14
離宮に着いた翌日。
一行は泉へと向かった。
「ほう、これが精霊の泉か。確かに不思議な魔力を感じるな」
同行したルスコ教授が興味深げに言った。
「教授はここへ来るのは初めてですか」
「ああ。一度見たいと思っていたよ。さあ、石を泉へ」
「はい」
リリヤは箱から石をとりだした。
ひんやりとした石が、何だか嬉しそうにしているのを感じる。
(そうだよね、二十年間離れていたんだもの。嬉しいよね)
リリヤは石を、泉の中心へ向かって投げ入れた。
水面に波紋が広がる。
波と波の間から光が生じる。
やがて光は泉一面を覆い尽くした。
「魔力が……」
泉から溢れ出た精霊の魔力が周囲まで満たして行くのを感じる。
中心で大きな水飛沫が上がると、人のような形になった。
『ああ……! やっと力が戻ったわ』
飛沫から生まれた水色の少女が声を上げた。
「これは!?」
「あれが泉の精霊か」
護衛や魔術師たちから声が上がる。
周囲の木々の間から、いくつもの光の玉が飛んできた。
『良かったわね』
『また会えて嬉しいわ』
リリヤと共についてきた土の精たちや、この森に棲んでいるらしき精霊たちが泉の精の周りへ集まってきた。
『私も会えて嬉しいわ』
泉の精は仲間たちと再会の挨拶を交わすとリリヤの前に立った。
『ありがとう。あなたのおかげで力が戻ったわ』
「皆が手伝ってくれたおかげです」
『でもあなたが私の声を聞いてくれなかったら、力を取り戻せなかったもの』
微笑むと、泉の精はラウリを見た。
『約束通り、彼の呪いを解くわ。泉の中に入るよう伝えてくれる?』
「はい!」
リリヤが精霊の言葉を伝えると、ラウリはコートと靴を脱ぎ泉へと足を踏み入れた。
水に浸かった足元から、黒い影がじわりと広がる。
足を進めるごとに黒い影は広がり続け、腰まで泉に浸かった時には泉一面が黒く染まっていた。
「この黒いの……全て『呪い』ですか」
「ああ。こんなに酷かったとは」
ルスコ教授は息を吐いた。
「よくこんな状態で、殿下は理性を保てていたものだ」
「そんなに……」
教授の言葉にリリヤは胸がぎゅっと苦しくなった。
水面が再び光を帯びた。
眩しいほどの光が水飛沫となりラウリを覆う。
大きな水音と、そして優しくて温かな魔力。
(回復魔法と似てるけど……もっとずっと気持ちがいい)
やがて光が消えると静かになった水面は元の青く澄んだ色に戻っていた。
泉の中でしばらく佇んでいたラウリが振り返るとこちらへ戻ってきた。
「殿下!」
「ご気分は」
「身体が軽い」
駆け寄ったヘンリクたちに、ラウリはそう答えた。
「それで、魔力は……」
「戻ったと思う」
「殿下、この杖を」
ルスコ教授が杖を差し出した。
リリヤが借りて使っていたラウリの杖だ。
ラウリは手に取った杖を見つめると、それを前へ突き出した。
赤い光を帯びた杖の先端にボッと炎が上がる。
炎は細長く伸びると、踊るように弧を描きながら空へと昇り消えていった。
「――勘は衰えていなかったようだな」
空を見上げてラウリは言った。
「素晴らしい!」
「呪いも解け魔力も戻るとは」
「おめでとうございます!」
「ああ。皆にも苦労をかけたな」
ヘンリクや護衛たちを見渡してそう言うと、ラウリはリリヤを見た。
「……抱きしめたいが、ずぶ濡れだな」
ラウリは自分へと視線を落とした。
『私たちが乾かしてあげる』
いくつかの光の玉がくるりとラウリの周囲を回ると、あっという間に服や髪が乾いていく。
「ほう」
感心したようにもう一度自分の身体を見ると、ラウリはリリヤに向かって両手を広げた。
(え、こんな大勢の前で……?)
恥ずかしかったが、リリヤはおずおずとラウリに近づいた。
その腕を掴むとラウリはリリヤを引き寄せ、力強く抱きしめた。
「――おめでとうございます」
「君のおかげだ」
「私だけでは……ラウリ様の魔術、とても綺麗ですね」
魔力も多いと聞いていたし、もっと豪快なのかと思っていたけれど。
ラウリの放った炎はとても繊細で美しかった。
「殿下は魔力の調節に優れておられる。繊細な魔術も豪胆な魔術も思いのままだ。リリヤ嬢も見習うとよいな」
(魔力が多くても繊細な魔術が使えるんだ……)
「はい」
ルスコ教授の言葉にリリヤは頷いた。
「実際のところ、己の力だけでなく杖の能力によるところも大きい」
ラウリが言った。
「君の力に合う木で杖を作れば上達できる」
「私に合う木……」
『杖が欲しいの?』
泉の精の声が聞こえた。
『この木の枝を使うといいわ』
泉を囲うように生えている大きな木の枝が揺れると、ポキリと折れた。
水面に落ちた枝が波に揺れながら、リリヤたちの側まで流れてきた。
『石を取り戻してくれたお礼にあげる。私の力に触れ続けてきた特別な木よ』
リリヤはラウリから離れると、水辺に向かい枝を拾い上げた。
重く感じるけれど、小さな枝葉を取り除いて削れば軽くなるだろうか。
「ありがとうございます。ラウリ様の呪いも解いてくれて、ありがとうごさいます」
『お礼を言うのは私の方よ』
「この枝は杖にして、大切に使わせてもらいます」
『私の力も分けてあげるわ。杖を軽くしてあげる』
『私は頑丈にするわ』
精霊たちが枝に集まってくる。
光を受けて、茶色い枝は精霊の石のような淡い虹色に変化した。
「すごい……皆もありがとう」
色が変わるとともにふっと軽くなった枝を握りしめて、リリヤは精霊たちにお礼を言った。
「これは凄いな。精霊の力を宿した杖か」
ラウリはリリヤの肩を抱いた。
「凄すぎて杖を作れる職人がいないかもしれないな」
「え」
「本来、杖は自分で作るものだ。最近は見栄えを気にして職人に任せるようになったがな」
ルスコ教授が言った。
「教えるから作ってみるか」
「はい!」
リリヤは大きく頷いた。
「では、離宮へ戻ろう」
ラウリは皆を見渡した。




