12
司祭たちが出ていくと、リリヤは倒れ込むようにベッドに横たわった。
小さな窓から差し込む光が赤くなり始めている。
晩秋の日暮は早い。
もうすぐ夜になるだろう。
(どうしよう……)
土の精霊は、何とかしてくれると言っていたけれど。
このまま大人しくここにいてもいいのだろうか。
(殿下たちに……伝わるかな)
リリヤ以外の人間は精霊の存在を感じることも、声を聞くこともできない。
土の精霊に渡したミサンガを見て気づいてくれるだろうか。
時間が経つほどに不安になる。
「殿下……会いたい」
ポツリと言葉が漏れた。
(そう、だ……会いたいんだ)
彼の顔や、声が頭の中に浮かぶ。
その強い腕で抱きしめられて、不安な気持ちを消して欲しい。
(殿下……)
「……ラウリ、様」
その名前を口にすると、涙もこぼれた。
(泣いちゃダメ)
リリヤは身体を丸めると手を強く握りしめた。
向こうの世界にいた時、不安なことや悲しいことがあるとよくこうしていた。
ベッドの中は一人になれる唯一の場所で、だからこそマイナスな感情が出やすい。
(家族がいないのも、悲しいのも……私だけじゃない)
そう自分に言い聞かせながら、眠りにつくまで丸くなっていた。
(私だけじゃ……でも、今は?)
精霊の声が聞こえるのも、異世界にいたせいで特別な魔力を持つのもリリヤだけだ。
こんな目に遭うのも――。
(ダメだ。そんなこと考えちゃ)
考えたことを打ち消すように、首を横に振る。
(大丈夫、一人じゃない。私は一人じゃ――)
自分を見つめる、青くて優しい眼差しが脳裏に浮かぶ。
(ラウリ様……早く、会いたい)
どうして彼のことばかり思い浮かべるのだろう。
彼に会いたいと、抱きしめて欲しいと願うのだろう。
(……そうだ。私はラウリ様のことを……)
ガチャ、と扉の鍵が開く重い音が響く。
リリヤは慌てて起き上がった。
「神子様! ペンダントを改良してきました」
若い司祭が入ってきた。
「ドルク様! ノックもなく女性の部屋に入るのはまずいですって!」
慌てた様子でさっきの神官も部屋に駆け込んできた。
「しかもモンテール様に断りもなく……!」
「あの人は融通効かないから面倒なんだよ」
ドルクと呼ばれた若い司祭は神官に向かってそう言うと、リリヤに向って腕を突き出した。
その手には大きな石がついたペンダントが下がっている。
「魔力を貯める量を調節できるよう改良しました!」
「……魔力を貯めて、どうするんですか」
「研究ですね。普通の人間と神子との違いを調べるんです」
ドルクは答えた。
「いやあ、さっきは凄かったですね。まさか石が割れるなんて。噂以上の魔力量だ」
ドルクはリリヤに歩み寄った。
「大丈夫ですよ、魔力は休めば増えますから神子様には負担がかかりません」
(私の魔力を研究?)
リリヤの魔力は人間と精霊の力が混ざっている。
それをこのドルクに知られるのは、とてもまずいのでは。
「来ないで……」
リリヤは後ずさったが、すぐベッドにぶつかった。
「ドルク様! 神子様が怯えてますから!」
「怖くないですよー」
(怖い)
逃げ場がない。
得体の知れない怖さを感じる。
(助けて……!)
心の中で叫ぶ。
(ラウリ様――)
部屋の外から、複数の足音が聞こえてきた。
「お待ち下さい! ここは……」
モンテールの声とともに、一番会いたかった人が飛び込んできた。
「リリヤ!」
「ラウ……」
駆け寄ろうとしたリリヤの腕が引っ張られた。
素早く首に何かが巻きつけられる。
「動かないで下さい」
リリヤの背後に立ったドルクは、左手でリリヤの左腕を掴み、右腕でリリヤを抱き込むように、首元のペンダントに触れた。
「このペンダントは魔力を吸収します。量は調節できますけど、一気に吸い取ったらいくら神子様でもどうなるか分かりませんよ」
「――貴様……」
青い瞳がドルクを睨みつけた。
「ドルク! 神子様を傷つけるな!」
ラウリの背後からモンテールが叫んだ。
「傷つけませんよ、誰も動かなければ」
氷のように冷たいラウリの目線に怯む様子もなく、うっすらと笑みを浮かべた顔でドルクは言った。
(この人……怖い)
逃げたいのに。
目の前に、会いたかった人がいるのに。
動いたら何をされるか分からない恐怖で足がすくんでしまう。
「リリヤを離せ」
聞いたことのないような、怒りに満ちた声でラウリが言った。
「これは命令だ」
「お断りします」
王太子の威圧的な声を受け流してドルクは答えた。
「せっかく貴重な研究対象が手に入ったんです。もったいなくて手放せませんね」
「研究対象だと」
ラウリの顔が更に険しくなる。
(どうしよう……魔術を使う?)
リリヤは恐怖を感じながらも、必死に授業で習ったことを思い出した。
人を攻撃する魔術は禁じられている。
けれど唯一例外があって、自分が害されている時に身を守るために魔術を使う時だ。
いわゆる正当防衛で、やり過ぎはダメだが多少相手に怪我をさせるくらいなら許される。
(でも、どうやって……多少って)
リリヤの魔力は多すぎて、少しの怪我どころでは済まなくなる。
(魔力が少なければ……そうだ)
「……離して」
リリヤはドルクから逃れようともがいた。
「動くなと……!」
ドルクの指先が光る。
魔力が抜けて行く感覚と共に身体が重くなる。
(今なら……)
リリヤは残った魔力を背後のドルク目掛けて一気に放出した。
「うっ」
ドルクがよろめく。
その手が離れると、リリヤは倒れ込むように前へ足を踏み出した。
「リリヤ!」
「ラウリさま……!」
飛び出してきたラウリの腕の中に飛び込む。
力強い腕がリリヤを抱きしめた。
「くそっ」
ドルクが手にした、リリヤの魔力を吸い込んだペンダントが光る。
ドルクは驚いてペンダントを見た。
「凄い、この魔力量があれば……!」
窓から激しく光が差し込んできた。
「何だ!」
『リリヤ!』
いくつもの光の玉が飛び込んでくる。
そのうちの一つがドルクの顔を目掛けて飛びついた。
「うわっ」
目が眩んだドルクの手からペンダントが落ちる。
「捕えろ!」
ラウリの声に護衛たちが駆け込んでくると、ドルクと神官を拘束する。
「これは……」
ヘンリクが床に落ちたペンダントを拾い上げた。
「……その中に……私の、魔力が」
リリヤは口を開いた。
「魔力が?」
「……もう……のこって、なく、て」
「リリヤ!」
ラウリに抱きしめられながら、リリヤは意識を手放した。




