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異世界育ちの侯爵令嬢と呪いをかけられた完璧王子  作者: 冬野月子


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第1章 09

「昨日に続いて風を起こす訓練を行う」

 中庭に集まった生徒たちを見渡して魔術の教師が言った。

「今日は各自、威力や速度などを様々に変えて的を狙ってみよう」

 教師が示した先には、紙で作られた的が並んでいる。


 風魔術は全ての魔術の基本だ。

 魔力を火などに変化させることなく、そのままエネルギーとして発すると、空気を振動させ風のように動かすことができる。

 この風を自由に操れるようにならないと次の課題へ進めないのだ。


(私は……ウォーミングアップからか)

 リリヤは手にした杖に魔力を流した。

 この杖は他の生徒たちが使っているものより長くて重いが、そのぶん多くの魔力を溜めることができ、リリヤでも破壊しなかった。

 それでも威力が強すぎるので、まずは杖と自分との間で魔力を行き来させ、量を調節してから外へ魔力を放出させるよう言われている。


「姉上」

 マティアスが歩み寄ってきた。

「昼休みは殿下と一緒だったの?」

「……うん」

「何を話したの?」

「うーん……お茶会の続きかな」

「続き?」

「お互い相手に嫌味を言ったからおあいこ、みたいな」


「王太子殿下におあいこって……」

 マティアスはため息をついた。

「姉上って、結構豪胆だよね」

「そう? まあ、とても偉い人だとは分かってるけど。でも歳も一つしか違わないし、同じ呪われ仲間だし」

「そう思うのが豪胆なんだよ」

「そうかなあ……」

 リリヤが首を傾げていると、ふいに周囲がざわついた。


(何だろう?)

 皆の視線が注がれる方へ向くと、ラウリとヘンリクがこちらへ歩いてくるのが見えた。


「これは……王太子殿下!」

 教師が慌てて駆け寄った。

「どうなさいましたか」

「ああ、見学だ」

 無表情でラウリは答えた。

「見学……でございますか」

「気にするな」


「え……本物!?」

「王太子殿下の前で練習するの!?」

「やだ無理だって!」

 生徒や教師が困惑するのを気にすることなく、ラウリはゆったりとした動作でベンチに腰を下ろした。

(マイペースな人だなあ。王族だからかな)

 傲慢とも捉えられそうな、他人を気にすることなく振る舞えるのは彼が王太子だからだろう。


(ま、いっか。それより今日は成功させないと)

 リリヤは的の前に立つと、両手で杖を構え意識を集中した。

 一度杖に魔力を流してから、それをまた身体に戻す。

(これくらいなら大丈夫かな)

 今日は前回よりもずっと少ない魔力を送ってみることにした。

(そよ風をイメージして……)

 そっと息を吹きかけるように、軽く杖の先へと意識を送る。

 その瞬間、パンッと鋭い音が響くと的が土台ごと激しく吹き飛ばされた。


「……え、何で!? そよ風を出そうとしたのに!」

「そよ風じゃなくて突風だね」

 マティアスが苦笑した。

「もー。どうして馬鹿力みたいになっちゃうのかな」

 向こうの世界の映画やアニメで見たように、もっと優雅に魔術を使いたいのに。

「杖の大きさが合っていないからだ」

 頬を膨らませているとラウリの声が聞こえた。


 いつの間にか側に来ていたラウリはリリヤの手から杖を取った。

「その細腕でこんな重い杖など、持つだけで大変だろう。的もぶれるし量の微調整など出来るはずない」

「……それは、そうなんですけど。でも私の魔力に耐えられる杖がこれしかなくて……」

「そうか。――ヘンリク。お前の杖を貸してやれ」

 ラウリはヘンリクを振り返った。


「彼の杖は特に丈夫なものだ。これで一度試してみるといい」

「どうぞ」

 ヘンリクが杖を差し出した。

「え、でも……」

 リリヤはちらと教師を見た。

「私が許可する、構わぬ」

「……お借りします」

 王太子に言われては断るわけにもいかないだろう。

 リリヤは杖を受け取った。

 黒い杖は長いけれど確かに軽くて持ちやすい。


 杖に魔力を流し込むと、すっとなめらかに吸い込まれるような感覚を覚えた。

(これならいけるかも?)

 片手で杖を持つと的に向け、狙いを定める。


「壊さないように……そよ風をイメージして……」

 自分に言い聞かせるように呟きながら、そっと魔力を杖の先から送り出す。

 ヒュッと鋭い音が聞こえると、バンッという音と共に的の中央に大きな穴が空いた。


「やっ……た! 成功した!」

「……そよ風ではなかったが?」

 腕を振り上げて喜ぶリリヤにラウリは眉をひそめた。

「でも的の紙だけ破れたのでOKです!」

 リリヤはギュッと杖を握りしめた。

「初めて成功した……」

 嬉しそうな笑顔のリリヤに、ラウリはわずかに口元を緩めた。

「今日はその杖を使うといい」

 そう言うと、ラウリはまたベンチへと戻っていった。


「……意外と優しい?」

 ラウリの背中を見てリリヤは呟いた。

「優しいというか……姉上だからじゃない?」

「え、何で?」

 リリヤはマティアスを振り返った。

「何でって……そう思っただけ」

 ちらとラウリへ視線を送りそう答えると、マティアスは自分の訓練を再開した。



「お前の杖を使えるとは、ルスコ教授が評価するだけあるな」

 リリヤが訓練するのを眺めながらラウリは言った。

「まさか初めてで風を放てるとはな」


「はい。驚きました」

 ヘンリクは頷いた。

 彼は王太子を護衛するため、その杖も魔術のためだけでなく剣などの物理攻撃を防ぐために特に固く丈夫に作られている。

 そのため魔力を通しにくく、ヘンリク自身も使いこなすのに時間がかかったのだ。


「――私にリリヤ嬢ほどの魔力があれば殿下への呪いも防げたのでしょうか」

 リリヤたちを見てヘンリクは言った。

 相変わらずリリヤが放つ風は鋭く強い威力で的を撃ち破いている。


「教会の連中も絡んだ組織的な魔術だ、お前一人で防げるものではない」

 ラウリは言った。

「過ぎたことを悔いても変わらぬ。これから自分に出来ることを考えれば良い」

「――ありがとうございます」

「ま、そう簡単に過去を忘れることはできないがな」

 頭を下げたヘンリクに、ラウリは自嘲するようにため息をついた。

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