第13話「青白い光」
心臓が、跳ねた。
いや、違う。
私の心臓じゃない。
もっと大きく、力強い鼓動が響いた。
機体の奥底から、脈打つような音が聞こえる。
さっきまでの無機質な駆動音とは違う。まるで、巨大な心臓が生まれたかのような、力強い拍動。
完全に沈黙していたはずのヴェルドルに、爆発的な精霊力が流れ込む。
それは通常の緑色の光ではない。冷たく、それでいて焼き尽くすほどに熱い、青白い奔流。
「これは…精霊力か?いや、もっと純粋な…!」
セラフィが驚愕の声を上げる。
涙で濡れた彼女の顔が青白い光に照らされている。
なぜこんなことが起きたのか私には分からない。
ただ、今この瞬間、機体が私の体の一部になったことだけは分かった。
指先の一つ一つまで、神経が通う感覚。
金属の巨人が、私の皮膚になる。
視界に映る計器の数字が、ただの情報ではなく、自分の体のコンディションとして直感的に理解できる。
モニター越しに見える世界が、スローモーションのように緩やかになる。
ルシア先輩に振り下ろされる敵の剣。
その刃が、ゆっくりと、ゆっくりと落ちていく。
間に合う。
いや、間に合わせる。
「いけぇぇぇぇッ!!」
私は叫んだ。
「間に合え!」
セラフィの叫びと共に機体が弾けた。
◇
視界が一瞬で流れる。
物理法則をねじ曲げるような挙動で空間を跳躍する。
一瞬で距離がゼロになる。
ルシア先輩に振り下ろされた敵の剣。
その死の刃を、私のヴェルドルの左手が、横から鷲掴みにしていた。
敵機が驚愕に硬直するのが分かる。
私はそのまま左手に力を込めた。
金属が悲鳴を上げる音が響く。
剣が、まるで粘土細工のようにひしゃげる。
振り下ろされた一撃を、片手で受け止め、あまつさえ握り潰したのだ。
「…許さない」
私の口から低い声が漏れた。
怒りで視界が真っ赤だ。いや、青白い光に包まれている。
機体の隅々まで感覚が行き届いている。
聞こえる。機体の歓喜の歌が。
今まで枷をはめられていた巨人が、初めて全力を出せる喜びを叫んでいる。
「セラフィ!」
「分かっておる!やるぞ!」
私は握り潰した剣ごと、相手の右腕を強引にねじり上げた。
敵が抵抗する。
パンターブリッツの左腕が、私の腕を殴りつけてくる。
重い衝撃。
私は構わず、さらに力を込めた。
機体の関節強度など無視した、力任せの破壊。
金属が引きちぎれる嫌な音と共に、パンターブリッツの右腕が肘から先ごと毟り取られる。
断面から夥しい火花と精霊光が噴出し、敵機がたたらを踏む。
「油断するな!あやつ、まだ動くぞ!」
セラフィの警告通り、敵は諦めなかった。
残った左腕で私の首を掴もうとする。
速い。
片腕を失ってもなお、その動きは鋭い。
「来るぞ!」
「見えてる!」
私にも、見える。
その動きが。
私は、敵の腕を避けた。
「今だ!叩きつけろ!」
「これで!」
私はセラフィが言った通りに、毟り取った敵の右腕をそのまま叩きつけた。
凄まじい衝撃音が響き、パンターブリッツが吹き飛ぶ。
敵機は、練兵場の端まで転がった。
土煙が舞い上がる。
だが、まだ動く。
敵機が、よろめきながら立ち上がる。
右腕を失い、装甲は傷だらけ。
だが、その目——機体の眼光は、まだ鋭く光っている。
敵が、残った左腕でねじ曲がった剣を拾い上げる。
剣を握りしめてた右腕の残骸が転がり落ちると同時に突進してきた。
「まだ来る!?」
速い。
片腕でも、その速度は衰えていないし、バランスもさほど崩れていないが。
「聞こえる」
敵の機体の音が。
右足の関節が限界を迎えている。
左肩が軋んでいる。
精霊力の制御が不安定になっている。
ダメージは間違いなく蓄積している。
「小娘!避けて、カウンター!」
「だね!」
私は、敵の突進を横にステップで避け、バランスを崩した機体を掴んだ。
「離さないよ!」
「そのまま!叩きつけよ!」
青白い光が、さらに強く輝く。
「いくよ!」
私は、敵機を持ち上げた。
そして、地面に叩きつけた。
地面が砕け、土煙が舞う。
「やった…!」
「まだじゃ!あやつ、まだ動こうとしておる!」
セラフィの声に、私は目を凝らした。
敵機が、地面から這い上がろうとしている。
その執念に、私は驚いた。
この人は、本当に強い。
部下を失った怒りが、彼を突き動かしているのだろうか。
「全力じゃ!ぶちかませ!」
「うん!」
私は、左の拳で敵の顔面を打ちぬいた。
全身の精霊力が、拳の一点に集中する。
大気が震えるほどの密度。青白い光が彗星のように尾を引く。
渾身の一撃。
大地が揺れた。
練兵場にクレーターのような窪みができ、その中心にパンターブリッツが埋まっている。
沈黙。
敵機は完全に機能停止していた。
直後。
甲高い破砕音が響いた。
私のヴェルドルからだ。
「え…?」
ペンダントの光が消える。
無理な出力に耐えきれず、機体のフレームが限界を迎えたのだ。
右腕はなく、全身から煙を上げている。装甲の至る所に亀裂が走り、一部が結晶化してサラサラと崩れ落ちていく。
「小娘!機体が崩壊する!」
「えっ!?」
私の機体もまた、役目を終えたかのように、糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
◇
静寂が戻ってきた。
夜風の音だけが聞こえる。
「…終わった…の?」
震える声で呟く。
私たちは、生き残ったんだ。
コックピットのハッチが音を立てて開く。
外の冷たい空気が流れ込んでくる。
金属が焦げた匂い。血の匂い。
私はふらつく足で立ち上がり、外の世界を見た。
ボロボロになった練兵場。
破壊された敵機。
そして、傷つきながらも生きている仲間たちの機体。
「小娘…」
セラフィが私の肩に止まり、心配そうに顔を覗き込んでくる。
彼女の目尻には、まだ涙の跡が残っていた。
「…勝ったの、かな」
「うむ。おぬしが、勝ったのじゃ」
その言葉を聞いて、ようやく張り詰めていた糸が切れた。
私はその場に座り込み空を見上げた。
満月が、青白く輝いている。
まるで、さっきまでのペンダントの光のように。
遠くから、人々の声が聞こえてくる。
長い長い一日が、ようやく終わろうとしていた。




