第10話「実戦!?」
学院内放送で呼び出された私は、心臓を早鐘のように鳴らしながら学院長室の重厚な扉を叩いた。
「なにか悪さでもしたのか?リーシャ」
セラフィの声色がちょっと意地悪だ。
「な、なにもしてないよ!?」
思い当たることは…たぶんない!ないはず!
「リーシャ・ヴァレンティア!入ります!」
中に入ると、そこには既に四人の生徒と、一人の教官が待っていた。
高等部首席、ルシア・アルトリーベ先輩。長い黒髪を揺らす、憧れの先輩。
次席のマルセル・ロシュフォール先輩。銀縁眼鏡をかけた、いかにも理知的で神経質そうな男子生徒。
三席のソフィア・ベルジュ先輩。小柄で無口な、少し不思議な雰囲気の女子生徒。
そして――腕組みをして不機嫌そうに壁に寄りかかる、クラウディウス。
(うわぁ…メンツが濃すぎる…)
「遅いぞ、ヴァレンティア」
グレゴール教官の低い声が響く。
思わず直立不動になった。
「し、失礼しました!」
「よい。これで全員揃ったな」
ヴァルデマール学院長が、深刻な面持ちで私たちを見回した。
「状況は切迫している。単刀直入に言おう。おぬしら五名に、正規軍用の『ヴェルドル』を貸与する」
「…!」
室内がざわめいた。
練習用のカデットじゃない。本物の、実戦用の機体だ。あのヴェルドルに乗れる?
「現在、ミラボー東方の郊外にて、領主直属のシヴァルリィ部隊が敵の侵攻を食い止めるための作戦が進行中だ。だが、戦況は予断を許さない。敵、ガルドラム軍の目標は『精霊の泉』。つまり、敵が防衛線を突破した場合、この学院が最終ラインとなる」
学院長は言葉を切った。
「戦えとは言わん。だが、自分の身と、この学院を守る盾となってほしい。…できるか?」
ルシア先輩が、迷いなく一歩前へ出た。
「愚問です、学院長。我々はミディ。その力を行使すべき時が来ただけの話です」
「…うむ。頼もしい限りだ」
「お待ちください、学院長」
鋭い声が割って入った。眼鏡を直しながら進み出たのは、マルセル先輩だ。
「正規軍用の機体を学生に貸与する判断は理解できます。高等部の上位ランカーである我々が選ばれたのも分かります。ですが――」
マルセル先輩の視線が、私とクラウディウスに向けられる。
「なぜ、中等部の彼らが?エルデンベルクは名門の出でエメルも優秀なのは知っていますが、ヴァレンティアに至っては、つい先日、エメルと契約したばかりの平民です。足手まといになるのでは?」
(ですよねー!私もそう思います!)
心の中で激しく同意する。いくらなんでも、高等部のエリート集団に私が混ざるのは場違いすぎる。
「黙れ、ロシュフォール」
一喝したのは、グレゴール教官だった。
「これは成績順の遠足じゃない。実戦だ。必要なのは『教科書通りの点数』ではなく、『機体を動かせるセンス』だ」
「センス、ですか?」
「ああ。先日の模擬戦を見たろう。ヴァレンティアの機体制御は、お前より上だ」
「なっ…」
マルセル先輩が絶句して私を見る。気まずい。めっちゃ気まずい。
「それに、エルデンベルクの火力も捨てがたい。文句があるなら、実戦で中等部より上手く動いて見せろ。以上だ」
教官の言葉に、マルセル先輩は悔しそうに唇を噛んで引き下がった。
…あちゃー、完全に目をつけられちゃったかも。
◇
私たちは速やかに格納庫へと移動した。
そこには、五騎の『ヴェルドル』が並んでいた。
深緑色の重厚な装甲。カデットよりも一回り太いフレーム。漂う匂いが、ここが訓練場ではないことを告げている。
(うわぁ…本物だ。近くで見るとすごい迫力…!)
整備士の血が騒ぐ。装甲の継ぎ目、関節の処理、どれをとってもカデットとは作りが違う。これが軍用機!
そして、その五騎のさらに奥。
暗がりに、異様な存在感を放つ機体が鎮座していた。
漆黒のヴェルドル。
形状こそ同じだが、装甲の質感が違う。まるで光を吸い込むような黒。そして、全身に刻まれた無数の傷跡が、この機体がくぐり抜けてきた修羅場を物語っている。
「あれは…」
私が息を呑むと、グレゴール教官が、その機体を見上げた。
「俺の相棒だ。…お前の親父さんが、右腕の動かなくなった俺のために調整してくれた、最後の機体だ」
「えっ…父さんが?」
心臓がドキンと跳ねた。
父さんの技術が、ここにも息づいている。この黒い機体に。そして、教官って引退したんじゃなかったの!?
「教官のエメル見たことなかったから、てっきり…」
「俺の精霊『シャドウ』は、滅多なことでは表に出てこない。ずっとあのコックピットの中に引きこもっている。食事も必要としない変わり種だが…機体の制御に関しては一級品だ」
教官が寂しげに笑う。
へぇ、精霊にも引きこもりとかいるんだ。セラフィみたいに「飯はまだか!」ってうるさいタイプの方が、実は珍しいのかな。
「感傷に浸っている時間はないぞ。各自、割り当てられた機体に搭乗せよ!時間が惜しい!すぐに慣れろ!」
「「はいッ!」」
「カデットとの違い、特にコックピットの違いは頭に叩き込め!軍用機のコックピットはカデットと違って切り離し可能なブロックになっている!貴重なミディの生存率を少しでもあげるためだ!柔軟性があり頑丈だが、過剰な衝撃が加わると、シヴァルリィへの精霊力伝達がカットされ、自動的に生命維持モードに入る!そうなったら戦闘不能だ!戦闘継続するためのコツは、とにかく直撃をくらわないことだ!」
「「はいッ!」」
私は指定されたヴェルドルへと走った。
コックピットに滑り込み、起動シークエンスへ。シートの革の匂いがカデットとは違う。戦場で使い込まれた匂いなのかな。
「セラフィ、行くよ!本物のヴェルドルだよ!」
「うむ!ようやく子供騙しのオモチャから卒業か…血が騒ぐのう!」
機体が目覚める。
その瞬間、全身に走る衝撃が違った。
(――うっそ、すごぉい!)
出力が段違いだ。
カデットが「よっこらしょ」と歩く感じなら、ヴェルドルは「いつでも走れますけど?」って全身の筋肉が唸ってる感じ。
溢れ出る力を使いこなせるのか不安になるくらい!
「これが…軍用機!」
練兵場に出ると、私は思わず駆け出したくなった。
重いのに、軽い。
精霊力の伝達効率がカデットとは比べ物にならない。思った瞬間に機体が反応する!
「ヒャッハー!いいぞ小娘!これなら思う存分暴れられるわ!」
「うん!すごいよセラフィ!これなら何でもできそう!」
私は興奮のあまり、恐怖も忘れて機体を動かした。ステップ、ターン、急制動。どれもキレッキレだ。
横目でチラリと見ると、マルセル先輩の機体が私の動きを見て、驚いたように足を止めていた。ふふん、どうだ!これが平民の実力よ!
通信から、グレゴール教官の厳しい声が飛ぶ。
『いいか、よく聞け。実戦は訓練とは違う。敵は「勝つ」ためではなく「殺す」ために来る』
黒いヴェルドルが、音もなく私たちの前に立った。その威圧感に、浮かれた気分が一気に冷える。
『視覚に頼るな。敵の殺気、精霊の波長、そして音を感じろ。…ヴァレンティア、お前なら分かるはずだ』
「はい!」
『特に今回の敵は速い。目で追えば死ぬぞ。直感とエメルを信じろ。お前らよりもエメルは経験豊富だ。お前らにとっては初陣かもしれんが、エメルたちにとっては慣れた戦場だ。エメルの言うことには耳を傾けろ!』
「そうなの?セラフィ」
「わしは記憶ないからのう。わからん!」
◇
訓練を終え、張り詰めた空気の中で待機していた私たちに、その報せが届いたのは夕闇が迫る頃だった。
緊急通信のアラームだ。領主館から?
『――総員、戦闘配置!繰り返し伝える!総員、戦闘配置!』
ヒシヒシと切迫した感じが伝わる。
『東門の防衛隊より入電!ダメです!突破されました!』
空気が凍りついた。
『損害は!?』
教官の声だ。
『味方ヴェルドル三騎、全機大破!生存者一名のみ!敵は…一騎を中破させ戦線離脱させましたが、残り二騎は健在!現在、学院へ向けて直進中!到達まであと数分です!」
『なんだと…』
無線越しに、クラウディウスの絶句する声が聞こえた。
正規の騎士たちが、たった三騎の敵に、手も足も出ずに敗れた?しかも、敵は一騎減っただけで、まだ二騎も残っている。
それって、つまり…お化けみたいな強さの敵が、こっちに来るってことぉ!?
「来るぞ…!」
教官が黒い機体のバイザーを降ろした。
練兵場の照明が点灯する。
夜の闇に沈むグラウンド。
その向こう側、正門のフェンスが、まるで紙細工のように弾け飛ぶ姿と共に二つの影が現れる。
漆黒の装甲に、血のような赤いライン。
獣のようなシルエットを持つ異形の騎士。
教科書で見た姿、ガルドラムの最新鋭機、『パンターブリッツ』だ。
私たちが並ぶ六騎のヴェルドルと、侵入してきた二騎のパンターブリッツが対峙する。
数ではこっちが勝ってる。三倍だ。
なのに、喉が渇いて息ができない。あの二騎から放たれている威圧感が、物理的な重さになってのしかかってくる。
『――通告する』
突然、大音量の外部スピーカーが練兵場に響き渡った。
先頭に立つ敵からだ。
『私はガルドラム軍、特務部隊隊長エーリヒ大尉だ』
落ち着き払った事務的な声。まるで仕事の打ち合わせでもしているみたいだ。
それが余計に、こちらの神経を逆撫でする。
『抵抗は無意味だ。正規兵ですら我々を止められなかった。学生如きに何ができる?大人しく道を開けろ。そうすれば命までは取らん』
『ふざけるな…!』
隣の機体から、怒りの声が漏れた。
クラウディウスだ。
『テロリスト風情が…神聖な学院を土足で踏み荒らし、あまつさえ我々に降伏しろだと!?』
『…ほう。威勢だけはいいな』
『黙れ!私を誰だと思っている!名門エルデンベルクの血を引く、選ばれしミディだぞ!』
クラウディウスのヴェルドルが抜剣した。
『待て!エルデンベルク!突出するな!』
教官の制止も聞かず、彼の機体が精霊光をまき散らして飛び出した。
『消え失せろ、下郎ォォォッ!』
速い!
模擬戦の時よりも、さらに鋭い踏み込み。
怒りで精霊力が増幅され、ヴェルドルの性能を引き出している。
上段からの一撃。
タイミングも、速度も、完璧に見えた。
刹那、金属が激突する甲高い衝撃音が、練兵場の空気を震わせた。
一瞬、時が止まった気がした。
クラウディウスの剣が、空を切っている。
いや、違う。
剣を振り下ろすより速く、敵が動いたのだ。
すれ違いざまの一閃。
下段から、斬り上げられた逆袈裟。
「え…?」
クラウディウスの機体が、動きを止める。
次の瞬間。
ヴェルドルの右腕が、剣を持ったまま宙を舞った。
そして――頭部が、ゴロリと地面に落ちた。
断面から精霊光が霧のように噴き出し、巨体が膝から崩れ落ちる。
『…遅い』
エーリヒ大尉の機体は、血振るいのように剣を一閃させると、再び静止した。
『実戦を知らぬ子供が。…次だ。死にたい奴から前に出ろ』
私は震える手を握りしめた。
一撃。たった一撃だ。
学年でもトップクラスの実力を持つクラウディウスが、何もできずに。
(これが…本物の、戦争…)
目の前で首のない機体が火花を散らしている。
私は悲鳴を上げることもできず、ただその光景に立ち尽くしていた。




