06
「王太子殿下、アウッティ侯爵令嬢。本日はようこそお越しくださいました」
二人が会場に入ると、宝石品評会の主催者が笑顔で出迎えた。
「王太子殿下にお越し頂けるとは光栄でございます」
「希少な石もあると聞いたからな」
答えてラウリはリリヤを見た。
「婚約祝いに使えるものがあれば良いと思って来た」
「さようでございますか! 今案内をお付けいたしますので……」
「勝手に回るから良い。必要ならば案内を頼む」
主催者の言葉を遮ると、リリヤの手を取ってラウリは歩き出した。
「あるでしょうか」
「まあ、加工できるものではないから期待はしていないが」
ラウリはリリヤを見た。
「こういう場に来る機会などないからな。普通の婚約者のような事ができるのは楽しみだ」
「……はい」
まだ婚約していないけど、という言葉を飲み込んでリリヤもラウリを見て微笑んだ。
リリヤの家に宝石品評会の招待状が届いた。
国内外から集まった商会自慢の逸品が集まる展示販売会で、希少なものはオークションに出されるという。
もしかしたら精霊の石もあるかもしれないと、ラウリと共にやってきたのだ。
探し求めている泉の精の石は大聖堂にあると推測しているが、別にあってここに出てくる可能性もある。
精霊の石は加工が出来ないが、その複雑で美しい色合いはコレクションとして所有を望む好事家もいるからだ。
会場となった大広間には、いくつものテーブルや棚が並べられていた。
大きな原石から複雑にカットされたルース、それらを組み合わせた装飾品など多彩な品物が並べられている。
それを眺める者、説明を受ける者、商談する者など多くの人々で賑わっていた。
「まあ……ご覧になって。王太子殿下ですわ」
「このような場所に来られるとは珍しい」
「一緒にいるのはアウッティ侯爵令嬢ですわね」
「夜会の時も仲がよろしかったですし……やはり婚約なさるのかしら」
歩いていると、周囲から噂話が聞こえる。
今回の目的はもう一つある。
こうして二人で外へ出かけるのだと周知させることで、感謝祭へ一緒に行く時に違和感を感じさせないためだ。
(一緒にお出かけって、デートみたい)
「リリヤはどんな石が好みなのだ?」
ぼんやりと思っているとラウリの声が聞こえた。
「え? ええと……」
宝石のことは、リリヤにはよく分からない。
知識を持つことは貴族にとって必要だからと学んではいるが、まだ見分けはつかない。
リリヤはラウリの顔を見上げた。
「……青い石がいいなと思います」
自分を見つめる青い瞳を見返してリリヤは答えた。
「そうか。では青い石を探そう」
ラウリはふっと笑みを浮かべた。
「まあ。王太子殿下が笑いましたわ!」
「あんなお優しい顔をなさるなんて……」
「やはりアウッティ侯爵令嬢は特別なんですのね」
(特別……)
聞こえていた声に心がむずむずしているリリヤの視界の端に、ふと入って来たものがあった。
「かわいい……これは絵?」
目に留まったそれは、白いカボション型のブローチで、表面には青い小花が描かれている。
「こちらは陶器に絵付けしたものでございます」
近くにいた商人が説明した。
「普段は食器を使っている工房の職人が、その技術でアクセサリーを作れないかと試みた新商品になります」
「確かにあまり見た事がないな」
リリヤが手にしたブローチをラウリが覗き込んだ。
「は。こちらは昼のドレスに合わせられるよう作りました。お嬢様の本日の装いにもお似合いかと存じます」
「そうか。付けてみよう」
ラウリはブローチを取るとリリヤの首元へとその手を伸ばした。
(うわあ、顔が近いっ)
すぐ目の前にはピンを留めようとする真剣な顔。
直接服に触れてはいないけれど、ラウリの指先の気配が伝わる。
早くなった鼓動を聞かれていないか不安になっているとラウリが離れた。
「うむ、似合っている」
白とクリーム色のストライプ柄のデイドレスに、ブローチの青がいいアクセントになっていた。
「……ありがとうございます」
「これを貰おう。ヘンリク」
後ろに控えていたヘンリクに購入の指示を出すと、ラウリはリリヤの手を取った。
「他も見てみるか」
(手を繋いで買い物なんて……本当にデートみたい)
向こうの世界ではデートなどしたことなかったけれど。
ドラマや漫画で見たシーンのようだとリリヤは思った。
一通り大広間を見回ると、先ほどの主催者がやってきた。
「王太子殿下。別の部屋にはオークションの出品物を展示してございます。よろしかったらそちらもご覧ください」
「ああ、行ってみよう」
リリヤたちは外へ出ると、長い廊下を歩き階段を上がった。
(あれ?)
二階に来た瞬間、リリヤは違和感を感じた。
「どうした」
ぴくりと震えたリリヤにラウリが小声で尋ねた。
「……なんだか嫌な感じが」
「嫌な感じ?」
不快な空気が身体にまとわりついてくる。
(これは……苦しみ? 誰の……)
扉の前でリリヤの足が止まった。
「――この中から……」
扉は開いていたが、中の様子までは見えない。
「この部屋は何だ」
ラウリは主催者に尋ねた。
「は、休憩室でございます」
「少し休んでもいいか。歩き疲れたようだ」
暗い表情のリリヤに視線を送ってラウリは言った。
「はっこれは気付きませんで……。どうぞごゆっくりお休み下さい」
「大丈夫かリリヤ」
「……精霊の気配がします」
リリヤの肩を抱いたラウリにそっと囁く。
「精霊の?」
「はい……とても苦しそうです」
「入ってみよう」
「私が先に」
ヘンリクの先導でリリヤたちは部屋の中へと入った。




