01
「コイヴィスト公爵の娘とやり合ったそうだな」
離宮へ向かう日。
馬車が動きだすと、向かいに座ったラウリが言った。
「やり合う?」
「宰相家の夜会で会ったのだろう」
「ああ。……やり合った訳では」
リリヤは首をひねった。
不快になるようなことを言われたので少し言い返しただけだ。
「社交界で噂が広まっていると聞いた」
ラウリは隣のヘンリクを見た。
「はい。田舎者と呼ばれたことを逆手に取り相手をやり込めた、機転の利く令嬢だと評判です」
ヘンリクが答えた。
「……そうですか」
(殿下の所まで届いていたんだ)
リリヤは内心ため息をついた。
ユーリアとのやり取りは、周囲の人々に聞かれていたらしい。
夜会後に参加したいくつかのお茶会で、皆にその時のことを話題にされた。
あまり噂話のネタにされるのは嬉しくないが、ユーリアは元々性格の悪さが好まれていなかったようで、皆リリヤに好意的だったのが幸いだった。
「田舎者なのは本当ですから」
「貴族は多くが田舎者だ」
ラウリは言った。
「コイヴィスト公爵領とて多くが田園地帯で、街も王都に比べればずっと小さい」
「そうなんですね」
「――それから、私のことを優しいと言ったそうだな」
リリヤを見据えてラウリは言った。
「あ……はい」
「私は優しくなどないし、一度も優しいと言われたこともないが」
「そうなんですか?」
リリヤは首を傾げた。
「初めてお会いした時は意地悪な人だと思いましたけど。実は優しい人なんだというのが分かってきましたので」
「……そうか」
(意地悪は余計だったかな)
微妙な表情のラウリにリリヤが少し反省していると、馬車が止まる気配を感じた。
(何だろう?)
「王都の外に出る手続きをしています」
カーテンが閉まっているので外の様子が伺えず、疑問に思っているリリヤにヘンリクが言った。
王都の周囲は壁で囲まれているため、出入りする時にチェックされるというのは聞いたことがある。
「街が壁で囲まれているのって、面白いですね」
「君がいた所はないのか」
ラウリが尋ねた。
「ありませんね……。お城の周りは壁やお堀がありますけれど」
大きな街を丸ごと壁で囲うなんて、海外にはあるのかもしれないけれど日本ではなかったと思う。
「昔は戦争が多かったからな、その時の名残だ」
「戦争……魔術が制限されるようになったきっかけの?」
「ああ。壁に防御魔術を施し敵の侵入に備えていたんだ」
「そうなんですか……」
馬車が動き出した。
「カーテンを開けていいぞ」
「はい!」
今回の離宮へは非公式のため、お忍びで行く。
だから王太子が乗っていると知られないため、王都内ではカーテンを閉めていたのだ。
窓の向こうには黄金色に染まった畑が広がっていた。
「綺麗……あれは、何を育てているんですか?」
(お米じゃないよね……まだ早いし)
「麦だ。王都で食す小麦の多くはこの辺りで育てている」
「今が収穫時期なんですか?」
よく見ると人々が刈り取っている姿もある。
「そうだな。珍しいか?」
「麦畑は。お米の田んぼはいつも見ていましたけど」
「オコメ?」
「私がいた国の主食です。麦みたいに粉にすることもありますが、基本は表面を削ってから炊いて食べるんです」
(田んぼじゃないけど……懐かしいな)
遠くには山々が見える。
その山の麓の方まで畑が広がっていた。
畑の間には家々が並ぶその光景は、リリヤが暮らしていた町にも似ていて、胸の奥が少し苦しくなる。
「お米は秋が収穫時期で……夏は青々としていたのが秋になると、こんな風に黄金色になって。収穫が終わると冬支度が始まって、雪に備えるんです」
窓の向こうを見つめてリリヤは独り言のように言った。
「雪が降るのか」
「はい、たくさん積もるんです。雪かきも外を歩くのもとても大変だったけれど……雪は好きです」
痛いほどの太陽に照らされた、青々とした夏の景色と、グレーの空に覆われた真っ白な冬景色と。
極端だけれど、どちらも好きな景色だった。
「この辺りも冬になれば雪は降るぞ」
「そうなんですか?」
リリヤはラウリを振り返った。
「ああ。王都の中は風魔術を使って雪が積もらないようにするが、壁の外に出れば雪景色が広がる」
「へえ……楽しみです。雪を積らせないなんてすごいですね」
そんな魔術が向こうにもあったら、少しは雪国暮らしが楽になっただろうか。
「これから向かう離宮も、雪景色が見事で冬も楽しめる」
「いいですね」
(離宮……どんな所なんだろう)
改めてリリヤは楽しみになった。
*****
途中昼食を取り、山道へと入っていく。
離宮に着いたのは日も暮れる頃だった。
「馬車の移動でお疲れでしょう。夕食前に温泉でお寛ぎ下さい」
出迎えた離宮の管理人が言った。
「温泉があるんですか!」
リリヤは目を輝かせた。
「はい、山からいいお湯が湧き出ます」
「楽しみです!」
「それではリリヤ、また夕食時に」
「はい」
ラウリたちへ頭を下げると、リリヤは侍女たちに伴われて部屋へと向かった。
「――やはりまだ向こうの世界が恋しいのだろうか」
リリヤの後ろ姿を見送りながらラウリは呟いた。
馬車の中から麦畑を眺めながら、けれどリリヤはもっと遠いところを見つめているように思えた。
「仕方ありません。十五年間暮らしていたのですから」
「十五年か……長いな」
「はい。――確かに殿下はお優しいですね」
小さくため息をついたラウリにヘンリクは言った。
「私が優しい?」
「正確には『リリヤ嬢には優しい』ですね」
ラウリが誰かを気にかける様子など、それまで見たことがなかった。
けれどリリヤだけはこうして気にかけている。
「……そうかもしれないな」
「はい」
否定しないラウリにヘンリクは頷いた。




