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異世界育ちの侯爵令嬢と呪いをかけられた完璧王子  作者: 冬野月子
第3章

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02

 この国は一神教だ。

 貴族平民問わず、五歳の時に洗礼を受けて信徒になる。

 だから二歳で異世界に飛ばされたリリヤは洗礼を受けていないし、戻ってきてからもまだ教会へは行っていない。


「君は向こうの世界では洗礼を受けたのか?」

 教会へ向かう馬車の中で、向かいに座るラウリが尋ねた。

 洗礼を受けるよう教会から知らせが届いたことを伝えると、自分も同行すると言ったのだ。


「いいえ。私がいたところはいくつも宗教があって、どれを信仰するか自由だったのですが、特定の宗教には入りませんでした」

「自由?」

「はい。何も信仰しない自由もあります」


 信仰が何なのか、リリヤにはよく分からない。

 けれど神社やお寺に行けば神妙な気持ちになって手を合わせるし、神様は大切にしなければと思っている。

 そのくらいの宗教観だ。


「そうか、不思議な世界だな」

「洗礼というのはしなければならない決まりなのですか」

「いや、特に法律はないが、慣例として皆受けている」

「最近は受けない人も多いと母が言っていました」


「ああ。教会の影響力が低下している証だ」

 ラウリは息を吐いた。

「その上未来の王太子妃が洗礼を受けていないなどとなれば更に低下する可能性がある。彼らはそれを避けたいのだろう」

「……どうして影響力が低下したのですか」


「十五年前だったか。権力争いによる内部抗争が起きた。当時の大司祭が追放されるなど大騒ぎだったそうだ」

「十五年前……」

「その内部抗争は、君への呪いも関係あると思っている」

 リリヤを見つめてラウリは言った。


「君に洗礼を受けさせるのが一番の目的だが、他にも理由があるかもしれない。だから私も同行する。婚約者は君だとはっきり示せば彼らもそう手は出せないだろう」

「……はい」

「今日は精霊探しはしなくていいからな、決して無理はするな」

「――はい」

 リリヤは頷いた。


(良かった、ちゃんと話せてる)

 王宮の庭園で告白らしき事を言われて以来、ラウリと顔を合わせるのはこれが初めてだ。

 どんな顔で会えばいいのか分からなかったけれど、ラウリは今までと変わらない態度で接してきた。


(変わらないのは助かるけど……私だけ意識してるのかな)

 心の奥がもやっとするのを感じながら、リリヤはわずかにカーテンを開くと窓の外へ視線を送った。


(この景色も見慣れてきたな……)

 リリヤが十五年間暮らした、山々と田んぼに囲まれた田舎町とは似つかない、建物の立ち並び大勢の人々が行き交う賑やかな王都。

 戻ってきた当初は、壁に囲まれたこの街に落ち着かなかったけれど、今はすっかり見慣れたものだ。

 最初は不思議だった魔力や魔術も、今は当たり前のものとしてリリヤも使っている。


『リンちゃんはもう、遠い世界の人なんだね』

 夢の中で聞いた友人の言葉を思い出す。


(私は……もう、この世界の人間なのかな)

 窓の外を見つめながら、少し寂しい気持ちと共にリリヤは思った。


  *****


 リリヤたちが到着したのは「大聖堂」と呼ばれる建物だ。

 王都には幾つかの「教会堂」と呼ばれる教会施設がある。

 それらを束ねる総本山がこの大聖堂だ。


「わあ……綺麗ですね」

 馬車から降りるとリリヤは大聖堂を見上げた。

 白い石を積み上げて作られた建物は、豪華絢爛な王宮とはまた違う厳かな雰囲気だ。


「ようこそお越しくださいました」

 白いローブに身を包んだ三人の男性がやってきた。

 中央の男性は、肩にかけられた細長い布の色を見るに司祭だろう。


「王太子殿下までいらっしゃるとは、恐縮でございます」

「妃となる者の洗礼に立ち会えるなど、貴重な機会だからな」

 リリヤの肩を抱き寄せるとラウリは言った。

(わ……)

 何度も触れられているはずなのに。

 ラウリの感触と体温にリリヤの顔が赤くなる。


「これは、仲がよろしいことですな。まずは控えの間でご休息を」

 リリヤたちの様子に司祭は微笑んだ。

 別の馬車で来たヘンリクやリリヤの家族と合流すると、一同は案内されながら大聖堂の中へ入った。



「お待ちしておりました」

 控えの間には、年配の男性が座っていた。


「大司祭自ら挨拶に来るとは珍しいな」

 ラウリが言った。

「アウッティ侯爵家には迷惑をかけてしまいましたから。お詫びをせねばと気にかけておりました」

 大司祭は立ち上がると、リリヤの父親の前へと歩んだ。


「侯爵。息女への呪いに教会の者が関わっていた件、申し訳なかった」

「――大司祭自ら謝罪いただくとは。ありがとうございます」

 頭を深く下げた大司祭に、父親もまた頭を下げた。


「息女がいなくなり、家族はさぞ心配であっただろう」

「確かにこの十五年間、一度も娘のことを忘れたことはありませんでした」

 父親はリリヤへと視線を送った。

「こうして健やかに育ち、無事戻ってきてほっとしています」


「そうか。リリヤ嬢は孤児院にいたと聞く。苦労も多かったであろう」

「――はい。でも、楽しいこともたくさんありました」

 大司祭に尋ねられてリリヤは答えた。

「向こうで出会った人たちや出来事は……いい思い出です」

 二度と会うことはないけれど。

 辛いことや楽しいことを共有してきた施設の仲間や先生たち、そして学校での友人たち。

 彼らのことは忘れたくないし、忘れないだろう。


「そうか。それならば良かった」

 大司祭は安堵したように頬を緩めて頷いた。


「リリヤ・アウッティ様。お着替えのご用意をお願いいたします」

 神官が二人、部屋に入ってきた。

「侯爵夫人もご一緒なさいますか」

「そうね。行きましょうリリヤ」

「はい」

 母親に促され、リリヤは部屋から出ていった。



「――ところで大司祭」

 リリヤたちの足跡が聞こえなくなるとラウリが口を開いた。


「私とリリヤへの呪いに関与した容疑者のことだが」

 氷のように冷たい瞳が大司祭を見た。

「あんな内容でこちらが納得するとでも?」

「……申し訳ございません」

 相手を射抜くような、鋭い光を放つ瞳と静かながら怒りの滲む声に、大司祭は深々と頭を下げた。


 教会からの報告書には、キースキネン侯爵に協力した二人の司祭が呪いに関与したとある。

 王宮側はその二人を受け渡すよう要求していたが、教会は二人は自ら服毒し死亡したため不可能だと返答した。


「この件に関しては……不徳の致すところで……」

「証拠隠滅を図ったと、私は認識しているが」

 ラウリは謝罪の言葉をさえぎった。


「そのようなことは……!」

「では何故二人は死んだ」

 キースキネン侯爵への取調べで、その二人と接触していたことは分かっている。

 けれど二人の後ろに付いていた者に関しては侯爵も把握していなかった。


(対して立場も高くない司祭二人だけで高度な呪術を行えるはずもない)

 バックにもっと大物がついているはずだ。

 その調査をする前に二人が死んだとあれば、証拠隠滅ととらえられても仕方がない。


「本当に……申し訳ございません。私の力不足でございます」

 大司祭は深々と頭を下げた。


 五年前に就任したこの大司祭は地方の教会出身で、長きに渡る内部抗争で争っていた派閥とは関係のない人物だと聞いている。

(確かに力不足だな)

 派閥とは縁がない人間だから、組織を束ねるだけの権力にも乏しい。

 その点は苦労しているであろうことが、彼の顔に深く刻まれた皺からも推察できる。


「今後はこちらの調査に協力するよう努めてくれ」

「かしこまりました」

 大司祭はもう一度深く頭を下げた。

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