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異世界育ちの侯爵令嬢と呪いをかけられた完璧王子  作者: 冬野月子
第3章

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12

 司祭たちが出ていくと、リリヤは倒れ込むようにベッドに横たわった。

 小さな窓から差し込む光が赤くなり始めている。

 晩秋の日暮は早い。

 もうすぐ夜になるだろう。


(どうしよう……)

 土の精霊は、何とかしてくれると言っていたけれど。

 このまま大人しくここにいてもいいのだろうか。


(殿下たちに……伝わるかな)

 リリヤ以外の人間は精霊の存在を感じることも、声を聞くこともできない。

 土の精霊に渡したミサンガを見て気づいてくれるだろうか。

 時間が経つほどに不安になる。


「殿下……会いたい」

 ポツリと言葉が漏れた。


(そう、だ……会いたいんだ)

 彼の顔や、声が頭の中に浮かぶ。

 その強い腕で抱きしめられて、不安な気持ちを消して欲しい。


(殿下……)

「……ラウリ、様」

 その名前を口にすると、涙もこぼれた。


(泣いちゃダメ)

 リリヤは身体を丸めると手を強く握りしめた。


 向こうの世界にいた時、不安なことや悲しいことがあるとよくこうしていた。

 ベッドの中は一人になれる唯一の場所で、だからこそマイナスな感情が出やすい。

(家族がいないのも、悲しいのも……私だけじゃない)

 そう自分に言い聞かせながら、眠りにつくまで丸くなっていた。


(私だけじゃ……でも、今は?)

 精霊の声が聞こえるのも、異世界にいたせいで特別な魔力を持つのもリリヤだけだ。

 こんな目に遭うのも――。

(ダメだ。そんなこと考えちゃ)

 考えたことを打ち消すように、首を横に振る。


(大丈夫、一人じゃない。私は一人じゃ――)

 自分を見つめる、青くて優しい眼差しが脳裏に浮かぶ。

(ラウリ様……早く、会いたい)

 どうして彼のことばかり思い浮かべるのだろう。

 彼に会いたいと、抱きしめて欲しいと願うのだろう。


(……そうだ。私はラウリ様のことを……)

 ガチャ、と扉の鍵が開く重い音が響く。

 リリヤは慌てて起き上がった。


「神子様! ペンダントを改良してきました」 

 若い司祭が入ってきた。

「ドルク様! ノックもなく女性の部屋に入るのはまずいですって!」

 慌てた様子でさっきの神官も部屋に駆け込んできた。

「しかもモンテール様に断りもなく……!」


「あの人は融通効かないから面倒なんだよ」

 ドルクと呼ばれた若い司祭は神官に向かってそう言うと、リリヤに向って腕を突き出した。

 その手には大きな石がついたペンダントが下がっている。


「魔力を貯める量を調節できるよう改良しました!」

「……魔力を貯めて、どうするんですか」

「研究ですね。普通の人間と神子との違いを調べるんです」

 ドルクは答えた。


「いやあ、さっきは凄かったですね。まさか石が割れるなんて。噂以上の魔力量だ」

 ドルクはリリヤに歩み寄った。

「大丈夫ですよ、魔力は休めば増えますから神子様には負担がかかりません」


(私の魔力を研究?)

 リリヤの魔力は人間と精霊の力が混ざっている。

 それをこのドルクに知られるのは、とてもまずいのでは。


「来ないで……」

 リリヤは後ずさったが、すぐベッドにぶつかった。


「ドルク様! 神子様が怯えてますから!」

「怖くないですよー」

(怖い)

 逃げ場がない。

 得体の知れない怖さを感じる。

(助けて……!)

 心の中で叫ぶ。

(ラウリ様――)

 部屋の外から、複数の足音が聞こえてきた。


「お待ち下さい! ここは……」

 モンテールの声とともに、一番会いたかった人が飛び込んできた。


「リリヤ!」

「ラウ……」

 駆け寄ろうとしたリリヤの腕が引っ張られた。

 素早く首に何かが巻きつけられる。


「動かないで下さい」

 リリヤの背後に立ったドルクは、左手でリリヤの左腕を掴み、右腕でリリヤを抱き込むように、首元のペンダントに触れた。

「このペンダントは魔力を吸収します。量は調節できますけど、一気に吸い取ったらいくら神子様でもどうなるか分かりませんよ」


「――貴様……」

 青い瞳がドルクを睨みつけた。


「ドルク! 神子様を傷つけるな!」

 ラウリの背後からモンテールが叫んだ。

「傷つけませんよ、誰も動かなければ」

 氷のように冷たいラウリの目線に怯む様子もなく、うっすらと笑みを浮かべた顔でドルクは言った。


(この人……怖い)

 逃げたいのに。

 目の前に、会いたかった人がいるのに。

 動いたら何をされるか分からない恐怖で足がすくんでしまう。


「リリヤを離せ」

 聞いたことのないような、怒りに満ちた声でラウリが言った。

「これは命令だ」


「お断りします」

 王太子の威圧的な声を受け流してドルクは答えた。

「せっかく貴重な研究対象が手に入ったんです。もったいなくて手放せませんね」

「研究対象だと」

 ラウリの顔が更に険しくなる。


(どうしよう……魔術を使う?)

 リリヤは恐怖を感じながらも、必死に授業で習ったことを思い出した。

 人を攻撃する魔術は禁じられている。

 けれど唯一例外があって、自分が害されている時に身を守るために魔術を使う時だ。

 いわゆる正当防衛で、やり過ぎはダメだが多少相手に怪我をさせるくらいなら許される。


(でも、どうやって……多少って)

 リリヤの魔力は多すぎて、少しの怪我どころでは済まなくなる。

(魔力が少なければ……そうだ)

「……離して」

 リリヤはドルクから逃れようともがいた。


「動くなと……!」

 ドルクの指先が光る。

 魔力が抜けて行く感覚と共に身体が重くなる。


(今なら……)

 リリヤは残った魔力を背後のドルク目掛けて一気に放出した。


「うっ」

 ドルクがよろめく。

 その手が離れると、リリヤは倒れ込むように前へ足を踏み出した。


「リリヤ!」

「ラウリさま……!」

 飛び出してきたラウリの腕の中に飛び込む。

 力強い腕がリリヤを抱きしめた。


「くそっ」

 ドルクが手にした、リリヤの魔力を吸い込んだペンダントが光る。

 ドルクは驚いてペンダントを見た。

「凄い、この魔力量があれば……!」


 窓から激しく光が差し込んできた。

「何だ!」

『リリヤ!』

 いくつもの光の玉が飛び込んでくる。

 そのうちの一つがドルクの顔を目掛けて飛びついた。

「うわっ」

 目が眩んだドルクの手からペンダントが落ちる。


「捕えろ!」

 ラウリの声に護衛たちが駆け込んでくると、ドルクと神官を拘束する。


「これは……」

 ヘンリクが床に落ちたペンダントを拾い上げた。


「……その中に……私の、魔力が」

 リリヤは口を開いた。

「魔力が?」

「……もう……のこって、なく、て」

「リリヤ!」

 ラウリに抱きしめられながら、リリヤは意識を手放した。

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