第18話「叙勲」
(え?報告ってこういうのなの!?)
私は心の中で絶叫していた。
額から冷たい汗がダーっと流れるのを感じる。
視界の端まで広がる深紅の絨毯。
見上げるほど高い天井には、歴代国王の功績を描いたフレスコ画。
そして、壁際にずらりと並んだ、煌びやかな衣装に身を包んだ貴族たち。
王城、謁見の間。
その最奥、一段高い場所に設置された玉座に、一人の少女が座っている。
豪奢なドレスに身を包み、流れるような美しい金髪に、不釣り合いなほど大きな王冠を戴いた少女。
彼女こそが、このリュクスカイン王国の主、オーレリア女王陛下だ。
十二歳という幼さながら、その碧眼は静かに私たちを見下ろしている。
その玉座の右側には、娘と同じ金髪を緩く結い上げた、柔和な顔立ちの女性――摂政であるエレオノーラ王太后陛下。喪服を思わせる黒いドレスを着ているが、その雰囲気はどこまでも優しげだ。
左側には、少し背中の丸まった、人の良さそうなおじいさん――国軍総司令官であり、王太后の実父でもあるマクシミリアン公爵閣下が控えている。中肉中背で、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべているが、その双眸には鋭い光が宿っている。
そんな雲の上の存在たちの前で、私たち五人は一列に並んでひざまづいていた。
ただの「報告」だと聞いていたのに、蓋を開ければこれだ。
正装(といっても、急遽用意された貸衣装だ)に着替えさせられ、いきなりの叙勲式。
心臓が早鐘を打って痛いくらいだ。
(セラフィ、どうしよう。私、震えてない?)
(震えておるのう。小刻みに揺れておるぞ。まあ、わしは堂々としておるがな!)
セラフィがどこか楽し気だ。私の肩の上でふんぞり返っている。こいつの度胸が羨ましい。
「これより、ミラボー防衛戦における功労者への叙勲を行う」
式部官の厳かな声が響く。
静まり返った広間に、私の喉が鳴る音すら響きそうだ。
「ルシア・アルトリーベ」
最初に名前を呼ばれたのは、家格が高く最年長のルシア先輩だった。
彼女は負傷した腕を感じさせない凛とした歩調で進み出る。
マクシミリアン公爵が、厳かな足取りで歩み寄り、彼女に勲章を授与する。
「その武勇、実に天晴れであった。父、アルトリーベ侯爵も鼻が高いであろう」
「恐縮です。全ては女王陛下と、王国の安寧のために」
ルシア先輩は完璧な礼を返した。さすがだ。
「マルセル・ロシュフォール」
次に呼ばれたマルセル先輩は、緊張で少し顔色が青かったが、背筋を伸ばして進み出た。
公爵から勲章を受け取ると、彼は震える声を必死に抑えて口を開いた。
「今後も、この身の続く限り、リュクスカイン王国のために尽くす所存です」
「うむ」
公爵が重々しく頷く。
その様子を、貴族の列から心配そうに見つめる男性がいた。彼と同じ眼鏡をかけ、しきりにハンカチで額の汗を拭っている。あの人がロシュフォール子爵だろうか。胃薬をあげたい気分だ。
「クラウディウス・エルデンベルク」
三番目に呼ばれたクラウディウスが、優雅な所作で立ち上がった。
自信満々のいつもの彼だ。
だが、玉座の前に進み出て顔を上げ、オーレリア女王陛下と目が合った瞬間――。
ピシッ。
彼が一瞬、石のように固まった。
表情は変わらない。礼の姿勢も崩さない。
けれど、近くにいた私には分かった。彼の纏う空気が、劇的に変わったのを。
公爵が勲章を差し出す。
クラウディウスはそれを受け取り、深く一礼した。そして、顔を上げると、熱のこもった瞳で女王陛下を見つめ、静かに、しかし力強く言った。
「この勲章に誓いましょう。我が剣は、ただ一人、女王陛下のために。いかなる敵が立ちはだかろうとも、この身を賭して貴女様をお守りいたします」
その言葉は、通常の忠誠の誓いよりも、どこか重く、個人的な決意に満ちていた。
公爵が満足げに頷く一方で、貴族席の一角では、彼によく似た面差しの男性――父親であるエルデンベルク伯爵が、苦々しい顔で顔をしかめていた。
「エミリア・ノーヴェ」
「は、はいっ!」
名前を呼ばれ、エミリアが裏返った声で返事をした。
貴族たちからクスクスという失笑が漏れる。
エミリアの顔が真っ赤になる。頑張れ、エミリア。
彼女はガチガチに強張った動きで進み出たが、マクシミリアン公爵はそんな彼女に、威厳を保ちつつも温かい眼差しを向けた。
「その勇気、称賛に値する。貴殿の行動が多くの命を救ったのだ。誇りに思うがよい」
「は、はい…!ありがとうございます!」
公爵の言葉にエミリアの目に涙が浮かぶ。
そして。
「リーシャ・ヴァレンティア」
私の名前が呼ばれた。
一瞬、空気が変わった気がした。
好奇心と冷ややかな視線。
(落ち着け。私はただの整備士の娘。何も悪いことはしてない)
自分に言い聞かせ、震える膝に力を入れて立ち上がる。
カツ、カツ、と自分の足音だけが響く。
マクシミリアン公爵の前に立つ。
近くで見ると、その瞳の奥には、優しさだけではない、底知れぬ強さが宿っているのが分かった。この人は、ただの優しいお爺ちゃんじゃない。
公爵が、従者から勲章を受け取り、私の前に立つ。
金色の獅子が刻まれた『リュクスカイン守護勲章』。
それを私の胸にピンで留める間、公爵の視線はずっと私の顔に注がれていた。
値踏みするような目ではない。
まるで、遠い過去の幻影を見るような、驚きと懐かしさが入り混じった瞳。
「…ほう」
公爵の手が止まる。
至近距離で、私と公爵の視線が交差する。
「…アリスにそっくりだのう」
小声で、ポツリと呟かれた。
「え…?」
アリス?
誰のことだろう。
私が怪訝な顔をしていると、玉座の横から鋭い声が飛んだ。
「お父様!」
エレオノーラ王太后陛下だ。
柔和な表情が一変し、咎めるように公爵を見ている。
「…おっと、いかんいかん。年を取ると独り言が増えて困るわい」
公爵は悪戯が見つかった子供のように小さく肩をすくめ、それから私に穏やかに笑いかけた。
「リーシャ・ヴァレンティアよ。敵の最新鋭機を一騎打ちで葬ったその腕前、見事であった。その若き翼で、これからもオーレリアを…この国を支えておくれ」
「は、はい!微力ながら、全力を尽くします!」
私は慌てて頭を下げた。
元の位置に戻る背中に、公爵と王太后陛下の視線が、他の誰よりも熱く注がれているのを感じた。
◇
叙勲が終わり、オーレリア女王陛下がゆっくりと立ち上がった。
その小さな体躯からは想像もできないほどの、凛とした気品が漂う。
「そなたたちの働き、余は誇りに思う。ミラボーは我が国の重要拠点。そこを守り抜いた功績は、万金にも値する」
鈴を転がすような美しい声が、広間に響き渡る。
そして、女王陛下はさらに言葉を続けた。
「よって、その功績に報いるため、余はここに宣言する。そなたたち五名に、我が国の最新鋭シヴァルリィ『ヴェリアル』を下賜する」
「なっ…!?」
広間がどよめいた。
私たちも顔を見合わせる。
ヴェリアル。開発されたばかりの、リュクスカイン王国の次期主力機だ。
「陛下!それはあまりにも!」
貴族の一人が進み出て叫んだ。
「ヴェリアルはまだ量産体制に入ったばかり!前線の騎士団にすら行き渡っていない貴重な機体ですぞ!それを、いくら功績があるとはいえ、学生ごときに…!」
「黙らっしゃい」
低い、地響きのような声が、その反論を遮った。
マクシミリアン公爵だ。
先ほどまでの好々爺の雰囲気は消え失せ、厳然たる公爵としての威圧感があった。
「彼らは、旧式機で、敵の最新鋭機『パンターブリッツ』二騎を撃破したのだ。その実力は、そこらの騎士団員を遥かに凌駕する。宝の持ち腐れにするより、彼らに預けた方がよほど国のためになるわ」
「ぐっ…し、しかし…」
「それに、彼らはこれより、女王とリュクスカイン王国を守るための新たな力となるのだ。丸腰で戦えと言うつもりか?」
公爵の眼光に射抜かれ、貴族はすごすごと引き下がった。
「これからも励めよ、若き英雄たち」
女王陛下の言葉と共に、私たちは一斉に頭を下げた。
勲章の重みと、新たな翼『ヴェリアル』の約束。
その意味を噛み締めながら。
そして、式部官の声が終わりを告げた。
「これにて、叙勲式を終了する」
◇
重厚な扉が閉まり、謁見の間を出た瞬間、全員から大きなため息が漏れた。
「し、死ぬかと思いました…」
エミリアがへなへなと座り込む。
「まったくだ。生きた心地がしなかったぞ」
マルセル先輩も、眼鏡を外して額の汗を拭っている。
私も壁に背中を預け、大きく息を吐いた。
「でも、これで一区切りついたね」
廊下の奥では貴族たちが、私たちを遠巻きに見ながらヒソヒソと話している姿があった。
『あれが学生たちか』『平民ごときが勲章とは』『公爵も、あんな子供たちに…』
悪意のこもった囁き。
これが、エリーゼ様の言っていた「戦場」。
そして…
(アリス…?)
いつまでたっても公爵様の言葉が耳に残って離れなかった。




