第2話「ドキドキ」
午後の実技訓練をおこなう練兵場には、乾いた風が吹き抜けていた。
練兵場は広い。土の地面が踏み固められ、所々に訓練用の的や障害物が置かれている。
そこには、練習用シヴァルリィ「カデット」が並んでいた。
全高約十メートル。白と青の塗装が施された金属の巨人たちが、今は駐機姿勢を取って片膝をついている。
青空を背景にそびえ立つ巨体。
(これに、乗るんだ…)
膝をついた状態とはいえ、その頭部は建物の二階ほどの高さにあり、見上げるほどの質量感に肌が粟立つ。巨大な歯車とシャフトが組み合わさった駆動系が、装甲の隙間から鈍く光っていた。
練兵場の隅には、腕組みをしてこちらを見守る大男の姿があった。
ロルフ・ガリアード。この街、ミラボーの騎士団団長であり、亡き父さん、ギリクの親友。私にとっては「おっちゃん」と呼んで慕ってきた、もう一人の父親のような人。
(忙しいのに。見に来てくれたんだ)
私は妙にうれしくなった。
彼は無愛想な顔を崩さないが、その目が「落ち着いてやれ」と語りかけてくれている気がした。
「全員、整列!」
グレゴール教官が鋭い声で命じた。
生徒たちが慌てて一列に並ぶ。
「今日から、貴様らにシヴァルリィの基礎を叩き込む」
グレゴール教官がカデットを指差す。
「まずはカデットで、起動、歩行、停止を習得しろ。シヴァルリィは、エメルとミディが一体となって初めて動くものだ。この二年間で学んだことが無駄ではなかったことを証明してみせろ」
教官が生徒たちを見回す。
「今年は、運よく全員がエメルと契約することができた。だが、本番はこれからだ。貴様らが実際にシヴァルリィに乗ってみて、初めてわかることがたくさんある。仮にだ。動かすことができなかったとしてもすぐに学院から放逐するなどということはせんから安心しろ。今は無理でも、エメルと人がお互いに慣れればできるようになる者もいる。おれのようにな」
ロルフのおっちゃんが苦笑しているのが見えた。
(そういえば、教官と同期だって言ってたっけ。いろいろあったんだろうなぁ)
「貴様らも授業で習った通り、シヴァルリィはフラクタル鉱という特殊な金属で作られている。この金属は、精霊の力——精霊力が浸透することで、摩擦を軽減し、駆動を可能にする。精霊力なしでは、ただの木偶の坊だ」
教官が、カデットの胸部を指差した。
「コックピットは、ここだ。貴様らの契約した精霊と共に、そこへ搭乗する。外からは中が見えないが、中からは外が見える。ミディの意思で視界を拡大したり、周囲を感知することもできる」
生徒たちが、緊張した面持ちで頷く。
「基本的な動作は、貴様らの思念で行う。『歩け』と念じれば歩き、『止まれ』と念じれば止まる。その思念を、エメルが読み取り、最適な動きに変換する」
教官が一人の生徒を見た。
「ブランシュ、貴様の精霊は土の精霊だったな?」
「はい」
オスカー・ブランシュが緊張した声で答えた。
「土の精霊は防御や安定性に優れる。貴様が『守れ』と念じれば、精霊はそれを理解し、機体を頑丈に安定させる」
教官が別の生徒を見る。
「ソリアナ、貴様の精霊は光の精霊だ。光の精霊は視界の拡大や探知に優れる。貴様が『見たい』と念じれば精霊はそれを助ける」
教官が私に目を向けた。
「ヴァレンティア、貴様の精霊は風の精霊だ。風の精霊は機動性や反応速度に優れる。うまく使えば素早い動きができるだろう」
「はい」
「では、一人ずつやってもらう。最初はエルデンベルク、貴様だ!搭乗せよ!」
グレゴール教官の野太い声が響く。歴戦の古傷が刻まれた顔は鬼教官そのものだ。
「はい」
クラウディウスが優雅に歩み出る。彼は慣れた手つきで、膝をついた機体の脚部に設置された昇降タラップを上り、胸部のコックピットへと消えていく。
(え?ちょっと慣れすぎでしょ。実家で練習でもしてた?お貴族様はこれだから…)
すぐに機体が起動した。
低い共鳴音が響き、巨体が立ち上がる。
「ほう…」
興味津々に見学していた教官たちが感心した声を漏らす。
クラウディウスのカデットは、教科書通りの機動で立ち上がり、そして歩き出した。
一歩、二歩。堂々とした歩みだ。
「さすがはエルデンベルク家の神童だな」
「精霊力の安定度が違う。初搭乗でここまで動かせる者はそうはおるまい」
周囲の生徒たちからも感嘆の声が上がる。
機体は滑らかに旋回し、訓練用の大剣を構える動作までやってのけた。
――けれど。
(…痛がってる)
私の耳には、まったく別の音が届いていた。
フラクタル鉱の結晶構造が歪む、キリキリという微かな悲鳴。
主駆動シャフトへの精霊力伝達が滞り、摩擦熱が発生し始めている音。
(精霊力は確かに高そうだし、エメルとの相性も良さそう。でも、力任せにねじ伏せてるだけ。機体深部への浸透が足りないから、関節が泣いている。重心移動も強引すぎる。あれじゃ、長く戦えばフレームにヒビが入るか歪むんじゃないかな)
(ほう、おもしろいな、小娘。そのようなことがわかるのか)
(え!?セラフィ!?)
(そうじゃ。頭の中に直接語り掛けておる。契約者とはこのようなこともできるのじゃ。覚えておくがよいぞ)
(う、うん)
(シヴァルリィには一度も乗ったことないのじゃろう?慣れてくればもっといろいろなことがわかってくるのではないか?)
(そうだといいなぁ)
操縦を終えて降りてきたクラウディウスは、汗一つかいていない涼しい顔で私を一瞥した。
「見たか?これが『選ばれし者』の動きだ。小手先の修理しか能のない整備士の娘には、一生かかっても真似できまいよ!」
「あいつ本当に感じ悪い!」
隣で、エミリアが憤慨している。丸い顔が怒りで赤くなっている。
「平民を見下してるのよ。貴族って、みんなあんな感じなの?」
私は何も言い返さず、ただ静かに彼の機体を見つめた。関節部から立ち上る微かな熱気が、機体の苦痛を物語っていた。
「次!ヴァレンティア!」
教官に指名され、私は前に出る。
「おいおい、大丈夫かよ?」
「途中で転ぶんじゃないのか?」
「そもそも、あのドチビな豆粒ハズレ精霊で動くのかよ」
背中に突き刺さる嘲笑を振り払い、私は割り当てられたカデットの足元へ向かう。
近づくにつれ、金属の巨人が放つ威圧感が増していく。
(本当に動かせるのかな)
一瞬、不安がよぎる。
セラフィは「力ある精霊」だと豪語していたけれど、この小ささだ。この何トンもある金属の塊を動かせるだけの力があるんだろうか?
もし動かなかったら…精霊騎士への道が閉ざされるかもしれない。
祈るようにカデットの脚部に手を当てた。
「よろしくね。一緒に、頑張ろう」
父さんが教えてくれた。シヴァルリィは生き物だ。機械じゃない。だから、話しかけるんだ、と。
「小娘、何をしておる?」
セラフィが、肩から顔を覗かせる。
「父さんの教え。機体に挨拶するの」
「面白い儀式じゃの」
セラフィが、小さく笑った。
「じゃが悪くない。敬意を示すことは大切じゃ」
深呼吸をして、昇降用タラップに足をかける。
金属の冷たい感触。滑り止めの凹凸。
一段、また一段と登っていく。
風が吹いて髪が揺れた。高くなるにつれ視界が広がっていく。練兵場全体が見渡せる。
胸部のハッチが開いている。中は暗い。
「じゃあ、行くよ」
「うむ…見せてやるがよい。おぬしの魂の形をな!」
私は深く息を吸い込み、カデットに乗り込んだ。
目指すのは、父さんの背中。
行くよ、私のシヴァルリィ!(仮)




