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「ハズレ精霊の飼い主」と馬鹿にされた整備士の娘ですが、機体の悲鳴が聞こえるので、貴族の皆様より上手く操れますよ?  作者: 秋澄しえる


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第24話「金秤」

(Side:パイトネス少佐(ガルドラム軍 南部方面軍))


「…くだらん」


 私は手の中にある薄い紙片を、くしゃりと握りつぶした。


 ミラボーに潜伏している密偵からの定期報告だ。


 そこには、『例の学生たちが、叙勲のために王都ヴェラムへ召集された』と記されていた。


 たかが学生数人を王都へ呼んで、勲章を与えるだと?


 狙いは透けて見える。国民の戦意高揚だ。「若き英雄」を祭り上げ、落ち目の王国の士気を維持しようという腹積もりだろう。


 子供を政治の道具に使うとは。


 どこの国も、権力者のやることは似たようなものだ。


「だが、好都合だ」


 私は握りつぶした紙片をポケットに突っ込んだ。


 彼らが王都で式典に現を抜かしている間こそ、仕込みの好機だ。


 北の要衝・アルトリーベ周辺での小競り合いを増やし、敵の意識を北へ向けさせる。そして、その裏で本命の準備を進める。


 私は軍帽を目深にかぶり直し、目の前の重厚な扉を見上げた。


 ガルドラム王国南部、城塞都市「レグシム」。


 その一角に場違いなほど瀟洒な佇まいで建つ、「オルベン商会」。


 ここ西大陸と東大陸に挟まれたメリディア諸島――世界経済の心臓部と呼ばれるオウラム連邦のエシュリス市に拠点を置く大商人、オルベン氏が経営する商館だ。


 戦時下だというのに、この一角には物資が溢れ、煌びやかな空気が漂っている。


 金と欲望の甘い香り。


「…ふん、相変わらず悪趣味なことだ」


 私は軍帽を目深にかぶり直し、重厚な扉を押し開けた。


 通された応接室は、我々の司令部よりも遥かに居心地が良かった。


 ふかふかの絨毯、最高級の革張りソファ、そしてテーブルに置かれた芳醇な香りの紅茶。


「お待たせいたしました、パイトネス少佐」


 慇懃な声と共に現れたのは、商館の支配人を務めるボルマンという男だ。


 糸のような細い目と、揉み手をするような仕草がいかにも商人らしい。


「遠路はるばる、この世界の片隅にある支店へようこそ。本日はどのようなご用件で?ダース単位の剣でもご入り用ですか?」


「いや、もっと大きな買い物だ」


 私は単刀直入に切り出した。


「我が軍は近々、西方への大規模な作戦を予定している。そのための『人員』と『資金』の提供を願いたい」


 ボルマンの細い目が、一瞬だけ鋭く光った気がした。


「人員とは、傭兵のことですかな?」


「そうだ。パンターを動かせるミディ、もしくは補給部隊の人員。数は多ければ多いほどいい」


 ボルマンは困ったように眉を下げた。


「左様でございますか…。しかし少佐、手前どもも商売でしてな。最近は戦線も膠着しており、ミディを貸し出してもリターンが少ないのです」


 彼は大げさに肩をすくめた。


「ご存知でしょう?我が祖国オウラムの国是は『金こそが王であり、信用こそが神である』。採算の合わない投資は神への冒涜にあたると、主のオルベン様からもきつく言いつけられておりまして」


 やんわりとした拒絶。


 予想通りの反応だ。彼らは「自由都市」の独立を宣言したあの日から、どこの国にも属さず、ただ利益のみを信奉している。金にならない血は流さないのが彼らの正義だ。


「採算なら合うはずだ。報酬は現金だけではない」


 私は懐から一枚の紙を取り出し、テーブルに置いた。


 グリュメル閣下から預かった切り札だ。


「これは…」


 ボルマンがその紙を手に取り、目を見開く。


「リュクスカイン領、ミラボーにおける恒久的な商業権および『精霊の泉』の独占利用権…!」


「そうだ。我が軍の全作戦が成功し、我々がミラボーを制圧した暁には、あそこの利権はすべて貴社に回す。閣下の署名入りだ」


 ボルマンの手が止まる。その指先が、紙面を愛おしげになぞった。


「…なるほど。これは魅力的だ。我が国では人工島の泉を使って外国人向けの『精霊契約代行ビジネス』を行っておりますが、なにぶん場所が限られておりましてな」


 商人の目が、捕食者のそれに変わる。


「もし、西大陸にある天然の泉…それも利便性の高いミラボーの街の泉を手中に収めれば、顧客を大幅に増やせる。世界中の傭兵や契約を持たぬ富豪たちが、金を抱えて列をなすでしょうな」


 やはり食いついたか。


 彼らはすでに「精霊」をビジネスに変えるノウハウを持っている。だからこそ、この権利は彼らにとって、即座に莫大な富を生む「金のなる木」に見えるはずだ。


「…ですが」


 ボルマンがふと冷静な顔に戻る。


「ミラボーを落とすとなれば、それなりの激戦が予想されます。我が社の傭兵たちも無傷では済みますまい。機体の損耗、人員の補償…それを考えると、少々リスクが高いかと」


 流石はオウラムの商人だ。まだ渋るか。


 私は次の一手を打った。


「勘違いするな。貴社の傭兵を投入するのは、ミラボーではない」


「ほう?」


「彼らの投入先は、西方のアルトリーベだ」


「アルトリーベ?あそこは北の要衝、守りも堅いと聞きますが」


「だからこそだ。今回のアルトリーベ侵攻は『陽動』だ」


 私は声を潜めた。


「貴社の傭兵に期待するのは、勝利ではない。派手に暴れ、敵の目を引きつけることだ。戦況が不利になれば、すぐに撤退して構わない。いや、むしろ適当なところで逃げてくれた方が、敵を混乱させられる」


 ボルマンが顔を上げた。その口元が、ニヤリと歪んでいる。


「…なるほど。『勝たなくていい』『逃げてもいい』ですか」


「そうだ。貴国の『黄金憲章』にもあるだろう?無益な死は最大の損失だと」


「ええ、ええ!その通りですとも!」


 ボルマンは嬉しそうに膝を打った。


「名誉だの忠誠だので兵を使い潰す王侯貴族とは違い、我々はミディを含めた兵士を『資産』と考えております。生きて帰ればまた次の戦場で稼げる。損耗を抑えて利益を得られるなら、これほど効率的な商売はございません」


「そういうことだ。シヴァルリィはこちらで用意する。ミディだけ貸してくれればいい。経費削減になるだろう?」


 ボルマンはしばらく沈黙した後、手元のベルを鳴らした。


「…面白い。オルベン様も、この『賢明な』取引には興味をお持ちになるでしょう」


「交渉成立か?」


「ええ。ただし、もう一つ条件が」


 ボルマンは眼鏡の位置を直しながら言った。


「最近、リュクスカインの方で噂になっている学生の戦闘データ。これを追加報酬として頂きたい」


 私は眉をひそめた。


 あの「三文小説」のような報告書にあった学生のことか。商人の耳の早さには呆れる。


「…そんなものを何にする?」


「我が国で開催しているシヴァルリィ闘技会『グラン・プリ』をご存知でしょう?あそこでは常に、観客を熱狂させる新たなスターを求めておりましてね」


 ボルマンは舌なめずりをした。


「もしその学生が本物なら、メインイベントの目玉になるかと」


 …吐き気がする。


 こいつらにとっては、特異な才能を持つ学生すらも、見世物か実験材料という「商品」に過ぎないのか。


「…いいだろう。ただし、生け捕りにできる保証はないぞ。我々にとっても、あれはイレギュラーな存在だ」


「構いません。破壊された機体の残骸でも結構です。オルベン様は、ああいう『特異点』がお好きでしてね」


「悪趣味なことだ」


 私は席を立った。


「では、手配を頼む。作戦開始は近いぞ」


「かしこまりました。…毎度あり」


 商館を出ると、レグシムの空は重たい雲に覆われていた。


 湿った風が、軍隊特有の臭いを運んでくる。


「金で買われた命が、陽動で散るか…」


 私は煙草を取り出し、火をつけた。


 紫煙を吐き出しながら、独りごちる。


「効率的だが、反吐が出るな」


 グリュメル閣下の覇道。商人の算盤。


 その狭間で、多くの命が数字として処理されていく。


 私は吸いかけの煙草を足元に捨て、軍靴で踏み消した。


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