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「ハズレ精霊の飼い主」と馬鹿にされた整備士の娘ですが、機体の悲鳴が聞こえるので、貴族の皆様より上手く操れますよ?  作者: 秋澄しえる


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第28話「召集」

 大市で過ごした賑やかな一日の余韻は、翌朝になってもまだ胸の奥で燻っていた。


 本当なら、今日まで学院はお休みのはずだった。けれど、そんな甘い時間の残滓は、早朝に届いた一通の呼び出しによって吹き飛ばされてしまった。


「学院長からの呼び出し…か」


 制服に袖を通しながら、私は小さく息を吐き出す。鏡に映る自分は、まだ少し眠たそうだ。


 身支度を整えて学院の正門をくぐろうとした時、肩に乗っていた重みがふわりと消えた。


「なぁ、小娘。わしは精霊の泉に行ってくる」


 宙に浮いたセラフィが、私の顔を覗き込むようにして言った。


「精霊の泉?」


「うむ。ヴィルトに、アリスに会ったことを伝えたくての」


「あ、なるほど!行ってらっしゃい!私は学院長室にいると思うから、後から来てね!」


「うむ、ではの」


 セラフィは短く告げると、風をまとって飛んでいった。その後ろ姿を見送ってから、私は再び歩き出す。


 学生の姿がない学院は、不気味なほど静まり返っていた。誰かの話し声も、訓練の喧騒もない。


 静かだからこそ、普段なら気に留めないような景色が目につく。


 外壁に残る真新しい補修跡。植え込みの土の色がそこだけ違うのは、きっと焦げた土を入れ替えたからだ。


 ここが先日の襲撃で戦場になったのだという事実が、ひりひりと肌に伝わってくるようで、私は無意識に歩調を早めた。


 学院長室へと続く長い廊下を歩いていると、前方に馴染みのある栗色の髪が見えた。


「エミリア!」


 名前を呼ぶと、彼女が振り返る。


「あ!リーシャ!昨日は楽しかったね!」


 昨日と変わらない柔らかな笑顔。その表情を見た瞬間、強張っていた心が少しだけ解れるのを感じた。


「ねー!また行こうね!」


「うんうん」


 他愛のない会話を交わしながら並んで歩く。けれど、横顔を盗み見ると、エミリアの碧眼にはどこか思慮深い光が宿っていた。


「ところで、今日ってなんの話だろう?」


 首を傾げると、エミリアは少し声を潜めるようにして言った。


「なんだろうねぇ?でも、もしかしたら、アルトリーベ侯爵領のことかも」


「え!?なんで!?」


 予想外の地名に、私は目を丸くした。アルトリーベ侯爵領!?なんでそんな話になるの?


「昨日の大市でね、北からの商人さんが少し少なかったのね。それに、いつも大市の時に店を出す、北の干し果物屋さんがいなかったよね?確かあの人、侯爵様のとこに乾物を卸してる人だったはず。だから、侯爵領でなにか起こってるんじゃないかなぁと思って」


 言われてみれば、昨日の記憶が鮮明に蘇る。


 通りを埋め尽くす露店の中に、いくつか不自然な空きスペースがあった気がする。それに、あの独特の甘酸っぱい香りを漂わせるお店も、見ていない。


 エミリア、すごい。あんなに楽しんでいたのに、そんなところまで見ていたなんて。


「…確かに…いなかったかも」


「気のせいかもしれないけどね。そういえばセラフィちゃんは?」


「精霊の泉に寄ってから来るって」


「あ、そうなんだ」


 学院長室の重厚な扉の前に立つ。顔を見合わせ、一つ頷いてからノックをした。


「「リーシャ・ヴァレンティア、エミリア・ノーヴェ入ります!」」



 声を揃えて入室すると、そこには既にルシア先輩、マルセル先輩、クラウディウスの三人が整列していた。その横には、厳しい表情のグレゴール教官も控えている。


 みんな早い!


 私たちは慌てて三人の隣に滑り込み、背筋を伸ばした。


「…休んでいたところすまない」


 学院長が重苦しい口調で切り出した。その顔には深い疲労の色が滲んでいる。


「王都より緊急通信があった。内容は、アルトリーベ侯爵領に対して、ガルドラムが大規模侵攻の兆しを見せたとのことだ」


 隣でルシア先輩が息を呑む気配がした。ガルドラム…また、あの国が。


「併せて、公爵閣下より、君たち五人に対して、アルトリーベへの出動要請が来ている」


 学院長は深く嘆息し、私たち一人一人の顔を見渡した。その瞳には、教師としての苦悩が見て取れる。


「…だが、君たち五人はまだ学生だ。女王陛下よりヴェリアルを拝領したと言っても学生には変わりがない。つまり君たちに対する軍事的指揮権は誰にもないのだ。だからこそ、公爵閣下も『要請』ということにしている。つまりだ、この『要請』は『拒否』することも可能なものだ」


 拒否することも可能。


 学院長の言葉が室内に重く響く。


「そのことを念頭に、よく考えてほしい…正直言うと、私は君たちにもっと学生の身でいてほしい。学ばなければならないこともまだまだある。ミディ、という、いつかは戦場に立つことが確定している身だとしても…いや、だからこそ、今を大事にしてほしい。これは私の偽らざる気持ちだ」


 それは、私たちを案じる心からの言葉だった。


 けれど、その言葉が終わるか終わらないかのうちに、凛とした声が空気を裂く。


「アルトリーベ侯爵領のことであれば、私に否やはありません!」


 ルシア先輩だった。迷いのない瞳が真っ直ぐに前を見据えている。


「我々にまで要請が来るということは、よほどのことなのでしょう。行きます」


 マルセル先輩が冷静に続き、クラウディウスも胸を張った。


「女王陛下の御為!アルトリーベ侯爵領へ向かいます!」


 三人の覚悟は決まっていた。貴族としての矜持が、彼らを突き動かしているのかもしれない。迷いなんて欠片もない。すごいな、と思う反面、少しだけ寂しくもなる。これが貴族の在り方なのだ。


 私はどうしよう。


 母さんと話して、女王陛下、オーレリアは守りたいと強く思うようになった。ミラボーは慣れ親しんだ街だけにやっぱり守りたいと思った。でも、アルトリーベかぁ。ルシア先輩の実家という以外に、接点もないし、よく知らない街や人々。思い入れも特にない。そんな気持ちで戦場に立つことができるのかわからない。


 私にはまだ覚悟がたりないのかもしれない。


 そんなことを考えていたら、隣のエミリアが、ふわりと口を開いた。


「んー…ヴェリアルを頂いた分は働きます」


 彼女らしい、少し肩の力が抜けた、けれど芯の通った答え。


 エミリアの言葉もわかる…わかるんだけど、ただ言われるがままに戦場に行くのは何かが違う気がする。なにか、こう…引っかかってる。その疑問が口からでてきた。


「…それって、行くとしたらすぐに行くことになります?」


「いや、ミラボー騎士団からヴェリアルへの機種転換に関するサポート要請もきている。そちらも可能であれば対応してもらいたい。かなり苦労しているようでな」


 グレゴール教官が苦笑交じりに答えた。


 やっぱり。あの高性能機だ。従来のシヴァルリィの感覚で扱えば、振り回されるのは目に見えている。サポートなしでの機種転換なんて無茶だ。


「あ!じゃあ、私はそっちにします!それが終わってからでもいいですか?」


 エミリアが手を挙げる。彼女なら教えるのも上手そうだ。


「助かる。明日には十六騎のヴェリアルと若干名の補充ミディも届くらしい。頼むぞ」


「はい」


「今回、アルトリーベ侯爵領への増援は私たちだけですか?」


 私の問いに、学院長が首を振った。


「いや、アルトリーベはミラボーと異なり、想定される侵攻ルートは多岐に渡る。そのため、王都からベルクト騎士団と近衛騎士団の一部が向かうことになっているとのことだ」


「そうですか」


 ベルクト騎士団。国内最大規模を誇る、シヴァルリィ六十騎を擁する精鋭部隊。


 それだけの大部隊が動くのに、私たち学生にまで声がかかるなんて。事態は想像以上に切迫しているのか、それともヴェリアルの性能を実戦で試したいという思惑があるのか。


 なんとなく、しっくりこない。


 でも、王都か。


 旅行とはいかないけど、母さんと一緒に行こうかな。行って、女王陛下や王太后様、公爵様と話をしてみたい。いろんな話をすることで気持ちも変わってくるかもしれない。


 とにかく、この今の気持ちのままで戦場に行ってはいけない!


 でも、なにか王都に行くための理由を考えないと…うーん、あ、あれがいいか。


「ヴェリアルの肩部マウントのことで対応してもらいたいことがあるので、王都経由で行ってもいいですか?でも、その前に、ガリアード団長のお手伝いをして、それから王都でポゾスさんにお願いして…万全の状態でアルトリーベに行きたいかなぁと」


「あ、それなら!私もリーシャと一緒にします!」


 エミリアが嬉しそうに乗っかってくる。二人一緒なら心強い。


「…わかった。では、ルシア君たち三人は残ってくれ。リーシャ君とエミリア君は明日からミラボー騎士団を頼む。グレゴール君、ミラボー騎士団に連絡を」


 学院長の言葉に、グレゴール教官が力強く頷いた。


 私は学院長と教官に深く一礼し、部屋を後にした。背後からエミリアがついてくる気配を感じながら、廊下を歩く。


 窓の外を見上げると、青い空が広がっていた。これからあそこで何かが起きるなんて、嘘みたいに綺麗だ。


「…貴族の責務かぁ」


 無意識でポツリと漏れた言葉。自分自身に言い聞かせてるようでちょっとイヤ。


 あ、セラフィが帰ってきた。



(Side:セラフィ)


 リーシャと別れ、わしは学院の地下深くへと向かった。


 『精霊の泉』


 色とりどりの水面のような表面を覗き込み、あたかもすぐ側にいるかのように話しかけた。


「ヴィルト、おるか?」


 泉の表面が微かに揺らぎ、風が木の葉を揺らすような懐かしい声が響いてきた。


『…ん?お!セラフィ!どしたの?』


「聞きたいことがあってな…。あ、こっちでアリス・ロッシェに会ったぞ」


『え!ホント!?わわ!元気だった!?』


 相変わらずの無邪気な反応に、思わず口元が緩む。


「元気じゃぞ。アリスな、わしの契約者、リーシャの母親じゃった」


『あらま!…あー、聞きたいことって、もしかして『加護と制約』のこと?』


「察しが良いの。アリスの話からすると、わしの契約者、リーシャというのじゃが、そのリーシャにアリスの力が継承されていると思うのじゃが、その認識で間違いはないか?」


『その認識で間違いないよ。アリスの力はそうなんだけど…僕の力も継承されちゃったんだよね』


 さらりと告げられた事実に、わしは目を見開いた。


「なんじゃと!?そんなことが起こり得るのか!?」


『アリスと交わした制約『次代の命を育む時、その契約は白紙に戻る』は、過去に一度も発動されたことがない制約なのね。だから、まさか僕の力まで継承されるなんて思いもしなかったよ。だから、今の僕には風の大精霊としての力は一切なし!あははは!』


「笑いごとではなかろう!?人の身に大精霊の力なぞ…」


 精霊の力は、人の器には大きすぎる。下手をすれば器そのものを壊しかねん。ヴィルトめ、暢気なことを。


 わしの焦燥をよそに、奴の声は相変わらず軽い。


『君も大精霊じゃないか』


「わしも!?」


 今度は、わし自身が絶句する番だった。


 わしが大精霊だと?


 だが、言われてみれば腑に落ちる感覚もある。時折感じる強大な力の片鱗、そして失われた記憶の空白。そうか、そういうことか。


『そっか、そのあたりの記憶もないのか。転生ってのは面倒だねぇ』


「…転生か…そうか、わしは一度消滅したのじゃな?」


『正解!消滅した経緯は話してはいけないことになってるから言えないよ?』


「…わかっておる。…じゃが、わしが大精霊ならば、リーシャとの『加護と制約』は…」


『まだでしょ。君の大精霊としての力が戻ってからだね。リーシャちゃんに継承された僕たちの力も、まだ全然、心と体に馴染んでないだろうし、ちょうどいいんじゃない?』


「なんと…このもどかしさがまだまだ続くのか。うっとうしいのう」


 わざとらしく嘆いてみせたが、その実、胸の内で安堵していた。


「じゃが、小娘には、伸びしろしかないことがわかったのは良い。気長に待つとするかの」


『そうそう、焦っても良いことはないよ?ゆっくりいこうよ。ただ、今、人の世にいる風の大精霊は君だけだということは自覚しておいてね』


「八つの理ありき…か」


『あれ?それは覚えてるんだ』


「いや、あやつが読んでおった教科書に載ってた」


 いつだったか、小娘が音読していたアストラム聖教の聖典の一節が、自然と口をついて出た。


『八つの理ありき。

 地は万物を支え、水は命を育み、

 火は変革を齎し、風は自由を運ぶ。

 雷は天の裁きを示し、氷は時を止め、

 光は道を照らし、闇は影を宿す。

 各々の理に二柱の大精霊座し、

 世界の調和を永遠に司りたまう。

 かくして十六柱の大精霊は世界を統べ、

 均衡は保たれたり』


 世界の根幹を成す十六柱。その一角が自分であるという事実。


 重いな。だが、悪い気はしない。


『今、風の眷族は少ないし、僕も精霊界からそっちには当分行けない。なにかあったらまた聞きに来て。助けられるところは助けたいから』


「ありがたい。…では、また来る」


『うん、頑張ってね』


 表面の揺らぎが収まり、気配が遠のいていくのを感じる。


 静まり返った泉を見つめ、わしは一つ頷いた。


 さて、戻るとするか。小娘の背負う運命は、わしが思っていたよりも遥かに数奇なもののようじゃ。


 仕方ない。付き合ってやるか。


 わしは風を捉え、小娘の待つ場所へと舞い上がった。


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