第22話「手紙」
王立技術院の搬出口には、私たちの旅の拠点である巨大な運搬車『エキュイエ』が停まっている。
その格納庫へ向かって、五騎の真新しい機体が次々と搬入されていく光景は壮観だった。
「オーライ、オーライ!そこだ、固定しろ!」
ポゾスのおやっさんの怒鳴り声が響く。
整備員たちが忙しなく動き回り、ワイヤーと固定具で『ヴェリアル』をラックに繋ぎ止めていく。
ルシア先輩の機体、マルセル先輩の機体、クラウディウス、エミリア、そして私の機体。
改修と調整を終え、真新しい装甲に包まれた巨人が並ぶ様は、見ているだけで胸が熱くなる。
「すごいね、セラフィ。壮観だよ」
「うむ。これならミディが多少へっぽこでも、機体の性能で押し切れそうじゃな」
「一言多いよ」
私は肩の上の相棒に軽口を叩きながら、搬入作業を見守っていた。
外交の仕事を終えたエリーゼ様も、満足そうな顔で指示を出している。
どうやら、王都での「戦い」は一応の成果を上げたらしい。補給物資もコンテナいっぱいに積み込まれている。
ふと、エキュイエの居住区ハッチの方から、怒鳴り声が聞こえてきた。
「ですから!経費で落ちるわけないでしょう!」
見ると、副使のハンスさんが顔を真っ赤にして怒っていた。
その前で縮こまっているのは、ミラボー騎士団のガレックさんとジムさんだ。
「いやぁ、王都の酒が旨くてつい…なぁ、ジム?」
「す、すんません。羽目を外しすぎました…」
二人は頭をかきながら小さくなっている。
どうやら、私たちが技術院に缶詰めになっている間、この大人たちは王都の繁華街で豪遊していたらしい。
「まったく…!貴方たちは騎士でしょう!?少しは自覚を持ってください!この請求書、私の給金から天引きされたらどうしてくれるんですか!」
ハンスさんが振るっているのは、酒場の請求書のようだ。
そのあまりの剣幕に、歴戦のミディ二人がタジタジになっている光景は、なんだかおかしくて、私は思わず吹き出してしまった。
王都に来たときは緊張していたけれど、やっぱりこのチームは賑やかでいい。
「リーシャ様」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには一人の侍女さんが立っていた。
地味だが仕立ての良い服を着ており、どこか影が薄い。王城に仕える者独特の、気配を消すような佇まいだ。
「はい?何か忘れ物ですか?」
私が尋ねると、侍女は恭しく一礼し、懐から一通の封書を取り出した。
厚手の上質な紙。
封蝋がされているが、そこに家紋や印章は押されていない。のっぺらぼうの赤い蝋だ。
「さるお方から、リーシャ様のお母様へのお手紙です。お渡しいただくようお願いいたします」
「母さんに?」
私は手紙を受け取った。
ずしりと重い。中には何枚もの便箋が入っているようだ。
「あのぉ…『さるお方』って誰ですか?」
「申し訳ございません。私の口からは申し上げられません」
侍女は頑なに口を閉ざした。
その表情は鉄のように硬く、これ以上聞いても無駄だと雄弁に語っている。
「…怪しいのう」
セラフィが小声で囁く。
確かに怪しい。でも、侍女さんから悪意のようなものは感じられない。むしろ、どこか必死な、祈るような雰囲気さえ漂っている。
「…分かりました。必ず母さんに渡します」
「ありがとうございます。…どうか、道中お気をつけて」
侍女は深く頭を下げると、逃げるようにその場を去っていった。
私は手の中の封書を見つめた。
名前のない手紙。
胸の中に小さな棘が刺さったような違和感を覚えながら、私はそれを工具袋の奥深くにしまい込んだ。
「リーシャ!出発するよ!」
エミリアの声が聞こえる。
私は思考を切り替え、大きく手を振り返した。
「今いく!」
私たちはエキュイエに乗り込んだ。
重厚なハッチが閉ざされ、巨大なタイヤが動き出す。
目指すは先はミラボー。
新しい翼と共に、私たちは王都を後にした。
◇
(Side:エレオノーラ王太后)
王城の尖塔にある一室。
私は窓枠に手を添え、眼下に広がる景色を見下ろしていた。
賑やかな王都の街並み。そこから一本の線を引くように、荒野へと続く街道に沿って土煙が遠ざかっていく。
私は震える指先を隠すように、窓枠を強く握りしめた。
「あの子、ちゃんと手紙を読んでくれるかしら?」
私の問いかけに、隣に立つ父――マクシミリアン公爵が、低い声で答える。
「どうだろうなぁ。娘がミディになることを反対はしていないようだし、読んでくれるとは思うがな」
父の視線もまた、遠ざかるエキュイエに向けられていた。
その横顔には、いつもの政治家としての仮面はなく、ただの父親としての苦渋が滲んでいた。
「そうだといいけど…」
私は胸元を押さえた。
あの中には、私の、いえ、私たちの「罪」と「願い」を詰め込んだ。かつての親友、アリスへの手紙。
許しを乞うつもりなどない。ただ、これから来る嵐に対して、彼女の力を借りたいという、虫のいい願いだ。
「どちらにせよアリスが決めることだ。その判断を恨むことだけはないようにしような」
父の言葉に、私は弾かれたように顔を上げた。
「恨むだなんてそんな!あの子の善意につけ込むような話だからこちらが恨まれることがあっても、私がギリク兄様やアリスを恨むだなんてことはありません!」
ギリク・ヴァレンティア。
彼が命を賭して守ろうとしたように、今度は私が守らなければならない。そのために、彼が愛した妻や娘すらも利用しようとしている。
恨まれるべきは、私だ。
「そうだな…そしてまた、あの二人の娘にも助けてもらおうとしている…度し難いのは我々の方だ」
父が自嘲気味に呟いた。
父も分かっているのだ。
リーシャという少女に「ヴェリアル」を与え、「英雄」として祭り上げることが、彼女をどれほど過酷な運命に引きずり込むかを。
それでも、私たちはそれを選択した。
「しかし、オーレリアの未来のためには…」
父の言葉に、私は無言で頷いた。
幼い女王。愛しい我が娘。愛する夫レオポルドの忘れ形見。
彼女が座る玉座は、あまりにも脆く、そして血に塗れている。
それを支えるためなら、私はどんな泥でも被る。悪魔に魂を売ってでも、あの子を守り抜く。
荒野の彼方へ消えていく土煙。
それが希望の光なのか、それとも破滅への導火線なのか。
今の私には、ただ祈ることしかできなかった。




