第1章 04
昼食を終えて中庭へ行くと、既に二十名ほどの生徒がいた。
(何人か平民らしい子もいるなあ)
血筋が違うのか、食べるものが違うからなのか。
同じ制服を着ていても、何となく貴族と平民では雰囲気が違うのがリリヤでも分かる。
(私は……どっちなんだろう)
日本にいた時は、日本人にしては色素も薄く顔立ちもくっきりしているからハーフなのではと噂されていたし、自分でもそうなのだと思っていた。
捨てられた理由もそこにあるのではと。
実際は、ハーフどころか異世界人だったわけだが。
(立ち振る舞いはともかく、見た目は貴族っぽいかな)
三ヶ月間、侍女たちが頑張ってくれたおかげで髪や肌は艶々だ。
そこは他の令嬢たちと遜色ないだろう。
「よし、全員集まったな」
やがて二人の教師と、昨日のルスコ教授が現れた。
見渡すと、リリヤがいた高校の一クラスよりは多そうな数の生徒が集まっていた。およそ五十名くらいだろうか。
(少ないなあ)
平民の魔力持ちもこの学園に入るとはいえ、全員ではない。
学園に通えるほど家が裕福だったり、特に魔力量が多い者が特待生として入るのだと聞いている。
それ以外の魔力持ちは教会などで学ぶのだと。
それにしても、同年齢の貴族で魔力持ちが数十人しかいないというのは少ないように思った。
それだけ魔力持ちは貴重ということだろうか。
「午後からは魔術の実技を行う」
教師の一人が生徒たちを見渡して言った。
「ここにいる全員が魔力持ちとはいえ、魔力量も得意な魔術もバラバラだ。だが全員が正しい魔術の扱い方を覚え、民のために役立つ人材となってもらいたい。魔術は危険なものでもある。そのため厳しくすることもあるから覚悟しておくように」
リリヤが召喚される三ヶ月ほど前に起きた王太子への魅了の呪いは大問題となったという。
そのため改めて魔術についての認識を正すことが学園最大の目的だと、座学でも言っていた。
「まず全員に杖を渡す。これは魔力の流れを制御し正確に魔術を施すために必要なものだ」
教師はテーブルの上に乗せた箱を開いた。
その中には同じ形の細長い杖がたくさん入っている。
「杖の種類によって扱いやすい魔術は異なる。これは初心者用で高度な技には向かないが、最初はこの杖で魔力のコントロールに慣れてもらう」
(わあ、いかにも魔法使いって感じ!)
リリヤもは受け取った杖を眺めた。
二十センチくらいの長さだろうか。
木で出来た何の装飾もないシンプルなものだが、ファンタジー世界にあるようなアイテムにテンションが上がってくる。
「最初の課題は自身の魔力の流れを操り、この杖に魔力を流し込むことだ」
教師が一本の杖を手に持つと、杖が淡く光り茶色かった杖が淡い青色に変化した。
「このように、魔力が入ると杖の色が変化する。最初は難しいと思うが、まずは自身の中にある魔力の流れを感じられるようになることが必要だ。各自やってみろ」
詳しいやり方の説明のない教師の言葉に、生徒たちはざわついたがやがてそれぞれの杖に向き合った。
「魔力の流れって言われても……」
量が多いとは言われているが、リリヤに自覚はない。
魔力や魔術の使い方については学園で一から習った方が良いと、何も教わっていない。
(そもそも魔力って、何?)
映画やアニメで魔法の存在は知っている。
けれどあれは架空の話だったし、自分がこんなファンタジーな世界に来るとは思ってもいなかった。
ふと光を感じて横を見ると、マティアスの杖が青く染まっていた。
「え、もう出来たの?」
「うん、上手くいったみたい」
杖を見つめてマティアスは言った。
「すごい! 魔力の流れって、どうやって分かるの?」
「僕の場合は、体の中を水が流れている感じがしたんだ。だからその水を手に流すようにイメージしたら出来たんだ」
「水……水分? それとも……血液?」
リリヤは目を閉じると、じっと心のあたりに集中した。
(――あ、鼓動を感じる)
心臓の動く気配と、そこからじわっと温かなものが生まれてくるような気配。
(これが魔力かな)
あふれだした温かいものを、血液が流れるように心臓から腕に流れていくようにイメージすると、本当に手も温かくなったように感じる。
(もうちょっと早く、多く……)
ギュッと手を握ると、ふいに強く引っ張られるような感覚と、はっきりとした熱を感じた。
「あっ」
思わず声を上げると同時に杖が真っ白く光り、乾いた音が響いた。
「姉上!」
マティアスが駆け寄った。
周囲からざわめきが起きる。
「大丈夫⁉︎」
「……割れちゃった……」
リリヤの杖は、裂けるように縦に二つに割れていた。
(え、何で……)
「ほぅ。さすがの魔力量だ」
聞こえた声に顔を上げると、ルスコ教授がこちらに歩み寄ってきた。
「一度に大量の魔力が流れたから杖が耐えきれなかったのだ」
「……そうなんですか。割ってしまってすみません」
「気にすることはない。滅多にないことだが、使用者の魔力に耐えきれず杖が割れることはある。強い杖を使えば問題ないが、魔力量を調節するのも大事だ。その杖が壊れない程度の力を流す練習をすると良い」
「……はい」
リリヤは頷いた。
「君も随分と青い杖に染まったな」
マティアスの杖に教授は視線を送った。
「初めてでそこまで色を変えられるのは珍しい。君たちは姉弟揃って優れた魔力を持っているな」
「ありがとうございます」
教授の言葉にリリヤとマティアスは揃って頭を下げた。




