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「ハズレ精霊の飼い主」と馬鹿にされた整備士の娘ですが、機体の悲鳴が聞こえるので、貴族の皆様より上手く操れますよ?  作者: 秋澄しえる


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第33話「準備」

 緊急警報が鳴り響く中、私たちはすぐにでもエキュイエに乗り込み、北へ向かおうとした。


 焦りがあった。一秒でも早く駆けつけなければ、という使命感にも似た熱が、身体を突き動かしていた。


「待て待て!落ち着け嬢ちゃんたち!」


 その行く手を遮ったのは、金属粉と冷却液の匂いを染み込ませた作業着の背中だった。


 ポゾスのおやっさんが、太い腕を広げて私たちの前に立ちはだかる。


「さすがに整備してからでないと送りだせねぇぞ!あの水玉遊びで駆動系にどれだけ負荷がかかったと思ってやがる!明日まで待て!それまでに残りの整備と補給を完璧にしてやるから!」


 怒鳴り声に近いその言葉に、熱くなっていた頭が冷や水を浴びせられたように冷静になる。


 そうだ。整備士として一番やってはいけないことだ。不完全な状態で機体を送り出すなんて。


「あ、そっか…うん、わかった。ごめんなさい、おやっさん」


「分かればいい。戦場に行くなら尚更だ。万全の状態じゃなきゃな、死にに行くようなもんだぞ」


 おやっさんの言葉は重かった。


 横で母さんが頷く。


「そうね。ポゾスさんの言う通りだわ。焦っても良いことはない。…じゃあ、それまでに必要なものの買い出しをしてから、剣術と槍術の訓練をしましょう」


 母さんの瞳は、いつになく真剣だった。


「これから向かう先で生き残るためには必要な技術よ。付け焼き刃かもしれないけれど、やるとやらないでは大違いだわ。真剣にやりましょう」


「はい!」


 エミリアが背筋を伸ばして答える。


 技術院の中は、警報の影響もあってこれまで以上に慌ただしくなっていた。


 二人の機体を整備する技師たち、それぞれの予備の武器や念のための追加装甲、戦闘で想定される消耗品をエキュイエのハンガーに積み込む作業員たち。


 そこはもう、戦場の一部だった。


「ポゾスさん!すみませんがお願いします!」


 母さんが頭を下げる。


「おう!任せときな!完璧に準備してやらあ!嬢ちゃんたちは今のうちに休むなり準備するなりしてきな!」


「ありがとうございます!では、私たちは買い出しに行ってきますね!」


「気をつけてな!」


 おやっさんが背中を向けて、部下たちに指示を飛ばし始める。


 私たちは技術院の出口へと向かった。


 その時、ふと胸元の重みを思い出した。


「…あ、しまった!忘れてた!母さん、エミリア、出口のとこで待ってて!すぐ行くから!」


「え?うん、わかったけど」


 二人が先に行くのを見届けてから、私は踵を返して駆け戻った。


「…おやっさん!」


「ん?おう、どうした。忘れ物か?」


 図面と睨めっこしていたおやっさんが顔を上げる。


「見てもらいたいものがあったの忘れてた。すっごい重要なこと」


 私は首から下げていたペンダントを外し、おやっさんに差し出した。


「これがなんなのか調べてほしいの」


「ペンダントか?」


 おやっさんが眉をひそめる。ただの装飾品に見えるだろう。


「父さんからもらったペンダントなんだけど…」


 私は、あの学院襲撃の時に起こったことを説明した。


 私とセラフィの思念に呼応するように熱を持ち、機体の反応速度が異常に跳ね上がったこと。まるで、機体と私が溶け合うような感覚に陥ったこと。


「…ほう、おもしれぇな」


 おやっさんの目が、技術者のそれに変わる。


 彼はペンダントを受け取ると、照明にかざしてしげしげと眺めた。


「わかった。明日まで借りてていいか?わかるかはわからんが調べておく。あー、大事に扱うから安心しな!」


「うん、ありがとう!よろしくお願いします!」


 私は頭を下げると、母さんたちが待つ出口へと走った。



 技術院の出口に行くと、そこには母さんとエミリア、そしてもう一人、見知らぬ女性が立っていた。


 地味な色合いだが仕立ての良い侍女服を着て、足元には大きな旅行鞄がいくつも置かれている。


 あ!王城で案内してくれた侍女さん!?


「お待たせ!…えーと」


 私が戸惑っていると、彼女は表情を変えずに深々と一礼した。


「リーシャ様、セリアと申します。奥様からベアトリス様のサポートをするように申しつかりましたので、ご一緒させていただきます。よろしくお願いします」


 奥様?


 私は母さんの腕を引いて、エミリアたちに聞こえない場所まで連れて行った。


「ちょっとちょっと!母さん!どういうこと!?奥様ってエレオノーラ様のこと!?」


「そうみたいね」


 母さんは呑気なものだ。


「エレオノーラ様からの手紙を持参してきたんだけど、その中には『料理も掃除も工房の手伝いも戦闘もなんでもできるから便利に使ってね!』って書いてあったのよ。ついでにお金も渡されてきたみたいでね…」


 母さんが少し重そうな革袋をちらりと見せる。中には、隙間なく詰まった金貨の輝きが見えた。


「こ、こ、こんなに!?」


「これからは人手も欲しかったからちょうどいいわ。正直助かるー」


「…そういう問題かなぁ」


 母さんの適応能力の高さには驚かされる。


 まあ、でも、エレオノーラ様の侍女さんなら、素性もしっかりしてるだろうし、変な人ではないはずだ。


 なんとも似たような親子の思考で、私は納得することにした。



 結局、四人で市場に買い出しに行くことになった。


 セリアさんの大荷物は、一度エキュイエに置いてきた。


 市場でのセリアさんは、驚くほど有能だった。


 母さんが「保存食が欲しいわ」と言えば、「こちらの店が品質と価格のバランスが最適です」と即座に案内し、「予備の毛布が必要ね」と言えば、「あちらの店で軍の放出品を扱っております」と先導する。


 まるで王都の地図が頭に入っているようだった。


 おかげで、短時間で必要なものが全て揃った。


 しかも。


「お持ちします」


 私たちが持とうとした水や食料の入った木箱を、彼女は軽々と持ち上げた。


 それも、三箱重ねて。


 細い腕のどこにそんな筋肉があるのか。前も見えないはずなのに、顔色一つ変えず歩く姿に、私とエミリアは戦慄した。


 小声でエミリアが私にささやく。


「…私、似たような光景思い出しちゃった」


「私も…クララさんのことだよね?」


 エリーゼさんの侍女のクララさん。彼女も、か弱い見た目に反して人間離れした怪力の持ち主だった。


「そう…あんなに細身なのに、なんであんなに力持ちなの!?しかも、同じ侍女さんって…そういう秘密組織でもあるのかな…」


「まさかあ…」


 王家の侍女採用試験には、重量挙げの項目でもあるのだろうか。


 そんな馬鹿なことを考えながら、私たちは技術院に戻った。


 その日の午後は、母さんによる最後の特訓だった。


 中庭で、実戦を想定した立ち回り。セリアさんは黙々とエキュイエの中で、私たちが快適に過ごせるよう荷物の整理や清掃をしてくれていた。



 翌朝。


 空は白々と明け始めていた。


 整備と補給を終えたヴェリアルが、朝日を浴びて鈍く輝いている。


 積み込み作業を手伝ってくれていたポゾスのおやっさんが、私の元へやってきた。その手には、あのペンダントが握られている。


「リーシャ…これはギリクが作ったものなんだよな?」


 おやっさんの声は、低く、真剣だった。


「うん、たぶんそうだと思う」


「だとすりゃぁ…あいつはとんでもねぇもの作りやがった」


 おやっさんは、ペンダントを少し恐ろしそうに見つめた。


「詳細なことはわからねぇし、確信もないが、こいつはたぶん精霊力、それもミディとエメルとシヴァルリィ、すべての精霊力を一時的に増幅し、同調させる代物かもしれねぇ。ただな、発動条件もわからねぇから、もう一度同じことがおこるかどうかもわからねぇ」


「え!?そ、そんなこと可能なの!?」


 私は思わず声を上げた。


 ミディとエメルの同調なら分かる。でも、そこにシヴァルリィまで巻き込んで増幅させるなんて、聞いたことがない。


「わしの知識じゃ、できねぇと言いたい。言いたいが…蓋の裏に書いてあった隠し文字、全部はわからねぇが、それを示唆してやがる。そして、嬢ちゃんが体験した現象と、それが一致してやがるからな…」


 おやっさんが、ペンダントを私の掌に返した。


 金属の冷たさの中に、父さんの体温が残っているような気がした。


「…おやっさんでもわからないものを父さんが作ったってこと?」


「そういうことだ。悔しいがな…」


 おやっさんは、自嘲気味に笑った。


「また、王都に来た時に見せてくれるか?もっと詳しく調べてみてぇ。こいつの仕組みがわかれば、シヴァルリィの歴史が変わるかもしれん」


「うん、わかった」


 私はペンダントを首にかけ直し、服の下にしまった。


 胸の奥が熱くなる。父さんは、ただの整備士じゃなかった。やっぱり、すごい人だったんだ。


 このペンダントは、父さんが私に遺してくれた「翼」なのかもしれない。



 出発の時が来た。


 今回は、二手に分かれることになった。


 母さんとセリアさんは、乗り合い馬車で、ミラボーへ向けて先に出発した。


 別れ際、母さんは私の手を強く握り、「無理はしないで」とだけ言った。その言葉の裏にある「生きて帰って」という願いを、私は痛いほど感じた。


 そして今。


 私とエミリア、セラフィとプルルを乗せたエキュイエは動き出した。


 最初は私の運転。


 巨大なタイヤが地面を噛み、車体が動き出す。


 背後には王都の城壁。


 前方には、土煙の舞う荒野。


 その遥か先にある、戦火の地へ。


 私たちは、走り出した。


「ガルドラム!やってやんよ!」


「びっくりしたあ…突然どうしたの?」


「ははっ!言ってみたかっただけ!」


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