されちゃうのよね。


 行く先々で男たちの視線がベタベタと張り付くのが、本当に鬱陶しい。


 まあ、力ずくでこようとする不届き者は、全員私が返り討ちにしてあげたけど。


 私の特技は、相手の力を利用してふんわりと空を舞っていただく体術。


 腕を掴んできた男が、次の瞬間には天井を見上げてる時のあのキョトンとした顔、結構好きなのよね。


 そんな私が呼び出されたのは、教団で最も恐れられている場所。


 異端審問局長、カシウス様の執務室だ。


 重厚な扉を開け、中に入る。


 カシウス様は、書類から顔も上げずに開口一番こう言った。


「アリス・ロッシェを知っているな」


「あ、はい」


 私は即答した。


 私の脳内データベースが、瞬時にその名前を検索し、関連情報を引き出す。


 アリス・ロッシェ。かつて「聖女」と呼ばれ、最重要聖遺物を持ち出して行方をくらませた伝説のミディ。エメルは風のヴィルト。


 私には、特技がある。


 一度見聞きしたことは決して忘れない「完全記憶」と、断片的な情報から真実を導き出す「推論」の力だ。


 つまり、人探しやモノ探しにおいて、私の右に出る者はいないってこと。


「アリスがリュクスカインに潜伏している可能性がある。反応があった方角的に、王都ヴェラムか、東のミラボーだ」


 カシウス様が鋭い視線を私に向けた。


「探し出して報告するのだ。ただし、内密にだ。誰にも知られてはならん。いいな」


「教皇猊下にもですか?」


「当たり前だ。…これは異端審問局独自の極秘任務である。すぐに出立したまえ」


「捕まえなくてもよろしいのですか?」


「それは他の者に任せる。君は『目』となればいい。探し出すだけでいいのだ」


「わかりました」


 私は恭しく一礼し、執務室を退出した。


 回廊に出た瞬間、私の口元が自然と緩む。


 やった!お説教じゃなかった!


 しかも、外に出られる!任務という名の旅行よ!


「アリス・ロッシェかぁ…。一度会ってみたかったんだよなぁ。すっごい美人だって聞くし。楽しみ!」


 私は弾む足取りで回廊を駆けていく。


 伝説の聖女に会えるかもしれない。しかも極秘任務だなんて、ワクワクするに決まってるじゃない!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ