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「ハズレ精霊の飼い主」と馬鹿にされた整備士の娘ですが、機体の悲鳴が聞こえるので、貴族の皆様より上手く操れますよ?  作者: 秋澄しえる


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第42話「誤算」

(Side:グリュメル中将(ガルドラム王国 南部方面軍司令官))


 ガルドラム王国南部、城塞都市「レグシム」。


 司令室の空気は、作戦開始前とは打って変わり、昂揚した熱気に包まれていた。


「報告します!ナーンデルの森、北部戦線!プラキス中佐の部隊が敵守備隊と交戦中!敵の増援を引きつけています!」


「南部戦線、ネカルダ中佐からも入電!『敵は完全に釣られた。抵抗は激しいが、それゆえに奴らの主力はここに釘付けだ』とのこと!」


 オペレーターたちの威勢の良い声が響く。


 私は手元のワイングラスを軽く揺らし、満足げに頷いた。


「順調だな。あの猪武者どもも、囮としては一流の働きをしているようだ」


 アルトリーベ侯爵領の両翼で派手に暴れさせ、敵の意識を外側へ向けさせる。


 その隙に、リヴェノ大佐率いる精鋭部隊が、手薄になった中央湿地帯を音もなく突破する。


 古典的だが、確実な手だ。


「そろそろか…」


 予定通りならば、リヴェノ隊はすでに湿地帯を抜け、アルトリーベ本城の喉元に迫っている頃だ。


 勝利の報は、いつ届いてもおかしくない。


 その時だった。


「…緊急入電!中央湿地帯、リヴェノ大佐からです!」


 オペレーターの声が裏返った。


「来たか。繋げ」


 私はグラスを置き、通信パネルに向き直った。


 だが、スピーカーから流れてきたのは、勝利の凱歌ではなく、苦渋に満ちた喘ぎ声だった。


『…こちらリヴェノ。…作戦失敗。これより全軍、撤退する…』


 司令室の空気が凍りついた。


 私は耳を疑った。


「…なんだと?失敗ぃ!?撤退だと?」


 私は通信機のマイクを鷲掴みにした。


「貴様!何を言っている!敵の主力は両翼にいるはずだ!湿地帯は無人だったのではないのか!?」


『…伏兵です。それも、とびきりの化け物がいました…』


「化け物だと?寝言を言うな!状況を報告しろ!全滅でもしたというのか!」


『…いえ。戦死者はゼロです。ミディは全員無事です』


「はあ!?ならばなぜ退く!戦え!」


 私の怒号に対し、リヴェノの声は恐ろしいほど冷静で、そして絶望的だった。


『戦えません。…十八騎のうち、七騎が無力化されました』


「無力化…?故障か?」


『投げられたのです』


「…は?」


 私は絶句した。


 投げられた?シヴァルリィを?数トンある金属の塊をか?


『霧の中から現れた敵機に、なすすべもなく片足の駆動系を切断され、投げ飛ばされました。投げられた機体が、後続のブリッツに直撃し、そちらも損傷しました』


 リヴェノの報告は、まるで悪質な冗談のようだった。


 だが、彼の声に嘘の色はない。


『現在、投げられた七騎のうち、動ける三騎を回収し、残る四騎は放棄して撤退中です。これ以上の戦闘継続は、部隊の全滅を意味します』


「…敵の数は!大部隊なのか!?」


『…視認できたのは、一騎のみです』


「一騎だとぉ!?」


 私はデスクを拳で叩きつけた。


『敵の新型シヴァルリィが一騎。おそらくは情報にあったヴェリアルかとは思いますが、複数個所の形状が異なっていたため真偽は不明。…それ以外の敵影は、濃密な霧に阻まれて確認できませんでした。ですが、あの霧…あれも恐らく敵の攻撃です。モニターが完全に遮断されました』


「霧の中からの攻撃…そして、ヴェリアル(?)による格闘戦…」


 脳裏に浮かぶのは、以前パイトネスが見せた「三文小説」のような報告書だ。


 ミラボーでブリッツを単独で破壊したという学生。


 まさか、実在したというのか。しかも、我が軍の精鋭部隊を、たった数機――あるいは単機で壊滅させるほどの力が?


『…閣下。奴は異常です。これ以上、このルートでの侵攻は不可能です。ご判断を』


 通信の向こうで、何かが爆ぜる音と、リヴェノの荒い息遣いが聞こえる。


 私はギリリと奥歯を噛み締めた。


 屈辱だ。


 完璧な作戦が、ひっくり返された。


 しかも「不殺」という手加減までされて敗北したのだ。


 怒りで視界が赤く染まる。


 だが、私は感情に任せて怒鳴り散らすだけの無能ではない。


 深呼吸を一つ。


 冷たい理性を無理やり引きずり出す。


「…わかった。全軍撤退を許可する」


『!…感謝します』


「ただし、痕跡は残すな。両翼のプラキスとネカルダにも伝えろ。潮が引くように、一斉に引け」


 私は通信を切ると、呆然としている部下たちを見回した。


「総員、聞け!アルトリーベ攻略作戦は中止だ!全軍、速やかに撤退させろ!」


「か、閣下!しかし、まだ余力は…!」


「黙れ!これ以上、『化け物』に餌を与える必要はない!」


 私は一喝し、再び作戦地図を睨みつけた。


 アルトリーベ侵攻は失敗した。これは痛恨の極みだ。


 だが。


「…怪我の功名、というやつか」


 私は冷たい笑みを浮かべた。


 リヴェノの敗北は、敵に強烈なインパクトを与えたはずだ。


 「ガルドラム軍を撃退した」という事実は、彼らに安堵と、そして致命的な「油断」をもたらすだろう。


 私は手元の通信機のチャンネルを切り替えた。


 宛先は、洋上に待機しているはずの別動隊。


「…パイトネス少佐。聞こえるか」


『はい、閣下。戦況はいかがで?』


 副官の涼しい声。彼にはまだ、リヴェノの敗北は伝わっていないはずだ。


「予定変更だ。アルトリーベ方面は『失敗』した」


『…ほう。あのリヴェノ大佐が、ですか』


「ああ。とびきりのイレギュラーがいたようだ。だが、これで敵の目は完全にアルトリーベと、勝利の余韻に向けられた」


『では、作戦を前倒ししますか?今すぐミラボーへ…』


「いいや、待て」


 私はパイトネスの言葉を遮った。


 今、性急に動くのは得策ではない。


 現在、アルトリーベには近衛騎士団とベルクト騎士団が集まっている。


 もし今、我が軍がミラボーを襲えば、奴らは踵を返して南下し、我々の背後を突くだろう。


「奴らが帰るのを待つのだ」


『帰るのを?』


「そうだ。勝利に浮かれた奴らは、必ず王都へ凱旋する。近衛騎士団とベルクト騎士団がアルトリーベを離れ、王都経由でミラボーへ救援に向かうにしても、最も日数がかかる地点…」


 私は地図上の街道を指でなぞった。


 アルトリーベと王都の中間地点。そこを越えれば、ミラボーへの救援には数日を要する。


「奴らがその『引き返せない地点』を越えるまで待機せよ。それまでは、死んだふりをしていろ」


『…なるほど。孤立無援になったミラボーを、確実に仕留めるおつもりですね』


「そうだ。奴らが勝利の美酒に酔いしれ、武装を解いたその瞬間こそが、本当の好機だ」


 私は残っていたワインを一気に飲み干した。


 苦い味がした。


 だが、次に飲む杯は、ミラボーの陥落を祝う極上の味になるはずだ。


「ヴォルフラムの毒針は、確実に心臓を刺せる時まで研いでおけ。…いいな?」


『御意。…吉報をお待ち下さい』


 通信が切れる。


 私は砕け散らんばかりにグラスを握りしめ、南の空を睨みつけた。


「高くついた戦だったが、元は取らせてもらうぞ」


 アルトリーベでの敗北は、ただの撒き餌に過ぎない。


 真の狩りは、これからだ。

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