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異世界育ちの侯爵令嬢と呪いをかけられた完璧王子  作者: 冬野月子
第3章

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13

「もうあんなに積もっているんですね」

 リリヤは馬車の窓から前方に望む山々を見た。


 夏にこの道を通った時は、山は青く麦畑は黄金色だった。

 けれど今は白い山々を背に、秋に植えた小麦が緑色の絨毯のように広がっている。


「雪が降ると言っていたが、大丈夫そうだな」

 空を見上げてラウリが言った。

 雲に覆われているが、まだ空は明るいから離宮に着くまでは持つだろう。


「はい。もし降っても精霊たちが馬車を守ってくれると言っていましたし」

 リリヤは視線を膝に乗せた小さな箱へ落とした。

 箱の中には、大聖堂から回収した泉の精の石が入っている。

 これを返しに泉へ行くと言ったら、精霊たちもついてくると言ったのだ。

 馬車の周囲を何体かの精霊が飛んでいるのをリリヤは感じていた。


 誘拐された時、リリヤは助けに来た土の妖精にミサンガを託した。

 大勢の人がいる中でラウリたちを探すのは難しいだろうと思っていたが、ラウリにはかすかにリリヤの魔力が残っていて、それで見つけることができたという。

 ラウリの呪いを少しでも癒そうと、感謝祭の間もリリヤが魔力を注いでいたからだ。


 精霊はミサンガをラウリの目の前に落とした。

 それを見てラウリはすぐにリリヤのものだと気づいた。

『あの紐にはリリヤの魔力が入っていたの。だから紐の中に入って誘導できたのよ』

 土の精はそう言った。

 おそらくリリヤが編んだものだから知らずにリリヤの魔力が込められたのだろう。

(精霊たちには助けられた……だから今度は、私が)


「無事石を返してもらえて良かったです」

 リリヤは箱を撫でた。

「未来の王太子妃誘拐の制裁として軽すぎるくらいだがな」

 リリヤを見つめながらラウリは言った。


 感謝祭での、二人の司祭によるリリヤ誘拐は秘匿されることになった。

 公にしてしまうと、リリヤが神子であることも公になってしまうからだ。


 また教会としても司祭が貴族令嬢、しかも王太子の婚約者候補を誘拐したなどと知られるのは非常にまずいという事情もある。

 ラウリは二人の司祭及び彼らの配下の者たちの身柄、そして井戸に沈んでいる精霊の石を要求した。


 石は二十年前、国王の離宮行きに同行した司祭の一人が持ち帰ったのだという。

 たまたま見つけた魔力を帯びた石が、水気を含んでいることに気付いた司祭は、その時既に枯れていた井戸に効果があるのではと思い立ち、こっそり持ち帰ったのだ。


「井戸の中に泉の石があったことは、持ち帰った司祭と当時の大司祭以外は知らないのですか?」

「教会はそう言っている。当時の司祭はほぼ残っていないから真偽は不明だがな」

 十五年前の内部抗争で大司祭派は排除されたため、当時を知る者はほとんどいない。

 井戸の中から石を回収した時に、石が包まれた布の中に経緯を刻んだ石板が一緒に入っていたため分かったのだ。


 今回リリヤを誘拐した司祭モンテールは、数少ない当時を知る一人だ。

 彼は大司祭に仕えていたが、二十年前はまだ神官だったため教会に残ることができた。

 リリヤを神子として担ぎ、かつての大司祭派の復興を願っていたという。


 もう一人のドルクは、司祭よりも研究の仕事が中心だという。

 彼はキースキネン侯爵令嬢によるラウリへの呪いにも関与した可能性があると王宮では考えていて、今も厳しい取り調べが続いているが口が固く難航しているそうだ。


「石がなくなって、井戸はどうなったのですか」

「今のところは枯れていないようだが今後は分からない。教会が考えることだが決して精霊や君の力に頼ることのないよう釘は刺しておいた」

 ラウリはため息をついた。

「今の大司祭がまともに対処することを祈るよ」

「そうですね。――とりあえず今は、この石を無事に泉に戻して殿下の呪いを解くことが大事ですね」


「殿下?」

 ラウリは眉をひそめた。

「名前で呼ぶと言っただろう」

「……ええと、それは」

「ほら、呼んでみろ」

「――ラウリ様」

 リリヤが少し顔を赤らめて名前を呼ぶと、ラウリは嬉しそうに頬をゆるめた。


 誘拐された時、助けにきたラウリを思わず名前で呼んだ。

 どうもラウリはそれが気に入ったらしく、以来自分のことを名前で呼ぶよう要求するのだ。

 ヘンリクは「ご両親以外に名前で呼ばれることはないので嬉しいのでしょう」と言っていた。


(確かに……王太子を名前で呼ぶのは家族くらいだよね)

 家族、という言葉にリリヤの胸がドクンと高鳴る。

(……ラウリ様と、家族になるんだよね)

 血縁などいないと思っていた自分が、この世界に戻り血の繋がった家族と再会して。

 数年後には、また別の形の家族ができる。


(日本にいた時は想像もつかなかったな)

 自分の身に起きたことを、改めて不思議に思いながらリリヤは近づいてきた山々を眺めた。


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