第29話「師匠」
数日後。
ミラボー騎士団の格納庫前で、私は汗を拭いながら積み込み作業の最終確認をしていた。
「よし、固定完了!エミリア、そっちは!?」
「こっちも大丈夫!」
小型エキュイエの格納庫には、私とエミリアのヴェリアルが鎮座している。大型と違って、この車両は最大二騎まで。その代わり、居住区が快適らしい。
「小娘!わしの寝床も積んだか!?」
肩の上でセラフィが叫ぶ。
「積んだよ!専用クッションもちゃんとあるから!」
「フン、当然じゃ」
このエキュイエ、ロルフのおっちゃんに頼んで、カタリナ様から特別に借りてもらった。大事に乗らなくちゃ!
「リーシャ、これで全部か?」
おっちゃんが、私の荷物を心配そうに見ている。
「うん!ありがとう、おっちゃん!」
「気をつけて行くんだぞ」
「大丈夫だよ。母さんもいるし」
「ベアトリスが一緒なら安心だな。…それにしても、おまえたちの教え方には驚いたぞ」
「え?」
「特にエミリアの教え方は素晴らしかった。騎士団のみんなも『エミリア先生』って呼んでただろ?」
ああ、あれね。思い出すだけで恥ずかしい。
◇
(昨日までの回想)
「はい、では次は精霊力の伝達についてです。ヴェリアルはF値が高いので、思念の伝達速度がヴェルドルの約1.3倍になります。つまり、同じ動作をさせようとすると、ヴェルドルより弱い思念で済むんです」
エミリアが、黒板に図を描きながら説明している。
その前には、屈強な騎士たちがノートを取りながら真剣に頷いている。
なにこの光景。学校の授業かな?
「エミリア先生、質問です!」
先生って呼ばれてるし!エミリア、すごいなぁ。
「はい、どうぞ」
「ヴェルドルの時は、思念を強く送らないと反応が遅れたんですが、ヴェリアルだと逆に過剰反応してしまって…」
「あー、それが先ほどの話に繋がる『強度調整』のことです。ヴェリアルは感度が良すぎるので、最初は『ささやく』くらいの感覚で思念を送ってみてください」
「なるほど!」
みんな、すごく納得してる。エミリアの説明、本当に分かりやすいんだよね。
エミリアの肩に乗ったプルルも、得意げにぷるぷる震えている。
(プルルもお手伝いしたよー!エミリアちゃんが説明する時、わたしが感覚を伝えたの!)
(うむ、良い仕事じゃったな)
セラフィがプルルを褒めている。珍しい。
で、私の番になると…。
「えっとね、こう…ビューンって感じで思念を送ると、シュッと動くんだけど、ギュッと力を込めすぎるとガクンってなっちゃうから、フワッとした感じで…」
「…リーシャ殿、もう少し具体的に…」
「だから!フワッとした感じで!」
「フワッとした感じとは…?」
うー、なんて説明すればいいの!?私にとっては当たり前のことなんだけど、言葉にするのって難しい!
セラフィも助けてくれなかった。
「わしの感覚を言語化するのは難しいのう。まあ、小娘の言う通り、フワッとした感じじゃ」
「だからフワッとした感じって何ですか!?」
ミディたちの悲鳴が格納庫に響いた。
「セラフィ!もうちょっとマシな説明して!」
「無茶を言うでない。わしとて困っておるわ!」
結局、私とセラフィの理論的な説明は誰にも理解されなかったのだった。
(回想終わり)
◇
「私の説明、全然ダメだったけどね…」
思い出すだけで顔が熱くなる。
「フン、あれはわしのせいではないぞ。小娘の説明が下手なだけじゃ」
「セラフィのせいでもあるよ!」
「いやいや、リーシャの実技指導は素晴らしかった。特に『耳』で機体の状態を判断する方法は、みんな真似しようとしてたからな」
「え、そうなの?」
「ああ。『ここの音がこうなったら、ここの調整が必要』って、実演しながら教えてくれただろ?あれは分かりやすかった」
あ、それなら私にもできた!やっぱり、私は実技の方が得意なんだ。
「まあ、何はともあれ、助かったよ。おかげで騎士団のみんな、だいぶヴェリアルに慣れてきた」
「良かった!」
「じゃあ、気をつけてな」
おっちゃんが私の頭をガシガシと撫でる。大きくて温かい手。この感じ、好きだな。
「うん!行ってきます!」
◇
エキュイエの運転席に乗り込むと、既にエミリアが座っていた。母さんは後ろの居住区で荷物の整理をしているみたい。
わあ、広い!大型エキュイエの運転席は詰め詰めだったけど、こっちは二人で座っても余裕だ。
「プルルちゃん、この広さ、すごいね!」
エミリアの肩に乗ったプルルが、嬉しそうにぷるぷる震えている。
(ほんとー!ゆったりできるー!)
「フン、これくらいが当然じゃ。前回のは狭すぎたわ」
セラフィが偉そうに言う。
「じゃあ、出発しよっか」
私が思念を送ると、エキュイエがゆっくりと動き出した。
前回は三日間の強行軍だったけど、今回は六日かけてゆっくり王都を目指す。
状況から考えればゆっくりするのは良くないのかもしれない。でも、この時間を大切にしたい気持ちの方が強い。母さんと、エミリアと、三人で過ごせる時間。
窓の外を流れる景色を眺めながら、私は少しだけワクワクしていた。
「リーシャ、次の交代は私ね」
「うん!よろしくね」
私とエミリアが交代で運転する。母さんは運転できないから、二人で頑張らないと。
◇
初日の夜。
私たちはエキュイエの居住区で夕食の準備をしていた。
小さいながらもキッチンがあって、簡単な料理ができる。野宿する必要もないし、宿に泊まる必要もない。快適すぎる!
「エミリア、お皿並べてくれる?」
「はーい」
母さんが作った温かいスープの香りが、狭い空間に広がる。いい匂い!お腹空いた!
「小娘!わしの分は!?」
「はいはい、ちゃんとあるよ」
私はセラフィ用の小皿に、スープを少し取り分けた。
(プルルの分もー!)
「プルルちゃんの分もあるよー」
エミリアがプルル用の器を用意する。
全員でテーブルを囲んで、食事を始めた。
「美味しい!ベアトリスさんのスープ、本当に美味しいです!」
「うむ!このスープ、野菜の旨味が凝縮されておる!」
セラフィが満足そうに頷く。
(お肉も柔らかくて美味しいー!)
プルルも喜んでいる。
「ありがとう、みんな。たくさん食べてね」
母さんが優しく微笑む。
ああ、この時間、幸せだな。戦争のことも、難しいことも、今は忘れて、ただこの温かいスープを味わいたい。
食事が一段落したところで、母さんが口を開いた。
「エミリアちゃん、リーシャから聞いてたんだけど、あなたは本当に良い子ね」
「え、そんな…」
「リーシャの親友なら、私からも話しておきたいことがあるの」
母さんの表情が、少し真剣なものに変わった。
あ、これ、例のやつだ。
「実は、私、昔はミディだったのよ」
「え!?」
エミリアが目を丸くする。予想通りの反応だ。
(え!ベアトリスさんもミディだったの!?)
プルルも驚いている。
「でも、今はもう契約を失ってミディではなくなってしまったのね。だから、シヴァルリィもエキュイエも動かすことはできないのよ」
「そう、だったんですか…」
エミリアが、少し寂しそうな顔をする。
でも、母さんは続けた。
「でも、剣術や槍術、それにシヴァルリィの操縦技術は、まだ覚えているわ。もし良かったら、教えてあげようかと思って」
「本当ですか!?」
エミリアが身を乗り出した。
え、待って待って!私も!
「私も!私も教えて!」
私も慌てて手を挙げる。
「フン、小娘よ。おぬしの母上から学べることは多いぞ。しっかり学ぶのじゃ」
「セラフィもそう思う?」
「うむ。ヴィルトと契約していた者ならば、その技は本物じゃ」
「ふふ、いいわよ。明日から、少しずつ教えてあげる」
やった!母さんの指導、超楽しみ!
◇
翌日から、私たちの特訓が始まった。
エキュイエを停めて、広い場所を見つけては、母さんが私たちに剣術と槍術を教えてくれる。
「シヴァルリィで戦うといっても、ミディ自身がその武器の使い方を熟知していないと、機体も上手く動かないの」
母さんが木の枝を拾って、剣に見立てて構える。
その姿がかっこいい。なんだろう、物語にでてくる騎士の絵姿のよう。
「まず、剣の基本。重心はここ。振る時は、手首ではなく、腰を使って」
母さんの動きは、無駄がなくて、美しい。
私とエミリアも木の枝を拾って、母さんの真似をする。
「小娘!腰が高い!もっと下げろ!」
セラフィが肩の上から指摘してくる。
「わかってるよ!」
「リーシャ、もっと腰を落として。エミリア、そう、その調子」
母さんの指導は、厳しいけど的確だった。
うー、難しい!でも、楽しい!…あれ?…あ!そっか!
学院でやった剣術の授業を思い出した。あの時はよくわからなかったことが、今はすっと入ってくる。そういうことだったのか。
「次は槍。槍は剣と違って、リーチが長い分、扱いが難しいの」
エミリアが真剣な顔で頷く。彼女、槍使いだもんね。真剣だ。
「突く時は、全身のバネを使って。引く時は、素早く」
母さんの槍さばきは、まるで舞のようだ。
私、見とれちゃった。
(すごいー!ベアトリスさん、かっこいいー!)
プルルも目を輝かせている。
◇
そして、シヴァルリィの操縦技術も教えてくれた。
エキュイエを停めて、私たちがヴェリアルのコックピットに座る。母さんは外から見ながら指導してくれる。
「思念の伝達方法だけど、『強さ』じゃなくて『明瞭さ』が大事なの。その『明瞭さ』をどうやって正確に思念に乗せるのか、そこが重要なの」
母さんが、外から私たちの動きを見ながら説明してくれる。
明瞭さ…なるほど!だから私の「フワッと」は伝わらなかったんだ!
「自分の体を動かす時、例えば「走る」時はどこを意識してる?」
「足!」
「そう、それは間違いないわね。でもね、単純に足と言っても関節もあれば筋肉の動きもある。そういう一つ一つの動きを分割して考えてから、動かしたい流れに沿って統合する。このように一つの動きでも、明確にイメージすることで『明瞭』な思念を形作ることができるの」
「ほう、明瞭さか。確かに、わしも小娘の思念が曖昧だと感じることがあったわ」
セラフィが頷く。
「曖昧な思念を送ると、エメルもシヴァルリィも迷うわ。だから、『こう動け』という『明瞭さ』が重要となります」
「明瞭さ…」
「そう。それと、キーボタンの効率的な使い方も覚えて」
母さんが、キーボタンを指差しながら教えてくれる。教科書には載っていない実践的なものばかり。
すごい…こんな使い方があったなんて…。
「ほほう、このボタンの使い方は知らなんだ。小娘、覚えておけ」
「うん!」
「実際に動かしてみて。私が外から見て、動きの良い点、悪い点を指摘するから」
「はい!」
私とエミリアが交代でヴェリアルを動かす。母さんは外から、私たちの動きを細かくチェックしてくれる。
「小娘、今の動き、思念が曖昧じゃったぞ」
「わかった、もう一回!」
「リーシャ、そう、その調子。でも、もう少し力を抜いて」
「はい!」
(エミリアちゃん、いい感じだよー!)
「ありがとう、プルルちゃん!」
母さんとセラフィとプルルの三者指導で、私たちの技術はめきめき上達していく。
「ベアトリスさん、本当にすごいです!」
エミリアが感動している。
私も同じ気持ちだった。母さん、やっぱりすごい。
こうして、六日間の旅は充実したものになった。
私とエミリアが交代で運転しながら、母さんの教えを受ける日々。
母さんの教えは、私たちの技術を格段に向上させてくれた。
初日から考えると、はるかに洗練された動きになっていると確信できた。
「小娘、おぬしの剣術、だいぶマシになってきたぞ」
「マシって言い方、ひどくない?」
「事実じゃろうが」
「むー」
「あ!あれ、ヴェラムじゃないかな」
楽しくも短い旅は終わりを告げた。




