07
中に入ると人々が談笑する賑やかな声が聞こえてきた。
大広間ほどではないが個人のダンスパーティが開けそうな大きさの室内には、二十人ほどの男女が談笑している。
「これは王太子殿下!」
ラウリに気づいた男性が歩み寄ってきた。
「このような場においでになるとは珍しい」
「来年は学園も卒業だからな。王宮以外の社交場へ行くことも増やさないとならないのだ」
「王太子殿下も大人の仲間入りでございますな」
ラウリが挨拶を交わすのを眺めていたリリヤは、すぐそばに不快な気配が近づいたのに気づいた。
「まあ。そんな貧相なブローチなどつけて。まだ田舎臭さが抜けていませんのね」
そこに立っていたのは、以前宰相家の夜会でアマンダやリリヤに絡んできた、ユーリア・コイヴィスト公爵令嬢だった。
(え……)
昼に着るには相応しくない、露出が多い赤いドレスの、その大きく開いた首元にリリヤは釘付けになった。
ペンダントのトップ部分、金の装飾で囲まれたその中にあるのは確かに精霊の石だった。
これまで見た石よりも小さいものだが、その中からは精霊の気配を感じる。
(何で……黒い影が)
精霊の石の周りに、嫌な気配のある黒い影がまとわりついているのが見えた。
「そのペンダント……」
「ふふ、これはどんな宝石よりも希少なんですの。あなたのような卑しい者には手に入れることができませんわ」
胸元に手を当てると勝ち誇った顔でユーリアは言った。
「リリヤ、あの石は」
ラウリが耳元で囁いた。
「はい……苦しそうです」
「苦しい?」
「黒い、影が見えるんです。石を覆っていて……」
「あら。魔力なしの殿下ではありませんの」
ラウリに気づいたユーリアはふっと口元に笑みを浮かべた。
「私なら魔力を無くした身体で外出なんで恥ずかしくて出来ませんけれど、王太子殿下は流石ですわね」
ユーリアの言葉に周囲がざわめいた。
「王太子殿下に面と向かって何ということを……」
「いくら公爵令嬢とはいえ……」
「ユーリア・コイヴィスト嬢。言葉が過ぎるようですね」
不快な色を浮かべたヘンリクが口を開いた。
「あら。事実を述べただけですわ」
悪びれる様子もなくユーリアは答えた。
「あなたは不敬という言葉を知らないようだ」
「魔力を持たない王族など、敬う価値がありませんもの」
「何ということを……」
ざわめきが大きくなる。
(え、この人……何なの)
「どうしてそんな酷いこと……」
思わず呟いたリリヤをユーリアが睨みつけた。
「人間の価値は血筋と魔力で決まりますのよ」
カツン、と靴の音を立ててユーリアはリリヤへ歩み寄った。
「それなのに! 魔力が少し多いだけの田舎娘にこの私が侮辱されるなんて、許せないわ」
ペンダントに絡みつく黒い影がゆらりとうねった。
「魔力も高く美しさと地位を持つ、この私を!」
(えっ影が濃く……増えた!?)
「おいっなんだあの黒いもやは!」
周囲の人々が騒ぎ出した。
「どういうことだ」
ラウリが眉をひそめた。
「黒い影が大きくなって……」
「私にも見えます」
ヘンリクが言った。
「――私には見えないが」
「おそらく……魔力を持つ者に見えるのかと」
『タスケテ……』
リリヤの脳内に声が響いた。
「え?」
『クロイ……チカラ……吸ワレル……クルシイ……』
「リリヤ、どうした」
「……精霊の声が……黒い影に力が吸われるって……」
「何だと」
「あの黒い影……離宮の泉で見た、殿下を覆っていた黒い霧に似ています」
「――まさか、〝呪い〟か!?」
ラウリは目を見開いた。
石を覆う金飾りが呪いとなっているのだろうか。
(でも、どうしてそんなことを……)
精霊の力を吸うとは、どういうことだろう。
「私は強い力を手に入れましたの」
パチン、と手にしていた扇を鳴らしたユーリアの顔は「異質」だった。
その目線はリリヤを捉えながらもどこか焦点が合わず、ひどく見開いている。
口元は歪み、優雅さとはほど遠い笑みを浮かべていた。
「王国一の魔力持ちは私ですわ!」
胸元の影が霧状に広がるとユーリアの身体を包み込んだ。
「私を侮辱した小娘は消えておしまい!」
「リリヤ!」
ラウリがリリヤを抱き寄せた。
二人に向かって黒い霧が襲いかかる。
『タス……!』
リリヤの頭の中に苦しげな悲鳴が響いた。
「ダメ!」
リリヤの身体から白い光が放たれた。
光は黒い霧をかき消すと、そのままユーリアへ向かっていく。
「ギャアッ」
白い光に包まれた中から絶叫が響き渡った。
光が消えると、意識を失い横たわるユーリアの姿が現れた。
「……一体何だったのだ……」
「ヘンリク殿、これは一体……」
見守っていた人々が恐る恐る近づく。
「今の黒い霧はおそらく〝呪い〟によるものです」
「呪い!?」
「何と……」
「ユーリア・コイヴィスト嬢が呪いにかかっていたのか、彼女がかけたのかは分かりませんが……」
ヘンリクはユーリアの傍に膝をついた。
「このペンダントが媒体となったのは確かなようです」
そこにはチェーンが黒く焦げたペンダントが落ちていた。
「ユーリア!」
一人の男性がユーリアへと駆け寄ってきた。
「何事だ!」
「コイヴィスト公爵。そなたの娘は呪いでリリヤを害そうとした」
ラウリの言葉に、公爵は驚いて顔を上げた。
「何と、まさか……」
「そのペンダントに見覚えはあるか」
「これは……贈り物と聞きました」
ペンダントを見て公爵は答えた。
「贈り物? 誰からだ」
「それは分かりませんが、魔力を増幅させる効果があるのだと。そんな石があるなど聞いたことがありませんので偽物だろうと言ったのですが……娘は本物だと」
公爵は深くため息をついた。
「そのペンダントもドレスも昼に付けるものではないと諌めたのですが、どうしても品評会で自慢するのだと……」
「贈り主を調べろ」
ヘンリクに命じると、ラウリは公爵に向いた。
「娘の身柄はこちらで預かる。良いな」
「は。――誠に申し訳ございませんでした」
公爵は深々と頭を下げた。
*****
「公爵はまともな方なんですね」
帰りの馬車の中でリリヤは言った。
あんな娘なのだから親も傲慢なのかと思っていたが、公爵はリリヤに対しても何度も謝罪していた。
「ああ、コイヴィスト公爵は忠誠心も高い。娘には甘い所があるようだが」
ラウリは懐からペンダントについていた精霊の石を取り出した。
「中の様子は分かるか」
リリヤは石を手に取ると、両手で包み込んだ。
ひんやりとしたその中からは何も気配も感じない。
(お願い……応えて)
祈りながら魔力を注いだ。
『――だれ……?』
かすかな声が聞こえた。
(良かった! 聞こえるのね)
『にんげん……?』
(そうよ、私はリリヤ。あなたは力を吸われていたの?)
『力……そうよ。もう少しで目覚めたのに。黒い影が奪ったの』
か細い声は震えていた。
『苦しくて、寒くて……』
「怖かったね。もう大丈夫よ」
リリヤはそっと石を握りしめた。
『あなたの魔力……気持ちいい』
「安全な所に置いてもらえるようお願いするから、安心してね」
『ありがと……』
眠りについたのか、ゆっくりと精霊の気配が消えていった。
「何か分かったのか」
ラウリが尋ねた。
「この子はもう少しで目覚めそうだったところを、黒い影に力を奪われたそうです」
石を撫でながらリリヤは答えた。
「精霊の力を奪うのも呪いなのでしょうか」
「そうだな、害をなす魔術は全て呪いだ」
「酷いです。誰がこんなこと……」
リリヤは石を握りしめた。
少しでも癒されるよう魔力を注ぐ。
「必ず犯人を見つける。約束しよう」
ぽんと大きな手がリリヤの頭を撫でた。




