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「ハズレ精霊の飼い主」と馬鹿にされた整備士の娘ですが、機体の悲鳴が聞こえるので、貴族の皆様より上手く操れますよ?  作者: 秋澄しえる


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第21話「仮面」

(Side:エリーゼ・ホッホベルク子爵)


 石造りの重厚な建物が並ぶ王都ヴェラムの中心街。


 その石畳の上を、私の乗った馬車が車輪の音を響かせながら進んでいく。


 私は窓の外を流れる景色を眺めながら、小さく息を吐いた。


 外交官という仕事柄、笑顔を貼り付けることには慣れているつもりだ。けれど、今日ばかりは頬の筋肉が強張って動かなくなるのを感じていた。


 王城での叙勲式から数日がたった。


 学生たちが新しい翼「ヴェリアル」の調整に汗を流している間、私は私の戦場で戦っていた。


 すなわち、ミラボーへの支援要請と、根回しという名の泥仕合だ。


(…叔母様。貴女が守っている最前線に比べれば、こちらの敵は血を流さない分、タチが悪いですわ)


 私は心の中で、遠い街にいる敬愛する叔母、カタリナ・ミラボー伯爵夫人に語りかけた。



 最初に訪れたのは、エルデンベルク伯爵邸だった。


 豪奢な調度品で飾られた応接室。そこで私を迎えたのは、クラウディウス君の父、ヴァレリウス・エルデンベルク伯爵だった。


「ほほう。ミラボーへの追加支援、ですか」


 エルデンベルク伯爵は、極上の茶葉で入れた紅茶を優雅に啜りながら、私が出した要望書を指先で弾いた。


 読む気さえないという意思表示だ。


「ホッホベルク子爵。貴女もご存知でしょう?我が国とガルドラム王国との間には、水面下で和平交渉が進んでいるのです。これ以上の軍事力増強は、相手を刺激するだけだ」


「伯爵。相手はすでに国境を破り、ミラボーを襲撃したのです。これは侵略ですわ」


 私が努めて冷静に返すと、彼は鼻で笑った。


「あれは一部の過激派の暴走でしょう。ジグムント王も遺憾の意を示しておられるとか。ここで我々が大人になり、多少の譲歩を見せれば、戦争は回避できるのです」


「多少の譲歩、ですか。それは例えば、ミラボーの『精霊の泉』を差し出すといったような?」


 私の言葉に、伯爵の目がすっと細められた。


 蛇のような冷たい目。


「…平和には痛みが伴うものです。それに、あの地は平和な時ならいざ知らず、維持費ばかりかさむ。国益を考えれば損切りもまた政治判断でしょう」


 背筋に冷たいものが走る。


 この男は本気だ。


 自分の地位と財産を守るためなら、国土の一部を切り売りすることに何の躊躇いもない。


 和平派などという綺麗な言葉で飾っているが、その本質はやはり…ただの「売国」だ。


「…それに」


 伯爵は不愉快そうに顔を歪めた。


「あの『平民の娘』を英雄のように祭り上げおって。我が息子クラウディウスが後塵を拝するなど、あってはならんことだ。…支援が欲しければ、まずはあの小娘をどこぞへ追いやってからにすることですな」


 私は手に力を込めた。


 怒りで震えそうになるのを、外交官としてのプライドで必死に抑え込む。


 そして、あの日、謁見の間で彼が息子に向けた苦々しい顔を思い出しながら、手で口元を隠して冷ややかに告げた。


「伯爵。先日、クラウディウス様が女王陛下に誓われた言葉を、もうお忘れですか?」


「何?」


「『この勲章に誓いましょう。我が剣は、ただ一人、女王陛下のために。いかなる敵が立ちはだかろうとも、この身を賭して貴女様をお守りいたします』」


 私の言葉に、伯爵の眉間がピクリと跳ねた。


 あの日、貴族席で彼が浮かべていた表情と同じだ。自分の所有物だと思っていた息子が、手の届かない場所へ飛び立ってしまったことへの焦燥と苛立ち。


「あの方は既に、誰かと比べるような次元にはいらっしゃらないようですわ。その剣は、家のためでも、ましてや父親のためでもなく、ただ一人の主君のためにあるのですから」


 言葉を失い、顔を赤黒くさせる伯爵に対し、私は完璧なカーテシーをして微笑んだ。


「…貴重なご意見、感謝いたしますわ」


 私は踵を返し、その場を辞した。


 背後で陶器が割れる音が響いたが、振り返る必要はなかった。



 次に訪れたのは、軍務省の兵站局長室。


 書類の山に埋もれるようにして座っていたのは、マルセル君の父、アンリ・ロシュフォール子爵だった。


「…で?ミラボーへの補給物資を倍増しろと?」


 アンリ子爵は、眉間に深い皺を刻みながら、神経質そうにペンを回していた。


 その仕草は、息子のマルセル君と瓜二つだ。


「はい。現在送られている物資では、シヴァルリィの稼働率を維持できません。特にフラクタル鉱の補修材と、食料が必要です」


「簡単に言ってくれる。予算委員会がどれだけ渋い顔をしているか知っているのか?和平派の連中が『無駄な出費だ』と騒ぎ立てて、一ルクス単位で削ろうとしてくるんだぞ」


 ロシュフォール子爵は毒づきながら、手元の計算機を猛烈な勢いで叩いた。


「だが…前線の騎士を飢えさせるわけにはいかん。正規ルートだと横槍が入る。第四補給路を『演習用』の名目で使う。帳簿の方は私がなんとかごまかす」


「よろしいのですか?」


「勘違いするな。私は効率を重んじているだけだ。前線が崩壊すれば、再構築にかかるコストは今の比ではないからな」


 彼はぶっきらぼうに言いながら、書類にサインをして私に投げ渡した。


 抗戦派の彼らは、口は悪いが実務能力は確かだ。そして何より、国の未来を見ている。


「それと…」


 部屋を出ようとした私を、ロシュフォール子爵が呼び止めた。


 振り返ると、彼はペンを止め、少しだけバツが悪そうに視線を逸らしていた。


「あいつは…マルセルは、役に立っているのかね?」


「ええ、とても。彼がいなければ、私たちはここまで辿り着けませんでしたわ」


「…そうか。あいつは頭でっかちで、現場の何たるかを知らん。迷惑をかけていると思ったが…フン、少しはマシになったようだな」


 その口元が、わずかに緩んでいるのを私は見逃さなかった。


 言葉とは裏腹な、父親としての不器用な愛情。


 エルデンベルク伯爵の歪んだ執着とは対照的だ。


「彼もまた、立派な『英雄』の一人ですわ」


 私が微笑むと、彼は「ふん、買いかぶりすぎだ」と言って、再び書類の山へと顔を埋めた。



 夜。


 宿舎として借りている屋敷の一室で、私はペンを走らせていた。


 宛先は、ミラボー伯爵夫人。


『親愛なる叔母様へ。


 王都の夜は、相変わらず煌びやかで、そして澱んでおります。


 本日も数名の有力貴族と面会してまいりました。


 結論から申し上げますと、状況は芳しくありません。


 和平派と称する派閥――特にエルデンベルク伯爵を中心とする勢力は、もはや「敵」と認識すべきです。彼らはガルドラムとの密約を期待し、ミラボーを交渉材料として切り捨てる腹積もりです。


 彼らにとって、平民出身のリーシャさんやエミリアさんが活躍することは、自分たちの権威を揺るがす脅威でしかありません。今後、様々な妨害工作が予想されます。


 しかし、絶望ばかりではありません。


 ロシュフォール子爵をはじめ、現場を知る実務派の方々は、水面下で私たちを支えてくれています。彼らと連携し、独自の補給線を確保しました。


 そして何より、希望はここにあります。


 リーシャさんたち五名は、今日行われた模擬戦でも素晴らしい成果を見せました。


 彼らは、大人が勝手に引いた「派閥」や「身分」の境界線を、軽々と飛び越えていきます。


 平民も、貴族も関係なく、互いの背中を預け合うその姿こそが、この腐敗した国を変える唯一の光かもしれません。


 私たちは、王都という名の魔窟で、もうしばらく戦います。


 叔母様も、どうかご自愛ください。


 エリーゼより、愛と敬意を込めて』


 私は封蝋を垂らし、家紋のスタンプを押した。


 窓の外を見上げる。


 王都の空には星が見えにくい。地上の灯りが強すぎるせいだ。


 けれど、私の心の中には、五つの小さな、しかし力強い星の輝きが焼き付いていた。


(負けないよ!古狸どもめ!)


 私は誰にともなく呟き、ワイングラスを傾けた。


 戦いは、まだ始まったばかりだ。


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