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異世界育ちの侯爵令嬢と呪いをかけられた完璧王子  作者: 冬野月子
第2章

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16/19

01

「コイヴィスト公爵の娘とやり合ったそうだな」

 離宮へ向かう日。

 馬車が動きだすと、向かいに座ったラウリが言った。


「やり合う?」

「宰相家の夜会で会ったのだろう」

「ああ。……やり合った訳では」

 リリヤは首をひねった。

 不快になるようなことを言われたので少し言い返しただけだ。

「社交界で噂が広まっていると聞いた」

 ラウリは隣のヘンリクを見た。


「はい。田舎者と呼ばれたことを逆手に取り相手をやり込めた、機転の利く令嬢だと評判です」

 ヘンリクが答えた。

「……そうですか」

(殿下の所まで届いていたんだ)

 リリヤは内心ため息をついた。


 ユーリアとのやり取りは、周囲の人々に聞かれていたらしい。

 夜会後に参加したいくつかのお茶会で、皆にその時のことを話題にされた。

 あまり噂話のネタにされるのは嬉しくないが、ユーリアは元々性格の悪さが好まれていなかったようで、皆リリヤに好意的だったのが幸いだった。


「田舎者なのは本当ですから」

「貴族は多くが田舎者だ」

 ラウリは言った。

「コイヴィスト公爵領とて多くが田園地帯で、街も王都に比べればずっと小さい」

「そうなんですね」

「――それから、私のことを優しいと言ったそうだな」

 リリヤを見据えてラウリは言った。


「あ……はい」

「私は優しくなどないし、一度も優しいと言われたこともないが」

「そうなんですか?」

 リリヤは首を傾げた。

「初めてお会いした時は意地悪な人だと思いましたけど。実は優しい人なんだというのが分かってきましたので」


「……そうか」

(意地悪は余計だったかな)

 微妙な表情のラウリにリリヤが少し反省していると、馬車が止まる気配を感じた。


(何だろう?)

「王都の外に出る手続きをしています」

 カーテンが閉まっているので外の様子が伺えず、疑問に思っているリリヤにヘンリクが言った。

 王都の周囲は壁で囲まれているため、出入りする時にチェックされるというのは聞いたことがある。


「街が壁で囲まれているのって、面白いですね」

「君がいた所はないのか」

 ラウリが尋ねた。

「ありませんね……。お城の周りは壁やお堀がありますけれど」

 大きな街を丸ごと壁で囲うなんて、海外にはあるのかもしれないけれど日本ではなかったと思う。


「昔は戦争が多かったからな、その時の名残だ」

「戦争……魔術が制限されるようになったきっかけの?」

「ああ。壁に防御魔術を施し敵の侵入に備えていたんだ」

「そうなんですか……」


 馬車が動き出した。

「カーテンを開けていいぞ」

「はい!」

 今回の離宮へは非公式のため、お忍びで行く。

 だから王太子が乗っていると知られないため、王都内ではカーテンを閉めていたのだ。


 窓の向こうには黄金色に染まった畑が広がっていた。

「綺麗……あれは、何を育てているんですか?」

(お米じゃないよね……まだ早いし)

「麦だ。王都で食す小麦の多くはこの辺りで育てている」

「今が収穫時期なんですか?」

 よく見ると人々が刈り取っている姿もある。


「そうだな。珍しいか?」

「麦畑は。お米の田んぼはいつも見ていましたけど」

「オコメ?」

「私がいた国の主食です。麦みたいに粉にすることもありますが、基本は表面を削ってから炊いて食べるんです」

(田んぼじゃないけど……懐かしいな)

 遠くには山々が見える。

 その山の麓の方まで畑が広がっていた。

 畑の間には家々が並ぶその光景は、リリヤが暮らしていた町にも似ていて、胸の奥が少し苦しくなる。


「お米は秋が収穫時期で……夏は青々としていたのが秋になると、こんな風に黄金色になって。収穫が終わると冬支度が始まって、雪に備えるんです」

 窓の向こうを見つめてリリヤは独り言のように言った。


「雪が降るのか」

「はい、たくさん積もるんです。雪かきも外を歩くのもとても大変だったけれど……雪は好きです」

 痛いほどの太陽に照らされた、青々とした夏の景色と、グレーの空に覆われた真っ白な冬景色と。

 極端だけれど、どちらも好きな景色だった。


「この辺りも冬になれば雪は降るぞ」

「そうなんですか?」

 リリヤはラウリを振り返った。

「ああ。王都の中は風魔術を使って雪が積もらないようにするが、壁の外に出れば雪景色が広がる」

「へえ……楽しみです。雪を積らせないなんてすごいですね」

 そんな魔術が向こうにもあったら、少しは雪国暮らしが楽になっただろうか。


「これから向かう離宮も、雪景色が見事で冬も楽しめる」

「いいですね」

(離宮……どんな所なんだろう)

 改めてリリヤは楽しみになった。


  *****


 途中昼食を取り、山道へと入っていく。

 離宮に着いたのは日も暮れる頃だった。

「馬車の移動でお疲れでしょう。夕食前に温泉でお寛ぎ下さい」

 出迎えた離宮の管理人が言った。


「温泉があるんですか!」

 リリヤは目を輝かせた。

「はい、山からいいお湯が湧き出ます」

「楽しみです!」

「それではリリヤ、また夕食時に」

「はい」

 ラウリたちへ頭を下げると、リリヤは侍女たちに伴われて部屋へと向かった。


「――やはりまだ向こうの世界が恋しいのだろうか」

 リリヤの後ろ姿を見送りながらラウリは呟いた。

 馬車の中から麦畑を眺めながら、けれどリリヤはもっと遠いところを見つめているように思えた。

「仕方ありません。十五年間暮らしていたのですから」

「十五年か……長いな」

「はい。――確かに殿下はお優しいですね」

 小さくため息をついたラウリにヘンリクは言った。


「私が優しい?」

「正確には『リリヤ嬢には優しい』ですね」

 ラウリが誰かを気にかける様子など、それまで見たことがなかった。

 けれどリリヤだけはこうして気にかけている。


「……そうかもしれないな」

「はい」

 否定しないラウリにヘンリクは頷いた。


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