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「最近、リリヤさんは実技の授業に出ていないと聞きましたわ」
久しぶりに誘われたお茶の席でアマンダが言った。
「あ……ええと。内容が難しくなってきたので、私だけ別でルスコ教授から直接教わっているんです」
リリヤはあらかじめ用意しておいた内容を答えた。
「私は魔力が多すぎるので、上手く調節できずに他の人に危険が及ぶかもしれないので……」
「まあ、そうでしたの。じゃあ噂は嘘なのかしら」
「噂?」
「お妃教育を受けているのではないかって噂が立っているのよ」
「お妃教育?」
リリヤは目を丸くした。
「え……何でそんな噂が」
「もう王太子妃はリリヤさんで決まりで、お妃教育も始まっているから実技の授業に出るひまなんてないのではという推測ですわ」
「そんなことは……というか、お妃教育って何ですか?」
「王妃になるための心構えや知識、作法を学びますの。立ち振る舞いはもちろん、外交や政治も知らないとなりませんし。数年かかるそうですわ」
「ええ……そんなに!」
リリヤは思わず声を上げた。
(妃になるって……大変なんだ)
王太子の婚約者になるだろうとは、当人のラウリも含めて周囲から言われていたし、それが自分の役目ならばと受け入れていたけれど。
お妃になるためにしなければならないことなんて、貴族の名前を覚えることと、ダンスを完璧に踊るようになることくらいしか考えていなかった。
「私……お妃なんてなれないかも」
この世界のことをほとんど知らないリリヤが、これから政治のことなど学んでもいつまでかかるか、分からない。
「あら。リリヤさんなら大丈夫ですわ」
不安な顔のリリヤにアマンダは微笑んだ。
「立ち振る舞いは自然に身につくものですし、知識も周りが補ってくれますもの。何より王太子殿下に愛されているというのは一番の強みですわ」
「あ、愛……!?」
リリヤは思わず叫んだ。
「いや、そういうのでは……」
「あら、だって王太子殿下が笑顔を向けるのなんてリリヤさんだけですもの。夜会の時も二回続けて踊ったり、キスしたりしていましたわよね」
「あ、あれは……」
「あれが愛ではなくて、何ですの?」
アマンダはじと目でリリヤを見つめた。
(愛……殿下が? 私を?)
自分に好意があるとは、思うけれど。
それを「愛」とまで言ってしまっていいのだろうか。
「夜会の時のことは……周囲に見せつけるためだと……」
「ですからそれが、愛なのでしょう? お父様が言っていましたわ、王太子殿下は夜会の時、リリヤさんのために色々と手配をしていたと」
それは、ドレスを用意したり曲を指定したりしたことだろうか。
「王太子殿下が他人のために気を配るなんて初めてだとお父様も驚いていましたわ。本当に、リリヤさんは殿下に愛されていますのね」
アマンダは微笑んだ。
「それで、リリヤさんは王太子殿下のことをどう思っていますの?」
「え?」
「こういうのって、お互いの気持ちが大事でしょう?」
「私、は……」
アマンダの言葉に、リリヤは視線を泳がせた。
「――殿下は……綺麗で、優しい人だなと思います」
「まあ。優しいと言えるのはリリヤさんだけですわ。それで?」
「え、それで……って」
「王太子殿下のことは、お慕いされていらっしゃいますの?」
「お慕い……」
(それって、恋愛的な意味で好きかってことだよね?)
「――正直、よく分かりません」
リリヤは答えた。
自分もラウリに対して好意はあると思うけれど、それが「好き」というものなのか分からないのだ。
「まあ。そうなんですの?」
「どういう気持ちが『好き』なのか、よく分からなくて。アマンダ様は、お慕いする方がいらっしゃるのですか?」
「数年前までいましたわ」
アマンダは言った。
「でもその方は、別の方との婚約が決まりましたの」
「……そうだったんですか」
「貴族の結婚は親が決めるものですけれど。誰かを好きになる気持ちは自分で決めるものですわ」
視線を逸らせてそう言うと、アマンダはリリヤを見た。
「結婚する方とお互い好きになれれば幸せだと思っていますわ」
「そうですね」
「リリヤさんはお相手から愛されているのですから、あとはリリヤさんの気持ち次第ですわね」
笑顔だったアマンダは、ふと真顔になった。
「ところで、夜会の時のことですけれど」
「……はい」
「以前、我が家の夜会で絡んできたユーリア・コイヴィスト公爵令嬢がいたでしょう」
「――ああ、はい。殿下との婚約を拒否した」
リリヤを田舎者と言い、ラウリへの悪態もついていた目つきのキツい少女を思い出した。
「あの人。王宮の夜会でもリリヤさんを睨んでいましたわ」
「そうだったんですか?」
「あの時のやりとりはかなり噂になっていましたもの。元々良くなかったユーリア嬢の評判もさらに悪くなったようですし、それを恨んでいる可能性もありますわ。お気をつけくださいね」
笑みを消した顔でアマンダはそう言った。
*****
(愛かあ。……本当かな)
ハルヴォニ侯爵家から帰る馬車の中でリリヤは考えた。
(でもまだ知り合って半年も経ってないし……そんなの、分からないよね)
初対面の印象はあまりよくなかったはずだし、好かれるようなこともしていない。
(結婚するのなら、お互い愛情があった方がいいけれど……気持ちなんて変わることもあるしなあ)
施設で育ち、不幸な家庭環境の結果孤児となった子供たちを見てきたからだろうか。
リリヤはそこまで愛といったものを信じることができない。
(まあ、愛かは分からないけど殿下は私に気を遣ってくれているんだから、私も……)
「え?」
ふと、リリヤは誰かに呼ばれたような気がした。
「声が……違う、頭の中?」
その声のようなものは、頭の中に直接響くようだった。
(これって……あの風の精霊の時みたいな……)
もしかして、どこかに精霊がいるのだろうか。
声の主を探そうと、リリヤは馬車のカーテンを開けた。
「どこから……?」
街並みを見回す。
公園だろうか、木々に囲まれた間から見える、白い塔に視線が止まる。
その時、また頭の中で声のような音が聞こえた。
「……助けて欲しいの?」
塔を見つめながらリリヤは呟いた。




