第4話「いける!」
「小娘。さきほどの小僧の動きを覚えておるか?」
「小僧?あー、クラウディウス?」
「名前なぞ知るか!あの、いけすかない小僧じゃ!」
「あ、うん、覚えてるよ?」
「よし!あれと同じ動きをするのじゃ!」
あれと同じ動き?えーと、回って、剣構えてたかな…。
「わかった」
大剣、大剣。あ、あった。剣架にかけてあった訓練用の大剣を両手で握った。
「お、重い…」
どういう仕組みなのかはわからないけど、大剣の重さを両手に感じる。そういえば、歩いた時も地面を踏みしめているような感覚があった。
「ねぇ、セラフィ?」
「不快か?ある程度の触覚や重さを感じた方がイメージしやすいかと思ってな。そこはコントロール可能だが、おぬしはどうしたい?」
「そんなこともできるんだ。んー、このままでいいかな。”見える”のと”感じる”のは違うしね。私にはこの方が合ってそうな気がする」
「その感覚は大事にした方が良いぞ。結局、動かすのはおぬしじゃ。わしは補助にすぎん。準備は良いか?」
「うん、お願い」
剣術の授業の時に習った体捌きを思い出す。たぶん、あんな感じでいいはず。いつかルシア先輩のような美しい動きをしてみたいなぁ。
剣を構える。
クラウディウスがやっていたように。
重い。
本当に重い。
でも、これが実戦の感覚なんだ。
「では、行くぞ」
セラフィの声。
その瞬間——
体が動いた。
足が地面を踏みしめる。重い音が響く。
二歩目。
バランスを取りながら。
そして——
剣を振り下ろす。
空気を切り裂く感覚。
重い剣が大きな弧を描く。
バランスを崩しそうになる。
「おっと!」
慌てて体勢を立て直す。
「ふむ、悪くないぞ、小娘」
セラフィが言った。
「じゃが、まだ剣に振り回されておるな」
「そ、そうかも」
息が、少し上がっている。
「もう一度じゃ。今度は、もっと剣の重さを感じろ。重さに逆らうのではなく、重さを使うのじゃ」
「重さを使う?」
「そうじゃ。剣の重さで、自然に振り下ろす。無理に力を込めるでない」
なるほど。
「もう一度、行くよ」
「うむ」
剣を構える。
今度は剣の重さを感じる。
重心がどこにあるか。
どう振れば一番力が乗るか。
そして——振り下ろす。
さっきよりも、スムーズだった。
剣の重さに任せて自然に振り下ろせた。
バランスも崩してない。
「よし!それじゃ!」
セラフィの声が嬉しそうだった。
「おぬし、飲み込みが早いの」
「えへへ」
『ヴァレンティア!』
グレゴール教官の声が響いた。
私は、はっとした。
『降りてこい』
「は、はい!」
私はカデットから降りた。
足が少し震えている。
緊張と興奮で体が疲れている。
教官が私のところに歩いてきた。
「ヴァレンティア、貴様、今のは何だ?」
「え、えっと…クラウディウスの動きを真似してみました」
「真似…だと?」
教官が眉を上げた。
「貴様、授業で習った剣術を、もうシヴァルリィで再現できるのか?」
「は、はい…でも、まだ完璧じゃ…」
「いや、十分だ。授業で習った動きを、初めての搭乗でここまで再現できる者は滅多にいない」
教官が、私のカデットの方を見ているのがわかった。
「貴様の機体、音が違う」
「え?」
「他の生徒の機体は、関節部から金属音がする。だが、貴様の機体はほとんど音がしない」
教官が、鋭い目で私を見た。
「精霊力の浸透が異常に深い。まるで、何年も使い込んだ機体のようだ。おぬしの精霊は、何者だ?」
「え、えっと…セラフィ、です」
「名前を聞いておるのではない。どのような精霊だ?」
「それが…本人も覚えていないみたいで」
「覚えていない?」
「わしは記憶がないのじゃ」
セラフィが私の肩から教官を見上げた。
「自分が何者か、なにをしてきたか、すべて忘れた」
「そのようなことがあるのか…」
教官がセラフィをじっと見つめる。
「じゃが、風は操れる。それだけは分かっておる」
「風か」
教官が何かを考え込むような表情になる。
「風の精霊で、ここまで機体を制御できるのか…いや、待て。もしかして」
教官が何かに気づいたような表情になる。
「貴様、機体の調整をしたのか?」
「調整?」
「ああ。シヴァルリィの動きを最適化する整備技術だ」
ああ、そういうことか。
「シヴァルリィのいろいろな音が聞こえて…あ、違った。えっと…少しだけ」
「音だと?」
教官が目を見開いた。
「貴様、整備の知識があるのか?」
「父が整備士だったので」
「なるほどな」
教官が納得したように頷いた。
「そうか。ギリク・ヴァレンティアの娘だったな。あの男の技術と『耳』を受け継いでいるのか」
父さんの名前を聞いて、胸が熱くなった。
「はい!」
自然と返事も大きくなった。
「よし、ヴァレンティア」
教官が私を真っ直ぐ見た。
「貴様の『耳』は、今後必ず武器になってくる。そして、貴様にはそれを活かす地頭がある」
「え…」
「だが、慢心するな。技術は磨き続けなければ、すぐに錆びる」
「は、はい!」
「訓練を続けろ。いいな」
「はい!」
教官は満足そうに頷いて、他の生徒たちのところへ戻っていった。
「小娘、すごいではないか!」
セラフィが嬉しそうに言った。
「教官に認められたぞ!」
「う、うん…」
でも、私は複雑な気持ちだった。
嬉しい。
認められたことは、嬉しい。
でも——
周りの視線が痛い。
生徒たちが私を見ている。
驚き、羨望、そして——嫉妬。
(ちょっと目立ちすぎたかな…)
少しだけ後悔した。
◇
訓練が終わり、私は練兵場を出た。
エミリアが、駆け寄ってきた。
「リーシャ!すごかったね!」
「え、えへへ…ありがとう」
「私なんて、全然ダメだったよ。バランス崩しちゃったし」
エミリアが、少し落ち込んだ顔をしている。
「大丈夫だよ、エミリア。初めてなんだから」
「でも、リーシャも初めてだったのに…」
「それは…セラフィのおかげだよ」
「ふふん」
セラフィが、私の肩で胸を張った。
「そうだね。リーシャの精霊、いろいろな意味で凄そう」
エミリアが、セラフィを見る。
「あの、セラフィさん?よろしくお願いします」
「うむ。おぬしも精進するがよい」
セラフィが、エミリアに向かって小さく手を振った。
エミリアは、嬉しそうに笑った。
その時、後ろから声がした。
「平民風情が、調子に乗るなよ」
振り返ると、クラウディウスが立っていた。
冷たい目で私を見下ろしている。
「今日はたまたまうまくいっただけだ。所詮、貴様は平民。貴族である僕には、永遠に勝てん」
「私、別に勝とうなんて思ってないけど…」
「ふん」
クラウディウスが鼻で笑った。
「まあ、せいぜい頑張ることだな。どうせ、すぐに限界が来る」
そう言い残してクラウディウスは去っていった。
エミリアが怒った顔でその背中を見ている。
「やだもう、嫌味ったらしい!」
「まあまあ」
私はエミリアをなだめた。
「気にしないでおこ」
「でも…!」
「大丈夫。私、負けないから!」
私はクラウディウスの背中を見つめた。
(いつか実力で黙らせてやる)
こうして、私、リーシャ・ヴァレンティアのミディとしての学院生活は始まった。
『ハズレ精霊の飼い主』という汚名を『衝撃のデビュー』で塗り替えて。
けれど、この時の私はまだ知らなかった。
この平穏な日常が、遠くから迫る黒い足音によって、脆くも崩れ去ろうとしていることを。




