第19話「足跡」
「…これが、ヴェリアル」
目の前に立つ巨人を、私は口を半開きにして見上げていた。
王宮の裏手に隣接する王立技術院、その最奥にある特別工房。
そこには、まだ装甲の一部が取り付けられていない、フレームが露出した状態の機体が五騎、静かに鎮座していた。
「ほう。なかなかの男前ではないか」
セラフィが満足そうに頷く。
ヴェリアル。リュクスカイン王国が総力を挙げて開発した次期主力機。
そのフォルムは、武骨で直線的なラインの多かったヴェルドルとは対照的だ。
全体的に細身で、流れるような曲線を描く装甲。特に目を引くのは、花びらを重ねたように大きく張り出した両肩のアーマーと、そこからキュッと引き締まった腰のくびれだ。脚部は末広がりの美しいラインを描き、足先は高いヒールのような形状をしている。
兵器というよりは、金属でできた芸術品。優美でありながら、触れれば切れそうな鋭さを秘めた「騎士」の姿。
「すごい…。立っているだけで、精霊力の流れが見えるみたい」
私は思わず、その足元のフレームに触れた。
ひやりとした感触と共に、指先から吸い込まれるように感覚が拡張する。抵抗が少ない。まるで空気中を動くかのように、意識が機体の奥底まで浸透していく。
「おれたちが丹精込めて磨き上げた結晶だ。F値は平均で55前後。そんじょそこらの機体とは格が違うぜ」
背後から、しわがれた声が響いた。
振り返ると、冷却液の染みがついた作業つなぎを着た、小柄な老人が立っていた。白髪交じりの頭にゴーグルを乗せ、口元には葉巻のような清涼スティックを咥えている。
「F55…!やっぱり、それくらいあるんですね」
「おうよ。高純度のフラクタル鉱を惜しげもなく使いやがったからな。おかげで加工するこっちは地獄を見たがね。もっとも一般量産型のヴェリアルはF50前後だ。全部に使えりゃいいんだが、そんなことしちまったらこの貧乏な国が滅びちまわぁ」
老人はカカカと笑い、私の前に歩み寄ってきた。
「嬢ちゃんがリーシャ・ヴァレンティアか。ふん、面構えは悪くねぇな。俺はこの工房の責任者をやってるポゾスだ。嬢ちゃんの担当技師でもある」
「ポゾスさん…よろしくお願いします!」
「『おやっさん』でいい。堅苦しいのは嫌いなんでな」
ポゾスのおやっさんは、ぶっきらぼうだが温かみのある手で、私の頭をガシガシと撫でた。
◇
この工房には、私たち五人に対し、それぞれ専属の技師チームが割り当てられていた。
ヴェリアルは汎用機だが、私たちに与えられるのは先行量産型の特別仕様機。個々の適性やエメルとの相性に合わせて、徹底的なチューニングが施されることになっている。
広い工房のあちこちで、仲間たちが目を輝かせて技師たちと巨大な設計図や仕様書を覗き込み、熱い議論を交わしていた。
「剣への精霊力伝導率、もっと上げられませんか?回路を太くして…イグニスの炎を常時纏わせても焼き切れないようにしたいのです。そう…本体とケーブル接続する機構をつけて…」
ルシア先輩は、作業台いっぱいに広げられた断面図を指差しながら、技師に細かく注文をつけている。彼女の要望は、攻防一体の剣と盾のスタイル。炎の剣士としての火力を最大化するため、機体本体からの精霊力供給ラインをペンでなぞりながら入念にチェックしていた。
「左腕のシールドマウントは撤去してください。その重量マージンを、頭部の演算処理装置と右腕の照準安定器に回します」
マルセル先輩は、騎体の三面図にペンでバツ印や数値を書き込みながら、技師を唸らせている。近接防御を捨て、長距離からの超精密射撃に特化する構成だ。主兵装となる大型クロスボウの図面と睨めっこしながら、材質の選定にも余念がない。
「ふむ…やはり大剣だな。だが、この関節で耐久性は足りるのか?両手で振るってこそ、私の力が活きるというものだが」
クラウディウスは、骨格フレームが描かれた構造図を見つめ、腕部の強度計算書を確認していた。単純な破壊力なら随一。その負荷に耐えられるよう、肩と腰のフレーム剛性について熱心に質問している。
「あのねあのね!プルルならもっと遠くまで分かるの!だから、耳とか目とか、そういうのをいっぱいつけてほしいな!」
エミリアは興奮しながら必死に身振り手振りで技師に説明している。彼女の機体は、背中に特徴的なアンテナ状のスタビライザーが追加され、索敵能力が強化されるようだ。武器は取り回しの良い短槍と盾。背中のラックには予備の槍も懸架される。
みんな、自分だけの翼を手に入れて、これから始まる戦いに想いを馳せている。
そして、私はと言うと――。
「…ねえ、セラフィ。本当にこれでいいの?」
私は作業台の上に並べられた図面を見て、深い溜息をついた。
そこには、ヴェリアルの腰部にマウントされる予定の、二振りの小剣が描かれている。
「何を不服そうな顔をしておる。二刀流じゃぞ?ロマンじゃろうが!」
セラフィが目を輝かせて力説する。
「ロマンって…。私はルシア先輩みたいに、剣と盾のオーソドックスなスタイルがいいって言ったのに」
「馬鹿者!おぬしの反射神経と、この機体の反応速度があれば盾など不要じゃ!避けて、斬る。その方が性に合っておる!」
「それはそうかもしれないけど…。二つの剣を同時に操るなんて、すっごく練習しないと無理だよー!」
私が頭を抱えると、おやっさんが図面を指差してニヤリと笑った。
「まあ、嬢ちゃんのエメルの言う通りかもしれんぞ。ヴェリアルの運動性能なら、盾で受けるより、二刀で受け流す方が理に適ってる。それに、投擲用にあと二本、予備の小剣を肩の裏に仕込んでおいてやる。計四本だ。派手に暴れな」
「四本!?ジャグリングでもしろって言うんですか!?」
私の抗議も虚しく、仕様は決定されてしまった。
小剣二刀流の高速機動型。
…まあ、確かに「避けて斬る」というのは、私らしい気もするけれど。
一通りの打ち合わせが終わり、少し休憩することにした。
私は組み立て中の自分の機体の足元に座り込み、準備しておいた水筒の水を飲んだ。
冷たい水が喉を潤す。
「そういやセラフィ。昨日の式典の時、静かだったね。お腹でも痛かった?」
ふと思い出して尋ねてみる。
あの傍若無人なセラフィが、マクシミリアン公爵の前では借りてきた猫のように大人しかったのが不思議だったのだ。
「なにを言うのじゃ小娘!わしだって場を弁えるということくらい知っとるわ!」
セラフィが心外だとばかりに声を荒らげる。
「あの公爵が怖かったわけじゃなくて?」
「失礼な。あの場の空気、下手に口を挟めばおぬしの首が飛びかねんかったからの。感謝せよ」
「はいはい、ありがとうございます」
茶化してしまったけれど、セラフィなりに気を使ってくれていたらしい。
「…嬢ちゃん。ここ、いいか?」
ポゾスのおやっさんが、コーヒーが入ったマグカップを二つ持ってやってきた。
一つを私に渡し、隣にドカッと腰を下ろす。
「あ、ありがとうございます」
「どうだ、王都の空気は」
「…まだよく分かりません。でも、この工房の空気は好きです。冷却液と金属の匂いがして落ち着きます」
「ハッ、違げぇねぇ。ここは俺たちの聖域だからな」
おやっさんは清涼スティックをかじり、懐かしそうに目を細めた。
「昔な、ここで一緒に働いてた馬鹿野郎がいたんだ」
「馬鹿野郎、ですか?」
「ああ。腕は超一流だが、常識外れでな。誰も思いつかないような無茶な設計図を引いては、俺たちを困らせてた。『シヴァルリィにも心がある』なんて本気で信じてて、夜中まで話しかけてるような変人だったよ」
ドキリとした。
そのエピソードには、聞き覚えがありすぎる。
「その男はな…まぁ、いろいろあってな、王都を出て行っちまった」
おやっさんが、横目で私を見た。
その瞳は、とても優しかった。
「名前は、ギリク。…ギリク・ヴァレンティアだ」
「…っ!」
やっぱり。
私はマグカップを強く握りしめた。
「父さんを知ってるんですか!?」
「知ってるも何も、あいつに技師や整備士のイロハを叩き込んだのは俺だ。ま、あいつはすぐに俺を追い抜いていっちまったがな」
おやっさんは自嘲気味に笑った。
「嬢ちゃんが座ってるその場所。そこはな、ギリクがいつもサボって昼寝をしてた特等席だ」
私は驚いて床を見た。
冷たくて硬い床。
でも、父さんもここで、同じ匂いを嗅ぎながら、未来を夢見ていたのか。
「おやっさん…父さんは、どんな人でしたか?」
「真っ直ぐな男だったよ。不器用で、頑固で、でも誰よりもシヴァルリィを愛してた。…嬢ちゃんがヴェルドルの悲鳴を聞いて助けたって聞いた時、俺は確信したよ。ああ、やっぱりギリクの娘だってな」
おやっさんの大きな手が、私の頭にポンと置かれる。
「あいつが何を目指して、何を遺そうとしたのか。俺には正直分からねぇ。だが、嬢ちゃんの目を見りゃわかる、託されたんだろう?あいつの夢をよ」
胸元のペンダントが、微かに熱を持った気がした。
父さんの足跡。
それは確かに、ここにあったのだ。
「おやっさん。私、頑張ります。このヴェリアルで、父さんが守りたかったものを、守ってみせます」
「おう。嬢ちゃんのヴェリアルは俺が仕上げるんだ、半端なモンにはしねぇよ。ギリクに笑われねぇようにな」
おやっさんはニカっと笑い、立ち上がった。
「さあ、休憩終わりだ!とっとと調整に戻るぞ!小剣のマウント位置、まだ決めてねぇんだろ!」
「はい!」
私は勢いよく立ち上がった。
目の前のヴェリアルが、さっきよりも親しい存在に見えた。
父さんがいたこの場所で、私は新しい翼を手に入れる。
迷いは、もうなかった。




