第1章 07
「王妃様がリリヤさんのことを、とても気に入ったそうですわ」
王宮へ行った翌週、リリヤはアマンダのお茶会へ招かれた。
ハルヴォニ侯爵家の応接室に入ると、挨拶もそこそこにアマンダはそう言った。
「王妃様が、私を?」
「父が言っていたの。あの王太子殿下を言い負かすほど気丈な令嬢なんて初めてだと喜んでいたって」
「……あれは……」
お茶会でのやりとりを思い出してリリヤは視線を逸らせた。
「私、孤児として生きていたので……舐められないように、何か言われたら言い返してしまうんです」
孤児で日本人離れした容姿のリリヤは、幼い頃大人しくしているとからかわれたり、時にはいじめられたりすることもあった。
自分の身を守るために大人しく見られないよう、こちらに悪意を向けてくる者には強気で言い返してしまうようになったのだ。
(でも、さすがに王太子殿下相手にまずかったかな……)
突然片目が見えなくなり、魔力も失ったことがどれほど辛いのかリリヤには分からない。
けれど自分のことを棚に上げてリリヤの非を責めるラウリに、思わず口に出してしまったのだ。
「まあ、苦労してきたのね。でも強くなるのは素敵だわ」
アマンダは微笑んだ。
「父も喜んでいたの。リリヤさんのおかげで殿下が学園に通うようになったって」
「私のおかげかは……」
呪われて以降、公の場に姿を現さなくなったラウリが復学したことは、一年生の間でも大きな話題になっていた。
「リリヤさんのおかげよ。それまで誰も、殿下に学園に行くよう言えなかったんですって」
「どうしてですか?」
「呪いをかけられた相手に何か意見できるなんて、呪いをかけられた人間だけですわ。そもそも『完璧王子』と呼ばれている王太子殿下に意見しようとする者がおりませんもの」
「そうなんですか」
(だからあんなに驚いていたんだ)
リリヤは言い返した時のラウリの顔を思い出した。
「それで、王太子殿下とお会いしてどう思いましたの?」
「え……そうですね」
リリヤは首を捻った。
「バラみたいな方ですね」
「バラ?」
「綺麗だけどトゲがあるので」
「まあ。ふふ、リリヤさんは面白いわ」
アマンダは満面の笑みを浮かべた。
*****
「今日は禁じられた魔術についてだ」
座学の授業で教師が言った。
「現在、人間にかけられる魔術は治癒のみが許されている。他にも役立つ魔術ならば使用することが可能だ」
例えば火を起こす、水を出したり土を固めてレンガを作る。
これらは攻撃目的で使用することは禁じられているが、日常生活の助けとなる場合は許される。
(攻撃か役に立つかって、紙一重だよね。難しいなあ)
教科書に載った魔術の一覧を眺めながらリリヤは思った。
そこには事細かに使える魔術と禁止魔術が書かれている。
魔術を使える者ならば、同じ力で人を助けることも攻撃することもできる。
だから学園で魔力のコントロールと使い方をしっかりと学ばなければならないのだ。
(一番大事なのは自制心かな)
欲に負けて禁止魔術に手を出すことも多いだろう。
魔術を使うこと以上に使わないことを身につけることの方が大変そうだ。
「禁止魔術を使用した場合は厳罰に処される。最近の例だと、去年起きた王太子殿下への呪いだ」
教師の言葉に、クラスの視線がリリヤへと集まるのを感じた。
「王太子殿下に呪いをかけたイザベラ・キースキネンは処刑された。またこのクラスにいるリリヤ・アウッティに呪いをかけた父親のキースキネン侯爵は投獄され、爵位剥奪の上全財産を没収された。二つの呪いには教会所属の魔術師が関与しているとして現在も調査と教会への処罰が続いているのは知っているな」
二つの事件は、教会派の令嬢を王妃にすることで権威を高めたい教会の思惑が絡んでいたとされている。
そのためキースキネン侯爵は処刑されることなく、実際に呪いを行った魔術師たちと共に今も厳しい取り調べを受けている。
教会は平民への支援という役割があるが、力を持ちすぎると王侯貴族たちにとって厄介な存在となる。
これを機にある程度の力を削いでおきたいというのが王宮の意向だ。
(権力争いはどこにでもあるのね)
向こうの世界でも同じだった。
けれど大きく異なるのは、この世界では権力争いにリリヤも関わっているのだ。




