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「ハズレ精霊の飼い主」と馬鹿にされた整備士の娘ですが、機体の悲鳴が聞こえるので、貴族の皆様より上手く操れますよ?  作者: 秋澄しえる


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第11話「守る!」

「…クラウディウス…?」


 喉が張り付いて、うまく声が出ない。乾いた音が、静寂に落ちる。


 私の目の前には、頭部を失い、首の断面から濃密な精霊光の粒子を煙のように噴き上げているクラウディウスのヴェルドルが、力なく膝をついている。


 思考が停止する。死んだかもしれない。そんな最悪の想像が脳裏をよぎり、指先から急速に体温が奪われていくのを感じた。


 ほんの数分前まで、憎まれ口を叩いていた彼が。学年最強と謳われた彼が、まるでゴミ屑のように。


「おい、小娘!しっかりしろ!あやつの反応は消えておらん!」


 セラフィの鋭い声に、弾かれたように顔を上げる。


 見ると、胸部のハッチが、内側から強引にこじ開けられるところだった。歪んだ金属が悲鳴を上げ、その隙間から白い狐の精霊フロスティアが姿を現す。彼女はぐったりとしたクラウディウスの襟首をくわえ、懸命に外へと引きずり出そうとしていた。


 彼の手足は糸が切れた操り人形のようにだらりと垂れ下がっているが、胸は微かに上下している。


「生きてる…!よかった…」


 安堵で全身の力が抜けそうになる。だが、現実はそれを許さない。


「ふん。悪運だけは強い男よ。だが、戦力外じゃな」


 セラフィが悔しげに吐き捨てる。


 その直後だった。


『無理だよ…こんなの、絶対無理だよ!!』


 通信機から、耳をつんざくような悲鳴が響いた。


 ソフィア先輩だ。


 彼女の乗るヴェルドルが、戦う意思を完全に放棄したかのように敵に背を向け、練兵場の端へと逃走していく。恐怖に支配された機体の動きは無様で、足をもつれさせている。


「先輩!?」


 そのまま壁際に勢いよく片膝をつくと、ハッチが乱暴に開け放たれた。中から転げ落ちるようにソフィア先輩が出てきて、頭を抱え、半狂乱の叫び声を上げながら校舎の影へと走り去っていく。


「…恐怖に心を喰われおったか」


「責められないよ…あんなの見せられたら」


 私たちの目の前で、圧倒的な実力差を見せつけられたのだ。心が折れる音が、私にもはっきりと聞こえた気がした。



 直後、大気が震えるほどの重量物が激突する鈍い音が響き、思考が強制的に戦場へと引き戻される。


 視線を向けると、グレゴール教官の駆る漆黒のヴェルドルが、敵のパンターブリッツと激しい鍔迫り合いを繰り広げていた。


「見ろ、小娘!あの男やるぞ!」


「うん…すごい!」


 教官の機体は、本来両腕で行うべき操作を片腕一本でこなしているはずだ。それにも関わらず、敵の猛攻を紙一重でいなしている。


 剣と剣が噛み合う。


 火花が夜闇を焦がす。


 装甲がきしみを上げる音が響く。


 だが、教官は一歩も引いていない。熟練の技が性能差を埋めているのだ。


 教官の剣が敵の剣を弾く。


 その隙を狙って重い一撃を叩き込む。


 敵機が後退する。


 だが、すぐに体勢を立て直し、再び襲いかかる。


 その攻防は、まさに死闘だった。



 そしてもう一方。


 もう一騎の敵——赤いラインの入ったパンターブリッツに対し、ルシア先輩が果敢に剣を振るっていた。


 彼女の機体からは、陽炎のような赤い精霊光が立ち上っている。炎の精霊の力を剣に宿し、周囲の空気を歪ませるほどの熱量を放っている。


 一撃必殺の突きが繰り出される。


 速い。


 鋭い。


 完璧に見えたルシア先輩の鋭い突きを、敵は赤い残像を残すほどの高速ステップで回避し、即座に死角からの鋭い刺突を繰り出してくる。


 それを、横から割り込んだマルセル先輩が、盾を構えて受け止めた。


 重い衝撃音が響き、マルセル先輩の機体がたたらを踏む。


 盾の表面に深い傷が刻まれる。


『平民!何をしている!早く動け!』


 マルセル先輩の怒鳴り声が通信機から飛んでくる。


 普段の冷静沈着な態度はどこへやら、その声は必死さと恐怖で裏返っていた。


『こいつはおれがやる!おまえたちでもう一騎をやるんだ!死ぬなよ!』


 グレゴール教官の叫びも重なった。


「小娘!呆けている場合か!」


「ッ…分かってる!」


 私は震える手でキーボタンの配置を確認してから、太ももで手汗をぬぐった。


 母さんの顔が浮かぶ。


 ロルフのおっちゃんの顔が浮かぶ。


 そして、父さんの顔が浮かぶ。


 守らなきゃ。


 私が、守らなきゃ。


「行くよ、セラフィ!」


「うむ!遅れをとるなよ!わしたちの力を見せてやるのじゃ!」



 精霊力の供給量を限界まで引き上げ、ルシア先輩たちの援護に向かう。


 私、ルシア先輩、マルセル先輩。


 三対一。数ではこちらが勝っている。


 だが、圧倒的な技量差と、機体性能の差は絶望的だ。


 私たちが間合いを詰めようとする刹那、パンターブリッツが嘲笑うかのように加速する。


 速い。


 速すぎる。


 ルシア先輩の炎を纏った剣撃を最小限の動きでかわし、マルセル先輩が放つクロスボウの太い矢を、まるであらかじめ軌道を知っていたかのようにステップだけで避ける。


 まるで舞踏だ。


「あやつ、遊んでおるな」


 セラフィが低く唸る。


「舐めないで!」


 私は横合いから斬り込む。


 ヴェルドルは、私の思考に遅滞なく反応し、訓練用とは違う実戦用の剣を振り下ろす。


 だが、剣は空を切った。


 敵機は、慣性の法則を無視したかのような機動で方向転換し、私の横をすり抜けていく。


 風圧が機体を揺らす。


 速すぎる。動きが読めない。目で追うことすら困難だ。


「くそっ、当たらない!」


「焦るな!動きをよく見るのじゃ!」


 焦りが募る私の頭を、セラフィがポカポカ叩いてくる。落ち着かせようとしてくれているのかな?


 大丈夫!私は冷静!…まだっ!!



 ルシア先輩が、再び突きを繰り出す。


 だが、またしても避けられる。


 そして、反撃。


 敵の剣が、ルシア先輩の肩を掠める。


 装甲が裂け、火花が散る。


『くっ…!』


 ルシア先輩の悔しげな声が聞こえた。


 マルセル先輩が、再び盾で割り込む。


 だが、敵は盾を狙わない。


 横から回り込み、マルセル先輩の脇腹に蹴りを叩き込む。


 マルセル先輩の機体が、大きくよろける。


「このっ…!」


 私は、その隙に斬りかかった。


 だが、またしても避けられる。


 そして、カウンター。


 敵の剣が、私の剣を弾き飛ばす。


(勝てない…)


 そんな思いが、少しだけ頭をよぎる。


 でも、諦めるわけにはいかない。



 その時だった。


 視界の端に映っていた、ソフィア先輩が乗っていたヴェルドルが、突然、不規則な光を放って起動した。


『私だって…私だって、やればできるんだから!』


 通信機から聞こえてきたのは、震えているけれど、芯の通った声。


「エミリア!?」


『リーシャ、手伝って!あいつの動き、止めるよ!』


「馬鹿者!あやつの腕では自殺行為じゃ!」


 セラフィが叫ぶ。


 エミリアが乗っている!?


 彼女の技量は決して高くない。ましてや、ソフィア先輩に合わせて調整された他人の機体だ。まともに動かせるはずがない。


 ソフィア先輩の機体が、たたらを踏むようにふらつきながらも、戦場の中心へと前進してくる。


 まるで酔っ払いの千鳥足だ。


 でも、その動きには、確かな意志が込められている。


『プルル、お願い!』


 エミリアの叫びと共に、彼女の機体から爆発的に大量の水蒸気が噴き出した。


 水の精霊プルルの力だ。


 視界が白く染まる。練兵場に濃密な霧が立ち込め、照明の光を乱反射させる。


 敵も味方も、互いの姿が見えなくなる。


(目くらまし?でも、これじゃ私たちも…)


「いや、違うぞ小娘。これは好機じゃ!」


 セラフィが私の耳元で囁く。


『リーシャ!今!音を聞いて!』


 通信機越しのエミリアの声。


 ハッとした。


 霧で視界が遮られたことで、逆に神経が研ぎ澄まされる。


 私の唯一の武器。


「集中しろ!聞こえるはずじゃ!」


「…うん!」



 目を閉じる。


 聞こえる。


 戦場に満ちる様々な音。


 剣戟の余韻。


 足音。


 風の音。


 教官たちの激突音。


 その中から目の前の敵の駆動音だけを抽出する。


 敵の機体は高速機動を繰り返している。


 関節に負荷がかからないはずがない。


 特に、急制動をかける瞬間。


 フラクタル鉱が微かに悲鳴を上げている。


 聞こえる。


 敵の右足首部分。関節部。


 そこから微かな異音が響いた。


 次の踏み込みの軸足は右だ!


「…聞こえた!」


「ルシア先輩!右です!あいつ、右に動く!」


 私は叫びながら霧の中へ突っ込んだ。


 敵の予想進路を塞ぐように、全力で機体を滑り込ませる。


 白い霧の中。


 私の機体が、影のように疾走する。


 右だ。


 右に来る。


 私は、その進路に立った。


 そして——


 霧の中から、敵が現れた。


 予想通り、右に動いている。


 私の機体が、その進路を塞ぐ。


 敵が、驚いた様子で急制動をかける。


 だが——


 酷使された右足首の反応が、一瞬遅れた。


 その隙を、霧の中に潜んでいたエミリアが見逃さなかった。


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